そしてまた、朝がやってくる
それぞれがそれぞれの思惑を抱えた夜。
その思惑の中心にいたリタは。
「な~んか、色々嫌な予感がするなぁ。
まあ、気にしても仕方ない仕方ない。
明日も早いし、さっさと寝よっと」
それこそラークシャシーの言っていた図太さを発揮していた。
何か気負った様子も警戒した様子もなく、慣れた手つきでメイドキャップを外し、メイド服を脱いでいく。
一般的な貴族であれば、住み込みのメイドは二人あるいはそれ以上で使う共用の部屋が与えられることが多い。
例外的に、メイド長や奥方お付きのメイドといった特別な役職の人間だけが個室を与えられることがある。
だが、ここタンデラム公爵家では、邸宅が大きく部屋が数多くあることもあるが、何よりも行儀見習いで毎年のように来る貴族の子女を迎えるために、個室が多く用意されていた。
リタの場合、令嬢付きのメイドということで、平民でありながら与えられた個室は比較的広い。
人によってはそれで委縮することもあるだろうが、リタは全く気にすることなく、むしろ悠々と部屋を使っていた。
服を脱いで下着も脱いでしまうと、桶に入った、もらってきたお湯を使ってまずは化粧を落とした。
それが終われば、お湯に手ぬぐいを浸けて絞り、身体を拭いていく。
さすがに、メイドなどの使用人が風呂を使えることはそう多くない。
なので、特別でもない時はこうしてお湯を汲んで身体を拭くのが一般的だ。
何度か桶に手ぬぐいを浸けて洗いながら、汗と汚れを拭いとって。
ひとしきり拭い終えたら、化粧水を顔から全身へと叩くように塗り込んでいく。
最後に保湿用のクリームを薄く延ばしながら顔へ、全身へと塗ってから下着を着た。
「ふ~……さすがにお嬢様のお肌を見た後だと、色々見劣りしちゃうねぇ」
リタとて色々と気を使っているため、同年代の平民女性と比べれば格段にお肌の状態はいい。
だがアイリスと比べれば、若さと育ちの良さ、栄養状態の良さが生む違いはどうしようもない。
言っても仕方のないこと、と軽く笑って流して。
すっかり暖かくなった初夏の気候に、寝間着も着ずに下着姿のままベッドへと潜り込んだ。
きちんと洗ってあるシーツ、少し固めではあるが、まともな布団。
今までのねぐらに比べれば、天国といい程の寝心地に気持ちよさそうな吐息をこぼす。
「あ~、なんか、これだけでここにお勤めした甲斐があったかもねぇ。
ここで毎晩寝れるってだけで、気分が違うってもんだ」
その上、どうにも愉快で楽しい職場のようだ。
となれば、自然と顔も緩もうというもの。
……後は、部屋の外で見張っているラクシでない誰かの監視が外れれば言うことはないのだが。
監視を外すためにも、と気づかない振りで目を閉じた。
この状態で意識を手放すことに一瞬躊躇を覚えたが。
もし仮にそうなるなら、今手放さなくても数日中に同じことになる、と思い直して。
そう考えれば、あっさりと意識を手放し、眠りに落ちた。
そうして、また朝が来る。
朝5つの鐘が鳴る前に目が覚めたリタは、ぱちりと目を覚ますと一瞬気配を探って。
それから、ゆっくりと体を起こす。どうやら交代したらしい見張りを刺激しないように。
「なんとも、ご苦労様なこったねぇ」
小さく呟きながら布団をまくり、まずはベッドの上で軽くストレッチ。
両脚を伸ばしたまま、ペタリと折りたたまれる程に前屈。
ついで、180度開脚してからの前屈で、身体の調子を確かめる。
昨日程度の労働では大した疲労のたまらなかったらしい自分に、ちょっと満足しながら。
ある程度身体を解し終われば、ベッドから降りて、身支度を始める。
下着姿のまま顔に、腕にと化粧水を塗り込み、クリームも塗って。
少し時間を置く間に、メイド服に着替え、ストッキングに足を通し、ガーターベルトで留める。
化粧水とクリームが肌に馴染んだかな、と思えば小さな机の前に座り、鏡をセットして化粧を始めた。
といってもメイドとしてのものだから、簡単で薄いもの。
それでも、はっきりとした目鼻立ちとほのかに漂う色香は消えるものでもないが。
そうして身支度を終えれば、メイドキャップを被って準備完了。
使用人が使う食堂へと向かって。
「おはようございます、改めて、よろしくお願いいたします」
と、盛大に猫を被りながら元からいる使用人たちに朝の挨拶をし、簡単な朝食を済ませた。
ちなみにメニューは焼き立てのパンと昨夜の残りのスープを温め直したものであることがほとんど。
一般家庭や下級貴族であれば毎朝パン屋に買いに行くところだが、公爵家では、専属のパン職人が毎朝パンを焼いている。
そのため、使用人たちの朝食は一番美味しいパンと一番まずいスープを食べることになる、微妙な食事だ。
そうこうしているうちに、6つの鐘が鳴ってから半分ほど。
公爵や婦人、長男夫妻付きの使用人達が、そしてリタが、それぞれの主を起こしに食堂を出た。
公爵付きの執事とギルバート付きの執事が何やら打ち合わせをしているのをこっそり聞きながら、途中で廊下を曲がり、向かうはアイリスの寝室。
寝室の扉の前に立ち、少し気配を探る。……どうやら、まだベッドの中にいるようだ。
また、扉の周辺に妙な気配はないか、探って。
そのまま扉の前で待つことしばし、響く朝7つの鐘。
それが鳴り終わり、残響が残っている中ドアをノックした。
「アイリスお嬢様、おはようございます、リタでございます。
お部屋に失礼させていただきますね」
そう言うと部屋の鍵を開け、ゆっくりと扉を開ける。
天蓋付きの豪奢なベッド、薄いカーテンの向こうに見える、布団にくるまったアイリス。
そのまましずしずと近づいて。
「お嬢様。7つになりましたので、起きてください。
ちなみに、ニョロ吉を布団の中に隠しているのは膨らみ方で丸わかりです。
仲が良いのはよろしいのですが、もう少しニョロ吉の迷惑も考慮していただけると」
「なんであなたはそうあっさりと見破るんですの!?」
と、がばっとアイリスが跳ね起きた。……少しわざとらしい程に、がばっと。
次の瞬間アイリスの手が動き、リタの顔面を狙って天蓋から飛び降りてきたピョン助を優しくキャッチ、そのまま自身の頭の上に乗せた。
ゲコ、とどこか満足そうにピョン助が鳴き声を上げる。
「ん~、工夫は認めますけど、これくらいだったら予想の範囲内ですよ。
お嬢様が自ら囮になるアイディアは良かったし、ピョン助も頑張って隠れてましたけど、まだまだですね」
「なんですの、その上から目線!
っていうか、なんで平気な顔で頭に乗せてますの! ピョン助も何リタの頭の上でくつろいでますの!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐアイリスの隣からニョロ吉がしゅるしゅると滑り下りてきて、ぺこり、リタに向けて頭を下げた。
それに対してリタも頭を下げて。
「ああ、おはよう、ニョロ吉。そういえば、ピョン助にも挨拶がまだだったね、おはよう」
リタの挨拶にニョロ吉がチロチロ舌を出して答え、ピョン助はゲコ、とまた鳴いた。
「だから、なんであなた達そんなに馴染んでますの~~~!!!」
和やかな一人と二匹の団欒を前に。
アイリスの悲鳴にも似た声が、朝の公爵邸に響いた。
※ここまで隔日で連載してまいりましたが、一段落つきましたのと、お話の練り直しなどのため一回お休みをいただきます。
3/2(土)にまた更新予定でございます。
楽しみにしていただいている皆様には申し訳ありませんが、しばしお待ちいただければと思います。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
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読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。
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ただし、そちらは全力で18禁なので、ご注意ください。
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