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母娘の触れ合い

「うう、酷い目に遭いましたわ……」


 よろよろとした足取りで廊下を歩きながらアイリスがぼやく。

 あの後こってりとお説教を食らった上にビシバシとシゴかれた身としては言いたくなるのも仕方はない。

 しかし。


「でもまあ、半分以上は自業自得なわけですし」

「ほんっとうに容赦がないですわね、あなたは!」


 余計なことを企んでそれが上手くいかず、挙句大声を上げたのは全てアイリスが勝手にやったこと。

 その結果ポーネリアン夫人にこってり絞られたのだから、自業自得以外に言い様もない。

 それがわかっているから、アイリスも反論できずに噛みつくばかりだ。


「大体あなた、主がこうして困っているのですから、助けるなり慰めるなりしたらどうですの!?」


 きっ、とアイリスに睨まれて、リタはしばし考え込み。

 おもむろに胸の前で両手を握り合わせると、若干上目遣いになって。


「ああっ、アイリスお嬢様、なんとおいたわしい……」


 声色まで作ってきたリタをジト目で見ながら、アイリスはしばし沈黙。

 ややあって口を開いた。


「やっぱりおやめなさい、背筋が寒くなりますわ。

 っていうかなんですの、その無駄に高い演技力!

 一瞬本気で心配してくれてるように思ってしまいましたわよ!?」

「いやぁ、我ながら役者でしょ? 欠片も心配してないんですけどね~」


 素に戻ったリタがいつものヘラリとした笑みを浮かべると、アイリスはさらに食って掛かる。


「だからなんであなたはそう、無遠慮だったり容赦がなかったりするんですのよ!」

「え、奥様からお許しをいただいてますし」

「くぅっ、屋敷内最強のその免罪符が憎たらしいっ」


 ポーネリアン夫人の眼が無いこともあってか、すっかりいつもの調子を取り戻しているアイリス。

 いや、こんな漫才を繰り広げるようになったのは昨日からなのだが。

 それがいつもの調子、として認識されていることに、アイリス自身は気づいていない。


「その免罪符を発行された方のところに、今まさに向かっているわけですが」

「やめて、現実に引き戻すのはおやめなさい」


 沈鬱な表情と共にそう答えるアイリスを、リタが不思議そうに眺める。


「あの、お嬢様、奥様のこと、別にお嫌いとかではないですよね?」

「ええもちろんですわ。むしろ大好きですわよ?

 ただその、お部屋で可愛がられる時などの態度が……」


 零しながら、どこか虚ろな表情で中空を見つめた。


「……そんなに、ですか」

「ええ、そんなに、ですわ」

「デロ甘ですか?」

「ダダ甘ですわね」


 はふ、と小さなため息とともに、そう答える。

 かつん、かつんと廊下に足音だけ響かせることしばし。

 おもむろにアイリスが口を開いた。


「お忙しいお母様から構っていただけるのは私も嬉しいことですわ。

 しかし私ももう、一応は15を越え成人を迎えた身。

 いつまでも幼子のように可愛がられるのは、少し恥ずかしいと言いますか……」

「なるほど。……はっ、まさか奥様も高い高いができるとか!?」

「できませんわよ!?

 ……た、多分、できませんわよ? 少なくとも物心ついた頃から、されたことはありませんし」


 リタの小ボケに反射的に答えて、一秒だけ考えた。

 あのお母様ならできるかも知れない、などと思った自分ごと打ち消すかのように、改めて。

 いかにも淑女然とした、たおやかな外見の公爵夫人。

 だがその外見に反した中身でもあることはよく知っている。

 それは精神的な意味で、だが。運動能力など確かめたこともないのだ、あの母ならば、と思ってしまっても仕方があるまい。


「まあ、確かに奥様の御立場でそんなアクティブなことはできないでしょうしね。

 じゃあまたお部屋に戻ったらして差し上げますね」

「だから、して欲しいとは言ってませんわよね!?」


 そんな漫才をしているうちに、気が付けば公爵夫人、つまりフローラの部屋の前に到着していた。

 先に立ち、こんこん、とリタがドアをノックする。

 

「お入りなさい」


 すぐに部屋の中からお付きのメイドの声がした。

 失礼します、と断りを入れてからドアを開き、頭を下げた後そのまま上げず、扉を抑える。

 アイリスが部屋に入り、その後ろからついていくように入室し、そっとドアを閉じた。


「よく来ましたね、アイリス。さあ、こちらにいらっしゃい」


 部屋の真ん中にすっくと立ったフローラが両手を広げてアイリスを待ち受けている。

 それはもうワクワクとしたオーラを纏っていて、とても逃げることなどできそうもない。

 覚悟を決めてアイリスが近づき、その射程圏内に入った瞬間。


 抱きしめていた。


 リタの眼をもってしても抱きしめる動作が完了した状態でしか認識できない、まさに神速のハグである。


「ああ、可愛い私のアイリス……いつも可愛いですが、今日は一段と可愛いわ……。

 このさらさらの髪、すべすべの頬……ああ、いつまでも頬擦りしていたい」

「お、お母様、ちょっと、あのっ、いきなりすぎますっ!」


 腕に捉えてしまえば遠慮など投げ捨ててしまい、思うがままに抱きしめ、撫でて、頬擦りして。

 全身全霊を持ってアイリスを可愛がる。

 そんな母へとアイリスは抗議の声を上げるが、もちろん本気で嫌がっているわけでもなく。

 抵抗もせず、されるがままに任せている。


「ふふ、照れているのですか? そんなところも可愛いですね、アイリス。

 今日は可愛いだけでなく、一段と良い匂いもしますね」

「ちょっと、くすぐったいです、お母さまっ! 何だか今日は一段とおかしくないですか!?」


 さらっと失礼なことを口走ったアイリスを咎めるでもなく、一層熱心に猫かわいがりするフローラ。


「まあまあ、奥様ったらあんなに楽しそうに」

「そうですね~、微笑ましい親子の交流です」


 そんな二人を、お付きのメイドとリタは離れたところで微笑ましそうに眺めていた。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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