第8話 真紅色の翼の男とアウエルサ帝国の男
「あー、美味しかった。食べたことないものもあって、すごく新鮮だった」
「満足できたんだったら、良かった」
「最低あと二日は、こんな生活が続くと思うと、興奮が抑えられませーん」
プテラは楽しそうなセレンを見て、自分も楽しく感じるようになっていた。
「うん、私もセレンと同じっ」
「あーそうそう、最近プテラと向かい合う機会が減って、全然気付けなくて、さっきテリアで向かい合った時に、ふと思ったんだけど、プテラって………」
「私が、なに?」
「最近ちょっと太った?」
「えぇーーーーーっ!」
そっか、私セレンの頭の上にいることが、あたりまえになってて、しかも一日の大半をセレンの頭の上で過ごす生活。なおかつ、セレンみたいに「変態的に鏡を見る」ってこともしてないから、最近、体型のことなんて全然気にしてなかった。私の運動不足は常態化、よって私の熱量は適切に消費されていない。そう、つまり今の私は、肥満の一途を辿っているっ! あぁーこれは由々しき事態、この生活から直ちに脱却しなければ……。
そしてプテラは地に足をつけ、自分の足で歩き始めた。
「あれ、プテラどうしたの、下におりて」
「気にしないで。気分だから、気分。歩きたい気分」
「わかった。プテラがそうしたいんだったら」
出会ってから、一ヶ月と一週間、二人は初めて並んで歩いた。
んー、でもやっぱりこの目線は慣れないなー。
二人は来た道とは違う道で、レグラに向かっていた。
レグラは高層な建物なだけあって、開けた場所なら、どこからでも一目でわかった。
「ねーあの女の子大丈夫かな? なんか追われてたみたいだけど」
「うん、なんか必死な顔で逃げてたね」
風の話し声、その会話がセレンの耳に入った。セレンは風に話しかけた。
「ねぇ風さん、今のその話は本当? その場所を僕に教えて」
「君、僕達の声が聴こえるの?」
「うん。聴こえる。でも、今は急いでる。その話は本当なの?」
「うん本当だよ。ここから少し行ったところの、川の橋の辺りだよ」
「そっか。ありがとう、風さん」
セレンとプテラは、急いでそこに向かった。
「僕達と会話ができるなんて、不思議な青年がいるんだね」
「そうだね」
二人は全力で走っていた。
「間に合えー」
橋が視界に入ってきた。
橋を渡った先に、三人組の男達に必死で抵抗する、少女の姿が見えた。
その状況を目にしたプテラは、あの日の自分の状況と重なって見えた。
「セレンお願い、絶対に彼女を助けてあげて」
「もちろん。そのつもり。彼女は絶対に助ける」
セレンは男達の元に辿り着くやいなや、男達に声を掛けた。
「君達、その娘をどうするつもりなの?」
少女の髪を右手で掴む、藍色の髪でミディアムヘア、藍色の瞳のコシックが答えた。
「なんだオマエは? ここで人生終えたくなければ、消えろ」
「いやー、助けてー」
「黙っていろ、糞ガキ」
「今すぐその娘から手を離せ」
「スミ、ツグロ、目障りなアイツを、さっさと掃除しろ」
セレンが戦いに備え、右目に命令し、身体強化を施した。
唐茶色の髪でスパイキーヘア、唐茶色の瞳のスミと言う男が動いた。
「ったく、しょうがねーな」
スミはセレンに向かいながら、右腕の形状を変形させた。それはまるで、黒い鋭利な刃物の様に見えた。しかし、実際の刃物に変化した訳ではない。遠目だと、そう見えるだけだ。その証拠に、変形した刃物に見える先端部分は、スミの手そのものなのだ。
「オレの腕は、その辺の刃物よりも鋭利でな、人なら簡単に刻める。ほんと運が悪いな、テメー。そんなテメーはオレ達じゃなく、出喰わした自分の不運でも恨むんだなー」
そう言いながら、セレンの間合いに入り、殺意を以ってその鋭利な腕を振り下ろす。
直撃すれば致命傷となる、見事な太刀筋だったが、セレンはそれを容易に躱した。
セレンは最初から、少女だけに焦点を合わせており、スミのことなど眼中になかった。
セレンはコシックに一瞬で詰め寄り、少女の髪を掴むその手を振り解くと、右脚で腹を蹴り飛ばし、続けざまにツグロの腹に右回し蹴りを入れた。
コシックとツグロは、「まさか!?」と言う驚きと表情で、勢いよく後方に吹っ飛んだ。
ここまで一瞬の出来事だった。
「なにぃーっ!?」
スミは驚き、振り向いてその様子を見た。
セレンはその一瞬を見逃すことなく、少女を抱えたまま、スミを死角からから蹴り飛ばし、スミは後方に勢いよく吹っ飛んだ。
セレンはプテラに合流すると、少女を下におろし、少女に声をかけた。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
少女は安心したのか、少し涙を流していた。
「プテラ、この娘を頼むね。あの人達まだ戦う気、満々みたいだから」
「わかった。セレン、油断せず、気をつけて」
「うん。わかってる」
男達が、セレンの方に向かってきた。
黒髪の坊主頭、黒い瞳のツグロが、コシックに話し掛けた。
「コシック、あの男弱くない」
「そのようだな」
油断した自分を悔い戒める、コシックが冷静を装い口を開く。
「油断は禁物。正にその通り。そう、これは完全に俺の失態。オマエは一体何者だ?」
「そんなことどーでもいい。あの娘のことは諦めて、今すぐここを去れ」
「黙秘。なるほど、オマエは〝口が堅そうな男〟のようだ。それもまあいい。だが、これは任務なんでな、去るわけにはいかん。簡潔に話そう、我々アウエルサ帝国の邪魔をするオマエには、この場からではなく、この世から退場してもらう。スミ、ツグロ今度は油断するな。二人掛かりで確実に、アイツの息の根をとめろ」
「わかった」
ツグロの両脚が、ボゴッと音をたて膨れ上がった。
「あいよっ」
スミの両腕が、黒い刃物に見える腕に変形した。
ツグロが膝を曲げ地面を蹴り、勢いよく飛び出しセレンを目指す。
「早いっ!」
セレンがそう驚いた瞬間には、ツグロの蹴り上げた右脚が、セレンの眼前にあった。
ギリギリのところで、その蹴りを腕をクロスにして防いだセレンだったが、想像以上の威力にセレンの膝が沈んだ。
ツグロの高速で重い蹴りの連続が、容赦なくセレンを襲う。
更にスミがそこに加わり、セレンの背後から、鋭利な両腕を振り回す。
セレンは致命的になり得る攻撃を躱し、そして防ぎ、なんとかその場を凌いでいた。
しかし、顔や腕には皮一枚を掠め取った、細かい切り傷は無数にできていた。
二対一ではやりづらいと思ったセレンは、二人から距離を取った。
がしかし、ツグロはすぐにセレンに追いつき、攻撃を続けた。
引き離されたスミは、プテラ達に狙いを変えた。
プテラはスミの狙いが、自分達だと気が付いたが、それに抗う術は何もない。
プテラ一人なら、飛んでその場から逃げることはできる。
だがセレンから少女を任された以上、プテラも〝少女を守る〟と自分に誓っていた。
セレンもスミの狙いに気付いたが、今はツグロの相手をしている。
セレンは戦いながら考えそして、右目のチカラを更に全身に流した。
すると全身をもう一段階強化することができた。
セレンの動く速度が更に跳ね上がった。
セレンはツグロを置き去りに、その場を離れ、プテラ達の元に向かうスミの背後から、思いきり右脚の飛び蹴りを入れた。
スミは海老反りで勢いよく吹っ飛び、プテラ達の前をひゅーっと通過していった。
セレンはプテラと少女を背に、追いついたツグロと対峙していた。
「キミ本当に強い。正直ボク一人では、キミに勝てる気しない」
ツグロはもちろん、スミも明らかに常人では不可能な、速度の動きを見せていた。
二人とも人間離れした、高い身体能力を有しているのは、明らかだった。
ただ今回は運良く、セレンが二人を上回る速度で、動けたに過ぎなかった。
セレンは二人を守りながら、三対一は厳しい、そう感じていた。
少し前からセレン達の様子を、二階建ての店の屋根の上から見ている男がいた。
その男は、オシャレ短髪で真紅色の髪、薄い真紅色の瞳をしている。
一人で頑張ってるねー、あの青年。さっきはちょっと危なかったけど。あの若さで中々やるねっ。さて、どこまでやれるかな? だけど、危なくなったら助けてあげないとね、正義の味方は。それと、もう一つ気になるのは、金色の翼のプシプナ……まさかね。
そしてもう一人、かなり離れたところに身を隠し、セレンを観察していた。
その怪しい人物は暗赤色の髪で、おかっぱボブ。薄い暗赤色の瞳をしている女性。
そう、それは……ガネットだった!
ガネットは現在の状況を、リテラの紙にサトリス文字で記すと、伝書鳥を使った。リテラの紙が鳥の形をなすと、リテラと言う巣を目指し飛んでいった。
伝書鳥は世の理に叛逆し、物体に干渉することなく、ただ一直線に目的地を目指す。
リテラさま、このガネット、ご期待以上に、存分に、お役目果たしてみせます。
コシックの采配は、失敗に終わった。
セレンの強さは、コシックの予想を超えていた。
セレンの強さを認めたコシックは、自ら手を下すことに決めた。
「ツグロ下がっていろ。この強さは本物、オマエ達では敵わぬ。俺、自らこの手で堅強なる鉄槌を下す。オマエは隙をみて、少女とそのプシプナを捕獲しろ」
「わかった。でも何故プシプナまで?」
「冷静になって、そのプシプナを良く見てみろ。そいつは翼の生えたプシプナ。翼を有する小動物は希少異種動物。売れば莫大な金になる」
「なるほど、納得」
「絶対に、君達の思い通りにはさせない。そして二人は全力で僕が守る。プテラごめん、左目を使うよ。何かあったら、その時は……頼むね」
「うん、わかった。ごめんねセレン、きみにばかり負担をかけて」
ゆっくりと距離を縮めていたコシックが、その足を止めた。
セレンの前にはコシック、左にはツグロ、右には腰を押さえたスミ。
そして、後ろには少女とプテラと建物。
完全に身動きの取れないセレンは、窮地に立たされていた。
この状況を見兼ねた、真紅色の髪の男が遂に動いた。
「さすがにこれは、打つ手がないね。そこの青年、手を貸そうか?」
セレンは声の先を探した。セレンは軽く仰け反って見上げた。すると、屋根の縁ギリギリに立ち、セレン達を見下ろす男の姿が見えた。
「お兄さんは誰?」
「俺? 俺は……そうだな、正義の味方……かな」
「正義の味方。あの……僕、今すごく困ってます。手を貸して下さい、お願いします」
「もちろん! 助けを求める人を助ける。それが正義の味方の役割だっ!」
「なんだオマエは? 部外者は消えろ。さもなくば、オマエも容赦なく殺す」
「俺は今その青年の仲間、部外者じゃない。それに、君程度の男に、俺を殺すことはできないよ。青年、君は目の前の男を。俺は残りの二人の相手をする。さぁ、始めよう」
真紅色の髪の男が、屋根から飛んだ。
「バサッ」
男の背中からは、妖美な真紅色の翼が生え、月明かりに照らされ宙に浮いていた。
その翼の男に、プテラが反応を見せた。
えっ!? しかも真紅色の翼の……。昔聞いたことがある、かなり強い真紅色の翼を持つ男がいたって。確か二つ名は、紅翼のセロス……まさかね。
「【イエーナ】の生き残りか。スミ、ツグロ、気をつけろ。アイツは只者ではない」
「もう、遅い」
翼の男は人知れず、真紅の羽を飛ばしていた。
羽はスミとツグロの首元に刺さり、スミとツグロは、体の自由を奪われていた。
だが、コシックには刺さっていなかった。
「くそっ、動けねー」
「カラダが動かない……」
へぇー、俺の羽が刺さらない男か、彼はもしかして……。
「青年、今のうちに君の前の男を、二人から引き離すんだ」
その言葉に「はいっ」と返したセレンは、コシックの腹に連続で蹴りを入れた。
硬い!? なんで急にっ……。しかもこの硬さ、普通の人間の硬さじゃない。
セレンは違和感を感じつつ、全く防御の態勢をとらない、されるがままの、コシックの腹を蹴り続けた。強烈な蹴りの連続で、プテラ達との距離が少しできた。
翼の男は少女とプテラを抱え、少し離れた所の、四階建ての建物の屋上に避難させた。
「ありがとうございます」
「ニャーウ」
「どういたしまして……と言いたいところだけど。それはまだ早いかな。青年、二人は安全なところに避難させた。安心して戦いに集中するんだ」
「はい、ありがとうございます」
頑張れよ、青年。さて、残りのあの二人、どうしたものか……。
そろそろ麻痺も解ける。先に封じておくべき男は、脚の男の方。彼の脚なら跳躍で、簡単にここまで来ることができる。よしっ、それじゃ、いきますかっ!
翼の男が宙に浮き、空中から攻撃を仕掛けようとしていた。
スミとスグロが、体の自由を取り戻した。
「そこの脚の君、【エクシロク】の君だよ、君。君のその脚は、今の状況には少々厄介でねー、まずは君から大人しくしてもらう。《千羽》」
翼の男が真紅の羽を大量に生成し、右手をツグロに向け、その羽を次々に放った。
まるで本物の様に見える、光で生み出された数百本の真紅の羽が、豪雨の様に降り注ぎツグロを襲う。防ぎきれなかった羽が、ツグロの至る所に突き刺さった。
「っう、ぐぁーっ」
刺さった羽がすぅっと消えると、ツグロが顔面を歪ませ、左膝を地につけた。
セロスはその隙に、上空からツグロの腹に、速度と重みの加わった蹴りを浴びせた。
「逃さないよー」
「く」の字に折れ曲り、翼の男の足先に引っかかるツグロ。
翼の男はそのままツグロを足先に釘付けにし、数百メートル先にある壁まで飛び、そのまま壁に叩きつけた。
「ぐはぁぁっ………」
ツグロの口から鮮血が激しく飛散し、その場に仰向けで倒れこんだ。
翼の男が上昇し、百メートル上空から急降下する。
そして、下で倒れるツグロの右足の上に、右足で蹴りを入れた。
ツグロの右太腿の骨を容赦無く、ぐしゃりと粉砕した。
ツグロは声一つ上げなかった。
ツグロはこの攻撃の前から、既に気を失っていた。
気絶を確認した翼の男は、急いでプテラ達の元に向かった。
セレンがコシックを蹴り続ける。だがあまりの硬さに、脚が耐えられなくなっていた。
全く防御することなく、涼しい顔でセレンの蹴りを受け続けるコシック。
コシックは、セレンの蹴りの威力が落ちてきた頃を見計らい、セレンに反撃を始めた。
「より高い硬度とは、最大の防御であり、最大の攻撃でもある」
コシックがセレンの蹴り脚を左手で掴み、硬い右拳でセレンの顔面を殴りつけた。
コシックの見た目には、何の変化もみられない。
ただ全身の硬度は、異常に高くなっている。
それに加え動きは柔軟で、人間離れした速度で動ける。
殴られて吹っ飛ぶセレンを、コシックの第二撃が襲う。
コシックはセレンの腹部に、硬い右脚の踵落としを浴びせた。
真面に喰らったセレンの体は、激しく地面に叩きつけられ、その勢いで体は一度跳ね上がった。
身体強化したセレンを、軽く貫通するほどの威力に、セレンは少し吐血した。
―――セレンは今、生まれて初めて、全身で強烈な痛みを味わっていた。
第9話も引き続き戦闘回です。