魅惑のバスタイム
「ところで、話が逸れてしまいましたけど、湯浴みはどうなさいます?
勢いで頷かれてたところがあったと思うので、確認しておきたいのですが」
食後のお茶を飲み終わり、少し落ち着いたところでリタがそう問いかけてきた。
比較的水資源に恵まれているジュラスティンでは、魔術を利用した道具を使ってお湯の用意もしやすいため、特に貴族階級では入浴が他の地域に比べれば多い。
毎日、というところはあまりないが、一週間に数回入ることは普通にある。
アイリスは、ああそういえば、と思い返し、しばし考えて。
「そうですわね、勢いで言ったところはありましたが、お願いしましょうか。
誰かさんのおかげで要らぬ汗もかいてしまってますしね!」
じろり、と睨みつけながらそう答えた。
もっとも、リタからすればそれもまた可愛いものなのだが。
「かしこまりました、ではそちらも準備いたしますね。
あたしの入浴介助は気持ち良すぎて癖になりますから、お気を付けくださいね?」
「何バカなこと言ってますの、たかが湯浴みでそんなこと、あるわけないでしょうに」
にまにま、楽しそうな笑みを見せるリタに、アイリスは呆れた様な顔で返した。
この時は、確かにそう思っていたのだ。
2時間後。
アイリスはバスローブだけを纏った姿でぐったり、身体の力が抜けきった状態でベッドに身体を横たえていた。
「ふあぁぁぁぁ……なんですの、これはぁ……」
完全に蕩け切った顔で、茫然とアイリスが呟く。
たかが湯浴みのはずだった。
確かに、全く普通に湯浴みをしただけだった。
なのに、骨抜きにされる程に、気持ち良かった。
「ふふふ、だから言ったじゃないですか、あたしのは癖になるって」
リタが得意げに、アイリスの様子を見ながら言う。
何か言い返そうとするが、まだ言葉を上手く考えることができない様子に、さらに笑みが深まる。
思えば、湯浴みの最初から、これは何かが違う、と思ってはいた。
お湯の準備ができたと言われ、浴室に入ったところで、そこに満ちた香りに気づいて足を止めた。
「あら、これは……薔薇の香油、みたいですけど少し違いますわね?」
「さすがお嬢様。これは薔薇の香油をベースに、色々とブレンドしたものでして。
体の血の巡りを良くして、疲労回復やリラックスに効果抜群なんですよ」
得意げに語るリタに、アイリスが不思議そうに首を傾げた。
若干、不審そうな表情も交じっていたが。
「あなたの私物ってことですの?
……使わせるのが申し訳ない気分と、使わせていいのかという気分が両方あるのだけれど」
「あはは、あたしとしては仕事道具みたいなものなんで、使う分には、ですし。
香油はロバート様に中身を確かめていただいた上で、使う許可をいただいてますよ」
「まあ、それならいいのですけど」
そう答えると、アイリスは両腕を軽く開くようにして立つ。
すぐにリタが傍に寄り、アイリスの着ている普段着用のシンプルなドレスを脱がせていった。
アイリスのような身分の人間は、基本的に着替えは自分ではしない。
こうして、お付きのものが着替えさせるのが通例であり、アイリスはもちろん、リタもそのことはよくわかっている。
だからアイリスはこうして何の疑問も違和感もなく、リタに脱がされるがままだ。
「そういえば、あたしが来る前は湯浴みとかお着替えとかどうしてたんです?」
「……メイド長や古株のメイドにやってもらっていましたわ。
彼女らなら、まだ信頼できましたから」
「なるほど、ふふ~ん、そうなんですね」
「……なんですの、何が言いたいんですの」
にやにやと笑うリタへと、胡散臭そうな視線を向ける。
脱がす手を止めないままに、リタは笑みを向けて。
「いえね、少なくともあたしも、任せてもらえる程度には信頼されてるのかなって」
「くっ……私に取り入ろうとする下心がない、という程度の認識はしているというだけですわっ」
信頼している、などとは口が裂けても言えないし、まだそのつもりもない。
それでも、脱がせるリタの手を止めることもなく受け入れ、生まれたままの姿をさらした。
まず目を引くのが、抜けるような白い肌。
15歳を迎えたばかりの、少女の細さが残る肢体を鮮やかに彩っている。
長くほっそりとした手足、それでいて胸や腰は豊かで優美なカーブを描き始めていて。
このまま育てば、公爵夫人のような豊満な美女になっていくのだろう、そう思わせる将来性があった。
その身体を隠すことなく晒している傍へとリタが歩み寄り、その髪を結い上げていく。
結い上げ、ピンをいくつも使って団子状にまとめて。
「さ、ではお嬢様こちらへどうぞ」
「ええ、ありがとう」
アイリスの手を取って湯舟へと導けば、それに抵抗はされず。
湯舟へと体を沈めていくのを、傍で支えるように補助する。
体をお湯に浸したアイリスが、ゆっくりと手足を伸ばして……長めにため息を吐いた。
「ん……はふぅ~……これは……」
「お嬢様、お湯加減はいかがですか?」
「え、ええ、そうね……まあ、悪くはなくってよ」
それが率直な感想でないことは、リタからすれば容易に察せられた。
のびのびと、を通り越してすこしだらしないくらいに延ばされた手足。
香りを楽しんでいるのか、幾度か繰り返される深呼吸と、その度に緩んでいく表情。
白い肌が血色良く薄い紅に染まっていくほどに、リラックスしていっているのが目に見えるかのようである。
しばらくそうして湯舟に浸からせた後、リタは袖まくりをしながら声を掛けた。
「お嬢様、そろそろお体を流させていただきますね」
「……はっ、あ、ええ、わかりましたわ」
湯の暖かさに浸りきっていたところに声をかけられて、慌てて返事をすると、身体を起こす。
すっかり温まってピンク色に染まった上半身が水面から出てくると、海綿に石鹸を含ませて。
十分に泡立てたそれを、そっとアイリスの肌にあてがい、動かす。
その度に、ぴくん、ぴくんと反応を返してくるのが、なんとも可愛らしい。
「んっ、んっ、あ、ちょっとリタ」
「あ、申し訳ございませんお嬢様、強かったですか?」
「いえ、ちょうどいいのだけれど……少し、くすぐったいというか……もう少し強くしてもいいんですのよ?」
「あんまり強くすると、お肌に傷がついちゃうんですよね~。
折角綺麗な肌なんですから、もっと綺麗にして差し上げないと」
そう言いながら、肌をなぞるように海綿を動かしていく。
泡を纏ったそれが、汚れを溶かすようにしながら、ゆっくりと肌の上を這い進む。
その感覚は、全く未知のものだった。
今までのメイド達だって、もちろん丁寧に洗ってはくれていた。
しかし、リタの手つきは根本的に違う。
ただ肌から汚れを落とす、だけではない繊細さがあって。
洗われる、さっぱりする、といった気持ち良さ以上の何かがあった。
その気持ち良さが、最初は背中から始まった。それが、首筋、腕、へと流れていって。
指先を、洗われながら丁寧に揉み解されると、心まで解されるよう。
あまりの心地良さに、背中を支えられていないと湯舟に沈んでしまいそうなくらいに、茫洋としてしまう。
「次は、おみ足失礼いたしますね~」
「ふぇ……? え、ええ……」
湯舟の縁にタオルがあてがわれ、そこに頭を乗せられる。
寝そべるような姿勢、力の抜けた腕が、ぷかぷかと浮いているのが見える。
その向こう、足を持ち上げられ、海綿に触れられるのをぼんやりと眺めていた。
足指を丁寧に拭われて、手指と同じように、いや、それ以上に丁寧に揉み解される。
そこに溜まっていた老廃物が、血液が、流れ落ちていくような感覚。
肌だけでなく、中まですっきりと掃除されていく気がする。
そこから、足首、ふくらはぎ、太ももへと海綿が流れてきて、洗われて。
一度、お湯に足全体を浸けられて、しばし。
足にじんわりと、新しい血が流れてくる。
かつてない爽快感を、そこから感じていた。
両脚ともに、そんなに丁寧に洗われてしまって。
それが終わる頃には、爽快さと心地よさがない混ぜになった状態で、だらしなく湯舟に浸かっていた。
「さ、お体はこれで綺麗になりましたし、っと。
しばらく体を温めていただいたら、次は御髪と、お肌のお手入れをしますね~」
「……はぁ……は?」
もう、すでに脱力しきる程に心地よかったというのに、まだ終わりではなかった。
その事実に。
ここからさらに訪れるであろう悦楽地獄の予感に、アイリスは身を震わせた。
※1000ポイント達成しました、ありがとうございます!
これに感謝いたしまして、リタの昔話短編を作成いたしました。
2/18(月)の21:00に投稿予約しております。
ただし、そちらは全力で18禁なので、ご注意ください。
詳細は活動報告に記載しております。
※このお話は、「暗殺少女は魔力人形の夢を見るか」(https://ncode.syosetu.com/n1740fb/)の派生作品になります。
リンクはここより下の方に表示されております。
読んでいなくても楽しんでいただけるよう書いてはおりますが、読んでいただけるとさらに楽しめるかと思います。




