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銀の魔王は棺に眠る  作者: 此島
四章
19/32

「全く、信じられませんわ!あなた方は揃いも揃って何をなさっていたんですの!?」

 シェリスタの怒鳴る声が小会議室に喧しく轟く。面目無いとクロアが顔を伏せ気味にするが、叱責に大人しく反省の意を表したのは彼一人だけであり、それが余計にシェリスタを苛立たせているようだった。

「たかが小娘一人捕まえておけないなんてフェルキース様直属部隊の名折れでしてよ!」

 シェリスタは隣の部屋にいながらリーファの脱走に気付かなかったヴェインへ非難の目を向けてきた。実際に責められるべき事実であり、返す言葉が無かったので黙っていたのだが、シェリスタにはヴェインの態度が反省ではなくただの無視に思えたらしく、艶やかに化粧を施した目許を憤然と吊り上げる。

「そんなに目くじら立てなくてもいいんじゃない?〝たかが小娘一人〟でしょう?」

 続けて言い募ろうとしたシェリスタの言葉の揚げ足を取ってゼラがつまらなそうに口を開く。誰彼構わず吠え立てる猛犬のような状態のシェリスタと目を合わせないよう外方を向いたその横顔は表情こそ日頃と変わらぬものであるが、倒れたのが昨日の今日であるからか、顔色の方はまだ多少悪いように見えた。

「お黙りなさい!!」

 どちらが隊長か判らないような態度でシェリスタが怒鳴り、綺麗に爪を塗ってある手で小会議室の面積のほとんどを占める四角い机を、ばんっ、と叩く。シェリスタの勘気に首を竦め、クロアがせめてもの申し開きめいて最後にリーファを見た時の事を話し始めた。

「自分が部屋に送った際には消沈していて逃げ出すような素振りなど毛頭無かったのですが…。見張りの者も、時折中から嗚咽が聞こえてくるだけで静かだったと言っていました」

「静かだったからといって油断していい事にはなりませんわ。現にその小娘は見張りを昏倒させて逃げ出したのでしょう?聞けば帝都でも同じ事をしたというではありませんの。二度も同じ手に引っ掛かるなんて、監視役の怠慢以外の何ものでもありませんわね!」

「お前の言い分も一理あるが、今は責任を糾弾する為の場ではないだろう」

 本来はこの先の方針を決めようとして持たれたこの話し合いの場なのだ。此処でヴェイン自身がこうして口を挟む事は責任逃れに聞こえるかも知れないが、此方の失態を責め続けるシェリスタに付き合っていたところで一向に話は進まない。ならば彼女の腹立ちに油を注ぐ事には目を瞑り、話を先へと促すべきだ。

「逃げたといっても王女の行き先は恐らく聖骸の在処と同じ場所だろう。それに所詮は歩き慣れない少女の足だ。聖骸の奪還も兼ねて追えば途中で追い付けない事も無いだろう」

 逃げる途中でリーファが魔物に喰われる可能性は捨て置き、ヴェインはまだ怒り冷めやらぬシェリスタに彼女が手に入れた賊の居所の情報を提示するよう言う。

 何に使うつもりなのかは不明だが、賊の一味にいた以上はリーファの目的は盗み出された聖骸なのである。彼女を殺そうというのが昨夜の人物の独断なのか、何人いるか判らない他の賊全員がリーファを裏切ったのかは定かではないものの、リーファが聖骸の在処即ち賊の根城に向かったのだろう事は想像に難くない。

「偉そうに命令なさらないで下さいますこと?零落したとはいえ我がコーディエ家の家格は墓守のブランクーゲルなどよりも断然上ですのよ」

 ヴェインに命令されたのが気に入らないシェリスタが傲然と両の眉を聳やかす。零落した時点で家格も何も無かろうに。そんな事を言えばコーディエ家よりもブランクーゲル家の方が古参であり、初代皇帝の腹心の家柄なのだが。とはいえ失った栄光にいつまでも縋るのは莫迦げた話であるので反論はしまい込んだ。

 一同を見回して自分に視線が集まっているのを確認し、仕方が無いから教えて上げる、とでも言いたげな得意満面でシェリスタは事件が発覚してから真っ先に後を追って手に入れた賊達の足取りをヴェイン等へ語り聞かせた。

 シェリスタの話を要らない修飾を省いて纏めるとこうなる。賊は南へ向かった。恐らくは南の国境を越えて聖ナージュ王国方面に抜ける腹積もりだろう。

「…それって結局新しい情報は何も無いという事ですよね、シェリスタさん」

 クロアが片眼鏡を眼窩に押し込みながら、至極尤もな呆れを滲ませて言った。シェリスタは元からきつめの目許に更なる険を露わにしてクロアを睨め付ける。

「何を仰いますの?私のこの情報が無ければ今頃あなた方は賊の手掛かりを求めて何処とも知れぬ山野辺りを彷徨い歩く羽目になっている筈ですわ。感謝こそされ、そのような失礼極まりない物言いをされる筋合いはありませんことよ」

 周りに対して己の方が上位であると誇示するかのようにシェリスタは谷間も露わな胸を張り、肩から零れる薔薇色の巻き髪を背中へ流した。だが彼女の齎らした情報の質は自信たっぷりなその態度には全然見合っていない。

 クロアがどうしますかと隣のヴェインとその差し向かいに座るゼラに視線を送ってきた。ゼラが心此処に在らずの体でお座なりに肩を竦める。したり顔のシェリスタにはこの際無視を決め込んだヴェインは、何処となくぼうっとしている風なゼラに問い掛けた。

「難しいだろう事を承知で訊くが、此処から今現在聖骸の在る方角を探れるか?」

 この日初めてヴェインを真っ直ぐに見たゼラは一拍置いて、少しだけ瞳を伏せて頭を左右へ揺らした。

「無理かな。石碑一つであれだけ邪魔なんだもの。全てが純然たるエウリカの魔力で構築されたあの長城が付近にあったら、それだけで聖骸の放つ幽かな気配なんて全部塗り潰されて辿りようが無いよ。…あんなもの、所詮は抜け殻なんだから」

「では打つ手無しという事ですか?」

「そうは言わないけどね。…賊は聖ナージュへ戻る為に帝国南部のこの国境の辺りまで来た訳でしょう?なら賊が通ろうとする抜け道なんて二つに一つだと思うけど」

 机上に広げられた帝国全土とその近辺が記された地図を見つめてゼラは口許に仄かな笑みを含ませた。作り物めいた細い指がアークスの東西に位置する二つの山脈を続けて指す。

「幾ら何でも長城は越えられない。となれば、残るは東西の山脈だけという訳か」

 道理である。双方の山脈はその峻厳さ故に人の足で越えられる山ではないと目されてはいるが、真実山越えが不可能な訳ではない。悪路と魔物による二重の危険を充分に考慮して挑めば、かなりの難所ではあるが辛うじて山向こうへ抜けられない事も無い。魔鳥を従えるような才あるルーネスが仲間にいるのであれば尚更事は容易になるだろう。

「東の天嶮ノルディス山脈と西の峻嶮リューリア山脈ですか…。どちらも音に聞こえた天然の要害ですね」

 難しい顔をして地図と睨めっこをしながらクロアが唸る。どちらを行く場合にも付き纏う多くの困難を想定してか、その顔が苦渋に顰められた。

「フェルキース様の為ですわ。山越えくらい我慢なさいな」

 普段なら真っ先に文句を言い出しそうなシェリスタが珍しくも山越えの案を支持する姿勢を取る。これもフェルキースに傾ける愛情故の意気込みだろうか。過去にそういう経験があるので、今回は嫌だと散々駄々を捏ねられる事無く済みそうなのは何よりである。

「それでどうなさいますの?全員で一方を選んで進みますの?それとも二手に分かれますこと?」

「二手に分かれた方がいいだろうな。ノルディスの方にはルーネスの出身だという盗賊の根城があるという話だが其奴と昨夜の襲撃者が同一人物だという確証は無いし、どちらか一方に絞るにはそれに足る根拠に乏しい。聖骸を運ぶ賊や王女が向かった方角が判らないのなら双方から向かうべきだろう」

 一応山を越えた後に落ち合う場所を地図上で定め、ヴェインは一同を見回して他に意見はあるかを視線で問う。特に異論は無いようで皆は納得したように頷いた。

「では組分けはどうしますか?出来るなら自分はノルディス山脈の方を担当したいのですが。元々あの山に住み着いた賊の討伐を頼まれてこの地方までやって来た訳ですし、今すぐの退治は儘ならないとしても、様子見くらいにはなるでしょうから」

 クロアが律儀に挙手までして自分の意見を交えた質問をする。四人は顔を見合わせ、目配せ染みた視線を交わした。

「順当に考えれば僕とシェリスタ、ヴェインとクロアの組み合わせじゃない?」

 入口から向かって正面の壁に掛けられたアルトナージュの紋章旗へ茫漠と目を遣りながら、ゼラが気怠く言った。各個人の能力や前衛後衛などの戦闘面への配慮もなされた妥当な割り振りだ。

 だが、性格等の相性で言えば余り宜しいとは言い難い。早くもゼラに物申そうとするシェリスタの不満げな表情からヴェインはこれでまた一悶着かと辟易した。が、シェリスタの発した言葉は意外にもヴェインの想像していたものとは異なっていた。

「ええ。よろしくってよ。ただし、くれぐれも私の足を引っ張らないで下さいませ」

 表情に不服は残しつつもシェリスタは普段ではあり得ない程素直にゼラの言を呑んだ。おくびにも出しはしなかったがヴェインはその事に大層驚いた。ゼラは気にしていない様子だが、クロアはヴェインと同じく唖然とした顔でシェリスタを見つめている。

「……厳しい山越えを前にして、この上雨か雪まで降ったりしたらとても嫌なんですが」

 心底の想いで呟かれたクロアの言葉に心中密かに同意する。シェリスタは気位高く微笑み、洗練された動作で椅子を下げて立ち上がり、

「さ、そうと決まれば早速支度を致しませんと。あなたも私の身支度が終わるまでには出立の用意を調えておいて下さいますこと?」

 と言ってゼラを上から見下ろした。

「それでは皆さん、ごめん遊ばせ」

 扉が閉まり、廊下に反響するような高い踵の音が遠ざかる。シェリスタの足音が完全に聞こえなくなってからクロアが扉を凝視したまま一言、戸惑いの言葉を落とした。

「…あの人、どうしたんですか?」

 皇子であるゼラまでもを見下す高慢さはいつもの事ながら、いやに物分かりが良いシェリスタというのは空恐ろしいものがあるのだろう。ヴェインとて其処まではないが、曰く言い難い不可解さのようなものを感じてしまう。

 通信の折にでもフェルキースから何か特別に言葉を掛けられでもしたのだろうか。最低でもそのくらいの事が無ければシェリスタがゼラの意見にあっさりと従う筈が無い。それ程までにシェリスタの心はただフェルキースの存在のみで占められており、フェルキース以外の人間の言う事などは彼女にとって多少耳障りな小虫の羽音程度のものでしかないのだ。

「別に気にしなくてもいいんじゃない?どうせ何かの気紛れだろうし、だったら少しでも言う事聞いてくれている内に行動すればいいだけだと思うな」

 ヴェインとクロアがシェリスタの態度を訝る中、一人ゼラだけは扉とは逆方向の壁を漫然と見つめてそう言った。何処かしら気の無いゼラの声の調子に思案の影が差していたように聞こえたヴェインがどうしたのかと其方を見るも、ゼラは彼女の視線に振り返る事は無く、そのままぼんやりと壁に掲げられたアルトナージュの旗を見上げていた。

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