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銀の魔王は棺に眠る  作者: 此島
一章
4/32

「簡単に賊に入られた上にあっさり聖骸を盗まれるなんて、ルキってほんと間抜けだね」

 先を行くゼラが地下へと続く螺旋階段をぽんぽんと弾むように下りながら、辛辣な評を下す。若くして帝位に就き、辣腕家として知られる現皇帝をここまで扱き下ろす事が出来るのは彼くらいだろう。兄弟であるが故の評価なのだろうが、実に手厳しい。

 門を破られたのは門番の責任であり、賊を取り逃がしたのはフェルキースの近衛である。実際のところフェルキース自身に然程の責は無いように思うが、ヴェインはそれを口に出す事はしなかった。彼を擁護する理由も無く、またそれを言ったとしても「任命責任ってものがあるんじゃない?」などと尤もらしい反駁が返ってくる事然りだ。

「まあ、あんな重くて大きなモノを態々盗む方もどうかしてると思うけど。何でかな?」

「それを調べに来たのだろう」

「僕は別に盗まれたところでどうでもいいんだけどね。昔はどうだったか知らないけど聖骸なんてもう、あっても何の役にも立たないし」

 ヴェインは、ふう、と小さく息を吐き出した。溜め息を拾ってゼラがちらりと振り返る。目線だけで早く下りろと指示すると、ゼラはくすりと笑って看守に護送される囚人のように歩調を大人しくさせた。

「…しかし、賊はどうやって霊廟に侵入した?」

 廟の扉には魔術国家として名高いアルトナージュの技術を駆使した厳重な封印が施されており、血筋に連なる者にしか開けられない仕組みになっている。ヴェインが独り言ちた疑問はフェルキースから話を聞かされた際から浮かんでいたものだった。

 現在帝国内に存命する皇族の血統はフェルキースとゼラの二人だけだ。それだけに賊の侵入手段が気に掛かる。

「力業で扉を破ったとか?壁だって壊せないようなものでもないだろうし、あり得ない事は無いと思うよ」

 確かに、とヴェインは納得した。其処までして聖骸を欲する理由こそ不明だが、手段としては不可能ではないだろう。

「なんて、案外ルキが扉を閉め忘れていただけだったりしてね」

「……」

 可能性としては無いとは言い切れないのが何とも困りものである。

 等間隔に作られた壁の窪みに据えられた燭台の灯りが、階段を下りて行くヴェイン達の影を映す。静まり返る地下の空間に二つの足音が谺する。

 時刻も判らないような暗闇へと延びる螺旋階段は、遙か地底にまで続いているかのよう。牢へと連行される罪人であったなら、恐れから知らぬ内に冥府へと通じる階段を歩かされているのではと錯覚するかも知れない。

 やがて階段は尽き、牢の並ぶ開けた空間の入口へと出た。階段同様燭台の炎の橙色の灯りだけが頼りの、夜よりも暗く陰鬱な場所だ。

「無人?」

 階段脇の詰め所は無人だった。現在牢に捕らわれている者は件の賊のみ。となれば忙しい事も無かろうに、いる筈の場所に看守がいない事にヴェインの胸に不審が湧いた。異変の気配に左右に広がる牢部分を見渡すと、奥の方の房の前に人が倒れていた。

「…魔術の匂いがする」

 目を閉じ、冷たく籠もる空気を呼吸するようにしてゼラが囁く。

 倒れていたのは看守を務める番兵だった。砂色の石壁に頽れた番兵は何故か毛布を抱え込んでおり、一見して其処で眠り込んでしまった風にも見える。

 番兵の側の牢の扉は開いていた。他の房は全て頑丈な鉄格子の扉が閉ざされたままであるのに対し、この牢だけが錠が外されて扉が半開きになっている。鍵束は倒れた番兵の手の中に後から握らせる形で押し込まれていた。

「脱獄か?」

「そうだね。隙を衝いて逃げ出されたって感じかな?此処が一番、匂いが強いし」

 ゼラが空っぽの牢へ入り込み、身体ごと回ってぐるりと視線を一周させる。

「地下牢には魔封じの結界が張り巡らされている筈だろう?」

 仮令武器を取り上げて手足を縛り上げたとしても、魔術を行使出来る人間にとっては大した拘束にならない。そういった囚人が投獄された際の対処として一切の魔術の使用を禁じる強力な結界が牢には施されているのだ。

 ヴェインの問いにゼラは小首を傾げた。いつも通りのからかうような、はぐらかすような微笑を湛えて。

「魔術の直接の使用は制限されていても、此処の結界じゃ魔具までは無力化して出来ないよ。魔具は見ただけでそれと判るような代物ばかりじゃないし、盗まれた物が物だから慌てちゃって身体検査を怠ったんじゃない?うっかりさんばかりだね」

 頬に掛かった黒髪を適当に払い除け、ゼラが言う。その耳朶で青い石の耳飾りが、ちゃり、と揺れた。

「追えるか?」

「残る匂いがこれだけ強ければ嗅ぎ分けられると思うよ。まだそう遠くには行っていないだろうし」

 漂う残滓から魔力の主の気配を感知する為にゼラが知覚を研ぎ澄ます。その間にヴェインは気絶している番兵を叩き起こして話を聞こうとしたが、相当強い力で昏倒させられたらしく、番兵は幽かに呻き声を洩らすだけで一向に目を覚まさない。

 ならばと番兵は放っておく事にして、ヴェインは賊の手掛かりがないかと詰め所を調べに向かった。壁際の武器架にも、四角い木卓の上にも何ら異常は無さそうだ。武器を持ち出されたといった事は無いようだが、相手は推定魔術師であろうし油断は出来ない。

 念の為に卓の下まで覗いてみたが、あるのは埃くらいで他には何も見付からなかった。

「どうだ?」

 見付かりそうか、とヴェインはゼラの方へ視線を遣った。もしも無理だと言われれば足で捜し出すつもりで階段の真下まで行く。

 牢から出て来たゼラはヴェインに頷きを返し、獲物を狩る猫を思わせる表情で笑うように瞳を細めた。

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