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銀の魔王は棺に眠る  作者: 此島
三章
18/32

 リーファは砦の外壁に佇んで、冴えた真白い月明かりに茫漠とその陰影を浮かび上がらせる魔晶壁の長城を眺めている。日が暮れてから訪れた晴天に夜空には数え切れない程の星々が瞬く。外壁の角では焚かれた篝火が夜闇に煌々と燃え上がり、遠くを見つめるリーファの横顔を映し出していた。

 炎が落とす影に縁取られた可憐な面差しに浮かぶのは、辺りを包み込む夜の寂寞よりも深い憂いの色。目線は彼方の長城を見つめながらも、やや伏せられた瞳は物哀しい。

 一人佇むリーファの洩らす微かな吐息が白く霞んで群青の夜空に溶け、夜風が肩掛けの裾を撫でるように揺らして行った。耳の痛くなるような静けさの底で、時は寂々と過ぎ去る。

 ふと、靴裏の鋲が石床を叩く足音がした。歩哨のものではない。歩哨はこの時刻、砦の屋上に立って夜に活発になる種類の魔物の襲来に備えた見張りをしている。外壁の上には四隅に篝火が灯されているのみで、昼間のように歩哨が退屈凌ぎに行き来したりはしない。

 下ろしてある頭巾をはためかせてリーファが振り向く。大きな眼鏡の向こうの瞳が夜の中に足音の主を認め、不思議そうに瞬いた。

 闇に滲む松葉色の外套が翻る。リーファがその人物に目を留めたのとほぼ同時に、外套を纏った何者かは鋭く前へ踏み込み、いつの間に抜いたのか月光に冴え冴えと輝く白刃を振り被った。

 容赦も躊躇いも無く振り下ろされる抜き身の長剣。闇夜に描かれたその軌跡は一太刀でリーファの身体を肩口から斜めに斬り裂く――筈だった。

「――…!?」

 外套の人物が驚愕する気配が空気を通して伝わる。正確に振り下ろされた死を齎す刃は、リーファの少女らしい小さな掌に受け止められていた。

「こんばんは。あんまり遅いから待ちくたびれちゃった」

 〝リーファ〟が笑う。艶麗に。透き通るような白さを湛える掌は、硝子の一枚板の如き銀の光壁を作り出して彼女を両断しようとした剣を捕らえている。

「っ!」

 松葉色の外套が慌てて剣とその身を引こうとするが、微笑を浮かべた〝リーファ〟がその首に両腕を投げ掛けてそれを阻止した。外套の人物にほとんど抱き付くような形だ。あんなに無防備に近付いて斬られでもしたら笑い話にもならないが、幸いにというか、残念ながらというべきか、〝あれ〟は其処まで莫迦ではない。

 屋内に通じる石壁を切り取ったような出入口から月明かりの下へとヴェインは進み出た。片手には外套の人物が現れた時に鞘から抜いていた長剣を提げている。その脇を転ぶように、蹌踉きながら小柄な少女が通り抜けた。

「………どうして…?」

 発せられた言葉はたった一語。だが綯い交ぜになった様々な感情が少女の声をか細く震わせていた。茫然として彼女は外套の人物を見つめる。頭巾の付いた肩掛けを羽織り、小作りな顔に寸法の合っていない大きな眼鏡を掛けて。

 弱々しく問いを発した少女の容姿は紛れも無くリーファのもの。だが、外套の人物に抱き付きその動きを制限している〝リーファ〟も、後から現れた彼女と瓜二つの姿形をしている。

 まるで双子のような、そっくり同じ姿をした二人の少女(リーファ)。自分が誘き出され嵌められた事を知り、外套の襟の内側で舌打ちが鳴った。それを合図にしたようにしがみ付く〝リーファ〟の姿が朧に歪んだ。蝋燭の炎が揺らめくように、水面に波紋が広がるように。その輪郭がぼやけて滲む。

「視線だけはずっと感じていたのに姿は全然見せてくれないんだから。折角人気の無い場所に行ってあげたんだし、昼間の内に会いに来てくれてもよかったんだけど?」

 ぼやける視界に瞬きをして目を開いた時のように、其処にはゼラの姿が現れる。彼は先程までのしおらしい様子などそのまま幻だったかのように艶然と、浅紅色の薄い唇を挑発的な笑みの形に引き上げた。襲撃者が動揺に息を呑む気配がする。

 餌に掛かりこそしなかったものの、昼間の外出で彼等の後を追い、虎視眈々と襲撃の機会を窺っているような何者かの気配をゼラは察知していた。注がれていた視線の方向から敵の狙いはリーファと見当を付け、それならと自らの姿を幻術でリーファに見せ掛け、襲撃者を逆に罠に掛ける。この襲撃の全ては実はゼラの計画通りに運んでいたのだった。

「……ねえ、どうしてなの?」

 傷付いた表情のリーファが虚ろに言葉を紡ぐ。しかし彼女の仲間である筈の外套の人物は答えない。目深にした頭巾の向こうからリーファを見ているようではあったが、視線が孕む気配は酷く冷淡だ。

「…どうして…っ、――答えなさい!!」

 幻術でリーファの姿を纏ったゼラを突然斬り殺そうとした事から、理由はどうあれ外套の人物が彼女に殺意を抱いている事は明らかだった。最早疑いようも無い事実にリーファは胸が張り裂けそうな叫びを上げて、仲間であった者を問い詰める。興奮して其方へ駆け寄ろうとしたリーファの両肩をクロアが掴んで引き留めた。

 両の瞳を涙で一杯にしてやっとの事で仲間を睨み付けているリーファの面倒をクロアに任せ、ヴェインは剣先を真っ直ぐ持ち上げながら、其方へ歩みを進める。

「お前には訊きたい事が幾つかあるが、先ずは聖骸の在処から吐いてもらおう。返答如何によっては生きて国許に帰れる事は無いと知れ」

 淡々と、冷たく静かに恫喝するヴェイン。だが外套の人物は何故か含み笑いを洩らした。訝しんで僅かに顔を顰めるヴェインだが、外套の彼もしくは彼女は、やんわりと手を添えるようにしてゼラに押さえ付けられている剣を握った利き手の手首を返した。

「大人しく答えた方がいいと思うけど?付近に他に仲間はいないみたいだしね」

 銀と紫苑の眼の奥が遠見の魔術に妖しく揺らめく。此方から誘いを掛けた襲撃とはいえ、砦に単身乗り込むとは随分と剛胆な事だ。敵ながら大した度胸だと内心ヴェインは舌を巻いた。

 刃と刃が交わる寸前のような研ぎ澄まされた緊張が夜に染み渡る。外套の人物は笑いを収めてヴェインを見据え、次に首に取り付いているゼラを一瞥した。

 夜風が闇を舞う。襲撃者の外套に付いた頭巾の端が煽られたが、ヴェインの位置からはその奥に隠れた顔を見る事は不可能だった。

 近付いて行くヴェインと、罠に掛けられながらも泰然と待ち構えるように佇立する賊の一味の一人。リーファの嗚咽と夜風の歌声が、肌を突き刺す凛々とした夜の冷気に入り混じる。

 異変が起こったのは、その時だ。

「……っ!?……ぅあ…っ……!」

 何の前触れも無かった。外套の人物が何か動いた気配さえ無かった。しかし突如として苦しみ出したゼラは苦悶に身を捩り、糸が切れた人形のようにその場に頽れた。

「ゼラ様!?」

 クロアが叫ぶが、ゼラは微かな呻き声を食い縛った口の端から零すだけだ。掻き毟る風に胸を押さえて蹲るゼラに気を取られ、ヴェインに生まれたほんの僅かの隙。その一瞬に松葉色の外套が素早く身を翻し、正面に見える砦の北面の胸壁を迷わず乗り越えた。

「ゼラと王女を頼む!」

 クロアの返事を待たずにヴェインは賊の後を追って駆け出した。勢いを付けて胸壁を飛び越え、通りを挟んだ向かいに建つ家の平らな屋根の上に降りる。さっと視線を巡らせると、一つ先の家の屋根を走って行く外套の影があった。

 逃がすものか。逃げ去る後ろ姿をヴェインは鋭い視線で捉え、石屋根を蹴って跳んだ。

 民家の窓から洩れる明かりが疎らに闇を照らす。お陰で却って濃くなる夜の暗闇の中を白く輝く月の手助けを受け、先を走る人影を追う。賊は軽業師さながらの動きで屋根から屋根へと飛び移り、執拗な追跡から逃れようとする。

 大きく広がる外套の背が向かう先へ目を遣り、ヴェインは相手の意図を察した。あの賊は恐らく街を囲む城壁から外へと逃げ出すつもりだ。街門は疾うに閉門の時刻を迎えており、街の外へと出る手段はそれしか無い。城壁の上から地面までは建物にして軽く三階分くらいの高さはあるが、あの身の軽さと運動能力ならば無事に着地するなど造作も無い事だろう。

 賊が城壁の際の家から下の路地へと跳ぶのに僅かに遅れ、ヴェインもまた屋根から飛び降りる。足が石畳を踏むや否や即座に駆け出し、篝火に照らし出された城壁へと上がる階段の手摺りへ急激な方向転換の為に手を掛けた賊の背中に腕を伸ばす。

 ごわつく布地の感触が指の先に触れる。捕まえようとその背に届き掛けた手に力を込めようとした、矢先。横合いから猛然と割り込んで来た別の気配を感じてヴェインは反射の速度で後方へ足を踏み切った。

 まさか仲間がいたのか。いや、そんな訳が無い。逃亡を援護出来るような、状況を把握出来る程の近辺にはそれらしき者は間違い無くいなかった。そうでなければゼラの遠見に引っ掛からない訳が無い。

 この期に及んでよもやリーファが邪魔立てしたのだろうか。しかしあの少女に全速力で屋根の上を駆けて来たヴェインと賊を追えるだけの身体能力があるとは思えない。

 ヴェインは誰何に片眼を細めた。だが飛び込んで来た人物は彼女には見向きもせずに急な階段を駆け上がる賊に向かって声を張り上げる。

「お待ちなさい!!逃げようとしてもそうはいきませんわ!」

 聞き覚えのある女の声にヴェインは突進して来た人物の正体に思い当たった。女は篝の灯火に薔薇色の巻き髪を紅く染め、軍靴にしては高過ぎる靴の踵を思い切り鳴らして階段を駆け上って行く。

 賊を捕らえる絶好の機会。それを邪魔する最悪の瞬間を狙い澄ましたかのように登場した傍迷惑な女に続いてヴェインも急ぎ城壁の上に出た。

「追い詰めましたわ!もう貴方に逃げ場など無くってよ。さあ、観念なさい!」

 居丈高にそう言って女はすらりと腰の細剣を抜き、勝ち誇るような笑みを浮かべた。ヴェインは女の隣に立ち、長剣の切っ先を音も無くすっと賊に向ける。

「………」

 外套の人物が気配だけで薄く笑った。外套の合わせ目から見えた滑るような腕の動きに彼方も剣を抜くのかと思ったが、そうではなかった。

 思惑に勘付いたヴェインが咄嗟に其方へ飛び出すが、僅かの差で賊は城壁から身を虚空に躍らせた。次いで街を包み込む静穏を引き裂くような高く鋭い指笛の音が鳴り響く。

 月夜に浮かぶ巨大な翼影。重い羽撃きが空気を掻き混ぜて強風を巻き起こした。眼前に上げた腕を風除けに視界を確保するヴェインが見下ろす先で、指笛に応じて飛来した闇空色の羽根を広げた魔鳥が城壁から飛び降りた賊をその背に掬い上げる。

「あっ!ちょっ…お、お待ちなさい!!」

 待てと言って彼方が素直に従う筈も無く、賊を乗せた魔鳥は夜天高く舞い上がり、見る間に小さな影となって、遠い山並みの暗い稜線の内に紛れて消えた。

「…逃げられたか」

 呟き、ヴェインは剣を納める。

「逃げられたか、じゃありませんわ!あなたが邪魔をなさるからおめおめと逃げられる結果になったのですわ!この責任、どう取って下さるおつもりですの!?」

 落ちそうなくらいに胸壁から身を乗り出し、憤りに賊の消えた方角へと腕を振り上げていた女が標的をヴェインに変えて怒鳴り立てる。先程の状況を思えば邪魔をしたのは其方なのだが、彼女にとって正しいのは絶対的に自分であり、悪いのは彼女の行動を阻害したヴェインであるらしい。

 言い返したところで聞く耳を持たないだろう事は知れていた。まともに相手にするだけ時間の無駄というものだ。

「いつ到着した、シェリスタ?」

「話を逸らさないで下さいますこと?これだから腕力を振るうだけが取り柄の武門の人間は…。まあ、そうですわね。無骨なあなたにこの(わたくし)と同じ次元で話をしろというのがそもそも無理のあるお話でしたわ」

 シェリスタは眉を聳やかし、高慢にヴェインを見下した。ドレス染みた胸元が開いた形状の衣服を纏い、その豊満さを強調するかのように胸を反らして昂然と立つ様は正に大貴族のお姫様といった様子だ。とはいえ、彼女がそうであったのは今から約二年程前までの事だが。

 ヴェイン等と同じ意匠の軍服を袖を通さずに腹部の留め紐だけを結んで身に着け、腰を絞るコルセットのように着こなし、繊細な花々の刺繍を刺した黒の巻きスカートから艶めかしい曲線を描く脚を惜し気も無く晒すシェリスタは、足首までの小洒落た長靴の高い踵を、かつん、と鳴らし、愛用の細剣を細かな装飾がされた鞘に戻した。

「アークスに着いたのは今日の夕刻の事ですわ」

 巻き髪を肩から後ろへ払ってシェリスタは臆面も無く答える。ならば何故砦の方に顔を出さないのかとヴェインが問えば、短い嘲笑と蔑むような言葉が返ってくる。

「私、あのようなむさ苦しい場所に長居などしたくありませんの。どうせ夜を過ごすなら街の宿の方が余程気が利いていますもの。ですから、明日の朝一番に砦の方にお伺いしようと思っていたところですの」

「賊の所在を掴んだのはお前なのだから、お前からの報告が無ければ賊を追おうにも始まらないだろう。明日と言わずに着いたその足で砦まで来るべきではないのか?」

「まあ!あなたの所為で当の賊を取り逃がしたというのに、そのあなたが私にそのような事を仰いますの?どの面下げてというのはきっとこういう事ですわね」

 心外だと目を剥いてみせるシェリスタにヴェインは閉口した。このままシェリスタと話を続けても平行線に終わるに違いない。なら、埒の明かない無益な話し合いは早々に切り上げてしまった方がいいだろう。

 賊を捕らえ損なった以上はいつまでも此処にいても無意味だ。ヴェインは砦に戻る事にした。あの場で崩れたゼラの様子が気が掛かるのも本音だった。

 ああいうゼラの姿を見るのは実は初めてではない。ヴェインはゼラがその身の内に抱え込んでいる不調の訳を知っている。同時に、仮令案じる言葉を掛けたとしてもそれが何の意味も無い事も理解していた。それでも尚ゼラの具合が気になるのは、フェルキースから重ね重ねゼラの事を頼まれているからだ。

「取り敢えず私は砦へ戻る。…お前はどうする?」

 腰に帯びた長短の二本の剣に触れながらヴェインは尋ねた。

「私も宿に帰りますわ。あなたが無様なばかりに私まで外を走らされて余計な汗を掻いてしまいましたもの。もう一度湯浴みをしないと」

 シェリスタが嫌みっぽく髪を掻き上げて文句を言う。彼女が言う事には、そろそろ床に就こうかと着替えようとした時に丁度、窓から屋根を走る賊とその後を追うヴェインを目撃したらしい。普段なら無視してさっさと就寝するところだが、フェルキースから合流を言い渡されている関係上、ヴェインの追う者が件の賊の一人であるに違いないと察しを付けて加勢してやったのだそうだ。非常に有難い話である。

「では、ごめん遊ばせ」

 欠伸をする口許を手で隠しながらシェリスタは去って行く。

 相手を上司とも部下とも思っていないところはお互い様だが、少しくらい協力する姿勢を見せても良いのではなかろうか。ヴェインはシェリスタの合流に起因する聖骸を取り返す為のこれからの道中に待ち受ける苦難を思って嘆息した。

 砦に戻ると門扉の手前にクロアが立っていた。彼はヴェインを認めると心配げに曇っていた表情をほっとさせたが、ヴェインが一人で戻って来た事に賊の逃亡を察して微かな落胆を見せた。

「済まない。取り逃がした」

「いえ。ご無事で何よりです、副長」

「ああ。…彼奴はどうした?」

「ゼラ様でしたらお部屋で休まれています。今は落ち着いた様子ですし、ご本人が大丈夫だと仰られていますので軍医には診せなかったのですが…不味かったでしょうか?」

「いや、それでいい」

 ヴェインは賊が魔鳥に乗って飛び去った事、賊を追う最中にシェリスタに会った事などを手短に話した。クロアは魔鳥の件を聞くと「ルーネス……例の盗賊の頭でしょうか?」と考え込むように俯いた。

「姫君の方は一応見張りの者を外に付けて部屋に帰してあります。相当な混乱を来していたようなので。経緯は知りませんが、仲間だと信じていた者に命を狙われていたと知れば流石に無理も無いとは思いますが」

 クロアは二人を頼むというヴェインの命に従って手際良く物事を処理してくれたようだ。礼を言い、ヴェインはクロアにももう休むよう言った。真面目で気配り上手なクロアの事だ。そうでも言わなければゼラの体調を心配して夜明け近くまで様子を見守っていないとも限らない。

 了解ですと敬礼をしてクロアが去った後、静まり返った砦をヴェインはゼラに与えられた部屋に向かって歩いた。

 古びて色に深みを増した木扉の前に立ち、軽く握った拳を持ち上げる。数度扉を叩いて応答を待ったが、中からの反応は無い。扉越しに彼の気配は感じるので室内にはいるのだろうが、返事が返って来ない辺り、もう眠っているのかも知れない。

 ならば敢えて起こす事も無いだろう。面と向かって具合を尋ねたとして適当に誤魔化されるのは目に見えているのだから。脳裏で容易に思い浮かべられるその態度に苦笑とも溜め息とも付かない吐息を小さく吐き出して、ヴェインは割り振られた自室に足を向ける。

 シェリスタと合流を果たす事で明日からは賊の足取りを追うのにまた忙しくなるだろう。リーファが同行している時点でずっと気を張り詰め通しなのだろうから、休める時にはしっかり心身を休めておくべきだ。

 斯く思うヴェインも波乱続きの道程に疲れが溜まっていたのだろう。寝台に潜り込んで間も無く訪れた眠りは深く、夜が明けるまで一度も目が覚める事は無かった。

 それ故、全く気が付く事が出来なかったのだった。隣室に位置取っておきながらその気配を感じ取りもせず暢気に眠りこけていたとは何という体たらくだと、我ながら怒りを覚える以上に呆れ果てて物も言えなかった。

 翌朝、ヴェインはクロアが慌てたように彼女を呼ぶ声と激しく扉を叩く音で目を覚ました。直ぐ様扉を開けたヴェインに開口一番、酷く狼狽えながらクロアはこう訴えた。

 ――リーファが消えた。他の兵等にも手伝ってもらって部屋も砦の中も隈無く隅々まで捜しているが、どうしても見付からない。

 朝を迎えてまず耳に飛び込んで来た一報。それはシェリスタが齎す予定の賊を追う為に必須となる重要な情報などではなく、そんな最悪の知らせだった。

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