裏路地の耳は何の耳
「ったく、じいさん、あんた全部わかっててやったね?」
「ほっ、年寄りのちょっとした悪戯というやつじゃよ」
「んな可愛いもんでもないし、そんなキャラでもないじゃないのさ」
呆れたようなリタの声に、ボブじいさんがすっとぼけた顔で答える。
ここはウォルスの街の大通りから入り組んだ裏路地を抜けた先にある雑貨屋、に見える店。
実際は故買屋であり、冒険者から若干グレーなものを買い取ったり盗賊からわけありものを買い取ったりなど裏の取引をしている。
そして、その取引の中には、本来知るはずもない情報も含まれている。いわゆる情報屋というやつだ。
公爵曰くの『老人』とはこのボブじいさんであり、かつてリタと同じ組織に所属する情報屋だった。
組織壊滅の後も、なんだかんだと故買屋として細々と暮らしている。
そこにリタは、公爵からの指示で訪れていた。
「ほっほ、そういうお前さんは、なんだかんだメイド姿が板についとるのお」
「ま、何度もその手の仕事はしてたからねぇ。
あいつの仕込みが役に立ってるのは、何やら複雑だけど、さ」
そう言いながら、自身のメイド服を指でつまむ。
スカートの広がりが清楚さを出しながら、動きやすさも担保しており、見た目よりも作業などがしやすい制服。
仕立てはさすが公爵家の使用人のものと言わざるを得ない、しっかりとした縫製だ。
「情報のためにお前さんに潜り込んでもらったことも一度や二度じゃないからのぉ。
随分助かったもんじゃわい」
「よっく言うよ、他にも色んなツテから情報集めてたくせにさ」
「そりゃぁ、情報は多いに越したことはないわい。
じゃが、最後に物を言うのは、信頼できる奴が直接集めてきた話じゃよ」
「……ったく、ほんっと人を使うのが上手いじいさんだねぇ」
この海千山千の老人にそう言われて、悪い気はしない。
そして、恐らくそれがわかっていての発言だということに、苦笑も漏れてしまう。
「もう年じゃからな、できるだけ若いもんに任せたいところなんじゃが」
「寝言は寝てから言いな。ボケるにゃまだまだ早いよ、じいさん」
殊勝なことを言う老人は、その実筋骨隆々の体、ピンと伸びた背筋を未だ維持している。
眼光も声の張りも、とても老いを感じさせないものだった。
「やれやれ、酷い言い草じゃな。
ああ、すっかり話が長引いたわい。これが今日の公爵閣下宛のもんじゃ。
こいつは封蝋付き、意味はわかるな?」
「ああ、もちろん。確かに受け取ったよ、間違いなく届けるさ」
上質な厚手の紙、厳重に封蝋をされた封筒を受け取ると、胸元へ。
するり、と掻き消えるようにそれが見えなくなる。
それを見て、じいさんが目を細めた。
「さすが、錆び付いちゃおらんようじゃの」
「錆び付くようだったら、じいさんも公爵閣下も、あたしにこういうこと任せやしないだろ。
……ああ、あたしからの情報はあんなもんで良かったのかい?
いかんせん、まだ入ったばかりだから大したもんもないけど」
封筒をしまった胸の隠しポケットを、ぽんと服の上から叩きながら、そう尋ねる。
それに対してじいさんはうむ、と鷹揚に一つ頷いてみせた。
「充分じゃよ。
お転婆娘のあしらい方に、思わず爆笑しそうになったわい。
これでまた、閣下をからかういいネタができたってものじゃ」
愉快そうに笑うボブじいさんを、しばしジト目で見つめて。
「じいさん、あんた随分楽しそうだね……。
まさか、そのためだけにってことはないよね?」
「ああ、もちろんじゃよ。
とはいえ、アイリスお嬢様のことは聞いたのじゃろう?
だったらまあ、あのお嬢様が全力で遊べる相手が見つかったのなら一安心、というものじゃからなぁ」
「……なんだい、お嬢様と知り合いみたいな口調だね?」
懐かしむような爺さんに、興味を引かれたのかリタが食いついた。
予想通り、頷きが返ってくる。
「前に一度だけ、のぉ。その頃はまだ幼くて、あそこまではなかったころじゃからなぁ。
高い高いが大層気に入っていただけたようでな、全力でやったら3mくらい上がったんじゃが、キャッキャと嬉しそうに笑っておったわ」
「うんじいさん、加減ってものを考えようか」
返答の中身は完全に予想外のもの。驚きを通り越して呆れることしかできない。
ジト目でじいさんを見つめながら、リタはため息をついた。
「ったく、やめとくれよ、不敬罪だかでしょっぴかれるような真似。
まあ、あのお嬢様だったらそういうのも喜びそうだけどさ」
「後、家令のロバート様は爆笑しながら見とったぞい」
「うん、あの人は参考にならないから。っていうかあの人爆笑とかするんだ!?」
呆れたように返した後に、思わずツッコミを入れてしまう。
あの柔和な鉄面皮が爆笑。どうにも、想像がつかない、が。
こんなことで嘘を吐く必要もないわけだから、恐らくそうだったのだろう。
「まあ心配せんでも、これくらいでどうこうはならんよ。
なんせ、閣下の飛び切りのネタを知っておるからのぉ」
にやり、と随分悪どい、ように作った笑みを見せる。
テーブルに両手で頬杖を突いたリタは、胡散臭げにそれを眺めて。
「なんだいその飛び切りのネタって」
その言葉に、じいさんは待ってましたとばかりに口を開く。
「閣下がいつまでおねしょしとったかと、初恋の人と初めての人の名前じゃ」
「あんた悪魔か!? うわぁ、閣下に同情した、心の底から同情した!」
思わずがたっと立ち上がり、罵倒する。
その声を受けても、じいさんは涼しい顔だった。
しばらく色々と罵ったリタは、急に声を潜めて。
「……で、教えてもらえたりしないかい?」
つい好奇心に負けたリタを、楽し気に見やって。
「無理ってもんじゃな。そいつを言わないのが男の信義ってやつじゃよ」
そう言うと、じいさんは豪快に笑った。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
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読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。