新しい朝がきた
「それはそうとして、お嬢様のお着換えをしないとですね。
ピョン助、ちょいとごめんよ……あ、どこに置こう」
着替えをさせるためにあれこれ動くとなると、さすがに頭の上にピョン助を乗せたままでは都合が悪い。
ピョン助を頭から下ろして手の平の上に置いて考えていると、ニョロ吉がしゅりしゅりと近づいてきて、そっと頭を差し出してきた。
「え、乗せろって?
いやでも、それなりに重いよ? 大丈夫?」
「『大丈夫だから乗せてください』ですってよ。
実際、ニョロ吉がピョン助を乗せるのはよくあることですわ」
「よくあるんですか。そうですか。
じゃあ……」
通訳をしてくれたアイリスの言葉に面食らいながらも、そっとニョロ吉の頭の上にピョン助を置いた。
重さに少し沈み込むも、しっかりと支えて。
もぞもぞとピョン助が位置調整をして安定すれば、しゅりしゅりと日当たりのいい窓辺へ二人して、いや二匹して向かう。
その様子を、リタはしばし見つめて。
「……アイリスお嬢様」
「なんですの」
「蛇とカエルって、普通天敵っていうか、捕食関係ですよね?」
「ええ、そうですわね」
「でもあの二人って、多分間違いなく友達ですよね」
「ええ、間違いなく友達ですわ。
それもこれも、私の力あってこそのもの!
……というのは違うのですけどね。
私は通じ合わせてあげただけのこと。あの二人の人格が、あの友情を築いたのですわ」
リタの疑問に、アイリスはそう、誇らしげに答えた。
窓辺で日光浴を楽しむ二匹を見つめる瞳はどこまでも優しく。
その横顔をリタはしばし見つめて。
「……申し訳ありません、お嬢様。
今初めてお嬢様を尊敬いたしました」
「だからなんであなたはそういうところで遠慮がないんですの!?
もうちょっと考えた言い方なら、私ももうちょっとこう、反応のしようもありますのに!」
ぎゃいぎゃいと噛みついてくるアイリスをひらりふらりと交わしながら。
なるほど、こういうところがラクシの琴線に触れたのか、などと考えていた。
そうして戯れることしばし。
「さ、朝食の時間もございますし、準備いたしますよ、お嬢様」
「ほぼほぼあなたのせいで時間を浪費したんですけども、それは!?」
さっくりと切り替えたリタへとやはり声をあげながら。
それでも、大人しくされるがままに着替えさせられていく。
寝間着を脱がせ、下着も変えられて。そして新しい下着を身に着け、普段着のシンプルなドレスへと着替えさせらえていく。
「う~ん、やっぱり、若いだけあって効果が出るのが早いですねぇ。
お嬢様、お肌に違和感などありませんか?」
「え? ええ、特には……むしろ、普段よりすべすべでもちもちなのが違和感と言えば違和感なのですけれど」
「そうですよねぇ、見た目だけでもわかりますもの。お手入れのし甲斐がありますよ、実に」
「……なんですの、リタ。多分、褒められてるのだとは思いますけど、なんだか気味が悪いですわ」
「素直に褒めてるんですから、素直に受け取ってくださいよ~」
などと軽口を言いながら、手は淀まず動き、着替えさせていく。
着替えが終われば、アイリスを鏡台の前の椅子に座らせて、まずは髪を軽く指で梳く。
「う~ん、我ながらびっくりするくらい指通りがするっするで、色もつやっつやで……一晩で効果が出るって、さすがですね、お嬢様」
「それ、私を褒めてるようで、あなた自身を遠回しに褒めてますわよね?
……まあ確かに、今日の髪の調子は、我ながら驚いてはいますけども」
自分でも髪に指を通してみたアイリスは、その滑らかにさらさらと指をすり抜けていく感触に、感心した。
鏡を見ても、自分の肌が、髪が、つやつやと輝いているかのように見えて。
それが大体、背後にいる打倒すべきメイドのおかげだと思うと、嬉しさと悔しさがないまぜの微妙な感情に襲われてしまう。
「ふん、まあ私のお付きになろうというなら、これくらいできてくれないと困りますわ!」
「あ、じゃあお付きとして認めていただけるんですね?」
「ええ、それは、って、それはまた別問題ですわよ!?
わ、私はあなたなんか、あなたなんか……ああっもうっ!」
認めてない、と言いたい。
だが残念なことに、リタのスキルは魅力的で、否定もしたくない。
そんな感情の板挟みにあい、思わずアイリスは頭を掻きむしってしまう。
「ああもう、だめですよお嬢様、折角の御髪が乱れちゃいます。
はい、大人しくしてくださいね~」
「だから、なんでそう冷静にスルーできますの!」
そう声をあげながら。
それを予想もしていて、安心している自分も確かにいた。
だから、変わらず髪を梳き、纏めてくれるリタの姿にほっとしてもいて。
そんな自分に気づくも、首を振るに振れない状況に気づいて、ぐぬぬと震えるしかなく。
リタはそんなアイリスを気にすることもないように見せながら、髪を纏めていく。
両サイドから髪を集めてきて、頭頂部付近より下、後頭部真ん中あたりでまとめ、細い紐でくくるハーフアップの髪型。
その上から青いリボンを紐の上から巻き、ふんわりと纏めれば、絵にかいたような美少女のできあがり。
「うん、我ながら可愛くできました!
いかがですか、お嬢様」
「え。え、ええ……くっ、確かに、悪くありませんわ……」
悔しそうに言いながら、鏡の中の自分を見つめる。
絶好調の肌は輝かんばかりにアイリスの顔を、表情を明るく見せて印象を強くしていて。
張りと艶が最高潮でふわふわの髪はさながら天使のような清楚さを演出している。
普段は険のある自身の顔がそれらによって和らげられ、凛々しさと少女らしい愛らしさが同居していた。
「こんなの、こんなの……私、認めませんわぁぁぁ!」
「はいはい、もうお時間もないですから、準備進めますね~」
叫ぶアイリス、気にしないリタ。
リタが気にしないのも仕方ない。
なにしろ、認めないと言いながらアイリスはその髪型を解こうとは一切しなかったのだから。
そんな二人を、というかアイリスを、窓辺からピョン助とニョロ吉が穏やかな目で見ていた。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
リンクはここより下の方に表示されております。
読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。




