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第6話 リテラと一ノ書




「それにしても、プテラすごい人気ぶりだったね。疲れてない? 大丈夫?」

「ええ、なんとか。これを教訓に、これからは気をつける」

「あははっ。そうだね」


 光の示す方へ、セレンは真っ直ぐ進む。


「ねープテラ、今日の泊まるところどうする?」

「そうね。それも探さないとね。ここで野宿はさすがに。一ノ書を見つけたら、その近くにある値段もそんなに高くなくて、良さそうな宿を探しましょ。もしも一ノ書が見つけられたとしても、今日確認できないって可能性も考えられるからね。その場合、何度も足を運ぶことになるかもしれない。だったら、より近い方が時間を消費しなくて済む。この旅でセレンも良くわかったと思うけど、移動時間も意外と馬鹿にできないからね。物事は常に最悪の状況を予測して、対策をいくつか準備しておくと、柔軟に事を運ぶことができるのよ。それでも失敗する時はするんだけど」

「なるほど……。確かに移動時間は馬鹿にならない。それは身にしみて感じてる。勉強になります。本当、プテラは頼りになるなー。ありがとっ」

「ハフスじーじから、セレンのこと任されてるからね」

「そうだったね。それにしても、この街は書店がいっぱいだね」

「それは、そうよ、書の国なんだもん」



 マルティの街を歩けば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だが、マルティには書店が数多く並ぶ。

 それもそのはず、マルティは世界一の書の国である。

 現世界における書文化の生みの親、それが―――マルティ王国なのだ。

 マルティは世界へ新たな書を送り出すだけでなく、世界中の書を取り扱う。

 世界中で名の売れた作家は、マルティ出身者が多い。

 それだけでなく各国で書を生業(なりわい)にする者達も、そのほとんどがマルティ出身者なのである。

 それほどにマルティの民と書は、深淵(しんえん)なる(えにし)を持っている。

 書を執筆するにも〝才能〟の一言では片付ける事の出来ない、普通の人にはない、目に見えないチカラをマルティの民は持っている。

 マルティ出身ではない作家達の多く、または研究者達がそう結論付けている。

 マルティ王国とは、書の歴史そのものなのだ。



「なるほどー、それでか……。まーでも、三ノ書もここマルティにある訳だし、意外と直ぐに見つかるかもね」

「まーね。でも世の中、なんでもかんでも、そー都合よくいく訳じゃないからね」

「そこまで、言われなくても。それくらいは、僕もわかってるよ」

「セレン、過度な期待は禁物なのよ。あまり期待してると、期待を裏切られた時に、落胆がより大きくなるから。期待は、ほどほどによっ」

「んもー、プテラは真面目すぎ。もっと楽しく考えよーよ」


 そう言うと、セレンは店の方を向き、頭上のプテラの両(ほお)(つま)み引っ張った。


「ニィー」


 プテラはガラスに映る、横に伸びた自分の顔を見て思った。


 あー本当だ、セレンの言う通りだ。私はいつも険しくて、愛想のない表情をして、全然楽しんでなかったんだ。私ももう少しだけ、セレンみたいに楽しくしよう。


「ごめん、痛かった? プテラの笑ってる顔が見てみたかったから。でもプシプナは笑ってる顔どころか、表情もあまりわからないね。残念。だからと言って、―――僕は絶対に諦めないから。いつかきっと、プテラの笑ってる顔をみてやる」


 ありがとう、セレン……。


「プテラあのお店、あのお店に一ノ書がある」

「本当? それは朗報ね」


 セレンは駆け足で店に向かった。


「プテラ、最初に気になった、あの高い建物もすぐ近くにあるね」

「そうね。一ノ書のあとに、行ってみましょ」

「うん」


 そして……遂に一ノ書の()()辿(たど)り着いた。


「今日見た書店で一番大きくて立派な書店だ。このお店『グラマ』って言うのか」


 プテラが店の貼り紙に気付いた。


「ねー、あの貼り紙見て。あの表紙の感じ、もしかして十三ノ書なんじゃない?」


 貼り紙に近付き確認する二人。


「うん、確かに。プテラの言う通り、僕達の持ってる二冊に良く似てる」

「でしょ」


 セレンは、そこに書かれている文章を読んだ。


「えーっと、この書を読める方募集。報酬は百万アモル」

「百万アモル! セレン、百万アモルよ、百万アモル。ハフスじーじにもらった額と同じ百万アモル。百万アモルだけでも、二人ならそれなりに旅ができる金額なのに。更にそれを増やす好機が、いま目の前に……」

「そー言えば、じーちゃんが『お金は有限だから大切に使うんだぞ。そして、お金が少なくなってきたら働いて稼げ。おまえでもこなせる短期仕事もあるからな。それも社会勉強の一つだ。自分で起業して稼ぐのも、それも一つの手だ。とにかく生きるためには、お金は必要なものだ。とにかく、稼げる時に稼ぎまくれ。お金はたくさんあっても、困ることはないからな』って言ってた」

「ハフスじーじの言う通り。お金はたくさんあっても、困ることはないの。つまり、私たちの旅の資金が百万アモル増えても、何も困ることはない。(むし)ろ私たちの旅が、楽になるってこと。これはまさに千載一遇、一石二鳥よ、セレン」

「そっか。つまり僕達は、運が良いってこと?」

「そう言うこと。それじゃー行くわよ、セレン。いざ書店グラマへー」


 大きなガラスの扉を開け、頭にプテラを乗せたセレンが、堂々と中に入る。


 広い店内の割には、品数の少ない書店だった。

 しかし、素人目にパッと見ただけでも、そこに置かれてる書が貴重な品だと感じる、書そのものが異彩を放っていた。

 まるで美術館の展示のように、書が点々と並べられている。

 店員達はお揃いの衣装を身に(まと)っていた。

 濃紺色で上下揃った細身の紳士的な衣装に、黒の革靴(かわぐつ)、白い手袋をしていた。

 店内のお客さんも、どこか落ち着いた、知的な雰囲気を(かも)し出ていた。


 セレンは一番近くにいる、暗赤色(あんせきしょく)の髪でおかっぱボブの、女性店員に声をかけた。


「あのぉ……、『この書を読める方募集』の貼り紙を見て来たのですが?」

「さようでございますか。ではこちらの部屋へ」


 二人は、臙脂色(えんじいろ)を基調に金で装飾された内装の、豪華だが簡素な部屋に案内された。


「担当の者をお呼び致しますので、こちらで少々お待ち下さい」

「わかりました」


 部屋の濃紺ソファーに座り、しばらく待っていると、一冊の書を抱えた女性が現れた。


 女性の髪は薄紫色でロング。その髪を後ろで一つに(まと)めている。そして瞳の見えない紅色の(ふち)の丸眼鏡を掛け、黒いシルクハットを(かぶ)っていた。


「お待たせ致しました。わたくし担当のリテラと申します」

「僕は、セレンです。で、頭の上に乗ってるプシプナがプテラです」

「ニャーウ」

「プテラさん? ですか。わかりました」

「すごく頭の良い子で。いつも彼女に助けられてます」

「そうなんですか?」


 プテラがセレンの頭を、前足でポンポンした。


「セレン、リテラさんが困ってるから、私の話はヤメときなさい」

「そうなんだ。わかった」

「そろそろ本題に入っても、宜しいでしょうか?」

「あっ、すみません。お願いします」

「セレンさまは、例の募集を見て訪ねられたとのことで」

「はい。書を読める方募集って言う」

「先に申し上げておきますが、冷やかしなら即退場を願います」

「いえ、そんなことは。さっそく、見せてもらえませんか?」

「わかりました。ではお目通しを」


 リテラが書を差し出した。

 (ゼロ)ノ書が、その差し出された書を照らしていた。


「プテラ、これが【一ノ書】で間違いないよ。表紙に【IN(アイエヌ)ノ書】って書いてある」

「ニャーウ」

「うん、これで一歩進んだ」


 セレンの発言を聞いた、リテラの表情が一変した。


「どうやら、嘘ではないようですね」

「はい。嘘じゃないです。それで……これからどうすれば、良いですか?」

「そうですね、この書の中身をすべて、別の紙に書き写して下さい」

「わかりました。たぶんですが、三日くらいは掛かると思います。なので、この書を持ち帰って読んでも良いですか?」

「申し訳ありません。これはとても貴重な書。持ち出すことは叶いません」

「じゃー、どうすれば……?」

「三日間こちらに通って、作業して下さい」

「わかりました。では、早速取り掛かるので、紙と筆を用意してもらえますか?」

「承知しました。用意致しますので、今しばらくお待ち下さい」


 リテラは一ノ書を抱え、注文の物を取りに退出していった。


「案外すんなりと話が進んだね。ここまですごい順調にきてる」

「そうだね。うまくいけば、これで本物の目の()()が、わかるかもしれない。それにしてもあの人、何も書まで持っていかなくても……。今の内に読めたのに……」

「あの人がちゃーんと言ってたでしょ、これは貴重な書だって。全く信用のない私たちの前に、貴重な書を置いていく方が、どうかしてるわよ。これが普通なの、ふ・つ・う」

「そうか……なるほど。僕はこれまで人との関わりを、あまり持たずに育ってきたから、じーちゃんやプテラが、手本みたいな感じなんだ。だから、プテラと話をしてると、本当に勉強になる。初めて会う人と話すと、それが良くわかる。正直、僕はまだまだ常識に欠けてると思ってるから、もっと色々気を付けなきゃなって」

「そう言う風に自分の悪い部分、足りない部分に、自分で気付けるってことは、自分を客観的にみることが出来ている証拠。人として成長したいって、意思を持ってるってこと。だから心配しなくても、セレンならすぐに誰とでも、普通に話せる賢い人になるよ」

「なれるかな」

「うん。大丈夫」


 ようやくリテラが戻ってきた。


「お待たせして申し訳ない。少々手間取りました」

「いえ、大丈夫です」

「では、こちらを」


 リテラは黒い石テーブルの上に、一ノ書、白紙、筆を置いた。そして、テーブルの上に置いたのとは別の、小さめの白紙を、すぅーっとセレンの方に差し出した。


「えーっとこれは?」

「念のために、セレンさまの身元を書いて下さい。お名前は正式にお願いします」

「わかりました。えーっと『レクス・M・セレン。十六歳。アルヒ出身』っと」


 セレンが記入した用紙を、リテラに渡し確認した。


「これで大丈夫ですか?」

「はい。結構です」

「じゃぁ、早速始めても?」

「はい、お願いします。何か用があれば、店員に気軽にお声がけ下さい。すぐにわたくしが伺います。やめ時はセレンさまにお任せ致します。お帰りの際もお声がけ下さい。ご挨拶(あいさつ)に伺いたいので。それでは宜しくお願い致します」


 リテラは一礼し、身元を書いた紙を持って退室した。

 足早に自分の書斎に戻ったリテラは、椅子に座ると帽子を脱ぎ眼鏡を外した。


 ふぅ、疲れたのじゃ。じゃが収穫はあった。近年(まれ)に見る大豊作じゃ。あれからはや一年、筆が止まったままの、グラマ・L・リテラと言う、一人の少女の物語。再びその筆を動かし、物語の続きを、斬新に、劇的に、前衛的に書き(つづ)り、われの凡庸(ぼんよう)な日常に、新風を吹き込む奴が、ようやく現れおった。名は、レクス・M・セレン! ()ごうことなき、只者ではなかろう。これは早急(さっきゅう)に調査が必要な案件。

 そうじゃ、忘れる前に奴の情報を、記憶しておかんとな。


 そう言うとリテラは、セレンの身元を書いた紙を小さく折り(たた)み、そして左腕に押し当てた。紙はリテラの腕に貼り付くと、徐々に肌と馴染(なじ)んでいき、肌と同化して消えた。


 うむ、これにて記憶完了。あぁー、楽しみじゃのう、むふっ。


 セレンとプテラは、書をじっくりと見比べていた。


 一ノ書も左開き、紺色を基調に表紙、背表紙、裏表紙それぞれ部分的に、模様が白銅(はくどう)色で箔押(はくお)しされている。表紙と背表紙の文字は、全て月白(げっぱく)色で書かれている。表紙にはIN(アイエヌ)ノ書と記され、背表紙にはイエーナと1の文字が記されている。裏表紙の中心部分には他の二冊と同様に、魚の様な形の図形が箔押しされていた。


 セレンが一定時間、一ノ書に触れていると、(ゼロ)ノ書と一ノ書が完全に繋がり、ニノ書を示す光を放っていた。

 セレンはそのまま二ノ書を手に取ると、一ノ書と二ノ書が完全に繋がった。

 セレンが三冊の書を並べると、三冊の書が紫の光で繋がっていた。


 二人は相談して、三ノ書の()()については、ひとまず保留することにした。

 そして、〇ノ書と二ノ書をリュックに直し、一ノ書の読書に取り掛かった。


「うーん、今のところは、目の手掛かりは出てきてないね」

「そっか……。ねーセレン、今ちょっと良い?」

「あ、うん。なに?」

「これは相談なんだけど、今日の作業は早めに切り上げて、宿を見つけて手続きして、街をぶらーっとして、ゆっくりするって言うのは、どーかなーっ?」

「それ、大賛成」

「じゃー、そうしましょっ」



 二人は二時間ほど作業して、切り上げることにした。


 


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