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【中編】 初恋は実らない。



 魔王様との共同生活は順調だ。

 何しろ、魔王様がいい人過ぎる。


 意思の疎通は問題なく出来るものの、彼は日本語を『理解している』訳ではない。文字を読む事も出来るが、それも会話と同じ謎技術によって可能となっているだけだ。

 なので、文字は『読めるけれど書けない』。

 会話も例の謎技術を使わないと、互いに何を言っているのか全く分からない。


 せめて日常会話くらいは、普通に出来るようになっておこう!と、ネットの日本語教室に入会した。

 その為の機材一式は、村役場にあったあの無駄ハイスペックPCを家に持って来た。あのPCは実はタカヤの私物だったらしい。

 何故そんなどでかい私物を役場に置いているのか。問い詰めたところで、頭が痛くなりそうな回答がきそうだったので、敢えて訊ねてはいない。ぶっちゃけ、それほど気にもしてないし。


 魔王様は住民票はおろか、パスポートすらない。異世界からおいでになられたのだから当然だ。


 なので現状、魔王様は就職などがほぼ不可能だ。

 履歴書不要のアルバイトならワンチャンあるかもしれない。


 魔王様は「タカヤやフミカに迷惑をかける訳にはいかない」と、とても真面目に言語の習得に励み、三か月経つ頃には片言ながら会話できるようになっていた。すげぇ。

 私は三か月で英会話をマスターできる気がしない。魔王様の学習能力の高さには舌を巻く。


 そんな生真面目な魔王様は、基本的に愛想がよく、レディファーストが身にしみついている。

 若くてめっちゃイケメンで愛想がよく真面目。しかも村の昔気質のじーちゃんらと違い、女性に優しい。

 そんな男性が、おばちゃんとばあちゃんにモテない筈がない。

 気付いたら、魔王様は村の婦人会(平均年齢六十代)のアイドルになっていた。


 因みに魔王様は村では、『記憶を失って、自分を魔王だと思っている人』という事になっている。ちょっと切ない設定だが、考えて広めたのはタカヤだ。


 自分がどこから来たのかも、何者なのかも分からないながら、毎日笑顔で過ごすイケメン。マダムたちのハートを鷲掴みにしまくった。

 にこにこと愛想よく、おっさんらの酒飲みにも付き合いがいいので、オッサンらのハートも鷲掴みだ。


 そんな彼は、村をちょっと散歩すると、両手に抱えきれないくらいのお土産を持って帰ってくる。

 家計が大助かりである。


 調子に乗ったタカヤが、魔王様に良く食べ物をくれるマサヨさんに「もっと若者ウケするお菓子とかくれよ」と言ったらしいが、「あれはタカヤにくれてるんじゃない。魔王さんにあげてるんだ」とぴしゃりとやられたらしい。ざまぁ。


 しかしその後、魔王様が貰ってくるお土産に、野菜や魚だけでなくお菓子が混じるようになった。

 マサヨさんったら……♡ ツンデレなんだから……♡

 でもゴメン、麩菓子ばっかり三袋とか、流石に飽きるから……。あと落雁二袋とかもちょっと……。両方とも好きだけど、大量に食べたい物じゃないの……。

 おかげで我が家のお茶の消費量があがった。まあいいけど。

 六方焼きや五家宝などの、自分で買うと地味に高い和菓子はポイント高い。ミツエさんのおはぎもポイント高い。……ただ、寿司桶一杯くれるのはいかがなものか……。朝からおはぎは、ちょっと重いかな……。




 そんな魔王様が我が家に居候する事になってから今日までの、魔王様ハイライトをお送りしよう。



【ハイライト その1】

 魔王様がこちらに来てすぐの頃、魔王様の居た世界についての話になった。

 魔術的なものが使える魔王様だ。彼の居た世界が気にならない筈がない。


 どんな場所かと訊ねた私たちに、魔王様はとても穏やかに微笑んで仰った。

「とても長閑で、良い土地だ。人々も温厚で、気候も安定して穏やかだ」

 うむ。魔王様そのもののような土地だ。


 だが、日照時間が異常に短く、一日の間六時間程度だけ明るいらしい。因みに、一日は二十八時間だそうだ。……羨ましい……。

 魔王様を初めて見た時「青白い肌」と思ったのだが、あれはその異常に短い日照のせいらしい。

 日焼けする程の日照がないのだ。


 名物は『歩くキノコ』だそうだ。

 魔王様が言うには、私と同じくらいの背丈(165cm)のキノコが、歩くというか移動する?らしい。


「森に自生しているのだが、目が合うとついて来るのだ」

 目が!? 目があんの!?

「いや、目はないのだが、そう表現するしかなくてな……。目のない品物などをふと見て、『あ、目が合った』と思う事があるだろう?」

 まあ、なくはない。目が合うというか、視界に入ってしまって目が離せなくなるというか……。

「そう。そういう感じだ」


 そのキノコと目が合ってしまうと、ヤツは徐々に距離を詰めて来るらしい。


 森に自生しているそうなのだが、目が合った翌日には森の入り口あたりに移動しているそうだ。

 その更に翌日には町の入口へ。更に次の日には家の前へ……と、メリーさんが如く徐々に近寄ってくるのだそうだ。

 そして家へ辿り着くと、後はその家の周囲をウロウロと移動するだけで、特に害もなければ良い事もないらしい。……何だ、それ。

 ただ、キノコが移動する姿を見た者は居ないらしい。どうやって移動しているのかは、『暴いてはならない自然の神秘』という扱いなのだそうだ。


「まあ、邪魔なら引っこ抜けば良いだけだからな。食えない事もないが、特に味もないし、スカスカした食感だしで、美味い物ではないな」

 引っこ抜いたキノコをどうするのですか?

「増えられても厄介なので、通常は燃やすな。ただ、ダイエット食として一部の女性からは人気があった」

 ああ……。味のないダイエット食か……。こんにゃくみたいなモンか。


「目の覚めるような鮮やかな青色をしているので、食欲減退効果もあると一部女性の熱烈な支持を受けているキノコだ」

 鮮やかな青!! そんでデカいとか! 良く食おうと思ったな!?

「茹でると茹で汁がそれは美しい青色になるのだ。……使い道はないが」

 そりゃそうでしょうね! ……ていうか、何だその名物……。意味分かんな過ぎて、確かに名物になるかもとか思っちゃうじゃん。



【ハイライト その2】

 アニメで日本語を学ぶ外国人も多く居る。

 なのでタカヤが、暇ならテレビとか観てれば?と魔王様に勧めた。


 魔王様はとても素直でいらっしゃるのだ。

 タカヤの言う通り、数日間テレビにかじりついていた。


 そんな魔王様が、テレビを見ながら泣いていた。

 驚いて何が起こったか訊ねると、魔王様は目元の涙をそっと拭った。


「私の国の風景に、似ているのだ……」


 吐息と共に吐き出された言葉に、テレビ画面を見て絶句した。


 映っていたのは、各種菓子パンや丼物たちが、ばい菌と死闘を繰り広げるあのアニメだったからだ。


 魔王様の国、めっちゃ長閑だな!!

 で、ここに例のデカくて移動する青いキノコが居るのか! この国なら居そうだな!


 それ以来、魔王様は例の菓子パンヒーローのアニメをかかさず視聴するようになった。

 少し虚ろな瞳で主題歌を口ずさむ姿は、哀愁が漂うというより怖い。

 折角アップテンポで元気な歌なのに、膝を抱え背を丸め虚ろな瞳でぼそぼそと口ずさまないでください! 怖いから!



【ハイライト その3】

 マンガで日本語を覚える外国人も居る。

 我が家にはマンガは売るほどある。タカヤがマンガオタクだからだ。


 様々な名作と呼ばれるマンガたちを、タカヤが魔王様に勧めていた。

 とても素直な魔王様は、それらを全て読破した。


 魔王様はマンガがとてもお気に召したようで、タカヤと楽し気に感想などを語り合っていた。


 特に、描き込みの凄まじさに定評のある、ハイファンタジー系青年漫画がお気に召していたようだ。

 以下続刊、という状態だったので、魔王様がタカヤに続きはないのかと訊ねていた。


 しかし残念な事に、その漫画の作者は若くして急逝してしまっている。世界中のファンを絶望の淵に叩き込んだニュースだ。


「続きは……、永遠に読めないという事か……」

 酷くショックを受けている魔王様に、沈痛な表情で頷くタカヤ。

「最終回までのプロットがあるとかいう話もあるけど、他人が描いたら意味がないと俺は思っている」

「タカヤの言う通りだ……。そうか……。作者は、亡くなられたのか……」


 呟くように言ったが最後、魔王様は暫くの間号泣していた。

 タカヤも目元に浮かんだ涙を拭っていた。


 その後、二人で酒盛りをし、程よく酔っぱらったところで「編集部に俺たちの熱い想いをメールしよう!」とか言い出し、二人でああでもないこうでもないと熱い想いとやらをしたためていた。

 読む気が失せるレベルの長文のメールを送信し、二人ともやり遂げた顔で笑っていた。


 作者急逝のニュースには驚かされたし、心から残念にも思ったが、目の前のこの二人にはうっすら引く気持ちがある。


 何だろうか。

 魔王様がどんどん『残念なイケメン』まっしぐらな気がしてきた……。

 どこで道を誤ったのだろうか……。



【ハイライト その4】

 ネットで日本語を学んでいる魔王様だが、謎技術によって文字を読む事は出来るのだ。

 なので、魔王様の余暇の充実の為に、タカヤがインターネットの使い方を簡単にレクチャーした。


 その日から魔王様は、ネットで様々な情報を仕入れてくるようになった。


 私にやたらとセスキ炭酸ソーダを勧めてくれたり、タカヤに「このマンガは持ってないか」と訊ねてみたり、動画サイトの「あなたへのおすすめ」を片っ端から視聴したり……。


 そんなネット初心者の陥る罠、『ネットde真実』に見事にハマった。

 特に政治方面で。


 気付いたら魔王様は、ネトウヨになりかけていた。素直過ぎるって怖い。

 余り右にも左にも傾いて欲しくない。バランス感覚、大事。


 タカヤと私と魔王様の三人で、夜を徹する勢いで議論をし、最終的にはタカヤの発した「嘘を嘘と見抜ける人でないと、インターネットを使うのは難しい」という言葉に魔王様が感銘を受ける……という終結を見た。

 ……人の褌で相撲を取るとはこの事よ。


 魔王様は「タカヤの言う通りかもしれん……」と感動していたが、ネット依存に近いレベルでサイト巡回している魔王様の事だ。

 いつかその言葉が、ネット上の超有名人の発した言葉だと知るだろう。


 魔王様が『文字を読めるが書けない』という人で良かった。

 もし書く事も自由に出来たら、この人、うっかりスレ立てとかしかねない。

 そんでレスバで負けて、アホ程へこみそう。

 そんな日がこないように、魔王様とネットとの距離をちょっと離そう。


 タカヤと二人、そう決めたのだった。



【ハイライト その5】

 ネット、テレビ、マンガ、アニメ……と、魔王様の日本に関する情報収集は順調だ。……順調に偏っている。


 新聞にヒーローショーの告知が出ていて、魔王様がそれに行きたいと愚図ったが、私とタカヤで説得して諦めてもらった。

 その日は私は仕事の都合で家から離れられなかったし、タカヤも木村のじーさんの家の屋根の補修で忙しかったからだ。


 何だろう……。

 デカい子供を持った気分だ……。


 しょげる魔王様を慰める為、夕飯にデカいハンバーグを作った。

 魔王様はあっという間にご機嫌になった。

 ……子供でも、もうちょっと複雑なんじゃないかな?


 そんな子供より素直な魔王様だが、情報の収集能力と処理能力は、流石に大人だ。


 マサヨさんが振り込め詐欺に引っかかりそうになっているところを、魔王様が気付いて阻止したのだ。ついでに駐在さんと協力して、受け子の現行犯逮捕も出来てしまった!


「ネットで見た、振り込め詐欺の特徴と酷似していたのでな。マサヨさんのような善良な女性ならば、息子が病気だと言われたら放ってはおけなかろう。そこにつけこむなど、言語道断だ」

 ありがとう、インターネット!

 余計な知識だけでなく、必要な知識もちゃんと身につけてるよ!

 ……未だ私に、執拗にセスキ炭酸ソーダを勧めてくるが。何だ? 使ってみたいのか?


 いつもは気の強いマサヨさんが、乙女のような恥じらった表情で「魔王さん、ありがとうね。騙されてるなんて、思ってもみなかったわ。『自分だけは大丈夫』とか、思ってちゃダメだわねぇ」と言っていた。


 お礼にと、ネットで購入したらしいズワイガニを一杯いただいた。

 こんな高級な物を……と辞退しようとしたら、「あのまんま詐欺に引っかかってたら、そんなカニくらいコンテナ一つ買える金が吹っ飛んでたんだ。安いモンだよ」と素っ気なく言われた。

 数年ぶりに食べるかにすき、非常に美味でした。ありがとうマサヨさん。


 タカヤと二人でお礼を言いに行ったら、タカヤに向かって「あんたの為に買ったんじゃない」と言っていたが、美味しかったと伝えたら「そりゃよかった」と笑っていた。

 マサヨさん……♡


 警察から感謝状を贈呈したいと言われたのだが、余り目立つのはアレなので、申し訳ないが丁重にお断りさせていただいた。

 代わりにと、駐在さんが手書きの感謝状をくれた。

 魔王様はとても喜び、それを自室の壁に飾っている。


 とても良い事をした魔王様だが、「やはりネットは頼りになるな!」とネットへの依存度を上げたのだけはいただけない。

 何とかせねば……と、タカヤと深夜、家族会議を開く日々である。


 やはり魔王様、デカい子供か……。




  *  *  *




 そんな魔王様だが、なんと彼が恋をした! 本人曰く、初恋だそうだ。

 初めに言っておくが、相手は私ではない。


 現在は晩秋。風が日増しに冷たくなり、木々の枯葉がひらひら舞い落ち、道路掃除が大変な季節である。

 余談だが、集めた枯葉は村の集積場へ持っていく。そこに放置しておけば、いずれ立派な肥料になる。頑張れ、ミミズと土壌菌。完成した肥料は、各自勝手に持って行ってOKな村の財産となる。ここを掘り返すとカブトムシやクワガタムシの幼虫がわっさり出て来るが、それで喜ぶのはタカヤくらいだ。


 すっかり寒くなって来ているのだが、魔王様は我が家の縁側に座り、外を眺めている。

 憂いを含んだ横顔が、やたらと色っぽい。

 ……服装がマサヨさんにもらった半纏姿だが。「魔王さんの半纏縫ったら、布が余ったからね。若い柄だから、私じゃ使い道ないからね」と私とタカヤの分の半纏まで縫ってくれた。

 マサヨさん……♡

 英字新聞柄の半纏用の布とか、何処で買ってくるの? お洒落上級者過ぎるでしょ。


 魔王様はひらりと舞い落ちる枯葉を眺め、時折「ほぅ……」と溜息をついている。


 無駄に色気ダダ洩れな魔王様だが、彼の恋は実る事はない。


 ちりん、と小さな鈴の音がした。

 それに魔王様がはっとしたように、音のした方を見た。


「白姫……!」


 庭の隅からひょこっと顔を出したのは、真っ白な毛並みが美しい、サヨさんの飼い猫『白姫』だ。

 そう。

 この白姫が、魔王様の初恋のお相手だ。


 ……猫て!!

 おい、大丈夫か、魔王様!

 正気か!?


 しかし彼は、至って正気だった。


 魔王様の居た世界には、猫やそれに類する動物が居なかったらしい。

 犬的な動物は居たそうだ。……体長が三メートルほどあるらしいが。クッソ獰猛らしいが。出会ったら死を覚悟しろ、とか言われてるらしいが。


 初めて猫に出会った魔王様は、余りの可愛らしさと美しさに、完全にノックアウトされた。

 ネットで猫の写真を見た事はあったが、彼はそれらを「こんな生き物、居る筈がない。コラだろう」と思っていたそうだ。……ネットの毒され方よ……。


 実際にその目で見て、そして一目で恋に落ちた。

 ……マジでヤバい人だ。


 白姫はサヨさんというおばあちゃんの飼い猫だ。

 サヨさんの家の縁の下でミーミー鳴いていたのを、村の男衆で床板を剥がし助け出したのだ。


 とても身体の小さな子だったので、親猫から見捨てられたのだろう。野良界は厳しいからね。


 サヨさんは旦那さんを亡くしたばかりだったので、白姫を自分の子供のように可愛がった。


 まだ目も開いていなかった頃からサヨさんに可愛がられて育った白姫は、その名の通りに超箱入りのお姫様に育った。

 多分あの子、自分の事人間だと思ってる。もしくは、私たちの事を「でっかい猫」だと思ってる。


 箱入りお姫様の白姫は、かなり人見知りだ。

 知らない人間が居ると、姿を隠す。


 なので、魔王様が白姫を見つけたのは、つい先日の事だった。


 確かに白姫は可愛い。

 真っ白な体毛に、すらりとした体形に、綺麗な青い瞳の美猫だ。

 私のスマホにも白姫の写真が多数保存してあるくらい、フォトジェニックな美猫だ。

 ちっちゃいサヨばあちゃんと一緒だと、更に絵になる。めっちゃほっこりする。田舎の民家、ちっちゃいおばあちゃん、美猫。最高だ。


「私に会いに来てくれたのか、白姫……」

 感極まった口調で言う魔王様を、白姫はガン無視である。

 何だこれ。


 見ると、白姫は口に何か咥えている。


 白姫は『アレ』をよくやる。

 そう、アレ。

 獲物の獲り方の下手な『おっきい猫(人間)』に、獲物の獲り方を教えてくれる、アレ。

 自分の獲った雀や虫やトカゲなどを、「仕方ないわねぇ」みたいな顔で持ってきてくれるのだ。はっきり言って迷惑以外の何物でもない。

 そして私は特に手のかかる子だと思われているらしく、白姫からいろんな物を貰う。


 泣きそうになりながら、色んな小動物の死骸を庭の隅に埋葬してきた。


 また白姫からの(全く嬉しくない)プレゼントか……。


 白姫は真っ直ぐ私の所へ来ると、咥えていた何かをぺいっと床に放り出した。

 見ると、チューブに入ったゲル状おやつだった。


 開けろ、という事か……。


 白姫は「早く!」というように、私の足元でにゃーにゃ―言っている。

 はいはい、分かりましたよ。開けるから、ちょっと待っててね。


 口を切ってやると、白姫が飛びついてきた。

 やっぱこのおやつ、食いつき方が怖いよ! なんでこんな食いつくのよ!


 白姫は無心でおやつを貪っている。それをうっとりと眺める魔王様。

 マジで、何だこれ。


 おやつを食べ終えた白姫は、お礼を言うが如く「にゃー」と一度鳴くと、現れた時同様に悠々と歩いて行ってしまった。


「ああ……、行ってしまった……」

 切なげに呟く魔王様。

 ……何だこれ、ホントに。


 猫に初恋をした成人男性の扱いなんて、どうしたらいいか分かんないよ! ネットに答えがあるかな!?



 結論から言って、ネットにも答えはなかった。

 ただ、猫と結婚した人の話題が幾つも出てきた。

 魔王様はまだ、ネット検索を自在に操れるほど、日本の文字に詳しくない。彼がこんな記事を見つけたら、妙な希望を持ってしまいかねない。



 しかし魔王様の初恋は、唐突に終わりを告げる事となる。



 村に初雪が降った十一月の末、白姫が子猫を出産した。


「白姫に子供、だと……!?」

 ほんわかニュースを届けにきただけのユメが、魔王様の様子に戸惑っていた。

「ま、魔王様、どうしました……? 魔王様、白姫と何かあったんですか……?」

 ユメが何か迂闊な事をこれ以上言う前にと、私はユメの腕を引っ掴んで自室へと拉致した。


「フミちゃん、どしたの? 魔王様、何なのアレ」

 私のベッドに腰かけたユメは、居間の方を振り返りつつ首を傾げた。

 気持ちは分かる。

 あんなあからさまにショックを受けられるニュースではない。近所のおばあちゃんが飼ってる猫に、子猫が生まれたというだけのニュースだ。

 めっちゃほんわかだ。


「魔王様、白姫にガチ恋してんのよ……」

「あー、白姫、美猫だもんねー」

 うん。そういうリアクションになるよね。でも多分、不正解だから。

 でもまあ、いっか。魔王様の残念感を上昇させる事もあるまい。


 ユメは私の一つ年下の女性だ。

 村で唯一の理容店の娘で、お父さんが男性相手に理容師を、ユメは女性相手に美容師をしている。

 魔王様の背中の中ほどまであった髪を、本人のたっての希望で短く整える際、ユメには世話になった。


 適当にざっくり切ろうとするユメのお父さんに任せておけない、と、ユメは最新のヘアカタログと数日間にらめっこをして、魔王様に似合うショートヘアにしてくれた。

 しかも、会計をまけてくれた。

 天使かよ、ユメ……!


 因みに、私の髪もユメに切ってもらっている。

 街で自分にあう美容師を探すより、幼馴染で気心知れまくったユメにやってもらうほうが早い。しかも失敗がない。失敗したとしても文句が言えるので、モヤモヤが残らなくて良い。

 あと、私が「こういう髪型にしたい」と言うのを、きちっと遠慮のない理由を添えて「だから似合わないと思うよ」と言ってくれるのも良い。たまに心にクリティカルにぶっ刺さるが、まあ良い。


「魔王様、白姫大好きだから、白姫が自分の知らない内に子供産んだのがショックだったんでしょ」

 私の言葉に、ユメは「そういうもんかー」と呑気な返事をしている。

 そういう事にしといてくれ。


 余談だが、ユメはイケメンに興味がない。


 美容師学校へ通っていた頃、クラス一のイケメンと付き合ったそうだが、そのイケメンが立派にストーカー化した過去があるからだ。

 ユメの中ではそれ以来、「イケメンは面倒くさい」という事になっている。


 魔王様はイケメンだが、適度な距離を取って鑑賞するには最適、というのがユメの意見だ。無駄にキャアキャア騒いだり、魔王様に迫ったりするような事はない。


「サヨばあが子猫の里親探してるから、フミちゃんどーかなー?って思って伝えに来たんだけど。どお?」

「ユメんとこは?」

「ウチ、寅太郎が拗ねそうだからねー」

 ユメの家では、茶虎の雄猫を飼っている。

「そっかー。でも白姫の子かぁ……。きっと美猫に育つだろうねー」

「ねー。でもブサ猫も可愛いもんだよー」

 ユメの家の寅太郎は、ちょっとへちゃむくれている子だ。確かに、それもそれで可愛い。


「ま、タカヤと相談してかな。生き物飼うのは、覚悟いるからね」

「そだね。……タカヤ、犬とか猫とかより、もっと何か訳わかんない動物が似合いそうだしね」

「そんなホントの事を……」

 中学生の頃、「鷹匠になる!」と言い出した事もあるタカヤだ。犬や猫などの平凡なペットでは満足しないだろう。

 隣県の動物園までわざわざ鷹を見に行き、「あれはダメだ。意思の疎通が出来そうもない」と諦めたが。




 白姫出産の報を受け、縁側で呆然自失としていた魔王様は、その後、見事に風邪を引いてしまった。

 そもそもこちらの世界の病気に対しての免疫がなさそうなのだから、風邪を引くのも然もありなんという感じだ。


 三十七度台後半の熱を出し、それまで熱など出した事がないという魔王様は、非常に苦しそうに唸っておられた。

 そしてうわ言で「ああ……、白姫……」と魘されていた。


 初恋の終わりが、初恋相手の出産。

 それは確かにヘヴィーな出来事だ。……相手が猫でさえなければ。

 笑ってはいけない。魔王様はとても真剣な上に、ピュアの権化のようなお方だ。



 寝込む魔王様に、驚きの見舞客がやって来た。

 白姫だ。


「白姫……! 私を心配してくれたのか……。思わせぶりで、何と罪な女性(ヒト)か……」

 いや、『ヒト』じゃないがな! 百パーセント、猫だがな!


 白姫は魔王様の枕元へとやってくると、口に咥えていた何かをぽとっと落とした。

 そして一度鳴くと、そのまま出て行った。


「白姫……、私にこれを……」

 魔王様は感動しているが、白姫が魔王様の枕元に置いて行ったのは、ぴくりとも動かない雀だった。


 白姫ぇぇ!! 生き物は持ってこないでって、前言ったでしょぉぉ!?

 雀、動かないじゃん! 死んでんの!? 死んでんじゃないの、アレ!?

 自分で食べない動物、狩っちゃダメでしょぉぉ!?


「魔王様……、その雀、貸してください」

「何故……? これは私が白姫に貰ったのだ。私の宝物だ」

 やめて。雀の死骸を宝物にしないで。


「宝物にするなら、羽一枚とかにしてください。その子は埋めてあげましょう」

「……そうか。そうだな……」

 魔王様は雀をそっと床に置くと、床に散っていた雀の小さな羽毛を取り上げた。

「私はこの羽を、白姫との思い出にしよう……」

 魔王様……、酔いしれておられる……。

 残念臭がすごい……! こんなにイケメンなのに……。こんなにいい人なのに……!


 床に置かれた雀をタオルでくるみ、庭の隅に埋めてやろうと歩いていると、タオルの中で雀がバタバタともがき始めた。

 どうやら、驚いて気絶していただけらしい。

 良かった。


 雀を縁側から放り投げてやると、雀はパタパタと飛び去って行った。

 達者でな。もう猫に獲られるんじゃないぞ。



 風邪が全快した魔王様は、雀の羽毛を保存する方法をタカヤに相談していた。

 初恋の少し苦い思い出として、永遠に保存したいなどと抜かしていた。


 タカヤは魔王様にUVレジンのキットを一式買ってやっていた。タカヤもついでに何か作る気らしい。どうせタカヤの作るものは、しょーもない物なのだろうけれど。


 魔王様はああでもないこうでもないと試行錯誤の末、ハート形のレジンに雀の羽毛を閉じ込める事に成功した。

 ハート形て!! 中学生女子か!

 いや、多分、中学生女子でもやらないんじゃないか!?


 そのハート形オブジェをPCデスクの隅に飾り、時折眺めては溜息をついている。


 因みに、白姫の子猫たちは、皆里親が決まった。

 我が家は今回は辞退した。

 何故なら、魔王様が「愛した女性(ヒト)と別の男との間の子を、私に育てろと言うのか……」と落ち込んでしまったからだ。だから、ヒトじゃねぇし。


 白姫は今、四匹の子育てに忙しく、余り外を散歩しない。

 子猫が乳離れするまでは、暫く白姫の姿を見る事もないだろう。


 それまでに、魔王様の心の傷が、少しでも癒えればな……と願うのだった。


 だから魔王様、菓子パンヒーローの歌を以前より虚ろな目で歌わないでください!! 「以前までより、歌詞が沁みる……。『何がきみのしあわせ』、か……」とか、目を潤ませて言わないでください!!


 ホント、何でこんな残念感満載になったのか……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] な、なんだこの 少年少女のような純粋さに、お年寄りのピュアさが足して掛ける2されたような存在は… [気になる点]  魔じゃないでしょうこの魔王、ただの王だ… 猫に初恋する王とは…?
[良い点] 魔王様がHENTAI民族に染まっている所 [気になる点] 魔王様に休載×休載読ませたい(鬼畜 [一言] まおう:「タ◯エ〜ムネノキズゥ〜ガァ〜イィ〜タン〜デ〜モ〜」 フミカ:「怖っ」 タカ…
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