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好むと好まざると

「……お茶会のお誘い、ですか?」

「さようでございます、お嬢様」


 ロバートの声に、アイリスが食事の手を止める。

 その表情は、実に……渋いもの。


 その表情でしばし沈黙し考え込んでいたアイリスの背後から声がかかった。

 

「お嬢様、淑女としてその顔はいかがなものかと」

「うるさいですわね!?

 大体なんであなた、私の背後にいるのに表情がわかるんですの!?」


 後ろに控えているリタからの言葉に、アイリスは思わず食って掛かる。

 途端、コホン、と小さな咳払い。


「アイリスお嬢様、お食事中にあまり大きな声を出されては、はしたないですぞ?」

「くっ、それはっ、そう、なのですけども……すごく理不尽な気がしますわ……」


 ロバートからの指摘に、アイリスは悔しそうにしながらも声を落とす。

 実際、リタに言われたこともまあ、確かにそうではあるのだ。

 ただそれは、若干揶揄いの色を滲ませていたのだが……。

 もっとも、この場に母であるフローラが居たら「そんな言葉に過剰に反応してどうします」とでも言われたことだろう。


 昨日から思っていることだが、この調子で社交界に出ても大丈夫なのだろうか、と心配もしてしまう。


「お嬢様は少々反応が素直過ぎるのかと。

 まあ、そんなところもお可愛らしいのですが」


 リタの言葉に、見えないところで控えているラークシャシーが全力で頷いている気配がする。

 この場にいた人間で気付いたのはロバートだけのようで、そちらにちらりと視線を向ければ……すぐに動きが止まったようだが。

 

 そのことに気づかないアイリスは、唐突な誉め言葉に顔を赤くした。


「なっ、か、可愛いだなんて……と、当然ですわっ、お父様とお母様の娘ですからねっ」


 しどろもどろになりながらも、何故か胸を張って威張るアイリス。

 その様子を見ていたリタは、ロバートへとちらり顔を向けて。


「なるほど、旦那様も奥様も大事になさるわけですね」


 そう言えば、ロバートもこくりと頷き、返してくる。


「ええ、その通りですよ。実にお可愛らしい」

「ロバート、あなたが言うと何か裏がありそうで怖いのですけどっ」


 かなり警戒した様子で、アイリスはロバートの様子を伺っていた。

 この後どう落とすのだろう、そのことに備えているようでもある。


「いえいえ裏など滅相も。本当に心から思っておりますよ」

「本当に? あなたのことだから『小動物みたいで』とかそんなこと言いそうですわ……」

「まさかそこまでは申しません。……六歳児くらいに見えるとか程度でございます」

「あんまり変わりませんわよね、それ!?」


 ロバートの返答に、やっぱりか! とばかりにツッコミを入れるが、さすが老獪なロバートは笑いながら軽く受け流す。


「いえ、人間扱いはしておりますよ?」

「その中で割と最低ランクじゃありませんの!?」


 予想通りの酷い扱いに、悲鳴にも似た声で言い返すアイリス。

 すると後ろからまた、リタがまぜ返してくる。


「お嬢様そんな、六歳児に失礼ですよ。

 躾けのできている子は六歳でもちゃんと静かにお行儀よくしております」

「割とあなた達のせいですわよね!?」


 一対一でも良いようにされるというのに、二対一。

 こんな状況で勝てるわけがないではないか、と嘆きたくもなろうというもの。

 そんなアイリスの嘆きを受けて……なわけはないのだろうが、リタは一度引いてはくれた。


「それで、どうしてお茶会のお誘いで、そんな渋い顔になってしまうんです?」

「ああ、それは……ロバート、多分ビシュラム伯爵令嬢ですわよね?」

「左様でございます、お嬢様」

「やっぱり……」


 ふぅ、と小さくため息を吐く。

 重々しい、まではいかないが、かなり面倒そうな感じだ。


「ビシュラム伯爵令嬢、マルガレーテ嬢はたまに私をこうしてお茶会に誘ってくるのですが……なんと言いますか。

 あまり私に良い感情を持っていないのに誘ってくるところがあるのです」

「おやまあ。確かに、たまに聞く話ではありますけども」


 あまり仲が良くない、むしろ嫌いな相手をお茶会に誘う。

 貴族令嬢の間では、たまに見られる光景だ。

 そうやって誘い出したところで、仲の良い取り巻き達と一緒に嫌味を浴びせたりするらしい。

 何が楽しいのか、リタには良くわからないところだが。


「お母様の教育方針からして、断るわけにもいきませんし……」

「行かないわけにもいかない。

 しかしお嬢様に、貴族令嬢特有の持って回った陰湿なやり取りはできるわけもないし、で面倒なわけですね」

「……その通りなのですがこう、全方位に喧嘩を売るような言い回ししますわね?」


 リタの言い草に、アイリスはしばし言い淀み、それから困ったような顔で言葉を続ける。

 だが当のリタは、気にした風もない。


「単純にあたしの好みを言ってるだけですし、この場限りの話なら問題ないでしょ?」

「それはまあ、そう、ですけども」


 あっさりと言うリタに、呆れてしまう。

 随分と不用心にそんな話をするものだ。

 ロバートは確かにそんなことを口外しないだろう。

 リタの事を随分買っているようだし、その彼女が不利になるようなことを言うはずもない。


 しかしここには、リタに反発しているアイリスがいるというのに。


「私が言いふらしたらどうします?」

「え、アイリスお嬢様は陰口とか言わないでしょ。

 仮にフローラ奥様に言われても、多分奥様なら問題視しないでしょうし」

「いやまあ、それは確かに、そう、なのですけども……」


 あっさりと言われて、口ごもる。

 確かにリタの言う通りで……それがなんだか、気恥しい。


「ご令嬢の皆様も、奥様やお嬢様みたいな物言いしたらいいのにって思いますよ。

 あ、あたしは奥様やお嬢様みたいな方は好きですよ?」

「わ、わかりましたから、もういいですから!」


 気恥しいと思っていたところに、この追い打ちである。

 揶揄うような声は、しかし嘘も言っていない。

 それがわかってしまったアイリスは、顔を赤くしながら声を上げるしかできなかった。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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