76話 のどかである。
◇――――――
お母さんたちには王都が襲撃されたことを伝えたけれど、私がその防衛戦に参加したのは途中からだったので最初の状況なんかはルーティが補足してくれた。
まあルーティも騎士団の方でバタバタしていたし、最初からきっちり知っていたわけではないみたいだったけど、流石は元騎士団員と言うべきか、どんな状況であったかが良く分かる説明だった。
「そんなことがあったのね……こっちは普段通りだったわよ」
話を聞いたお母さんは、思い出すように顎に拳を当てて少しだけ目を瞑ったけれど、「うん、何も無かったわね」と頷きながら声を出した。
「こっちにまで、きてなくて、よかった」
「そうね、私もアンデッドは戦闘経験が少ないから、もし来てたらかなり面倒だったかもしれないわね」
うんうん、とお茶を一口飲み、落ち着いたところでお母さんは疑問を口にする。
「ところで、リッカちゃんも帰ってきてるのよね? 冒険に出るって言ってたけど、次はいつ行くつもりなの?」
「うーん……」
私はあのリッカちゃんの連れ去られ方を思い出して、果たしてリッカちゃんは連れて行けるのだろうかとうっすら思う。
リッカちゃんのことだから禁止されても絶対に着いてくるのは分かりきってるんだけど、なるべく穏便に済ませたい。
「いつだろ、りっかちゃんしだい、かな」
「あらそう。じゃあ決まるまではうちに居るのね?」
「うん、だいじょぶ?」
「もちろんよ、ルーティちゃんも泊まっていくといいわ」
「良いのでありますか?」
「ええ、村には宿屋とか無いしね、王都のお家と比べるとちょっとだけボロっちいかもしれないけど、好きにくつろいで頂戴」
「ありがとうございます、感謝であります!」
と、いうやり取りの後私の部屋に入ると、ルーティは苦笑するような、困ったふうな顔で私に尋ねる。
「リッカ殿は大丈夫でありましょうか」
私としても同じ気持ちではあるね。お母さんとお父さんに経緯を説明していた時間は結構長かったはずだけれど、その間にリッカちゃんはうちにやってこなかったし。
やっぱりリッカちゃんの家にまで私も出向くべきだろうかと考えるけど、あのバルバラさんのすごい剣幕を見た後だとちょっと向かいづらい。
「だいじょぶ、だと、おもうけど……」
とはいえいつまでも待っているわけにもいかないだろう。私が行ってもどうというわけではないけれども、何かあったら迎えに行ってあげないとかわいそうだ。
「よし、いこっか」
「さっきの方がリッカ殿の母親なのでありますよね?」
「ん、そだよ」
「なかなか迫力のある方でありましたね」
「あんなばるばらさん、はじめてみた」
というよりも、私はバルバラさんが怒ったところを今まで見たことがなかった。普段は明朗快活って言葉が似合うような明るい人だし、そうでない時のバルバラさんといえば、私が知る限りリッカちゃんの看病をしている時の少し疲れた感じの優しいバルバラさんなので、ちょっとギャップに驚いた。
怒ったところを見たことがないのは、怒られるようなことをしたことがないだけでもあるんだけどさ。
そんなバルバラさんがあんなに怒っていたのだから、さぞかしリッカちゃんのことが心配だったのだろう。……なんて考えて、そりゃそうだよねと脱力する。
リッカちゃんがやってきた時のことを思い出すに、突然荷物を纏めて馬車も待たずに走って村を出て行ってしまったのだろう。それも、『トートちゃんの所に行ってくる』なんて言葉だけを残して。
本人はもうどうしても我慢ができなかった、なんて言っていたけど、流石に説明くらいはしないとダメだよね。『私の位置がわかった』なんて内容が内容なだけに信じてもらえるかどうかは別としてもさ。
と、いうよりも、なんだか自然に受け入れられているようだけど、皆リッカちゃんの瞳が赤くなっちゃったのは気にならなかったのだろうか。
お母さんはルーティの話を聞いた時に「なるほど、リッカちゃんもそうだったのね」なんて頷いていたけれど、バルバラさんはアンデッドそのものを知らないだろうし、瞳が真っ赤になってしまえば気にしそうなものだけど。
鎧姿のまま再び外へ向かおうとするルーティを引き止め、あまり遠くへは行かないからとラフな格好にさせる。鎧姿で歩き回るのは本人は気にならないみたいだけど、鎧を着て村の中歩いてると肩が凝りそうで、つい脱がしてしまった。
「よし、じゃあ、いこ」
「リッカ殿の家はどの辺りにあるのでありますか?」
「んー……どの辺り……? とほ、ごふん?」
私は首を傾げながら答える。どの辺り、と言っても目立つようなものはないし、なかなか答えづらい質問だ。
それと、リッカちゃんの家はお隣さんではあるのだけれどちょっとだけ歩く。田舎は無駄に土地が広いのだ、もっとも、ほとんど畑とか納屋とか畜舎ばっかりだけど。
「あっちのほう」
一応リッカちゃんの家がある方角に指を指してみるとルーティもつられてそちらに顔を向けるけど、当然そこには壁があるだけで何も見えない。
「で、ありますか」
ルーティが壁を見つめたまま呟いて頷くと、私の方に向き直った。
分かったような分かってないような、はにかんだ微妙な表情をしている。どっちにしても、これから行くから良いんだけどさ。
ちょっとリッカちゃんの所に行ってくる、と両親に伝えて家を出てトコトコ歩く。来る時はあまり周囲を見ている余裕がなかったのか、ルーティはきょろきょろと辺りを見回している。
「のどか、とはこういう場所に使う言葉なのでありましょうか」
「うーん」
最近は冒険者として活動していたけれど、それまでルーティは王都から外に出たことはないのだろうか。それならこの田舎の風景は『のどか』と表現したくなる気持ちもわかる。
私としては王都を知るまでの十年ここで(今となっては)不便な暮らしをしていたので、多少の思い入れこそあれどとてもではないけどそんな柔らかな表現を使う気にはなれない。過疎地で十分だ。
「ひとによっては、そうなるかも」
「トート殿には見慣れた景色でありますし、あまりそういう感情は持たないのでありましょうか」
「ま、まあ、うん」
不思議そうに尋ねるルーティに、私は「あははー」と小さく笑ってお茶を濁した。
やがてリッカちゃんの家の前に到着すると、特に怒鳴り声が聞こえるでもなく私は首を傾げた。
もう話が終わっているのであればリッカちゃんはうちに来そうなものだけど、なんて考えながら扉をノックする。
「妙に静かでありますね」
先ほどまでと同じように遠くを眺めていたルーティがボソッと小声で呟く。意識すると確かに辺りは静かで、そんな中『静かだ』なんてミステリーの冒頭みたいなセリフは不安になるからやめてほしい。
そんな事を考えた直後、「はいはい」と声がして人がやってくる気配がする、声からしてバルバラさんだろう、リッカちゃんはどうしたのだろうか。
「おやトートじゃないか、そっちはお友達かい?」
「ルーティ・エスタであります」
扉を開けて私たちを確認して尋ねたバルバラさんに対し、ルーティが名乗りながら丁寧にお辞儀をする。やっぱり村の入り口では私たちを認識していなかったようだね。
ルーティが今までのように『アリエス』まで名乗らないのは、彼女が冒険者という根無し草を選択したので『国に忠誠を誓うことにより授かっていた街の名を返したため』だと少し前に教えてもらった。『エスタ』は生まれ育った孤児院の名前なので名乗っても問題ないらしい。
「アタシはバルバラだよ、王都から来たんだろ? はるばる大変だったね」
「まって、ばるばらさん、りっかちゃんは?」
ルーティのことだから、なんの気ない社交辞令的な言葉にまで真面目に答えちゃって話が弾んでしまうと困る、と私は口を開きかけたルーティとバルバラさんに少しだけ申し訳なさを感じつつも話を遮った。
バルバラさんはあまり気にした風もなく、苦笑いしながら小さく肩をすくめて家の中を親指で指す。
「何かに気づいたかと思ったら突然本の虫さ。でも、話は聞いてるよ、連れてっておやり」
「ん、わかった」
ドアから一歩ずれたバルバラさんの横を通って家の中に入ろうとした時、バルバラさんは再び口を開いた。
「それと――」
「?」
「あうっ」
私が急に立ち止まったせいでルーティが私にぶつかる、威力を殺そうとしたのか彼女は弾かれて一瞬だけよろめいていた。ごめん。
「リッカに聞いたよ。あんたが居なきゃ、あの子はもうとうの昔にいなくなってたってね。アタシには難しい部分はわからなかったけど、お礼を言わせておくれ、ありがとうね」
リッカちゃんは一体どういう説明をしたのだろう、まさかキスをしたなんて言わないとは思うけど。
アンデッドにする能力は私の力ではなくてヘルベティアのものなので面と向かって言われると恥ずかしいものがあるけど、そこまで言ってもわからないだろうし、私はその感謝に微笑んで返した。
「わたしも、りっかちゃんいてくれて、うれしい」




