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ファースト・フラッシュ

「くっ……中々、やりますわね……。

 庶民が淹れるお茶などいかがなものかと思っていましたが、これは……」

「ふふ、お褒めに預かり恐縮です、お嬢様」

「べ、別に褒めてなど!

 褒めてなど、い、いない、ような気がしなくもないような気がしますわ!」


 アイリスの部屋に戻り、午後のお茶の用意をして。

 リタの淹れたお茶を一口飲んだだけで、アイリスの動きが止まった。

 その後、思わずとこぼれた言葉に、楽し気に応じて。

 否定しようとして、心にもないことを言うことに慣れていないがために妙な言葉遣いになってしまったのを、微笑ましく眺めている。


 まあ、それはそれで、貴族令嬢として社交界で大丈夫だろうか、と心配などもしつつ。

 そう言えば、とふとアイリスの持つティーカップへと目を落とす。


「そう言えばお嬢様。

 『あなたの淹れたお茶なんて汚らわしくて口にできませんわ!』とか言ってお茶をぶちまけたりしないんですね」

「ぶちまけ……ちょっとリタ、仮にも公爵家に仕えるメイドなのですから、言葉遣いには気を付けなさい!

 ……それに、そんなことしませんわよ、小説の中ではよく見ますけども」


 窘めた後に、少し寂しそうな口調で、「実際にもいないわけではないですけども」と小声でつぶやきながら。

 もう一口、紅茶を口に含む。

 その香りと味わいを今度はゆっくりと、確かめるように、楽しむように。

 ふぅ、と満足そうな吐息をこぼすと、リタへとちらり、視線を向ける。


「こうして頂く一杯にも、茶葉を育てた人、加工した人、輸送した人、買い付けて販売した人……多くの人、つまり国民が関わっていますわ。

 それら国民の上に貴族として、公爵家の者として立つ以上、そうした人々の働きを無碍にするなど、許されることではないと、私は思います」


 そう語るアイリスの表情に、一瞬公爵の面影が重なる。

 ああ、やはり親子なのだなと、妙な感心をしてしまうと同時に。


「アイリスお嬢様。お茶を召し上がられた後に、また高い高いをいたしましょうか?」

「だから、なんであなたはそう私を子供扱いしたがるんですの!?

 別にするなとは言いませんけどもっ! してくれとは絶対言いませんからね!?」


 褒めたいような、愛でたいような、からかいたいような。

 なんとも素直でない感情が出てきて。

 それらを上手く消化できる便利な言い回しをついつい使ってしまう。

 

 噛みつくように返してくるアイリスの言葉にも、少しだけ砕けた雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。

 そんなことを思いながら、笑いつつあしらっていたところに、ふと気になった。


「お嬢様?

 先程、その一杯に関わった人々を挙げておられましたけれども。

 肝心の、淹れた人が入っていなかったような気がするのですが」

「え? それはそうですわよ、あなたの腕なんて、まだ認めていないのですから!」


 ふふん、と偉そうに言い切るアイリスを、しばし無言で見つめる。

 それから、視線を少し下に落として。


「そうおっしゃりながら、きっちり飲み干したカップを、まるでおかわりを催促するかのように突き出しているわけですが、それは?」

「……もちろん、あなたの腕を確認してさしあげますから、もう一杯注ぎなさい、ということですわ!」


 恥ずかしそうに言いながらも、カップは下げない。

 ひねくれているのか、素直なのか。いやきっと、素直なのだろう。


「はいはい、かしこまりました。どうぞご確認くださいな」

「なんだか早くもロバートに似てきましたわね、そのぞんざいさ!」


 文句を言いながらも、おかわりを注がれる時は大人しく。

 カップに口を付ければ、悔しそうにしながらも大人しく飲んでいく。

 お茶請けの焼き菓子を手に取り、さくり。

 その甘さと、ほろほろと溶けていくような食感に、満足そうな微笑みを浮かべた。


「お茶菓子もお口に合ったようで、何よりです」

「もちろんですわ、我が家のシェフは一流の……ん?

 ちょっと、リタ。なんだか今、違和感があったのですけれども。

 ……まさか、この焼き菓子……」


 お茶を口にする時は気を張っていたが、焼き菓子を口にする時は油断して満足感を隠さないでいた。

 だが、その前提条件がそもそも間違っていたとしたら?

 恐る恐るリタへと視線を向けると、にっこりとした笑顔があった。


「ええ、あたしが作りました」

「どういうことですの!?

 あなた、さっきまでお父様の言いつけで外に出てましたわよね!?」

「ですから、その前に焼いて、休ませてたんですよ。

 で。今、確かにおっしゃいましたよね。もちろんですわ、って」


 にこにこ、にこにこ。

 それはもう、見事に罠に嵌めた詐欺師のような笑顔で。

 対するアイリスは、歯噛みするしかなく。


「くぅっ……こ、これで勝ったと思わないことですわねっ!」

「いやでも、一勝はしたわけですし」

「そうですけども! もう少し気を使ってもいいのではなくて!?」

「これでも気を使ってますよ~相手が対等な立場だったら、もっと念入りに煽ってますから」

「念入りに煽るっていう言葉が、色々な意味で意味がわかりませんわ!?」


 ぎゃいぎゃいと。へらへらと。

 振り回されながら。振り回しながら。

 その会話のリズムが、お互いに何となく心地いい。

 素直にリタは受け入れて楽しみながら。

 受け入れがたいアイリスは、抵抗を見せながら。

 それでも、傍から見れば楽し気にお茶の時間は過ぎていく。


 ひとしきりやりあった後に、ふと、リタが壁にかけてある時計に目をやった。

 魔力のこもった魔石を利用した時計は、貴族階級では普通に使われているもの。

 当然、貴族の家に入り込むことが多かったリタもその見方は熟知していた。


「ああ、そういえば、もう少ししたら奥様がお戻りになる時間ですね」

「え、もうそんな時間ですの?

 はあ、誰かさんのせいで随分と疲れてしまいましたわ……」

「そんなこと言いながら、結構楽しんでおられたのでは?」

「それは……そ、そんなことはありませんわ! 本当ですのよ!?」


 一瞬頷きかけて、慌てて取り繕う。

 そんな様子すら可愛くて、くすくすと笑ってしまって、一層拗ねたような表情にさせてしまったりしつつ。

 ともあれ、綺麗に平らげられた皿など、食器を片付けていく。


「それでは、こちらを片付けてまいりますね。

 後は、お夕飯の時間になりましたらお呼びに参りますので、しばらくおくつろぎください。

 近くに控えておりますので、何かございましたらお呼びくださいませ」


 片付けながら、不意に見せるお手本のような侍女の仕草。

 それにどきりとして、ちょっと、寂しさも感じて。

 次の瞬間、ぺろりと舌を出した悪戯な微笑みを見せられて、ほっとして。

 そんな反応をしてしまった自分に気づいて、はっとする。


 いけない、相手のペースに乗せられている。

 などと自分を戒めている間に、リタは食器をワゴンに乗せ終わり、ドアへと向かっていて。


「それではお嬢様、また後程」

「ええ、また……ご、ご苦労様ですわ」


 色々言いたいことはある。

 それでも、きちんと紅茶とお茶請けを提供してくれたことは事実だから、とまどいながらも労って。

 くすりと笑みを見せて退出したリタを見送る。


 その足音が遠ざかるのを聞き、やがて聞こえなくなって。


 ぽふ、とテーブルに突っ伏した。

 行儀が悪い、とは思いつつも、何となくそのまま動けない。


「もう、なんなんですの、あの人……」


 ずかずかと踏み込んでくる、失礼な言動で振り回してくる。

 なのに、それが不快ではなく、さらには、自分の攻撃的な言動を笑って受け流し、時に乗ってきさえする。

 さらにはピョン助やニョロ吉とすぐに仲良くなってしまった。

 おまけにメイドとしての技量は申し分ないときた。


 何よりも。

 自分に取り入ろうなどという下心がまるでない。

 むしろ、だからこその失礼な言動なのかも知れないが。


「本当に、なんなんですの……あんな人に、どう接したらいいんですの」


 初めてのことに、戸惑わずにはいられない。

 そして。


「あの人が、これから、私のお付きになるのですね」


 ちょっとだけ、楽しみになってしまった。

 ちょっとだけ。ちょっとだけ!

 そう、自分に言い聞かせる。

 

 それでも。

 口元が綻ぶのを、止めることができなかった。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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