34,手
一枚上手なのは、やはり貴族。
アートの手は。
あかぎれをした、働く者の手だった。
表情を変えないままに、気配察知に意識を向ける。
大きい館の、奥の方。
先程から一切動かないひとつの、弱弱しい気配。
――――もしや。
疑問は、確信へと成長する。
「――そういえば、この街では病気などに罹った場合は治せる施設があるのですか?」
唐突に質問をする俺に、ジェームスが目を細めた。
「急だね。怪我でもしているのかい?……教会に行けば、回復魔法をかけて貰えるよ?」
「――それは、病気も治せるのですか?」
はぐらかそうとするジェームスに、更に畳みかける。
しばしの沈黙ののち、彼は不意に笑みを浮かべた。
それは、嬉し気でありつつ、何処か悲しげでもあった。
「…………残念だけど、病気は無理だね」
「そう、ですか。――有り難うございます」
深呼吸をひとつ。疑念は確信へ。
そして、俺は口を開いた。
「――――ジェームス様。奥様は、何処に?」
***
「これは、変なことを言うね。僕の隣にいるじゃないか」
「――動揺が一人称に現れていますよ。……アート様、貴方は――――本当に、ジェームス様の妻ですか?」
鋭い視線で、アートを見つめる。
暫く困ったような顔をしていたアートは、やがて何かを振り切るかのように口を開く―――――。
「――――――申し訳、ありません」
「――アート」
「ジェームス様、無礼を承知でお訊きします。……本当の奥様は、病気で臥せていますね?」
俺と、ジェームスの目線がぶつかる。
貴族特有の、圧力。
だが、そんなものは、あの森で生きてきた俺には効かない。効くはずもない。
負けじと見つめ返す。
しばしの静寂の後、先に声を出したのは、ジェームスだった。
「はぁ……なんとなく、だけどね。こうなる予感はしてたんだ」
「肯定、ととらえても?」
「あぁ、君に隠すこともあるまい。私の妻――アート=メディチは今、不治の病に侵されている」
不治。
その言葉を紡ぐジェームスは、酷く悲しそうだった。
俺は、その言葉には何も言わず、こっそりとアートを《鑑定》する。
どちらかというと、状態を鑑定する意識を持って。
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名前:アート=メディチ
状態:魔力拒絶症
――――――――――――――――
思った通り、何の病気かを鑑定することが出来た。
続けて、魔力拒絶症を鑑定する。
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《魔力拒絶症》:
効 : 体内の純魔力に対して僅かな拒絶反応が起こる病気。呼吸困難、体温異常、吐き気、頭痛など。病気が進行するにつれ、拒絶反応が大きくなり、最終的には死に至る。
ブルー・フェニックスの聖火の粉を体内に取り込むと完治する。
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なんだか変な抵抗を受けたような気がしたが、気のせいだったのか、すんなりと鑑定は通った。
ブルー・フェニックスの聖火の粉。
…………ある。
「失礼ながら、鑑定をさせていただきました」
「!?いったいどうやって……!?」
ジェームスの目が大きく見開かれた。
だが、構わず続ける。
「《魔力拒絶症》を治療できる、ブルー・フェニックスの聖火の粉ですが……持っています」
「ッ!!」
今度こそ、ジェームスは言葉を失った。
何かを言おうとしたのか、唇が僅かに震えたが、それは言葉にならず、空気に溶けていった。
「……私の故郷には、友好の印に手土産を持っていく文化があります」
「――それは貴族にもあるな」
それがどうしたという顔で言葉を放つジェームス。
「私はジェームス様と友好関係を気付きたいので。今回私は持っていたもののうち、珍しそうなものをひとつお渡ししようと思います」
「……君は」
「まあ、もしそれが偶々、ジェームス様の望む物であったなら幸いですね」
ジェームスは、暫く無言でいたのち、深く頭を下げた。
「―――――有り難う。本当に」
***
「―――紹介しよう、私の妻、アート=メディチだ」
「このような姿で申し訳ありません、アート=メディチと申します」
「いえ、お構いなく」
あの後、ブルーフェニックスの聖火の粉を渡すと、ジェームスの強い希望の下、俺は本物のアート=メディチに会うことになった。
通された奥の部屋には、ゆったりとした衣装の女の人が、ベッドから身を起こしてこちらを見ていた。
やせ細り、病的なまでに白い肌。
しかし、その目には強い意思が宿っており、儚げな雰囲気ながら芯の強さを感じさせる。
「アート、ベル君が病気を治すための薬を用意してくれたんだ」
「まぁ、それは……本当に、ありがとうございます」
俺と話すときよりも若干幼くなったジェームスが嬉しそうにアートに話しかけると、アートもたおやかに驚いて見せると俺に頭を下げた。
「この人が私のために色々と骨を折っているのをただ寝てみているのは辛いものがありまして……治療できるのであれば、この人ももう少しのんびりできるでしょう。本当にありがとうございます」
「いえ、私は偶々ですから」
「ふふっ、不思議なお方ですのね。聞けば、娘も助けていただいたのだとか。本当に、感謝の念に堪えませんわ」
緩く笑うアートは、しかし具合が悪そうだったので、俺は早々に区切りをつけて退出することにした。
***
「……人助けも、してみるものだな」
あの後、何度もジェームスに感謝され、果てはメイドたちにまで感謝されて色々とお礼を押し付けられそうだったのを振り切って逃げてきた俺は、宿に帰るまでの暗い道で、一人呟いた。
感謝されるのは、こちらとしても気分が良い。
***
次の日。
俺は再びパラケルのところにやってきた。
「おう、来たな」
そう告げるパラケルの手元には、ひとつの指輪があった。
「中々いい出来になったぞ」
「――おお」
無造作に渡されたサファイアの指輪。
細いシルバーリングに嵌められたサファイアが、魔力灯の光を反射してキラキラと輝く。
「それをつけたまま戦闘に行くんだろ?頑丈に作っといたから、ちっとやそっとの衝撃じゃあ傷ひとつつかない筈だ。……まあ、サファイアの方は完璧すぎて加工のしようがなかったが」
少し悩んだ後、右の人差し指に指輪をはめる。
すると、自然とリングが収縮し、俺の指にぴったりとハマった。
手を振ってみても、落ちない。これは戦闘時にも邪魔にならないかもしれない。
「いいなこれ」
「まあその指輪は戦闘時に使うものではないかもしれんがな」
「……確かに」
言われてみればそうだ。まあ一応魔力関連の技能上昇に補正があるらしいから、つけておいて損はないだろうが、他は特に戦闘に直接は関係なさそうだ。
「幾らだ?」
「あぁー……そうだな、金を貰わねぇと立ち行かねぇからなぁ……3000ゼンってとこか」
「ほいよ」
「毎度ー……ん?なんか多くないか?」
「相場を知らないから何とも言えないが、お前の性格的にどうせ安くしてるだろ?そこまで借りをつくるのは俺が許せないからな」
「……まぁ、お前がそう言うんなら有難く貰っておこう」
指輪と、ついでに影にしまってあった《夜桜》を鑑定する。
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名 : 刀《夜桜》
効 : 斬りつけた相手に、刀身から致死毒を注入する。
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名 : 《蒼玉の指輪》
効 : 装備者に《探求》を与える。
INTを11%上昇する。
魔力関連の成長率に微量上昇補正。
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まさかの鬼畜武器だった《夜桜》。
致死毒かよ……。魔力から作るのだろうか。
後、《純魔の蒼玉》と比べて、上昇するINTが1%増えてる。
僅かではあるが。
これは、パラケルの腕が良いからなのだろうか。
「良いものを有り難う」
「おうよ!何かあったらまた来いよ」
***
本当は、ただの美談で終わるはずだったんですけどね。
――貴族とは、恐ろしいものなのです。
まぁ、後々。
ではまた!m9っ`Д´) ビシッ!!




