未知との遭遇:食事編
※前回に引き続き、虫などの表現がございます。
苦手な方はご注意ください。
庭園を後にしたリタとアイリスは、そのままアイリスの部屋へと戻ってきた。
それくらいの時間が経っていてもアイリスの機嫌は直らず、かといってリタに落ち度があるわけでもないから当たるわけにもいかず。
変に律儀なアイリスは、もやもやを募らせるばかりだった。
部屋に入れば、頭にピョン助を乗せたニョロ吉がしゅるしゅると這い寄ってくる。
そのお出迎えに、不機嫌だったアイリスの表情が嬉し気に緩んだ。
「ただいま帰りましたわ、ピョン助、ニョロ吉。良い子にしていたみたいですね」
「二人ともただいま。……ん?」
アイリスへの挨拶もそこそこに、ニョロ吉がリタの前に来た。
正確には、その手に持つ箱の前に。
「ああ、なんだ、ごはんが欲しかったの?」
「ちょっとニョロ吉、そこはもっとこう、私と再会のコミュニケーションを十分に取ってからにすべきじゃなくて!?」
騒ぐアイリスの脳裏に、『あいさつはしました』と、ニョロ吉の声が響く。
追い打ちをかけるように『我々は朝の陽ざしを浴びて十分に身体を温めた。次は十分な栄養が必要』と淡々としたピョン助の声がして。
なんとなくだが、言葉のわからないリタにもそんな雰囲気は感じ取れた。
「うぬぬ、確かにそれはそうなのですが……。
もっとこう、温かみのあるやり取りとかあってもいいじゃありませんの」
『変温動物にもとめられましても』
『温かみにはエネルギー、熱量、即ち栄養が必要。よってまず食事が必要』
「もう、二人ともああ言えばこう言う!
なんでそんなに口達者になってしまったんですの!
出会った頃の素直で純朴なあなたたちはどこへいってしまったというのです!」
若干芝居がかったアイリスの声に、ピョン助とニョロ吉は上下で互いの視線を交わして、しばし沈黙し。
『そんな頃ないです』
『精神保護を目的とした記憶改竄の可能性。十分な休息が必要』
「ほんっとに容赦ないですわね、あなたたち!」
ぎゃいぎゃいと言い合う一人と二匹。
いや、傍から見るとアイリスが一人で蛙と蛇に向かってしゃべりたくってるようにしか見えないのだが。
その様子を微笑まし気に見ていたリタは、にこにこと。
「お嬢様、仲良しでいいですね~」
「くっ、おやめなさい、その通りだけれど見透かされるのが恥ずかしいから認めにくいことを直球に言うのは!」
「おお~……素晴らしいですお嬢様、その長台詞をトチることなく一気に言い切る長ツッコミ!
流石お嬢様、これならば世界を取ることも夢じゃないですね!」
「一体なんの世界を取れっていうんですの、あなたは!」
今度はリタと漫才を始めてしまったアイリスへと向かって。
『それはそうとごはんください』
『我々は栄養を要求する』
ピョン助とニョロ吉が無遠慮に声をかけた。
「まあいいですわ、とにかくごはんにしましょう。
……どうせ取り乱したりしないんでしょうけど、リタ、あなたがニョロ吉にごはんをあげなさい」
若干諦め気味の口調でアイリスがそういうと、リタは困ったように眉をしかめながら、両のこぶしを口元に当ててしなを作り。
「え~、あたし、ネズミとか怖くて触れないですぅ~」
「うるっさいですわね!
なんですのそのわざとらしい、むしろわざとらしさをわざと強調してるような口調は!」
「お嬢様、本当によく舌と頭が回りますね、素晴らしいツッコミです」
「そんなこと褒められたくないですわよ!
いいからさっさとニョロ吉にごはんをあげなさい!
ピョン助は私があげますから!」
「はい、かしこまりましたお嬢様」
そう言いながら、リタは箱を開けた。
中には複数の虫の死骸と一匹ネズミの死骸。
それを覗き込んだリタは、はて、と小首を傾げた。
「お嬢様、ニョロ吉の餌は一匹だけでいいんですか?」
「……本当に動じませんわね……。
ええ、それだけでいいとニョロ吉が言っていましたわ。
もっとニョロ吉が小さいころには、二日に一度で良かったくらいですもの」
「へ~、知りませんでした。
ニョロ吉、お前意外と小食なんだねぇ」
そう言いながらネズミを所定の皿に置く。
それを見ればピョン助がニョロ吉の頭からぴょんと跳び、アイリスの手に納まった。
頭が軽くなったニョロ吉がしゅるりしゅるりと寄ってきて、さらに置かれたネズミへと向かって、ぐぁと口を広げて。
そのまま。がぶり、ごくり。
ネズミを丸のみしていく。
「おお~……直にじっくり見るのは初めてだけど、すごいなぁ」
「……リタ、ニョロ吉が『じろじろ見られると恥ずかしいです』ですってよ。
食事してる最中をじろじろ見るものではないわ」
「ああ、これは失礼をば。ごめんね、ニョロ吉。
そりゃそうですよねぇ、あたしだってそれは嫌ですし」
そういうとニョロ吉から離れ、箱を片付けたりしながら、ふとアイリスへと目をやり。
「……で、お嬢様は何をなさっているんです?」
「え? ピョン助の食事ですわよ?」
平然と応えたアイリスは、何とも言えない表情のリタを尻目にまた手を動かす。
右に、左にと虫の死骸を投げ分けて。
それをピョン助が、しゅばっ、しゅばっと舌を伸ばして正確にキャッチ。
食事というよりは運動にしか見えないその光景に、珍しくリタはとまどうような表情を浮かべた。
「ああ、なるほど……なるほど?
いや、わかるんです、わかるんですけどね……」
「ふふ、あなたのそんな顔、初めて見ましたわ。
さすがよ、ピョン助、リタにいっぱい食わせてやったわ」
「あはは、まあピョン助になら一本取られても仕方ないですね」
得意げなアイリスに、リタも素直に認めて。
しばし上機嫌だったアイリスは、急に表情を改める。
「お待ちなさい。ピョン助なのですか? 私ではなく?」
「え、だって概ねピョン助のおかげですし。
お嬢様に素直に負けは認めたくないですしね~」
「なんですの、そのひねくれた根性!
いいですわ、今に見てらっしゃい、いつか必ず素直に負けを認めさせてあげますからね!」
「そんな日が来ますかどうか……。
あ、いけない。申し訳ございません、お嬢様。
家庭教師のポーネリアン夫人がもう少しでいらっしゃるはずです。
勉強部屋の用意とお迎えをいたしますので、しばし退出いたします。
いらしたらお呼びに参りますので、その間はおくつろぎください」
不意に時計を確認したリタの言葉に、アイリスも時計を見て。
「あら、もうこんな時間ですのね。
わかりましたわ、いってらっしゃいな」
「はい、それでは失礼いたしますね」
メイドモードになって恭しく頭を下げたリタを見送って。
もうしばらくだけ、ピョン助に餌をやって。
ふぅ、とため息を吐いた。
「ねえ、ピョン助、ニョロ吉。
参りましたわ、リタってば全然堪えないんですもの。
おまけに、お前たちにも普通に挨拶するわ、餌やりも平然とするわ、ちゃんとニョロ吉にも謝るわ。
……なんだか、過ごしやすすぎて戸惑うくらいなのですけど」
『言ったはず。あの女は只者ではないと』
『ぼくあの人結構好きです』
返ってくる返答は予想通りで、しかも自分もどこかでそれはその通りだと認めていることで。
また、ため息が出てしまう。
「ねえ、いいのかしら。
あの子をお付きとして認めて、受け入れてしまっても」
『もし何か間違いがあれば、我とニョロ吉が身体を張ろう』
『大丈夫だとおもいます。ぼくもがんばります』
「もう……あなた達がそんなこと言うから、無理させたくなくて慎重になってしまうんですのよ?
でも、ありがとう、二人とも」
微笑みながら、アイリスは二匹の頭をそっと撫でた。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
リンクはここより下の方に表示されております。
読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。




