表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

第4話 成長と旅立ち




 朝食が終わると、ハフスがセレンに声を掛けた。


「そうそう十三ノ書を、おまえの机の上に置いといたからな」

「うん、ありがとう、じーちゃん」


 セレン達が部屋に戻ると机の上には、二冊の十三ノ書が置かれていた。


 眠気に(あらが)うセレンは、何度も欠伸(あくび)を繰り返す。


 十三ノ書は左開き、紺色を基調に表紙、背表紙、裏表紙それぞれ部分的に、模様が白銅(はくどう)色で箔押(はくお)しされている。

 表紙と背表紙の文字は、全て月白(げっぱく)色で書かれている。

 【(ゼロ)ノ書】の表紙は【(ゼロ)ノ書】の文字が、背表紙にはレミデンと0の文字が記されている。

 【ニノ書】の表紙には、【AT(エーティー)ノ書】の文字が、背表紙にはディオニと2の文字が記されている。

 二冊ともに共通して裏表紙の中心部分には、魚の様な形の図形が箔押しされている。


 文字以外の部分はプテラにも見る事が出来たが、書の表紙、背表紙、本文の文字は全てセレンにしか見えていなかった。


「うわー、本当に何も見えない、ただの白紙だ……。セレンには見えてるの?」

「えっ、うん、読める。読めるけど知らない言葉がいくつもある。どうしよー」

「それなら、こうするのはどうかなー? セレンが自分でわかるところは、自分の紙に書き出して、わからない言葉は別の紙に書き出す。別の紙に書き出された言葉を、私がセレンに教える。それで言葉を繋げて文章を完成させる。どう?」

「なるほど、それは良い方法だね。二人で協力して読むって事だね」

「そう言うこと」

「あーっ、しかし深刻な問題がもう一つ……」

「えっ、なに?」


 自信に満ち(あふ)れるセレンが、ドヤ顔で口を開いた。


「文字を見続けてると、強烈な眠気に襲われる」

「知るかぁー! それは自業自得!」


 朝まで鏡の前で自分を見て、一睡もしてないからでしょーがっ!


「まーそれはそうなんだけど……」


 なんだかんだ言いながらも、なんとか二人は書を読み進めた。

 さすがセレン、ここにきてセレンの性質が顔を出す。

 読み進めるにつれて、本に対する興味が(ふく)らむ。

 そして遂に、セレンの好奇心と知識欲が眠気を上回った。

 その瞬間、セレンに巣食う眠気が姿を消した。

 気が付くと二人は、取り()かれたかのように、読書に没頭していた。


「おーい、おまえたち、昼食にするぞー。書を片付けろー」


 二人は返事をすると、書に(しおり)を挟み紙や筆と一纏(ひとまと)めにした。

 今日の昼食のメインは、魚介入りのトマトパスタだった。


「昼からはセレンに目の使い方を教える。読書は一旦保留な。十三ノ書を読むのも大切だが、目のチカラを自在に扱えるようになる事は、それ以上に大切な事だからな」

「もちろん、わかってる。早くチカラの使い方を教えて、じーちゃん」

「おー、やる気十分じゃねーかセレン。いいねー。まーおまえも少し目が見える様になった事だし、俺もこれから本気でおまえを鍛えるつもりだ」

「のぞむところさ」


 昼食を終えたセレン達は、少し歓談した後、環境を壊す心配のなさそうな、戦闘の訓練には丁度良い、少し(ひら)けた場所に移動した。


 そこでセレンとハフスが組み合っていた。

 プテラは岩の上で横座りして、羨ましそうに、二人の楽しそうな姿を眺めていた。


 あーあ、私がもう少し強ければ、もっとセレンの役にたてるのに……。


「準備運動はもー終わりだ。よぉーし、じゃあ、セレン、チカラを使わず右目を開けて、もっと本気でかかってこい!」

「えー良いのー? じゃあ、いくよー」


 セレンとハフスの殴り合い、蹴り合い、攻防一体のラリーが続いた。

 数分程続いた組手だったが、お互い攻撃を受ける事なく終わった。


「まぁー、当たり前っちゃー、当たり前だが、右目が見えるようになったぶん、見えてなかった時よりキレがある。しかも、まだ左目は閉じたままで」

「うん。右目が見えるようになったから、左目を閉じたままでも、(まぶた)を閉じたままの時より明らかに視界が良いよ」

「そう、つまり両目が使えるようになれば、もっとおまえは強くなれるって事だ!」

「そっか、そう言う事になるのかっ」

「んじゃまぁー、目のチカラなしの、おまえの実力もわかったところで、今からおまえに目のチカラの使い方を教える」

「待ってましたぁー。お願いしますっ!」

「プテラちゃん、ちょっとこっちに来てくれ」

「はぁーい」

「プテラちゃんも一緒に話を聞いて、セレンの目について、しっかりと理解しておいて欲しい。長い旅の間にプテラちゃんの力も、必要になる時がくるかもしれないからな」

「わかりましたっ」


 プテラの声は上ずっていた。明らかにプテラのテンションは上がっていた。


「少し長くなるが、しっかり聞いて理解しておいてくれ。わからなければ、()き返してくれて構わんからな」


 セレンとプテラは(うなず)き返事をした。


「まず、今のセレンの右目と左目の持つチカラは全く異なったものだ。右目を陽とするなら、左目はその反対の陰だ。右目のチカラは、身体能力を向上させたり、治癒できたり、イクリープ=見えざる者を視認できたり、十三ノ書を読むことができたり、まー感覚的イメージ的に、良い方向性の事象を可能にする。そして左目、具体的なチカラについては、実践の時に改めて話をする。その前にだ、左目の注意すべき点を先に話しておく。これはとても重要な事なんでな。よく聞いておいてくれ。セレン、今のおまえの左目は不安定な代物で、扱いを誤ると左目のチカラによって―――おまえは暴走する」


「暴走……ですか?」

「じーちゃん、暴走って?」

「暴走とはつまり、セレン、おまえが自我を失い、()()()()()()になるってことだ」

「えー、僕が別の人間になるの?」

「そうだ。だがこれは最悪の場合の話だ。そのためにプテラちゃんにも、この話を聞いてもらってるんだ。まぁー正直、おまえ一人なら心配するところだが、しっかり者のプテラちゃんが一緒となると、俺はなぜだか安心できる」


 プテラの尻尾がピーンとした。


「まかせて下さい」


「まー左目の扱いについての注意喚起も込めて、あえて左目の怖さを優先して話してみたんだが、ちょっと(あお)り過ぎたかな。実際のところ上手く使いさえすれば、そこまで身構えなくても大丈夫だ。そのための実践訓練なんだからな。それに左目が暴走する前には必ずその兆候が出る。兆候には段階があってな、まず性格が威圧的になり口調も変化する。そして攻撃的になり、暴力的な人間になる。これは左目の依存が高くなるにつれて変化していく。暴力的だとしても、自我を残している状態ならまだ大丈夫な範疇(はんちゅう)だ。自我を失い暴力的になった状態、それが暴走だ。理想は右目のチカラだけで、相手を倒せるのが一番なんだがな。とは言え長い旅になる、強い奴と戦う可能性は十分考えられる。もしそうなった時、必然的に左目のチカラにも、頼らざるを得なくなる。だから、左目のチカラの使い方も教えるんだ。俺の伝えたかった事は、二人にも理解してもらえたかな?」


「うん、良くわかった」

「はい」

「そうか、伝わって何よりだ。で、俺からプテラちゃんにお願いなんだが、もしもセレンが暴走しそうになったら、セレンの制御をお願いしたい」

「もちろん、言われるまでもありません。そのつもりでしたから」

「んー頼もしいなー、プテラちゃんはっ!」

「よぉーし、これから1ヶ月みっちり鍛えてやるから、覚悟しとけ、セレン」

「頑張りますっ!」


 この日から、セレンの中身の濃い一ヶ月の幕が開いた。


 午前中と空き時間には、プテラと十三ノ書を読み、午後からはハフスの鬼の実践訓練と言う、わかり易くも、集中力を要求される日々を消化していた。

 二冊の書の読書は一週間ほどで終わり、残りの四週間弱は、一日中ハフスと実践訓練に明け暮れていた。


 一ヶ月間全力で向き合ったセレンは、右目と左目のチカラの使い方を、バランス良く学び会得した。そしてその両目のチカラを、自在に扱えるまで自身を高めていた。


 セレンは一ヶ月前と比べ、見違えるほど強く、そして(たくま)しくなっていた。



 旅立ちの日の朝を迎えた。

 今日も早起きして三十分間、鏡の前にただ(たたず)む安定のセレン。

 だがしかし、いつもより(あわ)ただしい光景がそこにはあった。

 そしていつも以上に、三人の話し声が屋外に響いていた。

 屋外には〝いつもとは何かが違う〟声に反応した、小動物達が足を止め集まり、木の実を頬張(ほおばり)りながら家の方を(なが)め、()れ出る三人の会話に耳を傾けていた。


「じーちゃん、僕の財布どこにあるか知らない?」

「知るわけがねぇーだろっ!」

「もー、はい、これでしょ」


 プテラは前足で財布を器用に挟み、宙を飛びながらセレンに財布を渡した。


「あーそれそれ。ありがとう、プテラ」

「セレン、お前、相変わらずそう言うとこ抜けてるよなー。本当、プテラがいてくれて良かったよ、まったく」

「じーちゃん、人間には得手(えて)不得手(ふえて)ってのがあるんだよ」

「んなこたー、おまえに言われんでも、知ってるわ! 半人前のおまえが何偉そうに、俺に高説(こうせつ)垂れてんだ。五十年早いわ! 己の失態を得手不得手で片付けるんじゃねー」

「まぁーまぁー落ち着いて、じーちゃん。冷静に、冷静に、ねっ」

「なんだとっ、セレン、おまえなー」


 慌ただしくも、微笑(ほほえ)ましくもある、三人のやりとりはしばらくの間続いた。


「おー、良く似合ってるじゃねーか、その服。孫にも衣装とは、正にこのことだな」


 セレンはハフスの用意した衣装を身に(まと)っていた。(えり)の部分で切り返しのある、臙脂(えんじ)色のシャツに、紺色のカーディガン。伸縮性のある黒のスリムパンツ。意外とクッションがしっかりしている、歩きやすい焦茶(こげちゃ)色のブーツ。そして首元には、鎖の部分は銀色、金色っぽい色で半円の球体をあしらった、首飾りを掛けていた。その球体はガラスの様な素材で作られ、球体の平らな部分には〝セレン〟と掘られていた。


「まぁ、色がわからないから、そこだけが気になるけど。でも、すごく気に入ってるよ、この服。ありがとう、じーちゃん。大切にするよ」

「どういたしまして。プテラのその(かばん)も似合ってて可愛いな」

「はい。私もすごぉーーーく気に入ってます。本当、ありがとうございます」

「いいの、いいの」


 旅の準備は着々と進んでいた。

 準備が落ち着くと、三人が食卓で話を始めた。


「とうとう、この日が来たな。いつか来るとは思っていたが『あー、もう来たのか』って言うのが率直な感想だ。人間歳を重ねると、時間の流れを早く感じるようになる。まーおまえにもそのうちわかる。何を言いたかったかと言うとだな、おまえと過ごした十年は長い様で短い十年間だった。気付いたら、おまえはもう十六になってた。まーそんな感じだ。おまえはこれから旅に出る。別にこれで今生の別れって訳でもねー。だから感傷的になる必要もない。ない……んだ。あーダメだ……。これだから歳は取りたくねーな」


 ハフスがセレンの前で初めて涙を見せた。


「じーちゃん……」

「ハフスさん……」


 ハフスは顔を上に向け、涙が止むまで天井の(はり)を見ていた。

 少し落ち着いたハフスが、涙ぐみながらも話を再開した。


「二人とも悪いな。見苦しい姿を見せてしまったな。娘のミテラからおまえを託され、我が子の様に育て立派になったおまえが、いざ旅に出るって思うと、正直なところ嬉しい反面、寂しくもある。まーこの寂しいってのは、セレンともっと一緒にいたいって言う、孫馬鹿ジジイのただのエゴだから、気にするんじゃねーぞ、セレン」


 セレンは、ハフスと過ごした時間を思い返していた。押し寄せる感情の波が、セレンの心を突き動かす。セレンの目から、自然と涙が(こぼ)れていた。


「じーちゃん……。僕も……じーちゃんと離れるのは、すごく寂しい。僕だって、もっとじーちゃんと一緒にいたいよ。だって、じーちゃんのこと―――大好きだから」

「うぉー、やめろセレン。これ以上、俺を泣かせるんじゃねぇー」


 プテラがもらい泣きしていた。


 うっうっ、二人は本当に良い関係だね。家族かぁー良いな、羨ましい。


 全員が涙を流し落ち着くまで、しばらく時間を費やした。


「ふぅーっ。おまえのせっかくの門出だ、元気に送り出してやらねーとな」

「そうだよ」

「まだまだ色々と言いたいことはあるが、()(つま)んで言いたいことだけ伝える」

「わかった」


「おまえは、―――今と言う時間を楽しめ。そして悔いのないよう全力で生きろっ。以上だ」


「えっ!?  それだけ? てっきり、もっと話が長くなると思ってた。でも、じーちゃんのその言葉、しっかり〝ここ〟に刻んどいたから」


 そう言いながらセレンが、右手を心臓の前にそっと近づけ、服をギュっと(つか)んだ。


 明るい灰黄色のリュックを背負っているセレン、(ひも)が短く調節された真紅の肩掛け鞄(ショルダーバッグ)をかけ、セレンの頭の上に座るプテラ、いつも通りのハフスが、家の前で話している。


「二人とも忘れ物はねーな?」

「たぶん、大丈夫」

「大丈夫でーす」

「よし。そーだセレン、おまえ、お金の使い方には気をつけろ。まぁーでも、その辺の事はプテラに任せてあるし、大丈夫か。頼むな、プテラ」

「任せてください」

「それと、プテラ、セレンがもしも暴走しかけたら、その時は……」

「はい、安心して下さい。ちゃんとここに入れてあります」


 プテラはそう言いながら、(かばん)をポンポンと叩いた。


「いいかセレン、おまえがプテラのこと、ちゃんと守ってやるんだ。わかったか? 何かあれば〝風の便り〟を使って連絡してこい」

「うん、わかった。プテラのこともちゃんと守るよ。じーちゃん」

「えーっと……プテラっ」

「はいっ?」

「おまえは、もう俺たちの家族だ。旅が終わったら、セレンと一緒に帰ってこい」

「うっ……うん。ありがとう、ハフスじーじ」


 ハフスは右手でプテラの頭を優しく()でたあと、その手をそっとセレンの肩に置いた。


「じゃー、二人とも気を付けて行ってこい」

「うん。じゃあ、行ってくる」

「はいっ。行ってきますっ」


 二人は(ゼロ)ノ書の紫の光が示す、一ノ書を目指し歩き始めた。


 ハフスはその場に(たたず)み、二人の姿が見えなくなるまで、穏やかに暖かい眼差しで見守っていた。


 結局最後まで、お前に面と向かって言えなかったな。



「―――セレン、お前……本当、()()()になったなっ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ