ふこうのてんこもり~ある転生少女の人生のあらすじ~
私は昔から運が悪かった。
一度目の人生の時も、あぁ、運が悪いと思いながら死んだ。
前生の母は、恋多き女だった。
毎年違う父親と、その父親によって態度が変わる母に、ありとあらゆる折檻を受けた幼少期だった。
食事も一日一度食べられればいい方で、悪ければ一週間も食事にありつけないこともあった。
母が男を連れてくれば家の外に追い出され、母がいない時に男が来ると意味なく殴られた。
小学校、中学校へは何とか通うことが出来たが、骨と皮だけの風呂にも入らない汚い女が、一般家庭に育つ人たちと同じ土俵に立てるはずもなく、陰湿ないじめを受けた。
教師や福祉関係の人もいるにはいたが、彼らは仕事に熱心なタイプではなく、私が飢えていようと、顔がはれていようとお構いなしだった。
……そう言う時代だったのかもしれない。
それでも、中学卒業と同時に住み込みの就職が決まった。
それが、一度目の人生で一番の幸運だったのだろう。
ようやく親から逃げられると思った卒業式。
最後の思い出にと、クラスみんなで上った中学校の屋上。
綺麗な夕焼けの中、春一番の強風にあおられた標準体重には程遠かった私は、屋上から落ちた。
そして、二度目の人生が始まった。
今生の母も、恋多き女だった。
もしかして同じ人かよ、と思うくらい同じようなことを言っては男を連れ込んでいた。
父親は流石にとっかえひっかえとはいかず一人だったが、父には愛人とその娘がいて、そちらでは良い父親をしていたらしい。
らしいと言うのは、母が死ぬまでいることは知っていたが、会ったことがなかったからだ。
どの親もそんな話になると【真実の愛(笑)】と真顔で言うから面白い。
今生も親の愛も世間の親切も無いものと諦めていたが、産み捨てられた私を名ばかり侯爵家の後継ぎとして生かしたのは、母でもなく父でもなく、侯爵家で一番力のあった重鎮執事だった。
どこに出しても恥ずかしくない侯爵令嬢にと、前世で受けた折檻よりも苛烈な教育的指導を受けた。
私のためといつも口にしていたが、本来家を守るべき母や家に居つかぬ父に対する鬱憤もあったのかも知れない。
貴族のマナーやこの世界の常識、領地経営の仕方など多岐にわたる知識は得られたが、ムチの傷は消えにくく、その傷は時々熱を持つのには流石に困っていたのは内緒だ。
それでも、衣食住の心配はしなくてよかったので、前世よりはマシだった。
私が十五歳になった時母が死に、その葬式が終わると同時に、父が家に帰ってきた。十五年以上愛人だった女と、その娘とともに。
私の母を恨む平民の義母と、貴族の母を嫌う父の愛を受け育った娘は、外面が良く傍若無人で我儘だった。
父も、義母も、義妹も、見かけは美しかったが中身も母と変わらない。
母と違い、彼らは時間とともに執事より力が上になっていく。
だんだんと、私の衣食住が脅かされ始めた。
そんな時、私と義妹は王家のお茶会に呼ばれた。
義妹の方が力を入れて着飾っていたのに、何故か義妹ではなく侍女のような姿の私が王子の婚約者に選ばれた。
王家の手前、義母と義妹のいやがらせと、執事の教育指導は無くなった。
代わりに王家のお茶会やパーティーでの嫌がらせと、家庭教師の教育的指導が始まった。
王子とは月一のお茶会くらいの付き合いで、特に可もなく不可もなく。
お互い政略結婚なのを充分分かった上でのお付き合いだ。
前生でも、今生でも、友達も、恋人も、親しい人もいない私には、ただにこにこと彼の話を聞くだけしかできない。すぐにお茶会はただの顔合わせになり、一年たって学園に通うようになると、それすらも無くなった。
学園に通うようになると、私に護衛騎士が一人つくことになった。
なんでも、昔から王子が学園に入ると、婚約者以外の少女と恋仲になるのが普通らしい。
そうなると王子は、自分の婚約者がその少女に嫌がらせをしたと思いこみ、婚約者を卒業式で断罪すると言うのだ。
王家に王子は一人しか産まれないから、ここで醜聞が流れるのは流石に良くない。それを防ぐための証人として、王子と精霊契約で主従関係を結んだ護衛騎士が付くのだと言う。
役に立つのかはよく分からないが、同じ年で王子の友人でもある護衛騎士見習いが私の後ろをついて歩くことになった。
トイレ以外はいつも一緒だ。
会話は、ない。
私も話しかけないが、相手も話しかけない。
私が転んでも助けないし、ただいるだけだ。
元来人と一緒にいたことがない私には、それはそれでストレスだった。
王子の方はと言うと、王家からの話の通り、王子の隣にはいつの間にか女の子がいた。
王子の右側には、義妹が、
そして左側には、ピンクのフワフワ髪の義妹とよく似た雰囲気の子。
義妹は分かるが、もう一人は知らなかったので、近くにいた人に尋ねると、最近編入してきた隣国の王女様だと言う。
隣国の王が若いころに手を付けた侍女の子で、隣国では命の危険があるからと留学してきたらしい。
「あれが両手に花って言うのね」
ぼそりとつぶやくと、護衛騎士が目を丸くした。
初めて見た、護衛騎士の感情ある表情だった。
時がたち、卒業式がやってきた。
制服の私と、王子から送られたおそろいのドレス姿の義妹と王女。
「君は義妹と王女をいじめていたそうじゃないか。そんな人と結婚は出来ない。だから君との婚約は……」
そこまで言った時、護衛騎士が王子を止めた。
「殿下、失礼ですが、ご婚約者様にそのような時間はございません。ご婚約者様が無実であることは、朝から晩までご一緒していた、私が証明いたします」
「……そう、か」
王子と護衛騎士の精霊契約は、決められた事柄についてお互い嘘やごまかしはきかないんだそうだ。
……………ナンテゴツゴウシュギ
結局、私が正妃、義妹は側室、王女は国に帰ることになった。
護衛騎士は任を解かれ、見習いから正式な騎士となり、義妹の護衛に入った。
そして結婚式がやってきた。
書類上は前もって処理され結婚したことになった。
後は民衆にお披露目と言う名の結婚式を行うだけだった。
そして、その結婚式の朝、世界が揺れた。
結婚式は中止になり、私たちは王宮に集められた。
そこで聞かされたのは、聖女の召喚。
かなり前からあちこちで魔物が出ていたため、神殿は昔からの作法に則り、聖女召喚を実施し、成功したのだと言う。
何故今日なのかと言う疑問には、お日柄が良かったからと返事が返ってきた。
……まあそうだろう。
王族の結婚式を行うくらいなんだから、お日柄は良いだろう。
さらにいいわけを聞くと、ここ何年もずっと召喚の儀式をやっていたのだが、たまたま今日成功したらしい。
そうして、神官たちに囲まれて連れてこられたのは、黒髪黒眼の純日本人の女の子だった。
こちらも昔からの慣わしで、聖女は同世代の王家の男子の正妃になると決まっていると言う。
何の問題もなく、王子は義妹からその子に乗り換えた。
私は第一側妃となり、義妹は第二側妃となる予定だったが、いつの間にやら護衛騎士と懇ろになり実家へ帰っていった。
そう言えばまだ王子からは【真実の愛(笑)】と言う言葉を聞いてないなぁ、とか思いながら私は周囲の動向を伺っていた。
みんな聖女のことに忙しく、私のことは忘れているようだった。
私は衣食住があれば、それで満足だけど。
ぼんやりしていたら、私の部屋が聖女の部屋になり、私の部屋は王宮の隅の侍女が使う一室になった。
侍女たちにも完全に忘れられ、私はまた衣食住が脅かされ始めた。
食事が注文制になったころ、こっそりお仕着せをくすねて、侍女に交じって城内を散策してみた。
たくさんの人がいるせいか、誰も私を気に留めなかった。
私は、食事を従業員食堂でとることを覚え、お風呂も従業員用で済ませた。
聖女と王子の結婚式の日取りが決まったころ、私は一冊の本に出会った。
食堂の片隅に忘れられたそれは、流行りの大衆小説だった。
一人の平民の少女が、実は王家の忘れ形見で、ある日聖なる力を発現し、不幸のどん底から王国の聖女として王妃へと成り上がる話だった。
なんかいろいろ混じってると思いながらも、一応最後まで読んだ。
たまたま側に座った子が、
「それ良いよね。私も大好きな話だよ、夢があるよね」
などと熱く語ってくれた。
庭でいちゃつく王子と聖女の姿を見たら、今までにない感情があふれてきた。
自分がまだ子供で、前生の記憶もなければきっと楽しい話だったろう。
急に、むなしくなった。
いつか、自分を好きだと言ってくれる人がいるんじゃないかとか、
自分をこの苦しみから助けてくれる人がいるんじゃないかとか、
自分が心のどこかで願っていのだと気がついてひどく動揺した。
だがもう、どうでもいいことだ。
私は衣食住さえあればいいのだ。
それ以外は何も望まない。
私は、そう自分に言い聞かせた。
私は前生と違い、年齢だけはしっかり大人になった。
痛い思いもたくさんしたけど、前世よりも長く生きたし、それなりに楽しかった。
前と違って、こっそりお金も貯めることができた。
今度こそ一人で生きていけるだろうか?
私は、小さなカバンに荷物を詰めてその日を待った。
聖女と王子の結婚式の日、騒ぎにまぎれて城を出た。
きっと誰も気が付かない。
それだけは自信があった。
王都を抜けて、乗合馬車に揺られ、私は国境沿いの村へたどり着いた。
南は海、北と東は高い山に囲まれた、旅の終わりにはもってこいの景観の場所だった。
のどかな牧場と、どこまでも続く海と緑。
山の向こうは違う国だ。
暖かい潮風に吹かれながら、丘の上で海を眺める毎日は、初めて感じる安らぎだった。
そろそろ路銀が底をつきそうなころ、あの護衛騎士が現れた。
何の用かと思っていると、私と王子が結婚したままだと言う。
そう言えば書類上は結婚していたのだと思い当たる。
私はさっと書類に目を通す。
離婚届けであることを確認して、さらっと署名する。
護衛騎士は目を丸くした。
この顔は二度目だと感慨深く見つめながら、書類を返すと、
「これから、どうするつもりだ?」
護衛騎士が聞いた。
「それは、どう言う意味?」
「……単なる興味だ」
「……そう。……そうねぇ、山を越えて隣国へ行ってみようかと思っているわ」
「山を、越える?」
「えぇ、昔から登山してみたかったの」
「一人で、この山を越えるのか?」
「そうよ。大丈夫よ。村の人に聞いたら上りやすい道があるって」
「……そうか」
「私も聞いていい?」
「あぁ、答えられることなら」
「義妹は元気?」
「……嫌っていたのではないのか?」
「嫌う? 何で?」
「義妹だろう?」
「? ちょっと良く分からないんだけど?」
「……少し、調べた。何故、何も言わなかった?」
「言うって、何を?」
「食事、体罰、嫌がらせ……とかだ」
この人は私に何を言わせたいのか、と少し考える。
この人は義妹を選んだ人間だ。
そう言えば、この人と王子は精霊契約を結んでいるんだった。私が恨みごとを言えばそれは王子に伝わるだろう。
一応王妃教育とか言うものを受けた身だ。
極秘情報は無かったと思うが、いろいろ知っている私を叩き切る理由を作るためだろうか?
「私は一日一食食べられれば満足よ。どちらでも毎日一食は食べられましたから、満足ですよ」
「それは……」
「……そろそろ出立したほうがいいのではないですか? 御者が待っていますよ?」
「あぁ、そうだな」
護衛騎士は帰っていった。
護衛騎士に昼食をおごったせいで、もう路銀はない。
そう言えば義妹が元気かどうかの答えを聞いていなかった。……別にいいけど。
私は山を目指した。
運が良ければ山を越えられるだろう。
軽装の山登りはおススメできません。
夕焼けは綺麗だが、頂上付近は、雪もあるし結構寒い。
だんだん眠くなる。
前世の小学校の時だったろうか?
少し寒くなると、誰かが笑いながら叫んでいた。
寝るな、寝ちゃだめだ! 寝たら死ぬぞ!
って。
だが、眠い。木にもたれかかって目をつぶる。
今度生まれるときは、もう少し運がいいといいな。
今回も、前よりはいいだろう。
自分の気持ちであの世に行ける。
たぶん、前よりは運がいい。
「おい! 起きろ! 今寝たら死ぬぞ!」
護衛騎士の声だ。
あぁ、やっぱり私は運が悪い。
片目を開けて確かめる。
「大丈夫、ちょっと休めば大丈夫」
雪の中を走り寄る護衛騎士を確認して、私は言い目を閉じた。
「馬鹿! その前に凍え死ぬだろ」
だんだんと声が近づく。
「……殺しに来たんでしょ? このままおいておいてよ。ほっとけば死ぬんだから」
「何言ってるんだ? そんな命令はされていない。書類のサインと、あんたがちゃんと生きているか確かめてこいと言われたんだ。今、死なれたら困る」
「……」
「背負ってやるから、手をよこせ」
「いい」
「無理するな」
「お願いだから、私を置いて行って」
「駄目だ、俺が叱られる」
「それは貴方の都合でしょう? 離婚もしたし、私はもう自由よ?」
「頼むから、俺に触れさせてくれ」
意味が分からずもう一度片目を開けると、護衛騎士が一メートルくらい離れた場所で何かを叩いているような仕草をしている。
私と護衛騎士の間には何もないのに。
私はもう一度目をつぶった。
「無理。次はまたもう少し幸せになるから」
「今幸せになってくれ」
「無理」
「頼む」
「無理」
「お前がいないと世界が滅ぶんだ」
「……説明」
「お前がいなくなってすぐ、王都に魔物が現れた」
「はぁ」
「ここら辺は本当は魔物が多いんだ」
「へぇ」
「お前が向かう方向の魔物はいなくなるんだ」
「それで」
「お前が聖女だ」
「ふーん」
「だから、お前を探しに行けと言われた」
「誰に?」
「陛下と、殿下と、神殿と」
「私は帰らないよ」
「頼む」
「嫌」
「頼む、俺を好きだろう?」
「……はぁ?」
「学園にいた時から、俺を好きだろう?」
ハラワタガニエクリカエリソウダッタ。
「うおっ!」
急に力が湧き出たので、私は立ち上がり護衛騎士をけり落とした。
そして、頂上を目指す。
左側が山で、右側は崖だった。
私は昔から運が悪かった。
きっと今日も運が悪い。
強い強い風が、山側から吹き下ろした。
ふわりと、私の体が宙に浮く。
足元が無くなる。
あぁ、やっぱり私は運が悪い(笑)
連載途中ですが、我慢できずに書いてしまいました。
さらっとバッドエンドで、
軽い不幸をかみしめたい気分の時のため、
読みたい物語の美味しい部分を集めました。
短い時間で自分が満足するためのお話ですが、
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
アルファポリスさんでも公開してます。