序幕
稚拙な文章ですが、楽しんで頂けたら幸いです。
「陛下、何卒彼等の遺族に補償をして下さい。
彼等は国の為、御身の為に散っていったのです。」
荘厳な雰囲気を漂わせる石造りの城、その中でも特に贅を凝らした玉座の間を包んでいた静寂を扉を開ける音が破る。
「そなたがハヤト クスノキか?
いくら戦功を立てたとは言えど報酬の直訴は重罪であるのだぞ。」
長身痩躯であり、鉤鼻の上に眼鏡を掛けた初老に入っている中年の男が青年に対してがなりたてる。
怒気を孕んだ鉤鼻の男は、玉座に座る老人に視線を向けるが、老人はそれを手で制する。
「まぁ待て、バージナルよ。
彼の言うことは最もじゃ、国の財務を考えねばならぬ宰相として反対しておるが、個人としては遺族に補償金を払いたいのはお主も同じじゃろ?」
老人の言葉は全くもってその通りであった。
ここマルセーヌ王国では数ヶ月前に魔族との戦争が勃発し、自国の砦がいくつか奪われるまでの窮地に陥っていた。
幸いなことに、敵将を召し捕ることで砦を取り戻し、幾ばくかの金銭を得ることさえ出来た。
しかし、その金は侵略の際に傷付けられた砦の補修や土地の復興に使う金銭で使い切ってしまうのだ。
宰相たる初老の男も本当は何とかしたいのだが、兵士の遺族に回す余裕など無いのが実情であった。
そして、どんな理由があろうともこの青年は報酬の直訴をしている。
本来ならば軍法に照らし合わせて死刑としなければならないが、今回は少しばかり厄介な事情があった。
二人の眼の前にいる青年は、最近になって正式な国交が結ばれた、東方の国から来た留学生である。外国から来た留学生に過ぎない彼には従軍の義務は無い。それでも彼は、
「人を守るのに国境はありません。国を口実に何もしなければ私は私自身を一生恥じる事になります。一兵卒でも構いません。私も貴軍に入れて下さい」
と自らの意思で従軍していたのだ。
青年の国との関係を重視したマルセーヌ王国は、青年を3000人の副隊長に任命した。
あくまでもこの任命は、外交的理由からの決定に過ぎなかったのだが、青年はわずか1000人の犠牲で落城寸前だった敵を打ち倒し、敵将まで召し捕ったのである。
これらの理由から宰相はその場で衛兵に捕縛を命じるのではなく、注意するだけにとどまっていたのだ。
外交的理由だけでは無く、青年の戦功と人柄に敬意を評して。
宰相は国王が自分を諌めたのは、青年の人柄と戦功に対して心を打たれたのだと思い口を摘んだ。
しかし、王は宰相の予想を超える返答をしたのである。
「だが、見事と言うほかあるまい。学生の身でありながら、獅子のような勇敢さと蛇のような狡猾さを合わせ持っているとはのぅ。」
宰相は国王の蔑みを孕んだ褒め言葉に呆然とする。
国王の言葉は、まるで悪辣な敵に対して罵声を飛ばしているようだ。
外国人でありながら自国の為に尽くし、犠牲になった味方の為に命を捨てる覚悟で直訴している人間に掛ける言葉としては相応しく無いはずだ。
周りに視線を向けると衛兵達もあっけに取られていた。
どういうことだと宰相は国王と青年を見比べる。
するとどういうことか。国王はしてやったりとほくそ笑むのに対し、青年は悪戯と嘘を看破された悪童のように汗を滝のようにかいてるでは無いか。
☆
こめかみから溢れた汗が頬を這って首筋に流れる感触が残る。
まじかよ、嘘だろ。
完璧な演技であり、如何にもな演技をこうもあっさり見破るなんて。
完全に王様気付いてるじゃんか。ヤベェよ。
俺の完璧な作戦を秒で見破りやがったよ、こいつ。
あ〜あ、結構頑張って立てた作戦なんだけどなぁ。
俺はスメラギ皇国という和風ファンタジーの国からマルセーヌ王国に来た留学生だ。
留学生なのだから戦争に参加する必要など無いのだが、とある目的から戦争に参加する事になってしまった。
無い知恵を絞って結構な戦功を挙げた俺だったが、いかんせん犠牲が多すぎた。
倒した数に比べると微々たるもののように思えるが、俺は異国の人間だ。
人間の中には、功績より犠牲を重視して他人の足を引っ張ることが得意な者も少なくない。
マルセーヌ王国のお偉いさんの中には、俺の功績が不愉快に感じる人もいるかもしれない。
そうするとそうした輩は俺が敵をいくら倒したかではなく、倒れた味方に言及するはずだ。
彼らは今回の戦闘で作戦を立てたのは俺であり、犠牲も俺のせいというだろう。
このままではよく無いと思い一計を案じた。
まず、俺が戦死した遺族の為に報酬の増額を国王に直訴する。
直訴された国王は軍法を破った俺を処罰せざる得ない。
しかし、戦功を挙げた上に外国の貴族である俺を死刑になんか出来るわけが無い。
元々の報酬を減額したり、鞭打ちを何発か喰らわせて終わりだろう。
これだけだと、ただ報酬を減らされただけに見える。
しかし、大衆の目線からこの事実をみると全然違う。
王国を守る為にある外国人が命懸けで戦い活躍した。
それだけではなく、死んだ者のために死刑覚悟で直訴をしたのだ。
誰がこの外国人を1000人死に追いやった悪党と非難できるだろうか?
むしろ遺族への金を出し渋り、報酬を減らしたに違いないと、目の前の宰相と国王が非難されるに違いない。
直訴への罰として報酬が減らされるのも問題無い。
スメラギ皇国に減額分要求すれば良いさ。
母国のお偉いさんに、
「マルセーヌ王国は戦功ある外国人の報酬や忠義を尽くした者の遺族への補償を金銭惜しさに取り消すような無慈悲な国である。我等スメラギ皇国としてはそのような国と信頼を結ぶのは難しい。我等と国交を結びたいのなら、通常よりも厳しいものにさせて貰う」
と条約を結ぶ上で有利になる大義名分を手に入れたとでも言えばいい。
これなら皇国のお偉方も喜ぶだろうさ。
こうして計略を考えた俺は玉座の間への扉を勢いよく開けて、前から考えていた台詞を述べた。
如何にも優しさと勇気に溢れた勇者を装っていた俺は、如何にも小説に出て来る悪の宰相みたいな中年が腹を立てているのを見ながら、
心のなかで高笑いしていたが、王様の皮肉に冷や汗を流す。
蛇のような狡猾さだって?
責任転嫁していることに王様気付いてるじゃんかよ。
不味いなこれは。
軍法通り死刑にされるかもしれない。
だいたい、なんでこんな危険な目に遭わなくちゃいけないんだよ。
自らの策略がバレた俺は、今までのことを走馬灯のように思い出すのであった。