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主従のふれあい

「うう、酷い目に遭いましたわ……」


 よろよろとした足取りで廊下を歩きながらアイリスがぼやく。

 あの後、これでもかとばかりに注がれたフローラの愛情表現を受け止めきったアイリスは、しかしすっかり疲れ切っていた。


「あれですよ、美しさは罪っていうか、可愛さは罪なんですよ、きっと」

「……これに関しては、半分はあなたのせいですからね?」


 じとりとした目で睨みつけても、リタは涼しい顔だ。

 どうせ自分の睨みなど効きもしないとわかっているから、むぅ、と唇を尖らせて視線を外す。

 そうして、自分の髪を指で梳いてみた。


 自慢のキラキラとしたその髪は、フローラに散々可愛がられた後でもなお輝いていて。

 指で軽く梳けば、するりと軽やかに指の間をすり抜けて流れていく。

 何度も何度も梳いてしまう程に、それは心地よかった。


「いかがいたしましょう、今夜も湯浴みをなさいますか?」

「え? ええ、そう、ね……では、お願いしますわ」

「はい、かしこまりました」


 湯浴み、と聞いて期待が膨らんだ。

 それを押し隠し、葛藤をする。

 すっかりリタの手のひらの上で踊らされているのではないか、と。

 だが、そんな心の警戒は、あの心地良さには勝てなかった。

 返答を予測していたのか、リタはあっさりと頷いて見せる。

 ……それも、なんだか若干悔しくはあるのだが。


「さ、お部屋に着きましたよ、お嬢様」


 そんなアイリスの内心を知ってか知らずか、部屋に着けば何事もないかのようにあっさりと扉を開ける。

 さりげなく、開ける前に気配を確認し、開ける時に中に視線を走らせてはいるが。


「え、ええ……ああ、ただいまかえりましたわ、ピョン助、ニョロ吉。

 お利口さんにしていたみたいですわね」

『当然のこと』

『おかえりなさい』

「ただいま、ピョン助、ニョロ吉」


 二匹がそれぞれに迎え、それぞれに挨拶をする。

 それが一段落したところでぱたんと扉を閉めて。


「さ、お嬢様、お待ちかねの高い高いのお時間ですよ」

「お待ちかねてませんわよ!? 私、一っ言も、言ってませんわよね!?」

「まったまた~、その熱い瞳で訴えかけてきてたじゃないですか~」

「してません、そんなことしてません!


 ぶんぶんと首を振りながら、アイリスは後退る。

 あれは、だめだ。

 色々と自分の大事な何かを削られるような気がする。

 しかし、リタはそんなことを知っていて、敢えてじりじりと追い詰めていく。

 言うまでもなく、運動神経ではどうあがいてもアイリスに勝ち目はない。


「ねえ、アイリスお嬢様。

 この人目のない場所でちょ~っと素直になるだけですよ?

 誰も見ちゃいません……ああ、ピョン助とニョロ吉は黙っててくれるでしょうし。

 解き放たない理由、ありますか?」

「あるに決まってますわ!?

 私の尊厳だとかプライドだとか、そういう精神的な意味で!」


 必死に抵抗しながら、左に、右にとフェイントをかけつつ逃げ出そうとする。

 しかし、ラークシャシーの動きすら見切るリタに、そんな子供だましは通じない。

 じりじりと、確実に部屋の隅に追い詰められていく。


「さあお嬢様、もう後はございませんよ?

 覚悟してくださいまし」

「くっ……こ、こうなったら最後の手段……。

 ラークシャシー、助けて!」

「はっ、お呼びとあらばっ」


 アイリスが言い終わった時には、既にそこに居た。

 まるで初めからそこにいたかのように、アイリスとリタの間に、忽然とかつ決然と。


「ちょ~っと、ラクシ?

 今のはあたしの目でも追い切れなかったんだけど」

「お嬢様の危機とあらば、これくらい可能でなくてどうする」

「いや、普通は不可能だってば、あれは」


 ややもすれば人外の妹分に比肩する程の動きを、さも当然のような顔で語るラクシ。

 こいつはダメだ、色んな意味で手に負えない、と内心でこぼしながら、しばしラクシを見つめて。


「ねえラクシ。

 可愛いアイリスお嬢様が見たい?」

「それはもちろんだが」

「ちょっとラークシャシー!? 何言ってますの!?」


 これで助かった、と思っていたところに突然の手の平返し。

 いや、まだ返ってはいない、そう自分に言い聞かせる。


「何とおっしゃいましても、私の率直な感想でして……あ、申し訳ございません、私の感想のような私的な発言をお耳に入れてしまいまして!」

「いえ、それは全然構いません、むしろ嬉しいくらいですけども、いえ、しかしですね」

「嬉しいとおっしゃってくださるのですか!?

 こ、このラークシャシー、恐悦至極!!」

「待って待って、おかしいですわラークシャシー、何かがおかしいですわよね!?」

「はっ、待ちます、このラークシャシー、お嬢様がおっしゃるのならばいつまでも待ちます!」


 噛み合っていないようないるような、微妙な主従漫才を繰り広げる二人を、リタは微笑まし気に見やる。

 そして、頃合いを見計らって口を開いた。


「ラクシ、アイリスお嬢様ってね、御幼少のみぎりに高い高いがとてもお気に入りだったらしいんだよ。

 多分今もお嫌いではないね、こないだした感触からしたら」

「待てリタ、お前まさか、したのか」

「うん、したよ。

 たっぷり、じっくり、お嬢様が『もうやめて!』って言うくらいに」

「き、貴様っ!」


 ラークシャシーが懐に手を入れた、そのタイミングで声を掛ける。


「でもねラクシ。

 あんたは今、できるんだよ。

 お嬢様に、高い高いを」

「な、なん、だと……?」

「だってそうだろ?

 閉じられた扉、部屋の中にはあたし達だけ……もちろんあたしは黙っている。

 万が一ばれても、あたしに唆されたと言えば、奥様免状の範囲内だし」

「なんですのその、奥様免状って!? いえ、わかりますけど、わかりたくないっ!」

「な、なる、ほど……?」

「待ってラークシャシー、気をしっかりと持って!

 あなたはこんな甘言に騙されるような人じゃないわ!」


 最後の砦が切り崩されそうだということがひしひしと伝わってきて、アイリスは必死に呼びかける。

 ぐらぐらと揺れるラークシャシーは何とか踏みとどまろうと、していたが。


「あたしですら喜んでいただけたんだ、あんたの腕力で高い高いしたら、さぞお喜びいただけるだろうねぇ」

「なるほど」

「待って、お願いだから待って、ラークシャシー!」

「申し訳ござません、お嬢様。

 このラークシャシー、お嬢様の内なる声を聞き逃しておりました」


 真顔で。

 据わった目の真顔で、ラークシャシーが答えた。

 じり、じり、とアイリスへとにじり寄っていく。


「待ってラークシャシー、せめて、せめて、優しくしてくださいっ」

「か、かしこまりました、このラークシャシー、全力で優しく高い高いをさせていただきます!」

「な、何かが違いますわぁ~~~!!」


 そして。

 ラークシャシーの腕力により軽々と宙に放り投げられたアイリスは『く、悔しいっ! でも楽しいっ!』という心の声を滲ませた表情で、ラークシャシーのなすがままにされてしまった。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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