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メイドのお仕事?

 ひとしきりボブじいさんとやりあった後、リタは公爵邸に帰ってきた。

 ついで、と言付かったお使いも済ませ、まずはそれらの品を調理場などへ運んでいく。

 何か特別なことをしてきたわけではない、風を装って。


 その後、すぐに公爵の執務室を訪れた。

 決められた回数のノックをして、許諾の声が聞こえてから入室し、執務机の公爵と側に控えるロバートを認めると恭しく一礼。


「失礼いたします。旦那様、『老人』からの書状を預かってまいりました」


 そう言いながら胸元へと指を走らせると、いつのまにか手には封筒が握られていて。

 公爵は微かに驚いたように眉を動かし、ロバートは小さく頷いた。


「なるほど、『老人』が勧めるだけのことはある」


 そう言いながら公爵が目で合図をすれば、頷いたロバートがリタから封筒を受け取り、封蝋を確認すると公爵へと渡す。

 公爵も自身で封蝋を確認すれば、ペーパーナイフを取り出し慣れた手つきでそれを開封した。

 中の書状へと目を落とし、読むことしばし。


「ふむ、なにやらバランディアがきな臭いようだな。

 それに、南方の諸国の動きがどうにもおかしい。

 監視の強化が必要だな」

「バランディアは先王が亡くなられてから酷く好戦的になっておりますが、それ以上にきな臭い状況でございますか。

 それは、国境警備の強化も必要でございましょう。

 南方は比較的落ち着いていたと思うのですが……」


 手紙を読み終えた公爵がロバートへと語り掛け、それに合わせてロバートも言葉を紡ぐ。

 外交、国防に関する重要な単語が飛び交い始めて。


「あのっ! あたしが退出する前にそういう話を始めるのはどうかと思うのですがっ」


 いたたまれなくなって、リタが思わず言葉を差し挟んだ。

 会話を止めた公爵とロバートは互いに顔を見合わせて。


「いや、むしろ君には聞いていてもらわないといけないくらいなんだが?」

「なんでですか!? メイドには必要ない話ですよね、それ!?

 あ、まさか……だめですよ、あたしは肉体労働は苦手なんですからね、密偵の真似事とか無理ですから!」


 そう言いながらぶんぶんと首を振る。

 安楽に暮らしたくて転職したというのに、何が悲しくてまた元の仕事に類する鉄火場に行かねばならないのか。

 だが、そんなリタの悲壮感すらただよう表情に公爵はにこやかな笑みを返して。


「安心したまえ、君にはアイリスのお付きという仕事があるじゃないか」

「そ、そうですよね、良かった、覚えていてくださってた」

「万が一の時には一緒に逃げてもらうからね、護衛として動く際に、状況判断の材料は多いに越したことはあるまい」

「護衛って言った!? 今はっきり言いましたよね!?

 だからあたしは、肉体労働は苦手なんですってば!」


 抗議していたリタの手がふいに動き、ぱしりと何かを掴む。

 あ、と何かに気づいた顔。手にした、投げつけられたペーパーナイフに目をやって。

 ついで、投げつけてきたロバートの方を見る。


 全く予備動作を感じさせない投擲を見せたロバートは、それを掴み取ったリタへと、「合格」と言わんばかりに満足そうに頷いて見せ。

 それを見たリタは、あちゃぁ、という顔になり。

 恐る恐る公爵へと視線を戻せば……実に満足げな顔。


「ああ、聞いているよ。肉体労働は苦手な方だと。

 実行部隊の中では、ともね」


 にこやかにそう告げる公爵を見て。

 

 おぼえてろよ、じいさん!


 と、二回目の愚痴を心の中でこぼした。





「どこに行ってましたの、リタ!

 お付きになったばかりで私を放置とは、いい度胸ですわね!」


 公爵の部屋から退出してアイリスの部屋へと向かって廊下を歩いていると、当のアイリスが向こうからやってきた。

 拗ねた子供の顔を隠そうともしないでリタへと向かって足早に歩いてくる。

 ……大人の事情に色々揉まれた直後に見たその表情は、何だか安心するものがあった。


「申し訳ございませんお嬢様。

 旦那様のお言いつけで、少し外出しておりまして」

「ああ、お父様の言いつけなら仕方ありませんわね」


 あっさりと頷かれたのを見て、おや、と意外に思う。

 だが、続く言葉にああやっぱり、とも思う。


「しかし残念ですわ……折角あなたをぎゃふんと言わせるための作戦を練っていたというのに。

 気が付いたらピョン助もニョロ吉もお昼寝してしまって、披露することができなくなったところに帰ってくるんですもの!」

「アイリスお嬢様。ネタばらししていいんですか、それは」

「……はっ!? し、しまった、まさかこんな巧みな誘導尋問にかかるとは!」

「いや、普通に自爆ですけどね?」


 などとツッコミを入れながら、思わずくすくすと笑ってしまう。

 なるほど、どうにも憎めないお嬢様だ。


「ていうか、あたしが帰ってきたからって、ピョン助やニョロ吉を起こしたりしないんですね」


 ふと、そんなことを尋ねると。


「当たり前じゃないですの、折角寝ているのに、起こすなんてかわいそうですわ」


 何故そんなことをと不思議そうに。

 かつ、そう答えるのが至極当然といった顔で答えを返してくる。

 その答えに、うん、と満足げに一つ頷いた。


「お嬢様、ちょっと失礼しますね~」

「え、なんですの? え、ちょ、ちょっと、近い、近いですわよ!?」


 するりと踏み込んで来るリタに対して、わたわたとするばかりのアイリス。

 両手を脇の下に差入れ、腰を落として自身の重心をアイリスのそれの下へと入れて。

 ぐい、と両足で踏ん張って、立ち上がり、腕を差し上げて。


「はい、高いたか~い」

「あ、ちょっと、何言ってますのあなた!?」


 顔を真っ赤にしているアイリスを気にすることなく、しばらく高い高いをした後、すとん、という音もしないくらいに丁重に下ろした。

 下ろしたリタは、実に満足そうな笑顔を浮かべている。


「何考えてますのあなた!?」

「や、良い子のお嬢様に、ご褒美を」

「あれがご褒美って、どういう思考回路してますの!? 大体、あんなの誰かに見られたらっ」


 ぎゃんぎゃんと噛みつくアイリスに、へらりと返す。

 この会話のリズムが、なんとも心地いい。

 しばらく、噛みつかれて、のらりと返して、を繰り返して。


「申し訳ございませんでした、もうああいったことはいたしませんので」

「えっ」


 さすがに悪ふざけがすぎたかと謝罪すると、とまどったような声。

 おや、と顔を伺い見ると、何やら赤くなって、もじもじとしていて。

 しばらくちらちらとあちこちに視線を彷徨わせるのを、無言で見守る。

 

 ややあって。


「べ、別に、するなとは言っていませんわっ。

 誰かの目がないところだったら、別に私は、そのっ」


 そんなことを言い出すのを、しばしぽかんと見つめてしまって。

 吹き出してしまうのを、なんとか堪える。


「かしこまりました、では人目のないお部屋の中でなど。

 ちょうどお茶の時間になりますし」

「べ、別にしてくれとも言っていませんけどもっ。

 でも、確かにお茶の時間ね。準備をしてちょうだい」


 普段の習慣であるお茶を命じることで、少しだけいつもの調子を取り戻したらしい。

 いや、取り戻そうとしているらしい。


 いまだに、耳が真っ赤になっているのを、リタはなんだか楽し気に見つめていた。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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