この世にもしも楽園があるのなら
この世にもし楽園があるのなら、それはきっと此処の事だと思われる。程よく暖められた空調の効いた部屋で、テーブルの上には酸っぱくない、こくの強いコーヒーを片手で持っている。左を見ると柔らかな色調のカーテン。右を見るとソファの主のようにまるかっている黒猫。そして目の前にいるのはショートカットが良く似合う、闊達な瞳を持つ少女(と言うには些か年を取っている)が床に直に座っていた。低い目線から投げられる上目使いが、これほど威力があるとは。正直侮っていたことは認めよう、この、少女より少し年を取った人は、ちゃんと立派な「女」だ。
正直、心の中に残っていたのは小さかった頃の面影しかない。その中でも「瞳」だけは、良く覚えていた。あの頃と同じ目をしている。好奇心が強く、何事にもチャレンジしたい快活な瞳は、小さな頃とあんまり変わっていない。変わっているとすればそれは見ている方の心が変わったせいだろう。確かに「女」を感じている自分がいるのだから。
その瞳に飲まれそうになるのを自覚したので、急いで(だけどゆっくり目を瞑ってコーヒーを味わうふりをして)目を閉じても、今度はその声が追ってくる始末だ。
「お兄ちゃん、お帰り」
あぁ、妹はどうして、どうやって「女」に変わったのだろう。その答えを持っているなら、是非僕に教えてほしい。