終わりの始まり
死ぬって怖い。当たり前だ。でも、いつか人って死んでしまう。当たり前だ。きっと、それはこの先も覆らないだろう。だったら、せめてとと思う。どんな最後なら怖くないのだろう。人の運命は分からない。なればこそ、一つ自分への鎮痛剤として知っておきたいのだ。自分の最後が笑顔であるために。
気付けば人通りも少なくなっていた夜道をトボトボと帰りながら僕、氷見 空護は今日一日を振り返る。上司に怒られ、女子社員には陰口を叩かれ、クレーマーに怒鳴られ・・・いつものことである。いつものことだからとは言え辛くないかと言えば嘘になる。要領がそこまで悪いわけでもない。愛想を悪くしている訳でもない。ただただ運が悪いのだ。そう、思わねばやっていけない。
「あっ・・・」
今日は雨まで落ちてきた。天気予報は晴れだったのに泣きっ面に蜂。いや、泣いてなんかないけど。これ雨ですけど。仮に泣いてるとしても心だけですけど。
「はぁ、いっそトラックに撥ねられ異世界に転生したりしないかなぁ。」
ビシャアァッ!トラックが撥ねた水が降りかかってきた。前言撤回、異世界よりも早くお風呂に入りたい。
トラックの走り去った方を睨みつけ、小走りで家へと急ぐ。エレベーター内で同じ階の住人に距離を取られながら帰ってきた、愛すべき我が家、我が部屋!さーて、今日も元気に現実逃避、明日の仕事までの心のメンテナンスを・・・
「お帰りなさい。」
バタンッ!慌ててドアを閉める。家のドアを開けると異世界が待っていた。いや、待て。僕の部屋だったよな?部屋番号、間違いなし。オーケー、後はゆっくり思い出してみよう。
ドア開けてすぐのキッチン、奥には憩いのゲームスペースに愛しのベッド。うん、確かに僕の部屋だ。荒らされてた様子もない。そして、奥に正座し三つ指までついていた謎の女性。うん、それだけで十分異世界だ。あれは誰だ?この部屋に入れるのは故郷の母ぐらいだが・・・まさか、アンチエイジング?いや、整形?
「あの・・・?」
いや、それにしては声も若い。喉の若返りとかも今はあるのか?もしくは訓練したか?僕も昔両声類のなり方とか練習したことあるし。いや、待て!再婚からの妹って線も!いや、でもそういうのって学生の頃だから良いのであって成人で急に兄妹にって・・・逆に斬新でアリか!?
「あの・・・!」
「うわっ!?すみません、出来ればお兄さん呼びくらいからで・・・!」
いつの間にかドアを開けこちらを覗き込んでいた謎の女性。
「何を言っているか分かりませんが入らないんですか?」
「えっ、入っていいんですか?」
「あなたの家ですよ?」
それもそうだ。何を気後れすることがある。兄としての威厳を見せつけねば。
「ただいまー!・・・お邪魔しまーす。」
自分の家だが女性がいるというだけでなんだかバツが悪くとりあえず言い直す。
それにしても、夢見がちな兄妹設定はさておき誰だろう。僕が帰ってきても平然としている様から泥棒とかではないだろう。親類の顔も思い出すがここまでの美形は一向に思い出せない。切れ長な目が印象的な整った顔立ちに後ろでまとめ上げたグレーの髪。スレンダーな体つきに黒のスーツがまた似合っている。普段ではお近づきにすらなれなさそうなタイプだ。それがお近づきどころか僕の部屋にいる。
自然と上がりそうになる口角を必死で抑えつつ彼女に問いかける。とりあえず相手は僕の部屋に勝手に不法侵入しているのだ、例え好みの相手でも強くいかねば!
「あの、つかぬことをお聞きしてしまうのですがどなた様であらせますでしょうか?」
「申し遅れました。藍口 紗夜と言います。」
「ほぉ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結構なお手前で?」
うん、会話が続かない。どうにか絞り出した言葉も意味が分からない。非日常の中でもそこだけは平常運転である。しかし、今はそれではいけないのだ。
「お名前は分かりました。それでその・・・あ、藍口さんはここで何を?」
「あなたをお守りするために。」
「えっ?」
「あなたをお守りするために。」
・・・ラノベじゃん!家に帰ったら素敵な女性がいて、その子が僕を守ってくれる!タイトルをつけるならどんな感じになるだろう。家に帰宅すると僕のことを守りますと美女ボディガードが居座ってた件について~みたいな感じだろうか。・・・って守る?
「あの、守るって何から?」
「他国の暗殺者からです。」
「へぇ・・・えっ?」
聞き間違いかな?他国の暗殺者?空耳かも知れないもう一度聞いてみ
「他国の暗殺者からです。」
先に念押しされてしまった。
「いや、あの、えっ?他国の暗殺者?いやいやいや、何で僕なんかがそんな大それた感じにねぇ、何かの冗談ですよね?」
「冗談ではありません。国家機密になるので詳しくは言えませんが我が国の未来予測演算システムから算出した結果、あなたが来年の今日を迎えるまでに死んでしまうと我が国に多大な不利益を被ることが判明しました。よってこれから一年間あなたのボディーガードを勤めさせていただくこととなりました。」
現実が追い付かない。彼女の目線を見れば冗談の類でないように思わされる。素人ドッキリかな?と思い少し、部屋の中に隠しカメラがないか目線を移す。見当たらない。
「信じていただけてないようですね。まぁ、無理もありません。それでは・・・。」
言うが早いか懐から紙を取り出し彼女は宙に放り投げた。その刹那。紙が紙吹雪へと変わる。驚いて藍口さんの方を見ると手には刃物が握られていた。ドス・・・というのだろうか?鍔のない短刀。
あまりのことに漸く理解が追い付く。彼女は切ったのだ、あの一瞬で・・・!
「ただごとではない・・・と少しは信じていただけますか?」
千切れんばかりに首を縦に振る。さっきまでの空気が嘘のようだ。少なくとも彼女は日常生活を普通に過ごしていればまず目にかかることのない物凄い腕の持ち主でボディーガートとしての実力を証明するだけの腕と、そして気迫があった。思わず身震いをする。それと共に非現実が徐々に自分を侵食していく。僕は命をこれから狙われるのだ・・・。
「一年間・・・。」
つい、口に出る。一年。今までの生きてきた時間からすればほんの僅か。しかしながら、これから積み上げる時間と考えればやはり長い。これからの人生の中でこの二十代の一年間はやはり貴重だ。命の危険と天秤にかけるような話ではないとは分かっているが一年間を無に帰すのはそれから先のことを考えるとやはり不安はつきない。
「あの、命を狙われてるのが本当だとして、その、一年間を生き抜いた後の補償とかってどうなんでしょう?やっぱり、どっかに匿われたりとかする訳ですよね?そうなると仕事も辞めないといけないし・・・いや、決して今の会社に愛着があるわけではないですけど折角掴んだ職といいますか・・・何かこう再就職の斡旋とかでもいいんですが・・・?」
「ありません。」
「えっ、いや、もちろん命を守っていただくのは大変でしょうし、こんな交渉ですかね、するのもおこがましいとは思うんですが、そのやっぱ」
「あの、勘違いしていらっしゃるのは補償とかそういう話ではなくあなたの命です。」
・・・どういうことだ?
「・・・へっ?いや、あの守ってくれるんですよね?」
「はい、来年の今日までは。」
「来年の今日まで・・・えっと、その後は?」
「私があなたを殺します。」
――――――逃れられない運命が始まった。
初投稿となります。
小説を書くのは初めてですが楽しんで貰えるよう邁進してまいりますのでよろしくお願いいたします。