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75話 近いようで遥かに遠い距離

◇――――――


 私には自信があった。


 トートちゃんのことは様々な好みだけでなくクセや趣味まで知っていたし、はるか昔から仲良くしていたから、物理的な距離が少し離れていたとしても一緒に暮らせるようになれば一気に会えなかった時間を埋めるように距離を縮められると思っていた、いや、そう信じていた。


 だからこそ、私は見得を切ったよ。「トートちゃんが、私を友達じゃなくて恋人として好きになってくれる努力をする」って。


 でも、約三ヶ月一緒に暮らして、私は絶対に気付きたくなかったことに気付いてしまった。

 私は、今どころかはるか昔から、一歩もトートちゃんに近づけていなかった、ということに。


 それに気付いて思い返してみると、トートちゃんがいかに異常であるかという部分に気が付く。


 私が一歩近寄れば、彼女は一歩引く。私が一歩引けば、彼女は一歩近寄る。ごくごく自然に、けれども絶対に自分の内側には人を入れようとしない。

 そんな風に、彼女は誰に対しても常に一定の関係性を保っているんだ。まるで、一歩でも内側に踏み入られたら聖域が壊れてしまうとでも言うように。


 ルーティもそう、トートちゃんに歩み寄ろうとしているけど、絶対にその距離が縮まることはない。もしかすると、彼女も薄々感づいているかもしれない。


 きっと、ううん、絶対に、初めてトートちゃんに会ったあの日から、私とトートちゃんの距離はほとんど変わっていない。

 それはきちんと他人を理解して、自らの感情と相手の感情を計算しないとできることじゃない。トートちゃんは私と出会った時からずっと、それを実践し続けているのだろうか。


 トートちゃんはそんな細かいことをするような人じゃない、という考えと、もしかするとトートちゃんなら、という考えが互いにぶつかり合う。


 結局、実際聞けるなら一瞬で解決する話ではあるんだろうけど、トートちゃんのことだし聞いたとしてもはぐらかされて有耶無耶(うやむや)になってしまうだろう。


「はあ」


 思わずため息をつく、この調子では、この先旅を続けていてもトートちゃんが私を好きになってくれることはないと思う。どんなに私が頑張っても、だ。

 そういう意味では、同じような状況にあるルーティにトートちゃんが取られる心配はないから安心ではあるんだけど……。


「はあー……」


「なんだいあからさまなため息ついて」


 お母さんが、テーブルに突っ伏して何度もため息を付いている私を見かねて問いかける。

すでに私が家を飛び出した件については話が終わっていて、お母さんの主張は簡単に言うなら「説明なしに突然飛び出されると心配になるから、きちんと説明してから行ってくれ」という程度のものだった。


 なので私は、逢いたいと強く思ったらトートちゃんの居場所が不思議とわかったこと、そのせいで居ても立ってもいられなくなったのでつい家を飛び出てしまったこと、無事トートちゃんと合流できたけど王都襲撃なんて大事件に巻き込まれてしまったこと、その後トートちゃんが王都に居られなくなったので、私も冒険者として一緒に旅をしようと思ったこと、と順序立てて説明をしたら理解を示してくれた。


「《好き》を見つけたら一直線なところは、あの人に似たのかねえ」


 なんて呟くように言っていたけど、それを私が聞いても別に嬉しいわけではない。お父さんは本を送ってくれるから嫌いではないけど、ほとんど会わないから家族といっても親しいかと聞かれるとちょっと悩むこともあるくらいだし、複雑な気持ちだ。

 そんなこんなでリビングでお母さんに説明を終えた後、お母さんは趣味の編み物を始めて、私はそのままテーブルに着いてぼうっとトートちゃんについて考えていた。

 やがて考えているうちに頭は悲鳴をあげて、ぱたりと倒れるようにテーブルに突っ伏してしまったというわけだ。


「なんでもなーい」


 突っ伏したまま言うも、当然その『なんでもない』に説得力はなくて。


「まったく、あからさまなため息ついて、なんでもないわけないだろ?」


 お母さんが編み物をする手を止めて苦笑する、私もそれにつられて口元だけで笑みを作った。


 人に話すと問題点を再度確認できて情報の整理に役立つと聞いたことはあるけど、ある程度自身の脳内だけで情報を整理できる私としては、あんまり必要のない方法かなと考える。第一、トートちゃんが他人からの関係性の距離を常に同じ位置に保たせているんだよ、と言っても誰も信じないだろう。彼女のことを知っている人なら、なおさら。


「ま、本当に困ったら言いな、母さんも相談くらいなら乗れるからね」


「うん、ありがとう」


 お礼を言いつつ顔を上げてお母さんに向って笑みを作ってから、視線を少しだけ上に向けて考える。

 ならば、どんな方法でその懐に潜り込むことができるか、と。


 例えば、私が自らトートちゃんから離れた場合。

 絶対にありえないけど、私がもし、いつまでも私の『好き』に答えてくれないトートちゃんに愛想をつかせて自ら離れて行こうとした場合、トートちゃんは私を引き留めるべく動いてくれるだろうか。


 うっすらと想像して、嫌な想像を振り払うように私は強く首を振った。

私が自分の意思でトートちゃんの元から離れるようなことは考えるだけでも辛いし、もしそれでトートちゃんが『引き留めようとしない』なんて選択をした場合、私は本当にどうかしてしまいそうだ。

 トートちゃんに会えない鬱憤が溜まりに溜まってつい家を飛び出してしまうほどなのだから、それでもうトートちゃんと会えなくなるなんて思うと……背筋に冷たいものが走る、それだけは避けなければならない。


 なら、トートちゃんが何らかのハプニングに見舞われた場合。


 トートちゃんの手に負えなくなった場合、私がトートちゃんの手足となって存分にアピールするのだ。って考えてみたけど、トートちゃんにそんな状況が存在するのか怪しい。


 冒険者ギルドでも聞いたけど、Sランクと呼ばれているほどの人物、王都騎士団長であるバニルミルト・クラウンなんて物凄く強い人にすら勝ったって言われているし、戦闘能力では敵う相手は居ない気がする。

 それに知識面ではヘルベティア・エルドニス・ルイングラッハなんて元魔王様がサポートしているみたいだし、付け入る隙なんてないだろう。

 私もその魔王様の声が聞こえるようになったけど、確かトートちゃんの体に魂が閉じ込められちゃってるんだっけか。


 こう言っちゃなんだけど、魔王様には興味ないしトートちゃんの体からは出て行って欲しいと思う。王都が襲われたとき、どうやったのか分からないけど一度魂を分けているのだから、きっと何らかの方法があるのだろう。


 と、考えたところで、私は魂という単語に引っ掛かりを覚えた。『人の魂には形がある』、『人の魂を認識する』なんてどこかで聞いたことがあるな、なんて。

 必死に脳内に検索をかける、あれはどこで聞いた言葉だったか。確かその話の中に、魂の移動や作成、なんて扱いに困るようなモノが存在したはずだ。


 思い出せないので、俯いて眉間にしわを寄せながら更に深く記憶を掘り下げる。周りからは音が消えて、視界には無数の私がいつか体験した場面が浮かび上がった。

 お母さんは私がそんなことをしている間絶対に反応しないことを知っているので、きっと編み物に戻っただろう。



 しばらくそうしていたけど、ふと浮かび上がった記憶の一部分に魂の文字を見出して必死に手繰り寄せる。ずいぶん昔、私が自分の部屋でお父さん直筆の錬金学の本を読んでいた時の記憶だ。

 それには確かに書いてあった、章のタイトルは確か『人造生物(ホムンクルス)と魂の関係性』。


 ようやく見つけた! と私は飛び跳ねるように席を立ち、突然私が動き出したことにより驚いたお母さんの「どうしたんだい」なんて声に対し適当に返事をしつつ、かつて読んだ本を引っ張り出すべく自分の部屋へと向った。

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