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毎朝の試練

※本文中に、虫などの表現が出てきます。苦手な方はお気をつけください。

 アイリスを軽くあしらいながら、準備を進める。

 この国では成人にあたる15歳になりたてのアイリスに、化粧はごく薄く、軽く。

 たったそれだけでも華やかさが増し、美少女っぷりがあがってしまうのが素材の差というものだろうか。

 ちなみに、リタはメイドであるため、やはり薄化粧である。


 それが終われば、襟元を中心にドレスをもう一度チェック、軽く直して。

 ブラシを手に、髪を梳きなおして髪型を整え直す。


「さ、これで身支度は完了いたしました、お嬢様。

 お時間も丁度頃合いのようです。食堂へと参りましょう」

「……わかりましたわ、遅刻してお父様達をお待たせしても申し訳ありませんし」


 鏡の中の自分をまじまじと見つめていたところに声を掛けられ、はっと我にかえって。

 すぐに頷くと立ち上がり、扉の方へ向かった。

 と、途中でピョン助とニョロ吉の方を振り返り。


「では、行ってきますね。

 あなたたちのご飯はまた後で持ってきますから」


 そう言ったところで、はっとした顔になる。

 直後に浮かぶ、意地の悪い笑み。


 隣のリタから見れば、何か悪だくみを思いついたことは丸わかりである。


「そうだリタ、朝食の帰りにピョン助とニョロ吉の朝ごはんを取りに行きますから、運んでちょうだいな」

「はい、かしこまりましたお嬢様」


 ご機嫌なアイリスの様子に、恭しく頷く。

 なるほど、餌とは言わずに朝ごはん。

 カモフラージュでもあり、彼女の意識としては餌という言葉を使いたくなかったのもあるのだろう。

 何しろ、先程悪だくみを思いつく前でも、ごはんと言っていたのだから。

 

 また扉へと向き直ったアイリスを先導し、扉を開けつつ。

 この可愛いところもあるお嬢様にどうすれば一番ぎゃんぎゃん言わせることができるだろうか。

 リタはそんな意地の悪いことを考えていた。




 そして食堂について待つことしばし。

 最後に入ってきた公爵がアイリスに目を止めて、にこりと笑いながら楽し気に話しかけた。


「おや、アイリス、いつも可愛いが、今日は特別に可愛いね」

「そ、そうですかしら。お褒めいただきありがとうございます、お父様」


 褒められて嬉しい反面、その要因がリタである以上、何とも言い難い顔になりそうなところを必死でこらえ笑顔で答える。

 その後ろに控えているリタは全く表情に反応を示していなかった。

 

 公爵の隣でアイリスをしばし観察していた夫人が、リタへと視線を動かす。


「リタ、アイリスの髪や化粧は、あなたが?」

「はい、奥様。僭越ながら私がさせていただきました」


 何やらじぃっと見つめる視線の圧力を受け止めながら、恭しく頭を下げた。

 しばらく考え事をしていた夫人は顔を上げて。


「リタ、後で私のメイドにどんな手入れをしたか教えるように」

「かしこまりました、奥様」


 そう言ってリタが頭を下げるのに対して小さく頷いて見せて。

 それから、アイリスへと視線を向けた。


「それから、アイリス」

「はい、なんでしょうお母様」


 話を振られて、何事かと思いつつも笑顔で答えるアイリスに、夫人は至極真面目な顔で言った。


「後で私の部屋に来て、ハグさせるように」

「何言ってますのお母様!?」


 声を上げながら、思わずアイリスは立ち上がる。

 その後ろでリタがすっと椅子を引いたので、ガタッという音を立てることもなく。


「ですから、親子のスキンシップをしてあなたのそのもちもちの肌とさらさらの髪の毛を堪能させなさいと言っているのです」

「本当に何言ってますの!?

 説明されたのに全く理解できませんわ!?」

「いつもより可愛い娘をいつもより可愛がりたいのは、母親の本能でしょう?」

「出産経験のない私でも、それが嘘っぽいということだけはわかります!」

「リタ、この後の予定は?」

「はい、奥様。この後家庭教師の先生がいらしてお勉強の時間、昼食前には少しお時間が作れるかと」

「スルー!? 二人して私の意見はスルーですの!?」


 淡々と打ち合わせをしていた夫人が、抗議の声を上げるアイリスを見やり、少し悲し気な表情を作った。


「アイリスは、私に可愛がられるのがそこまで嫌なのですか?」

「えっ、い、いえ、そんなことはございませんけども……。

 嫌ではなく、恥ずかしいというか照れくさいだけですわ……」


 おろおろと、うろたえながら。

 ぽつり、そう告げると腰を下ろす。

 す、とそこにまた、音も無く椅子があてがわれた。


「ではリタ、昼食前に必ずアイリスを連れてくるように」

「かしこまりました、奥様」

「もう少しこう、情緒といいますか、切替早すぎじゃないですかお母様!」


 夫人とリタのあっさりとしたやり取りを前に、もう一度アイリスは声を上げざるをえなかった。




 そんなこんなで朝食を終えたアイリスは、すぐには部屋に戻らず、庭園の方へと向かった。

 管理をしている庭師の小屋へと慣れた足取りで向かい、こんこん、とノックしてから中へと入る。


「お邪魔しますわ」

「ああ、これはお嬢様、おはようございます。

 いつものですね、こちらにございますよ」


 中に入れば、心得たもので庭師がすぐに箱を持ってきた。

 そうして、付き添っているリタに気づき、ぺこりと頭を下げる。


「おや、こいつははじめまして。

 お嬢様、こちら新しいお付きで?」

「まあ、お付きというか、新しいメイドですわ。

 リタ、挨拶なさいな」

「はい、お嬢様。

 初めまして、お嬢様のお付きを命じられましたリタと申します。 

 よろしくお願いしますね」


 そういってぺこりと頭を下げるリタの横で、アイリスは小さく「私はまだ認めてませんからねっ」とぶつくさつぶやいていた。

 こりゃどうも、と庭師はもう一度頭を下げて。

 ちらり、ちらりとアイリスとリタを交互に伺うように何度も視線を行き来させる。


「さ、挨拶も済んだことですし、リタ、その箱を運んでちょうだいな」

「はい、かしこまりましたお嬢様」


 庭師が何か言いたげな顔になって、しかし言うのをやめた。

 リタは視界の隅にそんな庭師の挙動を捉えながらも、敢えて何も言わずに箱を両手で持つ。

 途端、かかった、とばかりにアイリスが表情を輝かせた。


「ちなみにリタ、その箱の中身ですけど。

 ネズミと虫の死骸ですのよ!」


 と、会心の笑みを見せながら宣言したアイリスに対して。


「ああ、ピョン助とニョロ吉のごはんですもんね、庭園に出てきた奴なんですか?」


 何事もないかのようにあっさりとリタは答え、中を伺うように箱を見る。


「だから、なんであなたは平気なんですの!?

 普通は気持ち悪がるものでしょう!?」

「や、だって朝の部屋出る時の会話で大体読めましたし。

 ネズミや虫に一々反応してたら、田舎暮らしだとか一日と持ちませんよ」


 けらりと笑うリタに、アイリスは口をぱくぱくとさせて言葉が続けられない。


「じゃあ、これをお部屋に運べばいいんですね?」


 と、平然とした顔で箱を持つリタを見ながら。


「ねえ、あの子をぎゃふんと言わせるには、どうしたらいいと思います?」

「あっしにそんなこと聞かれましても……」

「ていうか、あたしを前にしてそんなこと聞いたら、筒抜けじゃないですか」

「そんなことわかってますわ! わかってますけども~!!」


 困惑したような庭師の声と、呆れたようなリタの声を受けて、アイリスの悔し気な声が庭園に響いた。

※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。

 リンクはここより下の方に表示されております。

 読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。

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