第7話 シテセラとシテセリス
セレンは店員に声をかけ、帰る旨を伝えた。
しばらく待っていると、リテラが姿を現した。
「リテラさん、今日はこれで終わりにします。他にも予定があるので」
「そうですか、承知しました。では引き続き明日も、宜しくお願いします。お店の方は、朝の九時から開いておりますので、それ以降にご来店下さい」
「わかりました。九時以降にまたきます」
「セレンさま、ひとつお訊ねしても、宜しいでしょうか?」
「はい、何ですか?」
「ご宿泊先は、すでにお決まりでしょうか?」
「いえ、まだです。実はそれもあって、今日は早めに切り上げました」
「さようでございましたか」
われに大好機到来じゃ! これはものにしておかねばなるまい……むふっ。
「実は、この店の近くにわたしくしどもが、贔屓にしている宿がございまして、もし宜しければそちらで部屋をご用意いたしますが、いかがでしょう?」
「ニャーウ」
「えーっと、因みにそちらの宿は一泊いくらぐらいですか?」
「そうですね……確か、安いお部屋で一泊三万アモルほどだったかと」
三万アモル……今の私たちには高過ぎる。セレン、そんなの却下よ却下。
「ニャーウ、ニャーウ」
「あの、その値段はちょっと僕達には……。なので、他の宿を探します」
しもうた。われは、やらかしてしもうたか。うぅーどうする。ならぬ、このままでは、われの監視から逃れてしまう。何とかせねば……。
「いえ大丈夫でございます。宿泊費用の方は、今回の仕事の経費として、こちらで負担させて頂きますので、安心してご宿泊下さい」
「ニャーウ、ニャーウ」
「それでしたら、お言葉に甘えて」
「では、さっそく手配致します」
リテラが店員を呼び、何かコソコソと話し、宿を手配するよう指示を出した。
「かしこまりました」
その指示に従い、店員は宿を手配しに店の奥に姿を消した。
しばらくすると、その店員が戻って来た。
「宿の手配をして参りました。受け付で、セレンさまのお名前をお伝え頂ければ、係りの者が部屋までご案内するとの事です」
「どうも、ご苦労様でした」
「ありがとうございます。因みに、その宿の場所はどこですか?」
リテラがセレンに宿の場所を説明し、二人はその場所を把握した。
「色々と、ありがとうござました。また明日おねがいします」
「はい、お待ちしております」
リテラが店の外まで付き添うと、笑顔でセレンを見送っていた。
書店グラマをあとにした二人は、まず今日から宿泊する宿『レグラ』に向かった。
「えーっと、確かリテラさんの説明では、お店を出て右に百メートルほど歩いたところの右手に、レグラがあ……る。あった……。ここがレグラ? ってことは、僕たちがずっと気になってた、あの高い建物って宿泊施設だったんだぁ!」
「そ、そうみたいね……。えー、なにこの広い敷地は! グラマからレグラの距離より、レグラの入り口から建物までの距離の方が、全然遠いじゃない」
高層の建物の謎が解決すると、興味はレグラそのものへ移行し、二人は既にレグラの事が気になってしょうがなかった。
特にセレンの心中は、穏やかではなかった。
二人は周囲をじろじろ見回しながら、とりあえず奥に聳える建物に向かった。
その頃、リテラが書斎に戻り、店員の一人を呼び出していた。
「ガネット、ぬしは、われ程ではないが、かなり《伝書鳥》を使えたな?」
「はい。そんなことをうちに、訊いてくるってことは、もしや、もしや、もしやー任務でねすねリテラさま? くぅー、退屈だったんですよーずっと。やっと解放されるー」
「ぬしは、いま〝形式上〟では雇い主の前じゃ、もう少しその剥き出しの声と、心の叫びを自重及び自粛せい! 他の者にでも聞かれたら、どーするつもりじゃ」
「すみません……」
「まぁ、ぬしのその気持ちは、われにも理解でき過ぎるんじゃがな、むふっ」
「でたぁー、リテラさまの久々の、その不敵な笑い。何があったんですか?」
「まー焦るな、焦るな、焦るでない。〝事情〟はあとで、じっくり説明してやる……長くなるぞ。それはさておきじゃ、今は逸る気持ちを抑えて、その耳かっぽじって、われの話をよく聞けい。ガネットよ、ぬしに任務を与えるのじゃ」
「あはぁん。待ってました、その言葉。あー、いつぶりでしょう、お懐かしい響!」
「ぬしが対応した、レクス・M・セレンわかるな?」
「はい、彼がなにか?」
「今より、やつの動向を探れ。そして逐一われに報告せい。それがぬしの任務じゃ」
「わかりました。チカラは使っても?」
「構わぬ。セレンに尾行を、悟られんよう注意するのじゃ」
「肝に名じて。して彼を探る、その〝事情〟とは?」
「うむ………やつは一ノ書が読める、紛ごうことなき只者ではない。以上じゃ」
リテラの言う、その〝事情〟とやらは、全く長くなかった。
だがしかし、ガネットの反応もまた普通とは違った。
「端的! この、話のまとめ上手がっ。なるほど、そう言うことですか。端的過ぎて納得せざるを得ません。わかりました、そう言うことでしたら、早速任務に。時間をあけると彼を見失ってしまいます。今ならレグラに行けば、すぐに見つかるはず」
「であるな。なればぬしに、これを多めに渡しておこう。われの紙じゃ。わかっておると思うが、内容は【サトリス文字】でじゃ」
「はい、わかっております。リテラさまの紙、確かにこのガネットが」
「では頼んだぞ、ガネット。ぬかるなよ」
「ははぁー」
セレン達の知らないところで、リテラが動き出していた。
セレンは建物の中に入り、豪華な装飾、場の空気に圧倒されながら受付を探した。
受付を見つけたセレンが近づくと、洒落た制服を身に纏う女性が声をかける。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
「はい、書店グラマのリテラさんに、ここの予約をしてもらったセレンです」
「セレンさまですか。失礼ですが正式なお名前は?」
「レクス・M・セレンです」
「失礼致しました。すぐに係りの者がご案内致しますので、しばらくお待ち下さい」
受付から少し移動し、プテラと話していると、ビシッとした出で立ちの男が現れた。
見ため紳士的なその男は、セレンに挨拶をすると、卒なくセレン達を案内した。
自動で上下に移動できる乗り物に乗り、セレン達は上の階へと向かっていた。
自動で上下するこの乗り物の、外に面した部分の壁は、ガラス張りで開けていた。
セレン達の視界にマルティの街並み、外壁、そのずっと先まで目に入った。
初物尽くしのセレンが、興奮しているのは言うまでもない。
「ティン。三十三階です」
高音の小さな鐘の音と、女性らしき声が聞こえた。
それは目的の階に到着した、合図と声だった。
「セレン様、どうぞお先に」
男は「開」のボタンを親指で押さえ、セレンに先に出るよう促した。
乗り物から降りると、部屋の案内を再開した。
セレンは好奇心と知識欲の誘惑を、我慢できず男に訊ねた。
「あのぉ……、さっきの乗り物は何なんですか?」
「はい。先程の乗り物は、『エレベーター』と言うものです」
「エレ…ベーター?」
エレベーターは、全世界で、まだ片手にも満たない数しか存在していない。その数少ない一つが、ここマルティ王国のレグラにある。エレベーターはこの宿の象徴であり、マルティ王国の書に次ぐ、新たな象徴のひとつとなっている。
このエレベーター見たさ乗りたさに、富裕な人々が、我よ我よと足を運ぶ。
「さようでございます。私も詳しくは存じていないのですが、とある技術水準の高い国の方々が手掛けた設備のようで、相当な値が張るものだったと、聞き及んでおります」
賢明なプテラはすぐに理解した。どうして一泊の宿泊料金が、普通では考えられない程の破格、強気な値段設定なのか。なるほど、この乗り物の存在だったのかと。
「へえー。なんと言う国の方々なんですか?」
「申し訳ありません。そこまでは私どもも、存じておりません」
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。到着致しました、こちらのお部屋になります」
部屋の外の壁に設置されたプレートには、3301と記されていた。
「こちらが、この部屋の鍵になります」
渡された鍵は、純金製で、持ち手の部分に紅い宝石が埋め込まれた、部屋の鍵とは思えないとても高価なものだった。
「では、素敵な旅の夜をお過ごし下さい」
男は軽く会釈して、この場をあとにした。
二人は心躍らせ、いそいそと中に入った。
部屋の内観がセレンの目入った瞬間、想像を越えるあまりの広さに、レグラを初めて目にした時と同じ驚きを抱き、驚きが重なり過ぎて声を失っていた。
セレンは比較対象として、自分の部屋しか思い浮かばなかった。凄いとわかっていてもその凄さの度合いまでは、正直わからなかった。
だから、セレンはプテラに訊ねた。
「これって、やっぱり凄いんだよね」
「それはもう、凄いよ。ひょっとしたら、王族のしかも位の高い人の部屋よりも、全然凄い部屋かもしれない。あくまでも、私の知ってる限りの話だけど」
興奮冷めやらぬセレンは、満足いくまで部屋を詮索した。
もちろんプテラもセレンに倣って、マイペースでてくてくした。
一通り部屋を堪能し満足した二人は、街へと繰り出し店を色々見て回った。
「仕事しながらの三日間では、到底この街を全部回り切れないね。何日かかるかなー」
「えっ!? 全部回ろうとしてたの? こんなに広い街を?」
「そうだけど。ダメなの?」
「もちろん、ダメ……なことではないよ。でも相談して決めたでしょ? アウトクラトルを取り戻すまでは、先を急ぐって。セレンは、それを忘れたの?」
「すみません……そうでした」
「目的を達成してから、またこの街に戻って来れば、良いんじゃない? 街はどこにも逃げたりはしないからね」
「確かに、プテラの言う通り。そうすれば良いだけの話だった。プテラ、ありがと」
「どういたしましてっ」
二人はお腹が空くまで、街を探索していた。
そして今は、セレンが唆られた装飾品店『ダフティ』にいる。
セレンは目を輝かせながら、装飾品を物色していた。
「なんか意外ね、セレンがこう言うのに、興味があるなんて」
「そうなんだ。プテラはこう言うのに、興味はないの?」
「女の子だし、もちろん、興味なくはないよ」
「じゃー、プテラも一緒に、僕に似合いそうな指輪を探してよ?」
「いいよ」
二人は、決して「広い」とは言えない店内を、隈無く見て回った。
そしてセレンは、胸くらいの高さの棚に陳列された指環に、興味を惹かれた。
その指環は銀製で、新月(朔)から三十日月までの月の満ち欠けを、指環一周で上手く表現されており、月の部分は金色、新月は黒色で表現されていた。
その指環を手に取ろうと、セレンが左手を伸ばすと、ちょうど同じ商品に、三本の指に指輪をはめた、右手を伸ばす男がいた。
どちらかと言うと、その男の方が、先に手を伸ばしていた。
至近距離で二人の目が合い、そして………。
「あっ」
二人の「あっ」がハモった。
すると男が「どーも」とセレンに声をかけ、セレンが「どーも」と返した。
その男は細身で色白、いかにも病弱そうに見えた。白色に近い薄黄色でさらさらした髪質。髪型はマッシュウルフ。薄黄色の綺麗な瞳。その瞳の中には、金色で小さな斑点が一つあり、さらに瞳の中の小人の女の子が、笑顔でセレンに手を振っていた。
「お先どーぞ」
男はセレンに、その指環を手に取る権利を譲った。
「ありがとうございます」
男はその場を離れ、別の場所の指輪を物色し始めた。
セレンはプテラに相談し、悩んだ結果、その指環を購入することにした。
その後プテラに似合いそうな、首飾りを物色し、指環と首飾りを購入し店を出た。
セレンはさっそく、指環を右手の中指にはめ、右手を翳し眺めていた。
「いやー、良い買い物したなー。プテラもこの首飾りつける?」
「私は、今はいいわ。鎖の長さも合ってないから。それはセレンが持ってて」
「わかった。それにしても良い人だったな、あの人。あの人が譲ってくれたおかげて、僕の指についているわけで。ねープテラは見た、あの人の目? 目の中に小さな女の子がいて、手を振ってた」
「もちろん、見た。あんなに小さな人、初めて見た。正直驚いた」
「うんうん、世の中には、あんなに小さい人がいるんだね。旅は良いなー、楽しいなー」
そう、彼らは……【シテセラ】と【シテセリス】。どうしてこの街に? ここにきて、新たな種族との出会い。これは偶然なの? いや違う。だとしたら、一ノ書を所持するリテラって人も、もしかすると……。彼女には注意が必要ね。セレンはまだ、人を疑うことを知らない。私がしっかり、セレンを守らないと。
プテラはほーんの少しだけ悩んだ結果、サトリスの時と同様、シテセラとシテセリスのことは、セレンに黙っておくことにした。
二人はまだ全く探索してない区画に足を運んだ。
「プテラ大丈夫、疲れてない?」
「疲れてないよ」
どうしたんだろう、私を気遣って。ふーん、やっぱり成長してるじゃない、セレン。
「それもそっか。プテラずっと、僕の頭の上にいるんだもんね。あははっ」
「そうそう。ねーセレン、そろそろ夕食にしない?」
「そうだね。そうしよっか。お昼のこともあるし、店内で落ち着いて、ゆっくり食事できそうなお店でも探そっ」
「うん」
二人は店の対象を、飲食店に絞り街を回った。
セレンがキョロキョロしていると、『テリア』の看板が、セレンの視界にパッと入った。
「ここなんか、良さそうじゃない? 種類いっぱいあるし」
プテラは保護者として、しっかり値段を確認した。
ふむふむ、高くもなく、安くもなく、普通みたいね。ここなら大丈夫かな。
「そうね、ここにしましょっ」
「よし、決まり」
二人が店内に足を運んだ。
プテラの提案もあり、個室を案内してもらった。
「これなら、人目を気にせず食べれるね。さすがプテラ」
「ちゃーんと私も、学習してますから」
二人はお腹いっぱいになるまで、食べたいものを自由に食べた。
ここでもプテラは、普通にソファーにもたれて座っていた。
「あー、もうお腹いっぱいだ」
「うー、私もお腹いっぱい」
二人は満腹感が落ち着くまで、今後について話しながら、しばらく個室で寛いだ。
満腹感が落ち着くと、二人は会計を済ませ店をあとにした。
店を出た二人は、真っ直ぐレグラを目指した。
第8話、第9話は戦闘回です。