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開戦の狼煙、だったはずのもの

「あのメイド、中々やるようですわね、ピョン助」


 ずかずかと部屋へ向かって廊下を歩きながら、アイリスは両手に持ったカエルへと話しかける。

 その言葉を理解しているのか、くるり、カエルがアイリスへと顔を向け、げこ、と鳴いた。


「え? あの女は只者ではない?

 いきなり放り投げられた瞬間に、しっかりと視認していた?

 無雑作でありながら繊細なキャッチ、あれは職人技?

 ……だから、なんであなた、あの女にそんなに好意的なんですの!?」


 ぎゃいぎゃいとピョン助に食って掛かりながら、その言葉を反芻する。

 確かに、随分と落ち着いて対処された。

 その上、咄嗟であったにもかかわらず、ピョン助を握りつぶすことのない、絶妙なソフトキャッチ。

 なるほど、どうやら強敵であるらしい。

 

 そう思えば、アイリスはにやりと不敵な……本人はそのつもりの笑みを浮かべる。

 どうやら、相手にとって不足はないようだ。

 令嬢としてそれはどうかと思うようなことを内心で呟きながら、たどり着いた自室のドアを勢いよく開く。


「ただいま帰りましたわ、ニョロ吉!

 喜びなさい、あなたの力を見せるに足る相手が来ますわ!」


 部屋で主を待っていたニョロ吉が、ゆっくりとその鎌首をもたげる。

 そして、しばらく主を見つめた後。


 ゆるり、やる気なさげに床へと寝そべった。


「なんですの、その態度!

 久しぶりのあなたの出番だというのに、嬉しくないんですの!?」


 金切り声で叫ぶアイリスへと、緩慢な動作で顔を向ける。

 その顔には、アイリスでなくともわかるほど明確に『面倒くさいです』と書いてあった。

 まして、ビーストテイマーであるアイリスには思念が言葉となって脳裏に響いて来るのだ、そのやる気のなさに地団太を踏む。


「くぅっ、すっかり日和りましたわね、ニョロ吉!

 出会ったころの、全てに牙を剥くナイフのように尖ったあなたはどこにいったんですの!」


 訴えかけてくる声に、小さく首が横に振られる。

 『そんな頃ないです』と、アイリスの脳裏に呆れたような声が響いた。

 その声に、きっ、と悔しそうに睨みつけて。


「そんな些細なことはどうでもいいのです!

 いいですか、今から作戦を練りますわ。恐らくロバート当たりがニョロ吉のことはばらしているはずです。

 ですからまずはですね……」


 と、強引に話を終わらせて、早速彼女いわくの作戦を語り始める。

 そんな主の姿に、蛇とカエル、本来であれば天敵であるはずの二匹は互いに視線を交わし、諦めたように目を伏せた。




 それからしばらくの後。

 正式な顔合わせとしてリタが公爵に連れられてやってきた。

 その後ろには静かにロバートも付き従っている。


「リタくん、先程の話を聞いてなお、引き受けてくれてありがとう。

 あの子のことだ、恐らく何か仕掛けてくるだろうとは思うが……」

「いえいえ、お気になさらず。大丈夫でしょう、多分。

 大体のことには対応できると思いますし」


 先刻。晴れやかに快諾したリタをみて、公爵はしばらく言葉を失っていた。

 その後目じりを抑え、低い声で「ありがとう」とつぶやくのがやっとだったのだが、さすがにすっかり持ち直していた。


「旦那様はお嬢様のことになると、どうにも涙もろくなりましてねぇ」

「ロバート、余計なことは言わなくていい」

「あはは、まあまあ、親心というのはそういうものということで」


 持ち直す、を通り越していつの間にかすっかりリタも交えて馴染んだ会話をしながら、アイリスの部屋へ。

 扉の前に立ったところで、ん? とリタが小首を傾げた。


「どうかしたかね?」

「ああ、いえ。ん~……多分、大丈夫かと思います」


 扉の向こうに感じる気配。

 不穏、というには軽いそれは、悪戯程度のもの。

 今までの情報から考えるに、それは。

 どうやらロバートも問題ないと判断したのか、何も言わず。

 主に断りを入れると、扉をこんこん、とノック。


「アイリスお嬢様、旦那様とお付きになるリタ嬢がお見えでございます」


 その呼びかけに、中で少しだけ、ばたばたという音。

 しばらくして、愛想のよい猫かぶりな声が聞こえてきた。


「いいわロバート、入っていただいて」


 ……普通に公爵令嬢らしい声も出せるのだな、などとどうでもいいことを思いながら。

 目で確認してくるロバートへ向かい、小さく頷いてみせる。


 頷き返したロバートが開いた扉の向こうにいるのは、にこやかな笑みを浮かべたアイリス。

 ……このタイミングでないとすれば。などとリタが考えている間に、公爵が部屋の中へと入っていった。

 促され、その後に付き従うように部屋へと入っていく。


「アイリス、先程も少し話をしたがね。

 今日からお前のお付きとなって身の回りの世話をするリタくんだ」

「ご紹介に預かりました、リタにございます。

 アイリスお嬢様、どうぞよろしくお願いいたします」


 公爵の横に立ち、スカートの裾を摘まみながら恭しく頭を下げる。

 にこり。あるいは、にやり。

 アイリスの顔が笑みを浮かべて。


「ええ、リタ、よろしくして差し上げますわっ」


 その言葉と共に、何かが頭上から落ちてくる気配。


 しかしリタ、慌てず騒がず両手でそれをキャッチ。

 そのまま流れるような滑らかさで床へとリリース。


 するり、と床へと下ろされたニョロ吉、しばしリタの顔を見つめて。

 『ありがとうございます』とばかりに小さく頭を下げた。

 そんなニョロ吉へと笑いかけて、恭しくカーテシー。


「お前がニョロ吉? あたしはリタ、よろしくね」

「だから、なんでそんなすぐに仲良くなっていますの!?」


 互いに視線と表情で友情を確認しあっていたリタとニョロ吉の間へと、アイリスが割って入る。


「リタ、あなた一体何者ですの、なんなんですの、さっきのは!

 なんで頭の上から落ちてくるニョロ吉をあっさりキャッチ&リリースできますの!?」

「あ~、いや、だってバレバレだったんですもの。

 アイリスお嬢様の目線で、上に何かあるなって。

 ピョン助はそこのテーブルにいますし、話に聞いていたニョロ吉はいないし。

 ですからまあ、上から来るかな、と」


 あっけらかんとした答えに、アイリスと公爵は言葉を失う。

 ロバートが一人、うんうんと頷いていた。


「……ロバート、お前は気づいていたかね」

「は、長くお嬢様にもお仕えしておりますれば。

 しかし、今日来たばかりで咄嗟にあの判断とは、思った以上にやりますな、リタ嬢」


 公爵の問いに、はっはっは、と笑いながら返すロバートを、苦笑に近い表情でリタが見ていた。


「つまり、気付いていたのに教えてくれなかったんですね、ロバート様?」

「それは申し訳ないのですがね、旦那様に危害が加わるわけでもなく、お嬢様の機嫌も損ねず、あなたを確かめることもできるとあって、つい」


 悪びれもせず答えるロバートに、やはり一筋縄ではいかない、との思いを強くしながら。

 こほん、と公爵の咳払いが響けば、くるりと向き直る。


「まあ、ともかく、これで色々な意味で顔合わせは終わったわけだ。

 アイリス、これからはリタくんの言うことをよく聞いて、変にちょっかいを出さないように。

 リタくん、アイリスのことをよろしく頼むよ」

「はい旦那様、お嬢様のこと、お任せください」

「いやいや、リタ嬢でしたら私も安心してお嬢様をお任せできます」


 何やらすっかり話は終わったとばかりに談笑を始める大人たち三人を、プルプルと震えながら睨むアイリス。

 やにわに、びしぃっ! と指をリタへと突きつけた。


「こ、これで勝ったと思わないでくださいまし!

 次はこうはいかないんですからね!」


 そう叫ぶアイリスへと、リタはにっこり、微笑みかける。


「ええ、どうぞご存分に。

 いくらでも受けて立って差し上げますから」


 あくまでも余裕の態度を崩さない様子に、くぅ、と歯噛みして。


「その言葉、覚えてらっしゃい!」


 アイリスの遠吠えが、響き渡った。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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