20,森
平穏に過ごしたい。
そんな些細な願いさえ、神は許してくれないようだった。
それは、次の日の朝。
俺がハムエッグを美味しくほおばっていると、突然一人の男が猛スピードでこの宿に向かってきている気配を察知した。
まあ関係ないか、と思い放置していると、その男は、宿に入ってくるなりこう叫んだ。
「誰か!ラウラ達を助けてくれ!!」
面倒ごとの匂いがした。
***
賑やかだった食堂が静まり返る。
一人の、ベテランといった風な男が疑問を投げかける。
「なんでこっちに来たんだ?ギルドに行けばいいだろうに」
「行った!そうしたら、こっちの宿にいる奴らに助けてもらえってギルマスが……」
ギルマスが?
俺は少し疑問になった。
あの人のよさそうなギルマスが、そんなたらい回しの様なことをするだろうか。
暑苦しいあの笑顔とスキンヘッドが頭に浮かんだ。
「ギルマスが……?まあいい、何処だ?」
「こ、混沌の森に入ってすぐそこだ!オッドエンドの突然変異種に襲われたんだ!」
「……最悪だ」
混沌の森?
なんかここいら辺森ばっかだな。
どうでもいいことを考えていると、質問をした男が苦虫を噛み潰したような顔をした。
気になった俺は、近くにいた冒険者に質問した。
「なぁ、混沌の森ってどこだ?」
「……絶望の森よりこちら側にある森のことだ。絶望の森よりは遥かに危険度は下がるが、低ランク冒険者が入っていいような場所じゃあない」
ふと思った。これ、俺が最初に転移した場所では?
初めこの世界に来た時と、泉の水に転移されたときでは、魔物の強さに相当な差があった。
もしや、混沌の森から絶望の森に転移していたのではないか?
……まあ、今となってはどうでもいいか。
「分かった、俺が助けに行く」
ベテラン風の男はそう頷き、声を張り上げた。
「Aランク級冒険者、【炎握】のガルムだ!共に救助に向かう人を募集する!ギルマスがこちらに依頼を回したということは、恐らく進級試験を兼ねている可能性が高い!ギルドランクを上げたい者……ただし危険な場所のため、Cランク以上の冒険者でギルドランクを上げたいと望む者は、ともに救援に向かおう!」
ふぅん。
話し方もうまいし、堂々としている。
あれがAランク冒険者か。
などとぼんやり見ていると、ガルムと目が合った。
おい、なんで顔を引きつらせているんだ?
「おい、お前……ギルドランクは?」
「俺か?Cだが?」
「いつギルドに登録した?」
「昨日だ」
「……そういうことか。道理でこんな化け物がCランクにいるわけだ」
おい、何故俺が化け物扱いされなきゃいけないんだ?
「……何で俺が化け物だと?」
「仕草をみりゃあある程度分かるもんがあるんだよ。……この中でお前は別格だ。おそらく俺より強いだろう?」
「さあな」
本当にわからないから疑問で返す。
周りがどよめいているが知らん。
それにしても仕草で分かる、か。
俺もそういうのを言ってみたい。
「お前もついてこい」
「は?」
「混沌の森くらい、簡単だろう?どうせ暇そうにしてんだから、ついてこい」
「……はぁ、分かった」
行くつもりはなかったが、別に拒否する理由も特にないしな。
それに、何かあったらガルムに擦り付けられるだろう。
そのあと、数名が名乗りを上げ、結果俺とガルムと、あと救助要請をした男含め5人で救助に向かうことになった。
「出来るだけ直ぐに出発する。準備は大丈夫か?」
「俺はいつでもいい」
「私もだ」
他のメンツも頷く。
ということで、即席パーティーでそのまま混沌の森に行くことになった。
まさか昨日の今日でまたあっちに戻るとは思わなかった。
***
「彼も参加したわよー、ガルムに半ば強制される形で、だけど」
「良かった、ガルムによくやったと言いたいところだな」
「あと、あの子、どぉも私に気付いているような感じがするのよねぇ」
「……いや、驚くまい。あいつならあり得る。まあいきなり攻撃してこないなら今のところは安全だろう。引き続き見守ってやってくれ」
「はぁーい」
***
街を出たあたりで、一度離れていたあのストーカーがまたついてきていることに気付いた。
まあ敵意がないなら放置でいいか。
「それじゃあ、それぞれのロールと名前を確認しておきたい。俺は剣士のガルムだ。一応タンクもできる」
「私は一応弓士をしているアリスだ。森の中だと少し精度は下がってしまうがな」
「僕は後衛魔術師ですね。レルといいます。バフとデバフ専門で、あと一応援護射撃ぐらいなら」
「お、俺はあのパーティーでシーフをしているファーンだ」
「……俺は、ベル。剣士ならできる。一応本職はシーフだけどな」
間違ったことは言っていないぞ?ただ他に出来ることをいろいろ端折っただけだ。
だからガルムよ、そんな胡乱な目でこちらを見るんじゃない。
「じゃあベル以外はそのままのロールで頼む。俺がタンクをやるから、ベルはダメージテイラーとして剣士を頼めるか」
「ああ」
「……ほんとに大丈夫なのか?私は正直少し心配なんだが」
「僕も少しそれは思っていましたね」
此処でついに疑問を呈する声が上がった。
それでもあからさまに見下したり決めつけたりする人がいないあたり、あの宿は人柄がいい奴が集まっているのだろうか。
簡単に実力を示すために気配を軽く消す。
どうやらガルムも俺には気づいていないようで、視線をあたりに巡らせている。
「なッ」
「「!?」」
軽くガルム、アリス、レルの肩をたたいて行ってから元の位置に戻り、気配を戻す。
おい、気配操作はもう切ったぞ。なんでまだ見失ってるんだ、そこの二人。
流石にガルムはもう俺に気付いているようで、こちらをじっと見ている。
「これはどっちかというとシーフの方の能力だが……これでいいか?」
「俺としては最初から疑ってなかったんだが……改めてすごいな。全く気配がしなかったぞ」
「思った以上だった。疑って済まなかったな。……まさか、Aランク冒険者でも察知出来ない程とはな」
「ごめんなさい、昨日ギルドに加入したと聞いていたので心配になってしまって、試すような発言をしました」
素直に謝るのはいいが、そろそろ出ないと、ファーンが我慢できなくなりそうだぞ。
「じゃあ、行くぞ!気を抜くなよ!!」
「「「おー!」」」
「………」
「なんだ、ノリが悪いなベル」
***
まあ、強い人に驚かれるのが定番というものでして。
初見でガルムが驚いたのは、ベルの気配についてです。
ベルは長いこと森にいたため、気配がなんというか……尖っているんです。自衛本能というか、攻撃的な気配を放っています。ガルムはその気配を感じて、「こいつやべぇ」ってなったわけですね。ギルマスも然り。
他の人が気づかないのは、ベル自体の気配の薄さが原因です。
ベルは隠密しまくってたせいで、普段から気配を消すことが癖になっているせいで、意識していない人はベルに気づかないんです。
攻撃的な気配も、直接ぶつけられているわけでも無いので、まあちょっとだけ居心地の悪さを感じる程度でしょうかね。
ガルムはAランク冒険者ですので、それなりに死線を潜ってきた結果、かなり気配には敏感になっています。後に出てくるダンジョンなんかだと、不意打ちを避けるには気配を察知することが必須ですからね。
そんな、気配に敏感なガルムですら、一切ベルの気配を感知できなかったということで、主人公の規格外さを知ってもらえれば。




