8話 ルーティ
「おや、迷子でありますか?」
窓越しに尋ねて来たのは、十二、三歳くらいのまだ幼い少女だった。
透き通るような水色のボブカットが可愛い、ツリ目の腕白そうな印象を受ける子だ。
街で見た兵士と同じような鉄製の赤い胸当てと腰巻をしているので、この子も兵士なのだろう。
それにしても若過ぎる気がする、今までこんな小さな兵士見なかったし。
「ごっこあそび?」
「ち、違うであります、自分はちゃんとした騎士団員であります! ……見習いでありますが」
「ふーん」
ジト目で胡散臭そうに眺めていると、少女は姿勢を正して自己紹介をする。
「アリエス王都騎士団見習い、ルーティ・エスタ・アリエス、であります」
ピッと背筋を伸ばして立つ姿は大したもので、この子がちゃんと騎士団の一人なんだとしっかり認識させられる。
って、今聞き捨てならない苗字だったような。
「ありえす、かめい、おうとといっしょ?」
家名がこの街の名前と同じだから、有権者の娘とかなのだろうかと尋ねたけど、彼女は緩く首を傾げた。
(流石に関係ないか)
よくある家名なのかもしれないなと思った時、ルーティはようやく私が何を言いたかったのか理解したらしく口を開いた。
「ちょっとした事情があるのであります、わざわざ人に言うような内容ではないでありますよ」
「そう」
ならいちいち聞くこともあるまい。
私は工業地帯の方へ向き直る、もともとそっちに行く予定だったんだし。通って平気か聞きたかっただけだ。
「それより、迷子でありますか?」
「ちがう」
「ルーティ、その女の子を送ってやれ、ついでに帰路にでも屋台で買い食いしてかまわん」
違うと言ってるのに、駐在所の奥から現れた老兵士が私を送れと言ってきた。
こっちの兵士は筋骨隆々で白髪で角刈りのおじいさん、ベテランって感じだけど、ごっつい杖をついている所を見るとあまり戦えるようには見えない。
騎士団見習いのルーティと言い、駐屯所は見回りできないような人が居るのかな、窓口対応のみ、みたいな。
私を送れって言うのはなんだかルーティを遊ばせる口実っぽい気もするけど、私としてはあっちの工業地帯に行きたいんだけど……。
「はっ! しかし、この子は迷子ではないと言ってるのでありますが……」
ルーティ、ちゃんと上司に物申せるいい子。
「なに? 迷子ではないのか。それは残念、いや、迷子ではないのか、そうか」
残念って……おじいさん心の声漏れてるし。
やっぱりこのおじいさんはルーティを遊びに行かせたいのかな、ならば、手伝ってあげるのもやぶさかではない。
「でも、まちのあんない、ほしい」
ほら、見てほしいあのおじいさんを。我、強力な仲間を得たりと言わんばかりに目が爛々と輝いている。
私としても効率的に街を見られるだろうし、win-winの関係だね。
「そうかそうか、案内が欲しいか! よし、ルーティ行ってこい」
「はっ! では、この子を案内してくるであります! して、どちらに向かわれるのでありますか?」
「あっち」
工業地帯を指差して示す。ルーティは大きく頷いてから、おじいさんに敬礼した。
「それでは、行ってくるであります」
「まあ待て待て」
おじいちゃんは杖をつきながら奥に消えるけど、すぐに戻ってきて、持ってきたお財布からルーティに小銭を握らせ、更に私にも五百グリス手渡してくれた。
「小遣いをやろう、ルーティもその金で少し遊んでこい」
「じ、自分もでありますか?」
「お嬢さんも、良いかな、案内ついでにしばしルーティと遊んでやってはくれんか」
「ん、いいよ」
「ですが自分は――」
「うるさい、開国祭だぞ、見回りに人数を割きたいからと引退した老人や年端もいかぬ子供までかき集められちゃ敵わん、お前もたまには羽目を外せ。別の団員に何か言われたら『グリフレット爺が遊べと命令した』とでも言っておけ」
「はっ! 了解であります」
「いこう」
「では改めて、行ってくるであります」
「うむ」
おじいさん改めグリフレットさんに手を振って駐在所を離れる。
西区から進んだ先、工業地帯のようになっている場所は『北区』だそうだ。
お祭り中でも工場は稼働しているようで、至る所から金属音が響いていた。
工場から少し離れた所には商店街もあって、各工場で作ったものを売ったりオーダーメイドの注文を受け付けたりしているらしい。
「工場の辺りは出店もないし、各派閥ごとに技術を秘匿しているので、見ていて面白いものはないのであります」
「なるほど」
「それで、えっと、そうだ、お名前を聞いてなかったでありますな」
「わたし、とーと」
「トート殿でありますか。では、北区でも商店街なら出店があるらしいのでそちらに向かうでありますよ」
「ん」
商店街は西区のものとはまた随分違っていて、例えば西区ではよく見る酒場や薬屋さんや、消耗品などを主に売っている雑貨屋さんがほとんど存在していなくて、武器や防具を売っている武具屋さんだったり、照明とか日用雑貨を売っているお店が立ち並んでいる。
ちょっと珍しいところになると、染料とか木材とか、専門的な道具も売っているみたいだ。
そんなところの出店となると、安めの日用雑貨なんかがやっぱり多くて、まるでバザーのようだった。
「……たからのやまだ」
昔から、いや、前世の頃からスーパーの日用品店とかホームセンターの道具売り場が好きだった私には心躍る光景だった。
どう使うのか判らない道具だったり、新しくて綺麗なデザインの文房具はなぜか見てて幸せになれる。買うことは滅多にないんだけどね。
「トート殿は日用雑貨に興味があるのでありますか?」
「うん、すき」
「なら、ゆっくり見て回るでありますよ」
こくりと頷いて、時計を取り出した。時刻はまだ三時なので、宿に戻るまではまだ時間に余裕があるみたいだ。
「るーてぃちゃんは?」
「『ちゃん』は聞きなれなくてむず痒いので、よして欲しいのであります。気軽にルーティと呼んで欲しいのであります」
「わかった。るーてぃは、ざっかすき?」
「うーん……どちらかと言うと自分はあちらのが好みでありますな」
そう言ってルーティが指差したのは、露天に並ぶ剣とか盾とか。
立派に立てかけてある剣や盾もあれば、何本も一緒に傘立てみたいな大きな壺の中に入っている剣もある、こっちは打ち損じたものだったりするのだろうか。
「そっか、みにいこ」
「良いのでありますか?」
「うん、わたしもきになる」
別に私は雑貨が好きって言っても見るだけで十分だし、特に買う気も無いから、歩きながらあれこれ目に入るだけで満足なんだよね。
それに、剣だよ剣、こういう世界に来たとなれば、一度は武器屋さんで色々な剣を見てみたいでしょ。
「おや、ずいぶん小さいお客さんだね」
露天の前で剣を眺めていると、小さな木製の椅子に腰掛けていた細身のお兄さんがこちらに気づいたのか声をかけてきた。が、私を見て、ルーティを見てから頬を人差し指で頬をぽりぽりと掻く。
「兵士さんのお眼鏡に叶うような武器はないかもよ」
「えっ、あ、自分は見習いでありますから……」
「見習い?」
「はい、アリエス王都騎士団見習い、ルーティ・エスタ・アリエスであります」
「ああ、エスタの子かい」
何かに気付いたように、ぽん、と手を叩くお兄さんを見て私は首を傾げる。
「えすたのこ?」
「ん、南区の孤児院だよ」
孤児院……ルーティは孤児だったんだとは思うけど、それとお兄さんが何かに気付いた理由が結びつかない。
私は説明を求めて、首を傾げたままルーティの方へ向き直る。
ルーティはしばし中空を眺めて思案するも、軽くため息を吐いてから説明してくれた。
「エスタは南区にある孤児院の名前であります。この王都では自分ら孤児は皆、孤児院と同じ家名を授かるのでありますが、その中でも特異な才能があるとその才能を活かすための仕事に付けられるのであります。その際、国の発展に協力、忠誠を誓うという意味を兼ねて家名にアリエスを名乗らせて貰えるようになるのであります」
「なるほど」
「なので、自分の名前はルーティ・エスタ・アリエスとなるのであります」
「るーてぃ、つよいの?」
「いえ、お恥ずかしながら自分はあまり……。《守る》事しかできないのであります」
「まもる」
守れれば十分だと思うけどな、攻撃は別の団員に任せれば良いんだし。
いや、だからこそルーティは騎士団に入ることになったのか。
「ところで、何か見ていくかい?」
すっかり露天の前だってことを忘れていた、お兄さんが苦笑いをしている。
こうなると気恥ずかしくて、ついルーティを引っ張って逃げ出すようにその場を後にしてしまった。