魅惑のボディケア
「ではそろそろ、御髪の方を洗わせていただきますね。
ちょっと失礼しまして……はい、こんな感じでもたれていただけますか?」
すっかり脱力して湯舟に投げ出されていたアイリスの身体を少しだけ引き上げて、頭部が完全に湯舟の外に出るようにする。
髪を纏めていたピンを外していき、ふぁさ……と解放した。
溢れ出ると錯覚するほどに豊かな金色の髪を軽く手櫛で梳き、流れを整えて。
「では、髪を濡らしていきますから、目を閉じてくださいね~」
そう声をかけて、目を閉じたことを確認してから、手桶でぱしゃり、ぱしゃりとお湯をかけ、濡らしていく。
髪の毛に十分水気を含ませれば、石鹸を手に取って。
たっぷりのお湯と共に手に擦り付けて、薄く薄く石鹸を手につける。
石鹸を置くと、もう一度お湯を掬い取り、充分にお湯と手に取った石鹸を馴染ませると、器用な手つきでふわふわ、きめ細やかな泡を立てていく。
充分に泡立ったのを見れば、それを頭頂とその周辺に塗り付けていって。
その奥へと行き渡らせるように、指で髪をかき分けていく。
ぬるりぬるり、塗り付けていく指先の感覚は、何とも心地良くて。
それが這いまわる感覚に身を委ねていると、少し動きが変わった。
10本の指、その指の腹。
柔らかな感覚を伝えてくるそれが、頭皮を揉み解し始めた。
絶妙な力加減でこめかみが、そこから繋がる筋肉が、揉み解される。
ぐ、と少しだけ力を入れて頭皮を押し揉まれれば、皮膚の下にある組織が伸ばされるような感覚。
そうして伸ばされて、緩められれば、それまでそこに溜まっていた血液が流れだすように思えて。
さらにその奥、脳まで解れていくようなそれに、大きく深く、ため息を吐いた。
「ふあぁぁ~……なんですの、これ……頭が、ほわんって……」
「ふふふ、気持ちいいでしょう?
結構ね、頭って疲れてるものなんですよ、肉体的にも。
だから、こうして時々解してあげると、凄くいいんですよ」
などと解説しながらも、マッサージは続く。
柔らかくなってきた頭皮をさらに押し揉まれると、皮膚の奥から汚れが出てくる。
少なくとも、そう感じる、感覚。
毛穴の一つ一つ、その奥まで石鹸の泡が浸透し、綺麗にされていく。
「では、お流ししますね、目をちゃんと閉じててくださいね~」
そう声を掛けてから、手桶でお湯を掬い、頭部についた泡を流していく。
右手の手桶で流しながらも、左手で髪を梳くように、頭皮を撫でまわすようにして。
泡が残らないように、丁寧に丁寧に流していく。
流されていく。汚れが、頭皮の奥からなくなっていく。
流し終えられた後の頭部の清々しさは、今まで感じたことのないものだった。
アイリスがその感覚に浸っている間に、リタはもう一度泡を立てる。
「次は、御髪の先の方を洗いますから、そのままゆっくりとしてらしてください」
そう断って、髪の毛へと泡を塗り付けていく。
手のひら全体で挟みながら、ゆっくり、ゆっくりと根本から先端へと。
髪の毛を傷めないように力加減に気を付けながら、汚れを泡に溶かしていくように。
リタの手が動く度に、髪の毛が軽くなっていくように思えた。
少しだけ引っ張られる感覚は、綺麗になった頭皮には心地良い刺激ですらあって。
髪の毛を洗われる、それだけのことが特別な行為にすら思えてくる。
「では流しますね、念のため目はまだ閉じててくださいね~」
一応、顔にかかることはないはずだが、念のため声をかけて。
左手で髪を梳くようにしながら、手桶のお湯で流していく。
一通り流した後は、泡が残っていないか確認するように髪をかき分けながら、もう一度流して。
念入りに流した髪は、艶やかに濡れ輝いていた。
「後は、髪の毛の調子を整えるローションを塗っていきますね。
……お嬢様、大丈夫ですか?」
「ふわぁ!? だ、大丈夫ですわ、ええ、大丈夫、です」
眠りに落ちそうなほどの夢心地の中、急に声をかけられて、ビクンと身体を震わせ、応える。
そんな様子にリタはくすりと笑って、再び髪のお手入れに戻る。
アルカリ性である石鹸で洗われた髪は、表面が少し傷んでしまっている。
それを、レモン水などが混ぜられたローションを塗り込んで、髪の毛の状態を中性に戻し、失われた成分を補っていく。
……という理屈は、実際にはわかっていないし、解明はされていないのだが。
経験則的にわかっている要素を入れて作られたローションは、確かにアイリスの髪の毛に艶と滑らかさを取り戻させていった。
その成分が染みこみ、馴染むまでしばらく待って。
もう一度、その成分が流れ切ってしまわないように、かつ残りすぎないように、流していく。
それが終われば、髪から水を軽く切った後にタオルでそっと挟むようにして、水分を取って。
おおよそ取れれば、タオルで包み込むようにしながら、髪をまとめ上げた。
「はい、これで御髪も綺麗になりましたよ。
後は、お肌のお手入れなんですけど……もうちょっとだけ温まってもらってからにしますね」
そう言いながら、まとめた髪が崩れないように、かつできるだけ楽な姿勢で湯舟に寝そべらせる。
すっかり綺麗になった体、髪。
その軽やかさ、爽快さと、身体を包むお湯の暖かさに柔らかな肌触り、ほのかな甘い香り。
力を抜いてお湯の浮力に身を任せれば、天上にいるような気分。
しばし、その心地良さに身を委ねていると、また眠りに落ちそうになって。
「お嬢様、用意ができましたので、身体を起こしていただけますか?」
「はっ!? わ、わかりましたわ、ええ。
ね、寝てなんかいませんからね!?」
「はいはい、わかってますから。
はい、ちょっと失礼しますね~。足元滑りますから、補助させていただきますね」
心地良さに蕩けて身体にほとんど力が入らない状態であることは察しているが、敢えて指摘せず。
あくまでも普通に必要な補助として申し出ながら、抱え上げるように抱き起す。
思ってた以上に足腰に力が入らない様子であるのを感じ取ると、にんまり笑って。
「お嬢様、お体軽すぎですよ。ちゃんと食べてます?」
「え、もちろんですわ、今日の食事も見ていたでしょう?」
「ええ、見てたんですけどね、軽すぎて……ほら、簡単に抱えられちゃいますよ」
「きゃっ!? ちょ、ちょっとリタ、あなた何してますの!」
「や、何って、抱え上げただけですよ? ほんっと、何食べてたらこんなに軽くなるんだか……。
軽いので、このまま運んじゃいますね~」
実際のところ、碌に足に力が入らないから、運ばれること自体は仕方ない。
だが、その運ばれ方は……いわゆるお姫様抱っこで。
思春期の乙女としては憧れるその運ばれ方を、どうにも色気のない言われ方で、メイドにされるのは、色々とツッコミたいところがあった。
ただ、ざっくばらんな言い方と裏腹な丁寧でしっかりと抱える腕の力強さと、楽し気でありながらこちらをきちんと気にしている様子の整った顔を間近で見れば、何も言えなくなってしまって。
身体を縮こませるようにしながら、浴室の簡易寝台へと運ばれていく。
そっと横たえられると、ころりとうつ伏せに転がされて。
「違ってたなら申し訳ないんですけど、メイド長って、こういうスキンケアとかあまりしてなかったんじゃないです?
お嬢様のお肌、ちょっと滑らかさが足りないんですよね」
「え、その、スキンケアがよくわからないのですけど、ちゃんと洗ってくれてましたわよ?」
「あ、うん、わかりました、もうそれだけで。
お嬢様はまだお若いから、それでもいいお肌してますけど……もっといいお肌にしてあげますからね~」
楽し気に。
心の底から楽し気にリタは言う。
実際に、楽しかった。
目の前に横たわるとびきりの美少女が、自分の手でさらに輝きを増していく。
その様は、実に達成感を煽るもので。
もっと、もっと輝かせたい。そんな欲求にかられてしまう。
「良いお肌って……肌に良いも悪いもあるものなんですの?」
「……お嬢様、それはね、あたし以上の年齢の人間には言っちゃだめですよ?
くそう、これが若さか、若さのパワーなのか!
っていうか、そんな認識なのにこのお肌はやっぱり反則だと思うんですよね!」
若干八つ当たり気味に、アイリスの肌を撫でさすり、揉んで具合を確かめる。
手入れは充分とは言えないが、それでもしっとりとした潤いのある、張りのある肌。
これが十分な手入れをされたら、と思うと心が躍る。
気分は、極上の素材を前にした芸術家と言えば言いすぎだろうか。
まずは全身をそっとタオルで抑えるようにして水気を拭いて。
「ちょっとひんやりしますよ、気を付けてくださいね」
「え、ええ……んっ、ちょっと、ひんやりしますわね。
でも、なんだか……気持ちのいい感触ですわね?」
「ええ、これがね、お肌に効くんですよ」
そう言いながら、透明な液体を塗り込んでいく。
肌へと水分を補給し、保持する化粧水と呼ばれるもの。
最近になって流行り出したそれを、メイド長が知らないのもあるいは無理からぬことかも知れない。
ともあれ、その効能を知ってしまったリタは愛用しているし、今こうしてアイリスに使っている。
贅沢に、たっぷり肌へとまぶして、軽く押さえつけるように、肌へと浸透させていく。
冷たいくらいの、しかし確かに心地よい何かが浸透してくる感覚に、ほぉ、と吐息をこぼして。
確かに肌の感触が変わっていくのを、何となくだが感じてしまう。
「さ、お肌にしっかり染みこませましたんで、今度はそれを保ちながらすべすべにするクリームを塗っていきますね~」
「な、まだあるんですの!? ふぁっ、あ、ちょ……確かに、効きそうなのですけどもっ」
アイリスの抗議の声は、軽やかにスルー。
クリームを手に取って、薄く延ばして。
さらに、アイリスの肌の上、触れるか触れないか、掠めるような手触りで乗せて、伸ばしていく。
油脂分のある滑らかなクリームが肌の上に膜を作り、肌の水分を守り、滑らかさを加えていく。
そんな理屈はわからないけれど、確かに何か守られているような感覚はあって。
さらに、そうやって塗り付けていく手つきの柔らかさがマッサージ効果を生んで、一層心地良くて。
だらしない顔をさらさないですむ、うつ伏せの格好を感謝すべきですらあった。
「さ、背中側は塗り終わりましたから、次は前にいきますね。
アイリス様、ちょっと力を入れて……はい、ころんってしますよ~」
「子供扱いしないでちょうだい! それくらい、言われなくてもできます!」
全く説得力のない、脱力した状態で。
それでも、声をかけられて、なんとか表情を取り繕うことができた。
リタの手に支えられながらも、仰向けになって。
そこにまた化粧水がたっぷりとまぶされれば、それだけでも気持ち良くて、恍惚の表情を浮かべてしまう。
……次の瞬間には何とか取り繕おうとはするのだけれども。またすぐに崩れてしまって。
そんな百面相を楽し気に見やりながら、肌へと化粧水を、クリームを塗り込んでいく。
全身に塗り込めてしまうころには、またもやその心地良さに、アイリスは完全に脱力してしまっていて。
ほやん、と夢見心地な表情を見ながら、軽く体を拭き、髪をまとめたタオルを巻きなおす。
「お嬢様、少し身体を起こしますね。
はい、こうして、こう……はい、ありがとうございます」
アイリスの上半身を抱き起すと、バスローブを羽織らせた。
前を閉じてからもう一度上半身を横たわらせて。
腰を持ち上げて、その下へとバスローブをさしこみ、下半身もしっかり隠れるように包み込む。
ホカホカの身体、しっとりすべすべの肌に、滑らかなシルクのバスローブは、官能的な程に心地よかった。
「では、このまま少し休憩していただいて、お部屋に戻りますね。
その後、御髪を乾かして、もう一度スキンケアをして、それからお休みになっていただきます」
その言葉に、『まだ終わりじゃないんですの!?』と内心で悲鳴をあげながら。
まだ終わりではないことに、少しだけ安堵する自分もいた。
アイリスは、そんな思考を追い払おうと首を振る……振ろうとした。
小刻みに体が震えるだけだった。
「後ちょっとですから、がんばってくださいませね」
そういうリタの心の底から楽しそうな笑みは、小悪魔のような……悪魔のような笑顔だった。
そして、休憩の後、またお姫様抱っこで運ばれて椅子に座らされて。
髪の毛を丹念に何枚もタオルを使って拭われた。
さらに、熱風を吹き出して髪を乾かす魔道具を用いて、丹念に、しかしパサつかないように乾かす。
その後、バスローブをはだけさせ、もう一度化粧水とクリームを塗り込む。
特に、露出する顔や手などは丹念に。
目元や口の周囲を軽くマッサージされると、意外と凝っていたことに気づかされる。
また、お湯に漬かりながらの時とは違って、指先のマッサージだけに集中させられると、それはそれでまた別の心地よさがあり。
丹念に解されれば、もう一度バスローブを着せられ。
そこまでやって、ようやっとアイリスはベッドに横になることができた。
あまりの未知なる体験に、思わず「なんですのこれは」と零すのも無理からぬこと。
そして、脱力しきってしまうのも無理からぬことだった。
そんなアイリスの様子を、リタは満足げに見やりながら。
「さ、これで一通りは終わりです。
後で少し冷たいハーブティーをお持ちしますので、それを飲んでからお休みください。
……あ、バスローブで寝ちゃうのも気持ちいいんですけど、はだけちゃったりして風邪を引くといけないですから、また後でお着替えをさせていただきますね」
そう言って笑うリタの笑顔には、純然たる善意しかなく。
アイリスは、世の中には暴力的な善意もあるのだと、初めて知った。
※エステ、とまでは言いませんが、こんな風にしてもらったら気持ちいいかもな~と想像しながら書きました。
気持ちよさそう! って思ってもらえたら嬉しいです。
※1000ポイント達成しました、ありがとうございます!
これに感謝いたしまして、リタの昔話短編を作成いたしました。
ただし、そちらは全力で18禁なので、ご注意ください。
詳細は活動報告に記載しております。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
リンクはここより下の方に表示されております。
読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。




