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令嬢の事情

「アイリス、ピョン助との喧嘩はそれくらいにしておきたまえ。

 正式な顔合わせは後でちゃんとするから、部屋に戻っていなさい」

「お父様、しかし!

 ……いえ、そうですわね、私が軽率でございました、申し訳ございません」


 騒動が少し落ち着いたか、と見えた瞬間に声を差し入れる辺り、さすが場慣れしているな、と妙な感心をしているリタの目の前で、意外と素直に引いたように見えるアイリス。

 もちろん、彼女が一瞬言葉を切った際に何か思いついたような顔になったのを、見逃してもいなかったのだが。

 それを口にして、さらに混迷を長引かせるような真似をしない程度には、リタは大人だった。


「ではお嬢様、お帰りはあちらでございます」

「相変わらず扱いが雑ですわね、ロバート!

 ……ところで、あなた、リタでしたわね?」


 ぎゃいぎゃいとロバートへ噛みついていたかと思えば、急に振り返り、びしりと人差し指を向けてくる。

 はて、と思いながらも、はい、と頷いて見せれば、にやりと何だか楽しそうな笑みを見せてきて。


「ではリタ、後ほどまたお会いいたしましょう。

 とびっきりの歓迎を見せて差し上げますわ!! オ~~~ッホッホッホッホ!!!」


 高らかに声を響かせると、促されるままに退出していった。


 それから、しばらく沈黙が落ちて。

 最初に口を開いたのは、リタだった。


「その、随分とお転婆な方でいらっしゃいますね?」

「その言い草でもまだ抑えた言い方をしてくれてるのが伝わってくるよ……。

 あの子は、どうにも、御しがたくてね……」


 こぼす言葉と表情に、呆れだとかよりももっと複雑なものを感じ取って。

 ちらり、ロバートへと視線を流すも、素知らぬ顔の柔和な鉄面皮は何も悟らせてくれない。


「虫姫、でしたか。そんなお話が古典文学にあったような、と思い出してしまいました」

「当たらずとも遠からず、か。

 確かに常人には理解しがたい価値観の持ち主ではあると思うよ、我が娘ながら」


 どうやら、そう外れでもなかったかと、納得する。

 

 虫姫。あるいは、虫を愛する姫とも題されることがある、古典文学の短編小説だ。

 普通ならば毛嫌いされる虫を、その中にこそある美を見出し、愛でる姫の話。

 独特でありながら、どこか納得もしてしまうその世界観が、なんとも面白かったことを覚えている。


「それは、こちらこそ頷いていいのかどうか、と反応に困りますけども。

 それにしても……カエルくらいでしたら、耐えられる平民のメイドはいくらでもいたのではないですか?」


 そう、令嬢であれば耐えられないカエルであっても、平民であれば普通に受け流すこともできたであろうに。

 至極当然の疑問に、公爵とロバートが互いに視線を交わし、またしばらく沈黙する。

 やがて、公爵が口を開いて。


「そう、カエルくらいなら私も苦労はせんのだよ。

 アイリス曰くの『お友達』にはもう一匹いてね」

「ニョロ吉くんですな。私は好きなのですが……穏やかで人懐っこい子ですし」


 そんな主従の会話に、眉を潜める。

 先程のお友達のカエル。

 ニョロ吉という語感。


「……もしかして、蛇ですか?」

「ええ。先日、体長が2mを超えたとお喜びでした」

「なるほど。2mくらいならまだ、いけますかねぇ」


 その返答にう~む、と腕を組みながら考える。

 実際、それくらい大きな蛇に遭遇したこともある身としては、そう答えざるを得ない。

 そんなリタの淡々とした様子に、少しだけ驚いたように公爵が眉を上げる。


「彼から聞いてはいたが、思っていた以上に動じないのだね、君は」

「お聞きになっていたのでしたら、これくらいで動じていては、とお察しいただければ幸いです」


 にこり、さらり。

 そう返すリタを、公爵は頼もしそうに見やる。


「そう言ってもらえると助かるよ。

 もちろん親として躾けるべきは躾けないと、とは思うのだが……少し事情もあって、ね」

「事情、ですか?

 ええと、それはお聞きしてもよろしいのでしょうか」


 ヤバい。

 そう、リタの直感が告げている。

 しかし、避けては通れない、とも告げていて。

 リタの言葉に、公爵は頷きを返した。


「ああ、むしろ知っていてもらわないと困るかも知れない、ね。

 おかしいとは思わなかったかい? いくらフロスダ・アマガエルが比較的賢いとは言え、あんな風に大人しくあの子の手の上にいるなど」

「それは、確かにそう、ですね……」


 言われて、思い返す。

 ただ懐くだけではない、まるで意思疎通ができているかのような一人と一匹のやりとり。

 確かに、普通ではありえない光景ではあった。


「アイリスには、ビーストテイマーの能力がある。

 物心ついたころにはもう、動物と意思疎通ができていたようだ」


 ビーストテイマー。

 獣使い。様々な動物と意志を疎通させ、飼い慣らし使役する能力持ちの総称だ。

 中には自身の魔力を獣に与えて、その身体能力を強化することができる者もいるという。

 なぜそんなことができるのか。

 天与のものであるだとか、魔力によるものだとか議論されてはいるが、結論は出ていない。

 確実なのは、獣、どころか魔物、魔獣といった存在と意志を交わし、手なずけることができる人間がいる、ということだけだ。


 そして、動物と意志を交わすことができる公爵令嬢。

 公爵令嬢という立場ゆえに直面する、様々な人間関係のあれこれ。


「そんなあの子からすれば、色々とある人間づきあいよりも、カエルや蛇相手の方がよほど気楽だったのだろう。

 だが、それが少々いきすぎてね……ああしてピョン助やニョロ吉をけしかけて、人を遠ざけるようになってしまったというわけだ」

「なるほど、それは……心中お察しいたします」


 アイリスの気持ちも、公爵の気持ちもわからなくはなく。

 もとよりリタからしてみれば先程の悪戯など可愛いものなのだから、大して引きずることでもない。


 そう思っていたのだが、公爵の話はまだ終わっていなかった。


「そして、だ。

 リタくん。ビーストテイマーが手なずける動物と言えば、どんなものを想像するかね?」

「え? ……そう、ですねぇ……狼や虎、ライオン、といった肉食獣、ですが」


 人間よりも遥かに強力な身体能力を持つ肉食獣。

 それを人間の知能で使役することによって強力な力を振るうビーストテイマー。


 となれば、カエルに蛇とは、なんとも平和なようにも見える、が。

 まあ、体長2mの蛇が可愛いかはともかく。


「そう。なのにカエルに蛇、だ。可愛いものだ、と安心していたのだよ。

 だが、ね。数年前のことだ。

 とある避暑地に行った際に、3mを超える巨大なトカゲに遭遇したことがあってね。

 そのトカゲすら、あっさりと手なずけてしまったのだよ」

「そんなでかいトカゲがいるんですか!?

 それをあっさりって、どれだけ……ん? でかい、トカゲ……?」


 そこまでの大きさとなれば、最早魔獣の領域に近いとすら思える、巨大トカゲ。

 カエル、蛇、巨大トカゲ。その延長線上に浮かぶ存在。


「流石、察しが良いね。

 もちろん実際に確認したことはない。確認するつもりもない。

 だが、残念ながら覚悟せざるをも得ない」


 じとり。

 背筋に、冷や汗が浮かぶ。

 これを聞いたら、最早逃げられない。

 そうわかってはいるが、最早逃げることはできない。


「あの子、アイリスは……ドラゴンテイマーの可能性があると、思わざるを得ないのだ」


 聞いてしまった。

 ちらり、ロバートの方を伺う。

 ……小さく頷いてみせたのは、見ていたぞ、という念押しだろうか。


 ドラゴンテイマー。

 その名の通り、竜を飼い慣らすことができるという伝説的存在だ。

 ドラゴンの数が少ない上に、テイマー自体が希少なため、歴史上でも数人しか確認されていない。

 当然その力は絶大で、一国を揺るがすとも言われている。


「公爵の立場として、私はアイリスがドラゴンテイマーになることを望んでいない。

 竜の力を得れば我がタンデラム公爵家の力はさらに増すだろうが、今の三公爵家のバランスを崩すことにもなる。

 それはジュラスティン王国のためにならないと思っているのが一つ。

 過ぎた力を持てば周辺諸国を刺激することになるのがもう一つ。

 ジュラスティンは豊かな国ではあるが、他国との戦争にかまけていられる程余裕があるわけでもないのが正直なところだからね」

「あの、旦那様、あたしが聞いていい話ではない気がするのですが」

「なに、『老人』から、君は信頼に足る人物だと聞いている。

 口外してはまずいことを理解できるともね」


 やっぱり普通は聞いたらまずい話なんじゃないですか! と口にしたかったが。

 公爵が浮かべる沈鬱な表情に、何も言えなくなる。


「話を続けよう。

 こちらがそう考えても、もしアイリスがドラゴンテイマーだと判明してしまえば、国がその力を要求するのは目に見えているし、私はそれに逆らえない。

 その要求に従ってドラゴンの一頭も手なずけ使役してしまえば、戦況を左右する戦術兵器のできあがり。

 万が一多頭を支配できた日には、一人で国を落としかねない戦略兵器と化してしまう。

 それは、あの子の父親として受け入れがたい。

 だから、あの子はカエルや蛇で悪戯をするだけの存在としておきたいのだよ」


 重い溜息がこぼれて、沈黙が訪れる。


 次なる言葉を探すように机を見つめる公爵と。

 何かに悩むように眉間に皺を寄せるリタ。

 そんな二人を見守るように沈黙を守るロバート。


 三者三様の沈黙を、リタが破った。


「あの、旦那様。

 『老人』も、この話は知っているのでしょうか?」

「ああ、今話した内容は彼も知っているね」

「そうですか……。

 そっか~、だから、あたしを紹介したのか~」


 苦笑いを浮かべながら納得したように呟くリタを、二人が不思議そうに見つめる。


 戦術兵器、戦略兵器、と聞いた時に、二人の少女の顔がよぎった。

 彼なら、自分が二人を連想することも、そしてどう思うかも予測できたはず。

 そう思えば。


 はめやがったな、じいさん!


 そう胸の中で愚痴るしかなかった。


「お話は理解できました。そして、なぜ『老人』があたしをこちらに紹介したのかも。

 アイリスお嬢様のこと、どうかあたしにお任せください」


 色々と、思うことはまだあるにはある、が。

 ここまで聞いてしまっては、もう仕方がない。

 何よりもう、自分が何とかしたいと思ってしまっている。


 あの二人が背負ったのと同じものを、背負わせないために。


 そう内心で決意したリタは、吹っ切れたような晴れやかな笑みを見せた。

 

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。


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