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腐樹の襲撃を退けて訪れた平穏に、宿駅の中からは明るい談笑が洩れていた。
人々の笑い交わす話し声も遠く風の音に紛れてしまう、宿駅の裏手にある高台。草地に長く延びる影を落として、松葉色の外套に身を包んだ背の高い人物が宿の向こうに広がる森を一望していた。
「………仕損じましたか。しかし、あれは…」
外套の頭巾を目深に下ろしている為にその表情は窺い知れない。呟いて、浮かんだ疑念を振り払うように小さく頭を振り、外套の襟元で口を覆ったその人物は裾を長く翻して宿駅とは逆の方へ歩き出した。
雲の厚くなった空に冬風が寒気を運ぶ。直に陽も落ち、気温はぐっと低くなる事だろう。場合によっては小雪がちらつくかも知れない空模様だ。
そんな外の寒さなどお構い無しに宿駅からまた、わっと人々が沸く陽気な声がした。危機の去った開放感からか、酒の入った宿泊客達が歌い騒ぎ出したようだ。
暖かな屋内と、凍えるような寒空。一歩外に出ただけでその違いは歴然だ。しかし、暖められた屋内で過ごしている人々は、外の身を切るような寒さを忘れているに違いない。
口布の向こうで外套の人物がくぐもった笑みを洩らす。そう。その差は、たった壁一枚隔てた程度のものでしかないのだと。
空を叩く羽撃きに風が巻き起こり、木々の緑と同じ色をした外套が寒風を孕んで翼の如く大きく広がる。打ち寄せる空気の波に身体の芯まで冷えるような温度を感じて、外套の肩が僅かに竦められる。
薄暗さを増した空に、一羽の巨大な鳥の影が舞った。