第12話 新しい仲間と青い鳥
レグラ完全缶詰生活二日目、リテラとレトラは、二冊の書を読み終えた。
「なるほど、二ノ書は一ノ書に記載された、武器や防具、その素材の在り処を示す、書であったか。そして〇ノ書、これは、実に興味深い書であった。十三ノ書を創った理由や意義。一千年前に起きた、【暗黙示録=スコタディアポカリプス】について。暗黙示録で、生まれた【零点の惨禍】と呼ばれる【三獣】の存在について。などなど、実に興味深い」
「確かに、お姉さまの言う通り、〇ノ書は失われつつある、種族たちに関わる歴史を知るための、非常に貴重な書だと思いました。うんうん」
「〇ノ書は過去を知るには、良い書だね。まー僕は、理解力が乏しい上に、まだ一回しか読んでないから、たぶん二人ほど内容は理解できてないと思うけど」
「セレン、ぬしは知っておるか、この十三ノ書は、各種族に一冊のみしか存在せず、代々守り受け継がれておることを。書の背に書かれておる、種族名が、その書の守り主じゃ。例えば三ノ書の背には、サトリスと書かれておる。つまり、三ノ書を代々守り受け継いでおるのは、われらサトリスと言うことじゃ。普通であれば十三ノ書は、各国に一冊しか存在しておらん。ましてや、その書を預かるのは国じゃ、そう簡単に手に入るものでない。にも関わらず、ぬしは平然と二冊も持っておった」
「知らなかった……。そうだったんだ。じゃーなぜ家には、二冊もあったんだろう」
「まー、考えられるのは、ぬしがレミデンとディオニの、王族の関係者である可能性が、高いということかの」
「なるほど、って簡単に言えるほどの、規模の話ではないなこれはっ。こればっかりは、じーちゃんに訊いてみないと、わからないな……。じゃー、リテラさんはなぜ、イエーナの書である一ノ書を持ってたの?」
「ふむ、これは本当に運が良かった。われがまだ旅をしてる頃にな、旧イエナリスの近くの街を訪れた時に、ふらっと寄った書店で、偶然みつけたものなんじゃ」
「へぇー、リテラさんが、偶然手に入れたものだったのか……」
「そう言うことじゃ。十三ノ書は、本当に凄い書なんじゃ」
「何がそんなに、凄いんですか?」
「十三ノ書には、ディオニの強固な防御封印が、施されておってな、燃えも、濡れも、破れもしない書なんじゃ。当然、汚れもせん。ただの生身の人間よりも、遥かに強靭な代物じゃ。約一千年も姿形を変えず、今ここにある事が、それを証明しておるであろう」
「確かに……すごい。下手すると、僕の方が十三ノ書より、脆そうです」
「まっ、言い換えれば、それほど貴重な書である、と言うことじゃ」
「説得力がありますね」
「して、ぬしの三ノ書の進み具合は、どうなんじゃ?」
「はい、今で半分ほどです。三ノ書の内容が、十三種族の病、その治療方法について書かれているので、すごく期待はしてます。まだ目についての記述は、出てきてないですが」
「であるか。ならば明日には、何か進展があるかもしれぬな」
「そうですね。残り半分、それを願うばかりですっ」
レグラ完全缶詰生活三日目、セレンはリテラの部屋で、三ノ書の続きを読んでいた。
「どう、セレン? なにか手掛かりはあった?」
「いや、まだアウトクラトルについては……」
リテラとレトラは、〇ノ書と二ノ書を、二人で仲良く読み返していた。
リテラ奢りのお昼を食べ終わると、再びセレンは三ノ書を読み始めた。
しばらく読んでいると………セレンが動きを見せた。
「あったー、これだー」
歓喜のあまり、思わず立ち上がるセレン。
セレンの興奮むき出しの声が、部屋中に響き渡る。
「プテラ、リテラさん、レトラ、遂に見つけた、アウトクラトルを取り戻す方法」
「本当、セレン?」
「まことか?」
「本当ですか?」
「見て見て、ここ」
セレンがそのページを、指差し三人に見せた。
そこには、花の画とともに、こう書かれてあった。
レミデンの王の目【アウトクラトル】、喪失した光を取り戻す方法。
一千年に一度、満月に咲く花【皇帝月下】、その果実で光を取り戻せる。
皇帝月下が一千年育んだルナジーは、形をなしその身を果実の姿に変える。
皇帝月下が花開く時、果実も世に産み落とされん。
「ほらこれ、絶対そうでしょ!」
プテラには見えていないが、リテラとレトラには見えている。
「レミデンの王の目、アウトクラトルって……何なのじゃ、セレン」
「一千年って……なんだか、すごく壮大な話ですね、お姉さま」
「リテラさん、それが、僕の目のことなんだ」
「ぬしの目が、レミデンの王の目?」
「うん、じーちゃんが、そう言ってたんだ、王の目アウトクラトルって」
「であれば、ぬしはレミデンの、王位継承者なのでは?」
「それは、わからない。だけど、アウトクラトルは、間違いなく僕の目のことだよ」
「まー、本当に知らぬことなら、しょうがあるまい。だが、良かったではないか」
「うん……。ただ、これだけしか記述がないんだ。皇帝月下がどこの地にあって、いつの満月の日に咲くのか。果実が鍵と言うのは僕でもわかる。ただ、果実をどうやって入手するのか。入手した果実をどう使うのか。それが、全くわからないんだ」
「これは、あくまでも、われの予想じゃが、生息場所や使用方法は、四ノ書の方に、記されておるのではないかと思う。一ノ書と、二ノ書の関係のようにな」
「なるほど……そう言うことか。リテラさん、頭の回転が早いんだね」
「それほどでもないがな……」
少し小さめの声で、セレンがプテラに相談を持ちかけた。
「ねープテラ、さっそく明日から、四ノ書を探す旅に出よう」
「それは、構わないけど、三ノ書がないと、四ノ書が探せないわよ。しかも、三ノ書はこの国の国宝みたいなもので、気軽に借りるなんてこと、絶対に無理な気がする」
「あーっ、確かに……。どうしよう、プテラ」
「そうね、まず三ノ書が借りられるか訊ねる。借りられれば借りる。もし無理なら、リテラを旅に誘って、旅に同行してもらう。今、パッと思いつくのは、この二つかな」
「なるほど……」
セレンは少し気を落ち着かせ、リテラに話しかける時機を探っている。
「あの……リテラさん、その、明日から四ノ書探しの旅に、出ようと思ってるんだけど、三ノ書をお借りすることはできますか?」
「うむ……それは無理じゃな。この書はサトリスで守らねばならぬ、貴重な書。もしも、ぬしに貸して紛失でもしたら、大問題になるからの。貸してやりたいのは、やまやまなんじゃがな……。ここに持って来るのも、大変だったのじゃからな」
「そうだったのか……。それは、無理そうだね。じゃぁ、リテラさん、その三ノ書を持って、僕達と一緒に旅に行かない?」
「なんじゃと? われに旅の同行を。それは面白そうじゃのー、むふっ」
「うんうん、絶対、面白いですってー」
面白そうなことに、過剰反応を示すリテラの性格が、リテラの心を揺さぶる。
「お姉さま、一緒に行ってはいかがですか? あたしは賛成ですよ。本当は、あたしも一緒に行きたいけど、足手まといになるのが、目に見えてるので……」
「レトラ……ぬしは本当にそれでよいのか?」
「はいっ。お姉さまは、ほら、お強いですし、頭も良いので。お役に立てると」
「セレン、すまぬが、明日の朝まで返事を待ってくれぬか?」
「それは、もちろん大丈夫です」
「よし、ならば明日の朝また、部屋にきてくれ」
「うん、わかった。ひとまず三ノ書を、最後まで読むよ」
「うむっ」
セレンは三ノ書を読み終えると、自分たちの部屋に戻った。
そして、プテラと今後について話し合っていた。
セレンが、久し振りに外気に触れようと、広いベランダに出ると、突然声をあげた。
「あーっ! プテラ、プテラ、ちょっと、こっちに来て」
「んー、なに?」
プテラがベランダまで移動した。
「見えるんだよ、、四ノ書を示す、三ノ書の光がっ!」
「えーっ。それって、どう言うこと?」
「手元に書がなくても、大丈夫なんだよ。たぶんだけど、ニノ書と三ノ書が、完全に繋がったからじゃないかな」
「なるほど……。じゃー、今後は書に触れて書と書を、完全に繋げさえすれば、手元に書がなくても、次の書の在り処が、わかるってことなのね」
「断言はできないけど、たぶんそう言うことなんだと思う」
「じゃー、リテラの返事が『ごめん』だとしても、問題ないってことね。明日、予定通り出発できるわね。それに……例の報酬も、もー貰ったしね、むふふっ」
二時間ほど前の話。
「じゃー、僕達は部屋に戻るね」
「うむ。おっ、そうじゃ、ぬしにこれを渡しておかんとな」
ドンッ! リテラが帯封された札束を、テーブルの上に置いた。
きゃー百万アモルだわ、百万アモル。これで旅の資金が倍になったわ、倍にっ!
「例の報酬じゃ。受け取るがよい」
「ありがとうございます。助かりまーすっ!」
「ニャーウ」
現在に戻る。
「うん。明日、予定通り出発できる」
「まー、もう少しこの街を堪能したかったけど、それはまたの機会ね」
「そうだね。とりあえず、リテラさんには、三ノ書が手元になくても大丈夫、旅は続けられるって話は、伝えようと思う」
「そうね。彼女達はもう同じ情報を共有する、仲間みたいなものだしね。なにより、旅に誘ってるもんね」
「うん。プテラ以外に、僕にできた初めての友達」
「それじゃー、明日からの旅に備えて、今日はもう寝ましょ」
「そうしますか」
二人は早めに就寝した。
青暗く、月が残る夜明け前。
「ドン、ドン、ドン、ドン」
「セレン、ここを開けるのじゃー」
「もー、お姉さま……」
「レトラよ、これは急事。悠長には、しておれんのじゃ」
「元はと言えば、お姉さまが……」
「セレン、開けるのじゃぁー」
プテラが音に気づいて目を覚ました。
ん、この声はリテラ。こんな早くに何の用だろう。
「ドン、ドン、ドン」
「セレン、起きるのじゃー。起きてここを、開けるのじゃぁー」
プテラがニヤつき、悪そうな表情をみせた。
プテラはセレンを、力づくで起こしにかかった。
「セーレーンー、起きなさぁーいっ」
宙に浮くプテラが、セレンのお腹の上に、重力に任せて落下する。
「おっふぅっ!」
セレンが目覚めた。
「んもー、何なのプテラ。こんな早くに」
「お客さんよっ」
「ドン、ドン、ドン」
「セレン、起きるのじゃー。そして、開けるのじゃぁー」
「リテラさん?」
セレンが急いで扉を開けた。
「すまぬ、邪魔するぞ」
「セレンさん、失礼しますね」
リテラは急いで、レトラはゆっくり部屋に入った。
「よいかセレン、扉にはしっかり施錠しておくのじゃ」
「いったいどうしたんですか、姉妹揃ってこんな時間に? まだ陽も出てないよ?」
「うむ、ちと問題が起きてしもうてな……」
「えっ、何があったの?」
「それが、お姉さまがこっそり持ってきた、三ノ書の事がバレたみたいなんです。それで国が、ちょっとした騒ぎになってまして……」
「えーっ!?」
通路の方から、なにやら慌ただしい声が聞こえてきた。
「リテラ様を探せー」
「リテラ様は、この部屋にいらっしゃるはずだー」
「ふぅーっ。間一髪のようじゃの。じゃが、とうとうここまで、来てしもうたか……かくなる上は……。よしセレン、準備せい」
「準備ですか? 何の?」
「旅の準備に決まっておろうがっ! われも、ぬしの旅に同行する」
「リテラさん、その事だけど……」
「黙れ、時間がない。早うせいっ!」
夜明け前の空が、僅かに東雲色を見せ始めた。
セレン達は言われるがまま、急いで旅の支度を整えた。
「うむ、ではついてこい」
リテラに連れられベランダに出た。
「では、やるか」
リテラの左手、人差し指の指先が、薄紫色に発光していた。
そして何もない空中に、光る人差し指で、文字を書き始めた。
「勿忘草大鳥」
その文字はセレンとプテラにも、ハッキリと見えていた。
空中に書かれた薄紫色の文字は、徐々に形を崩して繋り、線となり輪郭を作る。輪郭はやがて立体的になり、色づく。「勿忘草大鳥」と言う五文字は、生きた物体に変わる。
「バサッ、バサッ……」
ただの文字が、大きな鳥に形を変えた。
「えっ……えぇーーっ!? リテラさん、何ですかこのチカラはっ?」
「黙れ、殺すぞ! 今は急いでおる。あとで、説明してやる、さっさと乗るのじゃ」
セレンとプテラは、言われるがまま、大人しく大きな鳥に乗った。
「セレン、目的地の方向を教えるのじゃ」
「こっちに真っ直ぐっ」
「うむ、わかった」
三人を乗せた大きな鳥が上昇する。
「レトラ、あとのことは、ぬしに任せたぞ。ぬしが疑われぬよう、上手く、われの責任にしておくのじゃぞっ。それから、ぬしの護衛じゃが、ネイビスとガネットに、頼んでおいたので、安心して生活するがよい。何かあれば、伝書鳥をよこすのじゃ」
「わかりましたっ。ありがとう、お姉さま」
「うむっ。では、行って参るっ」
「レトラ、またねー」
「はいっ。セレンさんの目が早く元に戻るよう、祈ってます」
「うん、ありがとう。じゃー行ってくる」
「お姉さま、セレンさん、プテラちゃん、気をつけてっ」
「ニャーウ」
夜明け前の空、鮮麗な東雲色の水平線、旅立ちを告げる陽が昇る。
大きな青い鳥はセレン達を乗せ、水平線のその先へと飛び立つ。
そう、立つ鳥跡を濁しまくって……。
レトラは、そっとベランダの柵に寄り添い力を預ける。
朝陽に照らされ、優雅に空を舞い、徐々に小さくなる物影。
薄紫の瞳は、気の済むまで、その物影を追いかけた。
本当、お姉さまらしい、細かい演出ですね……。
色なんて、自由に選べるのに……。
―――それって……幸せを運ぶ青い鳥、って意味ですよねっ、お姉さまっ。