食後の一時
アイリスの悲痛な叫びは華麗にスルーされ、公爵が改めて開始を宣言し、食事が行われた。
始まってしまえば、いつもと同じような和やかな会話と美味しい食事が待っていて。
そのうちにアイリスも機嫌を直していった。
後から、全くストレスなく食事を楽しめるようリタがサーブしてくれていたことに気づき、悶々とはするのだが。
ともあれ、楽しく食事を終えたアイリスは、リタを伴って部屋へと戻る。
部屋の前まで来ると、すっとリタが先に立ち、扉を開け、中へと入る。
周囲に視線を走らせ、安全を確認するとアイリスへと頭を下げ、中へと誘った。
アイリスはそれに頷いて中へと入ると、机近くの椅子に座り、ふぅ、と一息ついた。
「アイリスお嬢様、食後のお茶でもお持ちしましょうか?」
「あら、気が利くわね、お願いするわ」
返事を返せば恭しく頭を下げ、リタが一度部屋を離れる。
程なくして茶器の乗ったワゴンを押して戻ってきた。
淀みない手つきでポットから紅茶がカップに注がれる。
ふんわりと広がる爽やかな香りに、おや、と感心したような表情になって。
カップに口をつければ、予想通りの味に一つ頷く。
「午後のお茶に比べて軽い味わいの茶葉にしたんですのね」
「はい、今日のお食事は少し重めの味付けが多かったようですから、口がさっぱりするようにと」
「なるほど、確かに口の中がすっきりした気がしますわ」
「それはようございました。
そうそう、お嬢様、本日は就寝前に湯浴みはなさいますか?」
「そうね、折角だからお願いしましょう」
「はい、かしこまりました」
にこりと笑うリタへと微笑みかけ、そっとカップをティーソーサーに置く。
すぅと一呼吸、吸い込んでから。
「って、何普通に会話してますの、私達!」
唐突に声を張り上げたアイリスを、きょとん、とした顔でリタが見返した。
どう考えても演技にしか見えない、きょとんとした顔だったが。
「え、普通に会話するのが普通ですよね?
それともまさか、アブノーマルな会話をお望みでしたか?」
「アブノーマルな会話ってなんですの!?
わ、私はそんなものに興味はありませんわ!」
「なるほど、興味津々なお年頃、と……」
「メモ取らなくていいですわよ、そんなはしたないこと!」
メモを取るような仕草を見せたリタへと、制止の声をかける。
おやおや残念、とでも言いたげな顔で肩を竦めるのが、一層アイリスの癪に障った。
「なるほど、アブノーマルな会話がはしたないこと、ということはご存じなのですね」
「そ、それは、そのっ」
「ちなみに私は、エロ・グロ・ナンセンス、それぞれのアブノーマルな会話ネタをもっておりますが、いかがいたしましょう」
「なんですのその守備範囲!? ……ナンセンスがすごく気になりますわね……」
三種のネタを指折り数えて告げるリタに、アイリスが思わず食いついた。
「この中で敢えてそちらとは、お目が高い。これは先日の話なのですが……」
「って、だから、違うでしょう、また普通に話をしようとしてるじゃないですの!」
にこにこと話し始めたリタを遮って、アイリスがまた声を上げる。
やはり、きょとんとした顔でリタが応じた。
「え、でもアブノーマルな話ですよ?」
「中身ではなく、雰囲気といいますか、察しなさいよ、いえ、察してて敢えてずらしてますわね!?」
「さすがお嬢様、ご賢察でございます」
「絶対からかってるでしょう、あなた!」
声を上げ続けたせいで、はぁはぁ、と息が切れてきたので、一息つく。
恨みがましい視線を向けても、リタは平気な顔だ。それがまた、いっそうムカつくところで。
「それはまあ、からかっているからかっていないで言いましたら、からかってはいますが」
「あっさりと認めましたわね!? あなたほんとにいい性格してますわね!」
「お褒めにあずかり恐縮でございます、お嬢様」
「褒めてないですわ!
大体それが、主人に対する態度ですの!?」
どうにも舌戦では分が悪い。
仕方なしに強権を発動しようとしたアイリスを、リタが不思議そうに見つめる。
「そうはおっしゃいますが、お嬢様。
お嬢様が突っかかってきたときには跳ね返せ、と奥様から言いつけられておりますし。
言いつけを破れとおっしゃられたら、奥様にご相談せねばなりませんが」
「そこでお母さまを出すのは卑怯じゃありませんの!?」
「主人の権威を振りかざされた時には、あたしのような弱い平民は、それ以上の権威に縋るしかないものですから」
「どう考えてもたくましくて図太いですわよね、あなたは!
ああもう、ああ言えばこう言う、口の減らない人ですわね!」
ぽすん、と椅子の背もたれに背中を預けると、ため息一つ。
喉が渇いたのか、カップに手を伸ばし口を衝けて、一口。
少し落ち着いた頃合いを見計らって、リタが口を開いた。
「そうですね、お嬢様からおっしゃってこられた場合はいくらでも応戦いたしますよ?
ただまあ、あたしがお許しいただいたのは、跳ね返すこと、だけですから」
「あ……それは、そう、ですわね。
そういうこと、ですの」
食堂での会話を思い出す。
確かに、跳ね返す許可は出されていた、が。
考えてみれば、貴族であるアイリス相手に平民のリタが好き勝手していいと、たとえ屋敷内であっても許可をするわけにはいくまい。
アイリスの無体を突っぱねる体であればまだしも、だ。
「なんだか私一人身構えていたのが、ばかみたいですわ」
「いやまあ、こちらを時々ちらちらと見てらっしゃったので、待ってるのかな~とは思っていましたけども」
「バレバレでしたの!?
い、いえ違いますわ、私、待ってなんかいないんですからね!?」
誤魔化しながらも、顔が赤くなるのが止められない。
まるで、リタからのちょっかいを待っていたかのようだなんて、認めたくないのに。
「ふふ、アイリスお嬢様、そういうところ可愛いですねぇ」
「か、かわいい!? ちょっとリタ、あなたもう少し主人に対する敬いの姿勢とかないんですの!?」
可愛い、などと言われて、顔が真っ赤になったことを嫌でも自覚する。
なのに、それを言った当のリタは平然としたもので。
「そうですねぇ、奥様くらいの威厳がおありでしたら、心の底から平伏しますけど」
「難易度高すぎですわね!? いくらなんでも、それは無理ってものですわよ!?」
「まあ、そうですよねぇ。だから、アイリスお嬢様はお嬢様らしくでよろしいかと」
「くっ、それだと相変わらず、この扱いじゃありませんの……」
そう言いながら、がくりとうなだれたアイリスへと、リタが慰めるように笑いかけた。
「今しばらくはご辛抱くださいな、雌伏の時って奴です」
「結局我慢しろってことですわよね、それ!」
「これからじっくりと成長していかれればよろしいのでは、ってことですよ」
「まあ、それはそう、ですわね……?」
頷きながら、アイリスは小首を傾げた。
おかしい。何かが、おかしい。
だが、それが何かが、思い出せない。
アイリスは目的がいつのまにか、リタを追い出すことから、ぎゃふんと言わせることに変わっていることに、気が付いていなかった。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
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読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。