夕食の主菜?
そんな一幕など素知らぬ風で、ロバートが扉を開いたまま、頭を下げた。
使用人一同はそれに合わせて頭を下げ、ギルバートとクラリス、そしてアイリスは頭を上げたまま公爵夫妻を迎える。
当然、リタもここでは頭を下げている。
程なくして、タンデラム公爵が夫人であるフローラとともに食堂へと入ってきた。
180㎝を超える長身、波打つ金髪に威厳のある口髭の、美丈夫という言葉が実に似つかわしい公爵。
その隣に寄りそう夫人は、女性としては長身で160㎝は軽く超えている。
緩やかなウェーブのかかった長い金髪は腰までもあり、歩く度にゆらり、ゆらりと踊って。
勝気な印象のやや吊り上がった目はアイリスとそっくりで、それでいて浮かべる表情は落ち着いた大人のもの。
年は40を過ぎたはずだが、まるでそうとは思わせない若々しさがあった。
やがて上座へとたどり着けば、公爵の椅子はロバートが、夫人はメイド長がそれぞれ椅子を引き、あてがう。
二人が着座したのを見て、ギルバート達も着席し、使用人たちは頭を上げた。
「うむ、皆ご苦労。
さて、今日は皆に紹介する者がいる。
既に知っている者もいるかとは思うが、当家に今日から新しく勤めることになったリタだ。
リタ、皆に挨拶しなさい」
公爵に促されると、その場に控えたまま顔を上げ、背筋をピンと伸ばす。
にっこり、たおやかな笑みを浮かべれば、口を開いて。
「はい、旦那様。
皆様、お初にお目にかかります。私、リタと申します。
不才不肖の身ではございますが、粉骨砕身務めさせていただきます。
至らぬ点もあるかとは存じますが、何卒ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
すらりすらりと淀みなく挨拶の言葉を述べ、最後に頭を下げながらスカートの裾を持ち上げる。
ほんの数秒か、そうしてまた元の姿勢に戻り、アイリスの側へと控える。
……どうやら、使用人たちからの反応も悪くはないようだ。
なんて見事な猫の被り方だろう、などとアイリスは思う。
先程までの自分をからかうような言動はおくびにも出さず、実におしとやかなメイドぶり。
自分への態度以外は本当に非の打ちどころがないのだから、間違いでもないのが癪に障る。
なお、自分への態度に関しては、父であるタンデラム公爵が良しとしているのだから、誰かに訴えてどうにかしてもらうことは望めない。
そもそも、自分が望んでいない。
などと考えていると、挨拶に一つ頷いて返した公爵が口を開いた。
「今日よりリタはこのタンデラム家の一員となる。
皆良く助け合い、良く勤めるように。
さて、では食事に……」
「あなた、私からも一言よろしくて?」
「うん? フローラ、何かあるのかね。もちろん構わんが」
言葉を遮られた公爵が、不思議そうに傍らの夫人を見やりながら、一つ頷いて言葉を促す。
夫人はすっくと立ちあがり、凛とした、やや鋭い視線をリタのいる方へと向けた。
……正確には、その傍に座っているアイリスへと向けて。
「アイリス。ロバートから聞きました。
あなた、そこのリタに随分見事に、してやられたようね?」
「えっ!? あ、ええと、その……それは、ですね」
「言い訳も説明も聞いていません。はいかイエスで答えなさい」
「は、はい、ってお母さま!? それ、どちらも同じ意味ですよね!?」
神妙な表情で答えようとしたアイリスが、思わず顔を上げ、目を見開いた。
娘の驚愕を、フローラは鼻で笑い平然とした表情で受け止める。
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「どうか、って、その、質問をなさった意味がわかりませんのですけども!?」
「ああ、そんなことですか」
娘の質問に、やれやれと首を振って答える。
仕草、台詞回しと、一々絵になる華やかさだ。
言っていることの理不尽さを除けば。
「決まっているでしょう。
あなたの口から「はい」と言わせて敗北を認めさせ、その上で話の主導権を握るためです」
「実の娘にも容赦がなさすぎませんか、お母様!?」
「何を言っているのです。実の娘だからですよ、アイリス。
タンデラム公爵家の娘として、舌戦に負けるなど許されぬこと。
ですから今こうして、私直々に鍛えているのですよ」
「お気持ちはありがた迷惑なのですけども!
鍛えられる前にぽっきり折られそうなところも考慮していただけませんでしょうか!」
アイリスの必死の訴えに、にっこりと微笑みが向けられる。
慈母のような、という形容が相応しい優し気な笑み。
そう、笑みだけは。
「私は、アイリスがこの程度では折れない強い娘だと信じていますよ?」
「何だかいい話風にしてらっしゃいますけど、結局容赦しない宣言でしかないですわよね!?」
「ええもちろん、容赦などしません。
それともアイリス。あなたまさか、このまま負けたままでいる気ですか?
だから慰めの言葉が欲しいと?」
「くっ……そんなことはございません、必ずや逆転してみせます!」
「その意気です。それでこそ、我が娘、その言葉嬉しく思います」
笑みを浮かべたまま、満足そうに頷く。
その様子に、アイリスも内心でほっと安堵したのもつかの間。
す、と視線がリタに向けられる。
「リタ、今の話は聞きましたね?」
「はい、確かに伺いました、奥様」
恭しく、あくまでもおしとやかに頷く。
この後どう来るだろう、と様々な状況を想定しながら。
すると、実に楽し気な言葉が響いた。
「今後、アイリスはますますあなたに突っかかってくるでしょう。
容赦なく跳ね返しなさい。何なら叩き潰しなさい。構いません、私が許します」
「ちょっとお母さま!?」
「かしこまりました奥様、お言葉、確かに承りました」
「あなたも何平然と受諾していますの!?」
完全に予想外の展開に、アイリス一人が……いや、使用人達の一部も動揺している。
そんな周囲をよそに、リタとフローラ夫人の視線が絡み合い、頷きあった。
彼女達は、互いを認めたのだ。
「何を慌てているのです、アイリス。
あなたは今、必ずや逆転すると誓ったのでしょう?
であれば、へこたれません勝つまではの精神で挑み続けるのが筋というもの。
そして、その挑戦がより実りの大きいものであるようにするのも親の務めです」
「それ絶対お母様が楽しいからというだけですわよね!?
無駄に難易度上げているだけにしか見えないのですけれども!」
「私があげるまでもなく難易度は高いように思うのですけれどね。
ねえ、リタ?」
噛みついてくるアイリスをあしらいながら、リタへと視線を向ける。
その視線に、リタは小さく頷いて見せ。それから、口を開いた。
「左様でございますね、奥様。
ところで奥様、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「許します。質問とは何でしょう」
「ありがとうございます。
その場合、アイリスお嬢様をボロ泣きさせる可能性もございますが、構いませんね?」
「ええ、もちろん構いません」
「それ質問じゃなくて確認ですわよね?! お母様も全く容赦する気ないですわよね!?」
アイリスの悲痛な叫びを、まともに取り合ってくれる優しい、あるいは献身的な人物はこの場には誰もいなかった。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
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読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。