第11話 四人と四冊の書
セレン達は部屋に入るとソファーに座った。
向かいにリテラとレトラが座っている。
木製のテーブルの上には、レトラの用意した、お茶の入った器が置いてあった。
ソファーに座り脚を組み、両手を組み膝に乗せるリテラが、セレン訊ねた。
「さっそく質問なんじゃが、ぬしは何者で、何の目的で、ここマルティに来たんじゃ?」
「セレン大丈夫、正直に話してあげて」
「わかったよ、プテラ。僕はレミデンとデイオニの血を引いている人間で、本物の目、アウトクラトルを取り戻すために、プテラと一緒に旅をしてるんだ。今は、そのアウトクラトルを取り戻すための手掛かりを探して、十三ノ書を順に辿っているところ。十三ノ書は光を放っていて、次の書の在り処を示してくれているんだ。それで僕達の持ってる〇ノ書が示す光に従い、一ノ書がある、ここマルティに辿り着いたんだ」
「なるほど、そうであったか。して、ぬしの言う本物の目と言うのは?」
「うん、僕は一ヶ月前まで、目が見えていなかったんだ。だけど一ヶ月前、僕の目は少しだけ光を取り戻した。右目の黒目の中に輝く、三日月の形をした光がそう」
セレンが右目の下瞼に人差し指を添え、リテラ達の視線をそこに誘導した。
リテラとレトラが、ソファーから腰を上げ、前屈みになり、その目を凝視していた。
「確かに、三日月の形で光っておる」
「はい、光ってます」
「それが、今のぬしの光」
二人はしばらく、セレンの右目を、興味深そうに見ていた。
「この光は、アウトクラトルを取り戻すまでの、あくまでも繋ぎ、不完全な状態なんだ。だから、未完成のこの目で見る世界には―――まだ色がない。白と黒の世界」
「色のない白と黒の世界……。まるで白い紙に、黒で書かれた話のような世界か」
「そんな訳だから、本来の目のチカラもまだ使えないんだ。そして、僕がアウトクラトルを取り戻すと―――裏返ったこの世界を、元に戻すことができる」
「裏返った世界を元にじゃと?」
「うん。僕の目が元に戻れば、その目で裏返った人や、動物なんかを、元の姿に戻すことができるみたいなんだ。そして、じーちゃんが言うには、僕はその本物の目アウトクラトルをなるべく早く、取り戻す必要があるみたいなんだ……」
「われの想像を越えた、なんと壮大な話……。本物の目の件、もっと詳しく、話を訊く必要がありそうじゃな。まー、今日のところはこれくらいで、続きは追い追い……。しかし、ぬしもまさか十三ノ書を所持していたとは少々驚いた。それに、十三ノ書が次の書を示していたと言う事実も然り。十三ノ書も存外、奥深いものだな。では、ぬしは次にニノ書を目指すということか?」
「ううん、僕達は〇ノ書の他に、ニノ書も持ってるから、次に目指すのは三ノ書なんだ」
「なんとっ、二冊も書を持っておったのか……」
んっ、なにっ、三ノ書じゃと……。
「うん。でもその二冊で全部だよ。ニノ書は既に三ノ書を示してるから、一ノ書を読み終えたら、探しにいく予定にしてる」
「そうか。であれば、ぬし達は運が良いようじゃな。三ノ書は、われらが所持しておる」
「えーっ!? 本当にっ? それって、見せてもらえないかな?」
「うむ、もちろん構わぬ。だが今手元にないのでな、明日にでも用意しておこう」
「うわぁー、ありがとう、リテラさん」
「面白くなってきたのう……むふっ」
眼鏡で隠れ、目元が曖昧なリテラの顔から、喜悦した表情が溢れていた。
隣のレトラは、姉のその表情を見て、小声で「クスッ」っと微笑んだ。
「あの、リテラさん、僕からも質問いいかな?」
「なんじゃ?」
「レトラのお姉さんである、リテラさんはサトリス。それはつまり、一ノ書は自分でも読める。なのに、なぜあんな募集をしてたの?」
「大雑把に言うと、ただの暇つぶしじゃ。グラマで働いておるのも、暇で暇でしょーがなくてな、何か面白いことはないかと、ずーっと考えておった。それで思いついたんじゃ。先に言うておくが、あの募集にサトリスが来ることは一切ないからな。つまりどう言うことか、もし本当に一ノ書が読める者が現れた時、何か面白いことが起こる、そう思うておったんじゃ。そして、セレン、ぬしが現れた」
「なるほど、そう言うことだったのか。それじゃー、一ノ書の書き写しはもう……」
「そうじゃな、もう必要ない」
「じゃー、報酬の話も……」
「安心せい、こんな面白い話を聞かせてもらったんじゃ、報酬は支払おう」
「本当に? ありがとう」
「して、これはわれからの提案なんじゃが、お互い、明日以降の予定は白紙になった。であれば、明日から、ぬしは一ノ書と三ノ書を読み、われはぬしの持つ、〇(ゼロ)ノ書とニノ書を読む、と言うのはどうじゃ?」
「それ、すごく良い。そうしよう」
「なら、決まりじゃの。では明日の朝九時に、この部屋に集合じゃ。三ノ書はそれまでに用意しておく」
「はい、お願いします」
「お姉さま、あたしも〇ノ書とニノ書を読みたい」
「うむ、もちろん構わぬ」
「わーい。ありがとう」
続きはまた明日ということで、今日はお開きになった。
部屋に戻ったセレン達は、月の良く見える寝室で少し話し込んでいた。
今日の戦いで消費したルナジーを補充するため、セレンは月を眺めながら話していた。
「それにしても、まさか本当に、世界中に散らばる十三ノ書が、一日で二冊も見付かるとは思わなかった……。しかもそれを、リテラさんが持っていると言う、偶然」
「そうね、きみの言ってた通りになったわね。これは、かなりすごい確率の話。でも、果たしてこれが本当に〝偶然〟かどうかは、わからないけどね」
「それって、どう言う意味なの?」
「つまり、私とセレンが出会ったように、三ノ書を持つリテラとセレンは、出会うべくして出会ったのかなって思ったの。セレンの運命はそう決まっていた……みたいに」
「………なるほど。確かにプテラの言うように、必然という可能性も、考えられなくもない。うーん……」
おもむろに腕を組んだセレンが、考え、悩むフリをする。
「まー、でも、確実に十三ノ書を探す時間は縮まり、次に探す書が四ノ書になった。ってそう言うことだよね」
「それは、そうなんだけど」
「とにかく、僕たちは着実に前進してる。今はそれで良いんじゃないっ!」
二人はこの後も少し話し込み、しばらくして眠りに就いた。
日の出、薄明かりの差し込む部屋の一角で、一人佇む男の姿があった。
今日も早く起きたセレンは、部屋の鏡が全身を映す姿見だったせいか、いつもより長い一時間、鏡の前に佇んでいた。
そして今日はいつもより多め、〝二度〟笑った……。
プテラの憂い虚しく、セレン日課の鏡前の観照……ではなく、単なる〝観賞〟と言う、無意味で変態的な癖が、今日と言う一日の始まりを告げた。
プテラはその光景を見て、見ぬフリをすることで、セレンに懐の深さをみせた。
二人は朝食を食べると、リテラの部屋を訪ねた。
レトラが扉を開てくれた。
挨拶を交わすと、レトラは昨日と同じ部屋まで案内してくれた。
そこには、昨日とは雰囲気の違う、リテラがソファーに座っていた。
「リテラさん、おはよう。あれ、なんか雰囲気変わった?」
「うむ、おはよう。眼鏡をはずして、髪型も元に戻したのじゃ。眼鏡も、纏めた髪も、シルクハットも、グラマ仕様じゃからの」
「なるほど。まじまじと見ると、リテラさんって、すごい美人さんだったんだねっ!」
セレンのド直球の言葉が、リテラの無防備な乙女心に命中した。
「セレン、まじまじと見るでない! 殺すぞ!」
リテラは威圧と言う方法で、照れをなんとか誤魔化した。
あらあら、お姉さまったら、照れちゃって、うふふっ。
「わぁーっ、すみませーん」
確かに今のリテラは、いわゆる綺麗な女性だった。
初めて見るリテラの目は、レトラと同じ薄紫色の瞳をしていた。そして、その瞳の中には、金色で小さな斑点が一つあった。前髪をパッツン、艶のある薄紫色の髪を、二つに分けて前に流すその髪型も、リテラに良く似合っていた。
「次まじまじと見たら、殺す」
「じゃー、まじまじじゃなく見ます」
「まじまじじゃなく見ても、殺す」
「じゃー、ほんのちらっと見ます」
「ほんのちらっと見ても、殺す」
「じゃー、気づかれないように、見ます」
「見た時点で、殺す」
「じゃぁー」
「じゃぁーも、殺す」
「それじゃー」
「それじゃーも、殺す」
「それだったら」
「屁理屈も、殺す。二回殺す」
「……………」
「……………殺す」
セレンとリテラの「殺す」のやりとりが、しばらく続いた。
ようやく落ち着き、今日の本題が始まりを迎えた。
「ほれ、これが一ノ書。で、こちらが三ノ書じゃ」
「ありがとうございます」
ソファーに座ったセレンは、三ノ書を手に取った。
「これが【三ノ書】……。【AGノ書】って書いてある」
三ノ書も、他の書と同様に左開き、紺色を基調に表紙、背表紙、裏表紙それぞれ部分的に、模様が白銅色で箔押しされている。表紙と背表紙の文字は、全て月白色で書かれている。表紙にはAGノ書と記され、背表紙にはサトリスと3の文字が記されている。裏表紙の中心部分には他の書と同様に、魚の様な形の図形が箔押しされていた。
セレンが一定時間、三ノ書に触れていると、二ノ書と三ノ書が完全に繋がり、四ノ書を示す光を放っていた。
「して、ぬしの方の十三ノ書は?」
「あっ、はい、これ」
セレンは、リテラの顔を何度もチラ見しながら、〇(ゼロ)ノ書を上に重ね二冊の書を渡した。
この後に及んで、命を安売りしようとする、単線思考で恐れ知らずのセレン。
だが、リテラの焦点は書の一点、枠外のセレンのチラ見は、全く気づかれなかった。
リテラが、二冊の書を左右に一冊ずつ持ち、表紙を眺めていた。
「〇ノ書とATノ書、であるか……」
「リテラさん、さっそく読み始めても?」
「そうじゃな、始めるとしよう」
セレンとプテラは、用意した紙と筆をかたわらに、書を読み始めた。
「お姉さまは、どちらを先にお読みに?」
「そうじゃな、われは〇ノ書を先に読む」
「では、あたしは二ノ書を、読ませてもらいますね」
「うむ」
全員が読書に熱中し、部屋の中は無人かのような、静寂に包まれていた。
たまにセレンとプテラの、相談する声がしていた。
それ以外に聞こえてくる音は、書を捲る音、筆を動かす音、微かな息遣い、咳払い、ソファーの軋み、飲み物の入った容器を置く音、ごくっと言う喉の音、どれも普段気にも止めない音。その音が、集中し神経を研ぎ澄ます全員の耳には、繊細に聞こえていた。
セレン達も、今までにないくらいの集中力で、読み進めていた。
全員が時間も忘れ、ただひたすらに黙読する。
だが、どんなに集中しようとも、正直な体の反応は止めることはできない……。
「ぐぅぅーーーっ」
静寂だからこそ、一際その存在感を露わにする、セレンの腹の叫び声。
これで、全員の緊張感が解け、再び会話が始まる。
「ごめん、僕お腹が空いた」
「であろうな、さきの腹の音を聴けば、われにもわかる」
「そ、そうですね。セレンさん、本当に面白いです」
レトラが、思いの外ツボにはまり、クスクス笑っていた。
「プテラは、どう?」
「うん、私もお腹空いてきたかな」
「そっか。じゃー、みなさん、ここでお昼にしませんか?」
「うむ、よかろう」
「決定。じゃー、みんなでお昼にしよー」
「ならば、この部屋に届けてもらう。ここから好きなものを選ぶがよい」
リテラがメニュー表を見せてくれた。
各々、食べたいものを決め、リテラに伝えた。
リテラは注文を書いた紙を、伝書鳥でどこかに飛ばした。
「これで、完了じゃ。届くまで待つとしよう」
しばらく談笑しながら時間を潰していると、注文した昼食が届いた。
四人で昼食をとりながら談笑は続いた。
昼食が終わると、再び静寂の時が流れた。
そして夕方、セレン達は、一ノ書の五分の三まで、読み進めていた。
一ノ書は明日には読み終え、三ノ書に取りかかれそうだった。
リテラとレトラは流石に早く、今日中には一冊読み終えそうだった。
ここで、一旦休憩を挟んだ。
「ねー、リテラさん」
「なんじゃ?」
「僕達の方が読むのが遅いから、リテラさん達の方が、先に読み終わると思う。たぶん、このままのペースだと、三ノ書を読み終えるまで三日は掛かる。だから、それまでは付き合ってもらっても良いかな?」
「もちろん、構わぬ」
「本当、ありがとう」
「して、一ノ書に、ぬしの目の手掛かりはありそうか?」
「んん……、武器や防具、その素材についてばかりで、正直この書に、アウトクラトルの手掛かりは、なさそうな気がする」
「そうであるか……」
「でも、最後まで読まないとわからないし、とりあえず最後まで読むよ」
「うむ、それがよい。焦って、見落さぬよう気をつけねばな。一つずつ確実にじゃ」
「うんっ」