第10話 イエーナとサトリス
「レトラは一人でレグラに向かってたの?」
「いえ、護衛と一緒に、馬車で移動しているところを襲われました」
「じゃー、護衛の人たちは、いまレトラを探しているんじゃ?」
「護衛の方達は、私を守るために抵抗して……。命が無事なら良いんですが……」
「そうなんだ、じゃーなおさら早く、レトラの無事を誰かに伝えないと」
「そうですね。でも、今の最善の方法は、セレンさんに守ってもらって、姉のところに無事に辿りつくことなのかと」
「セレン、レトラちゃんの言う通り、今はそれが一番の方法だと思うわ」
「そっか。そうだね。うん。それにしても、レトラを襲った、アウエルサ帝国の人達は、どうしてレトラを? 任務とか言ってたけど」
「まったく、わかりません……」
「それも気持ち悪い話だね……。でも任務って言ってたし、また襲われる可能性も」
「そうね、その可能性は十分考えられるわね。少なくとも、今日の相手と対等、もしくはそれ以上の実力者でないと、彼女の護衛は務まらないわ」
「そうかもしれないね。しかも、アウエルサ帝国って言うのも、気になる。ねーレトラ、君の周りに君を襲った人と、真面に戦うことができそうな人はいるの?」
「そうですね……います。身近なところだと、いま向かってる姉は強いです」
「そっか、それなら安心だね」
「はい。ですが……姉はかなり自由奔放な人で、自分のしたい事をしたいようにする。そんな人です。今は家の仕事を嫌々ながらに、手伝っていますが基本的には、ひと所に留まっていられるような人じゃありません。だから、今このマルティで親の言い付けに従い、働いている事が不思議なくらいです。何かに縛られる事が嫌いな姉に、さらにあたしの護衛なんて………断られるに決まってます」
「そっか……。じゃー、お姉さんは難しそうだね」
「はい……その可能性は高いと思います」
「まー、今の話だと護衛を頼むのは難しそうだけど、相談すれば一緒に他の方法を考えてくれるかもしれないし、色々前向きに考えようよ」
「そうですね。後ろ向きなのはよくないですね。なんか元気でました。セレンさん、ありがとうございます」
「いえいえ」
「セレンもなかなか、良いこと言うようになったね」
「そうかな、だとしたらプテラのおかげだよ」
「まー、そんなことはある……かな」
三人と少し距離をとり、三人の様子を観察する怪しい人影があった……そうガネット。
えーっと「セレン、話しながらレグラに向かって進行中」っと。
ガネットが伝書鳥をリテラに飛ばした。
「セレンさん、そう言えばさっきから気になってたんですが、プテラちゃんに話しかけてませんか?」
「あ、うん。話しかけてるよ」
「それはどう言う?」
「そのままと言うか、見たままと言うか」
「つまり、セレンさんはプテラちゃんと、話してるってことですか?」
「そう言うこと。僕は人以外に、動物や自然と話すことができる。レトラが襲われていることも、通りすがりの風に教えてもらった」
「そうだったんですね……。信じられない話ですが、セレンさんが言うと信じられます。世界には色んな種族の人間が、存在しているのは知っていましたが、自分達の種族以外の方にお会いするのは、今日が初めてでしたから」
「それはつまり、レトラ、君も何かのチカラを持った種族ってこと?」
「はい! あたしはサトリス〝文字を司り操る種族〟です」
レトラちゃん、サトリスだったんだ。ってことは、サトリスの説明は全てレトラちゃんに任せて、私は傍観者に徹する。これ一択!
それにしてもレトラちゃんの、この身なり、明らかに高い身分のはず。うーん、薄紫色の髪の色、どこかで見たことがあるような……。
プテラが首を捻りながら、記憶を手繰り寄せる。
しかしプテラは何も思い出せなかった。
レトラのツインテール、良く似合ってる。目も大きくて、薄紫色で綺麗な瞳をしてる。こんな純粋な目で、じーっと見つめられると、吸い込まれそうだわ。本当に可愛らしい女の子ね。
「サトリスか。名前は知ってたけど、そうか、文字を司り操る種族のことだったんだ。僕は〝目にチカラを宿す種族〟レミデンと〝万物の声を聴く事が出来る種族〟ディオニの二つのチカラを持ってる」
「二つもチカラを。しかもセレンさん、レミデンだったんですね」
「まー僕もついこの間までは、自分がレミデンでディオニだったって、知らなかったんだけどねっ。あははっ。ねーレトラ、サトリスって具体的には、どんな種族なの?」
「そうですね、何から話せば……。セレンさんは、十三ノ書をご存知ですか?」
「知ってると言うか、探してると言うか、まー知ってる」
「その十三ノ書は、サトリスのチカラによって、創造された書なのです」
「えーっ! そうだったんだ……」
「十三ノ書は、そこに書かれた文字を、普通に読むことはできません」
「うん、知ってる」
「それは【サトリス文字】と言う、特殊な文字を使用して、書かれているからなんです。そして、そのサトリス文字を読む事が可能なのは、レミデンとサトリスの〝二種族〟だけなんです。ディオニの方も、そのチカラが強い方なら、書の声を聴き、書の内容を把握することも、恐らく可能かと」
セレンが顎に手を添え何か頷いていた。
なるほど。じーちゃんが、書の内容を知ってたのは、そう言うことだったのか。
僕には無理だったけど………。
「と言うことは、レトラも十三ノ書が読めるんだね」
「はい、読めます。サトリス文字も使えます。それに繋がる話で言うと、セレンさんがセロスさんから手渡された紙、あれは生命の書と言う特殊な紙です。本人の成分から作られた紙で、〝本人の元に戻る性質を持つ紙〟なんです。主な用途は伝達手段です」
「へーっ、それはどうするの?」
「まず生命の書に伝えたい内容を書きます。文字は筆で書いても、サトリス文字でも、別にどちらでも構いません。ただ、もし本人以外の誰かに見られた場合を想定すると、サトリス文字で書く方が、より安全で機密性も高くなります。ですので、あたしたちサトリスは、基本サトリス文字を使います。そして伝書鳥と言う技で、その紙を鳥の様に飛ばします。すると、その紙は鳥の姿をなして飛び、本人の元に戻ると、その姿をまた元の紙に戻します。例えばセレンさんが、今日セロスさんに貰った紙に、何か伝えたいことを書き、その紙を伝書鳥で飛ばすと、その紙はセロスさんの元に戻ります。このチカラはサトリス固有のチカラなので、生命の書を扱うには、サトリスのチカラが必要になります」
「って言うことは、生命の書を扱うことができる、セロスさんは翼の生えた、サトリスって言うこと?」
「いえ、一概には……。例えば周りにサトリスの方がいれば、その方のチカラで生命の書を作ってもらうことは可能なので。ただ、セロスさんは―――有翼の種族【イエーナ】と言うことは、間違いありません」
「イエーナ。そうか……イエーナは、有翼の種族のことだったのか……。サトリス、イエーナ、ちょっとまって、頭の整理が追いつきません」
セレンが両手で頭を抱え、少し混乱している様子を見せた。
そして、〇ノ書に書かれていた文章の事を、ふと思い出していた。
そうか……そうだったのか! 〇ノ書に書かれてあった、レミデンとディオニ以外の、イエーナ、サトリス、シテセラ、シテセリス、ペンデゴ、エクシロク、エプタナ、オクトハ、クエンネア、レデカ、エンデイカ、ドーデニカ、デカトリア。やっぱり、あれは全て何かのチカラを宿す、種族の名称だったのか……。薄々そんな気はしてたんだけど。こんなことなら、じーちゃんに、もっと詳しく訊いとくんだった、種族のこと。
ここでガネットが動きを見せた。
えーっと「セレン、間もなくレグラの入り口」っと。
ガネットが伝書鳥をリテラに飛ばした。
「サトリスのことも気になるけど、イエーナのことも気になってきた。どうしよう。ねーどうしたら良いかな、プテラ」
「わ、わ、わかりません。私には、何もわかりません」
プテラは保身に走り、セレンを突き放した。
「プーテーラー」
その頃、レグラのとある一室で、顔をニヤつかせ、何かを企む人物がいた。
そう、リテラ。
うむ、なになに「セレン、間もなくレグラの入り口」か。ようやく、奴がここに戻る………むふっ。さて、どう料理してくれよう!
やはりここは、記憶の中に衝撃的な印象を刻み込むことが必須。そして、それを可能にする方法、すなわち〝事故〟及び〝偶然〟と言う鉄板演出! セレンよ、ぬしの驚く顔が目に浮かぶわ、名付けて―――眼鏡の休日。
セレン達がようやくレグラの建物の前に辿り着いた。
「レトラのお姉さんは、ここの何階に泊まってるの?」
「三十三階です」
「えーっ、僕達もだよ。まさか、そこまで同じとは……本当びっくり。じゃー、そこまで一緒にいきますか」
「はいっ」
ここでガネットが動いた。
えーっと「セレン、エレベーターに乗り込みました。ご武運を」っと。
ガネットが伝書鳥をリテラに飛ばした。
エレベーターの前で、予行演習中のリテラに伝書鳥が届いた。
うむ、機は熟した。小細工は流々、先手必勝、リテラいざ参る!
「ティン、三十三階です」
エレベーターの扉が開き、セレン達が出てきた。
リテラがセレンにわざとぶつかり、自分を認識させるやいなや話しかけた。
「あっ、すみません。あら、セレンさま、これは偶然」
「リテラさん。どうしてこんなところに?」
リテラはセレンの「どうしてこんな」の「こんな」からかぶせて話し出した。
「はい、大切な眼鏡をなくしてしまい……。グラマで眼鏡を探していたのですが、見つからず。必死に探すこと幾星霜、気付くと、この三十三階に……辿りついていた次第。この広いマルティの、まさかこんなところでお会いするとは、何たる偶然でございましょう。 その……わたくしの紅縁の眼鏡を、どこかで見掛けませんでしたか?」
「はいっ、見掛けました」
「それはどちらで?」
リテラが左手中指で、少しずれた紅縁の眼鏡を直した。
レトラが何かに気づく。
セレンはリテラの顔を指差しながら言う。
「その……リテラさんの目の前に……」
「あぁーお姉さまっ」
「えっ!?」
「えぇーーーっ!?」
セレン、プテラ、リテラが二度驚いた。
「リテラさんが、レトラのお姉さんなの?」
「はいっ!」
なるほどね。と言うことは、リテラもサトリス……。一ノ書を所持していた、サトリスとの出会い。この出会いは偶然? いや必然なんですよね、ハフスじーじ。
「なにゆえ、レトラがセレンと一緒におる」
「それは、拐われそうになっていたところを、セレンさんに助けてもらったの。それで、お姉さまのところまで、送ってくれることになって、ここに」
「そうであったか……セレンに。レトラが無事でなによりじゃ。妹を助けてくれたようで、ぬしに感謝を」
「いえ、当然のことをしたまでです。えーっと、リテラさんですよね?」
「そうであるが? どうかしたか?」
「あの、言葉遣いが違いすぎて、別人のようで……」
「これがわれの実、素の話し方じゃ。グラマでの口調は仕事用じゃ」
「そうだったんですね」
「ぬしと更なる接触をと、色々策を弄してみたのじゃが、もう小細工は終わりじゃ。単刀直入に言う。ぬしと腹を割って話がしたい。これから時間はあるかセレン? われの部屋で話に花を咲かせようではないか。どうじゃ?」
「プテラ、どうかな?」
「すごく良いと思う。私も話が聞きたい」
これでもう少し、リテラのことがわかるはず。
「じゃあ、リテラさんの部屋で、腹を割って話しましょう」
「であるか。ならば、われのあとについてこい。案内する」
セレン達がリテラのあとについていった。
「ここじゃ」
セレン達の部屋の、向かいの部屋に案内された。
……ちょうどその頃、セロスが遥か上空に浮かぶ、とある国に戻っていた。
「セロスさんおかえり」
「ただいまーっ」
セロスはまっすぐ、ある家を目指した。
この話を聞いたら、彼女喜ぶだろうなー。
セロスは、ある女性の住む家に到着した。
女性が扉を開けた。
「セロス、こんな時間にどうしたの?」
セロスは女性に、こう告げた。
「今日、ようやくセレンに会えたよ」
「えっ!? それ本当?」
「ああ、本当だ。ハテラスに似た、良い男になってたよ」
女性は少し歯を覗かせ、笑みを浮かべていた。
「俺も、ようやくハテラスとの約束が、守れそうだ」
セロスは家に入り、時間の許す限り、女性に今日の出来事を話した。