74話 出発……?
ルーティからそろそろCランクになりそうと聞いてから半月ほど経った。
本当にあっさりとCランクになった彼女たちはその日のうちに荷物をまとめ、次の日にはもう私、リッカちゃん、ルーティの三人で家を出ると私はバニルミルトさんが居るであろう騎士団詰所にまで挨拶に向かった。
やがて出て来たのはアンセルさんで、ちょこちょこあるようにバニルミルトさんは忙しかったようなので、王都に住んでいた間の感謝と、準備ができたので旅に出る旨をアンセルさんに伝えて、ついでに借りていた魔道具を返しておいた。
「わかった」と言葉少なに頷いたアンセルさんと握手して別れ、騎士団詰所から少し歩いたところで振り返って、闘技場と隣接した詰所を眺める。
……最初に来た時は闘技場にもこんなところにある詰所にも驚いていたけれど、もう随分見慣れてしまっていたのだなと、心の中で少しだけ驚いた。今ではもう違和感もなにもないからね、あって当たり前だって感覚しかない。
感傷に浸っていたわけではないのだけれど、なんとなく振り返って眺めていた姿勢から戻り、先に進んでいた二人と合流してから門へと向かう。
街から馬車でフルーカ村を目指さないのは、単純にフルーカ村方面への馬車は常に出ているわけではないから時間が合わなかったのと、私たちの場合はアンデッドの特性なのか、はたまた内の魔力のおかげなのか、長時間走ったりしても疲れることはない上に結構なスピードが出せるので、馬車でパカパカ進むよりは走った方が断然早いという理由だね。
門の辺りまで来ると今日の門番さんの中にはよく見る人、ワコーズって名前の騎士さんが居た。彼は私を見るとお辞儀をして「これから行かれるのですか」と尋ねて来る。
私も適当に返して一言二言交わしてから門をくぐり、街が丘に隠れて見えなくなるくらいのところまで歩いてから大きく伸びをした。
「これで、やっと、ぼうけんしゃ、ってかんじだね」
「なんだかあまり実感がわかないでありますなあ」
たははーと苦笑いをしながらルーティが呟く。つい最近冒険者になったし、街から出てもあまり遠くには行かずに帰ってくるのが基本だったからうまく想像できないんだろうね。
今のルーティの服装は布製の肌着の上に鉄製の胸当てに手甲と腰巻と、ほぼ騎士団で着ていたのと同じような格好をしている。尤も、騎士団で使っていた赤い鎧はルーティが瀕死の状態から目覚めて少しした頃に返却してしまったので、今使っているのは普通の武具屋さんで買ったものだ。
それと、手には自分の身長と同じくらい、百五十センチくらいかな、の槍を持っている。穂先は布でしっかり包んであるから、突発的な戦闘だと布を剥ぎ取るのが少し大変そうだ。
そのままちらりとリッカちゃんを見る。リッカちゃんは出てきた街の方ではなく、私たちの方でもなく、目を細めて遠くの地平線を眺めていた、一体何を思っているのやら。
リッカちゃんは私と同じく鎧とかは身につけていない。ルーティは鎧を着るのがもう癖になっているような状態だから着ないと安心できないみたいなことを言っていたけれど、正直なところ鉄の鎧とかより圧倒的に私たちの体の方が硬いし、あんまり防具としての意味を成していないから、よほどの性能の物でなければ必要ないんだよね。
で、その手に持つのはごっつい斧。手斧とか可愛いものじゃなくて、木こりとかが使うような、両手用の大きいやつだね。これを片手で軽そうに担いで持っている、あの童謡の金太郎みたいだ。
「えっと、トートちゃん、こっから走るの?」
私の視線に気づいたのか、リッカちゃんがこっちを向いて尋ねたので、私は首肯する。
「ん、そだね、はしれば、すぐだし」
一度リッカちゃんと王都へ向かって走った時もだいぶ早かったし、途中で休憩を挟んでも二日はかからないはずだ。でもそう考えると、私の特性を受け継いでいるとは言っても私ほど出力は過剰じゃないみたい、なんて思ったけど、武器を普通に使えているしそりゃそうか、というところで私の思考は着陸する。
「しばらくはしったら、きゅうけい、しよう」
「うん」
「了解であります」
途中何度か適当な場所で休憩を挟んで走っていると、やがてフルーカ村が見えてくる。予想通りというべきか、私の記憶にあるフルーカ村となんら変わりなく安心感を覚えた。
村の入り口を通り過ぎると、どこからか私たちの姿を確認したバルバラさんが猛スピードで走ってくる。
「げ」
リッカちゃんがそれを見て顔色を変えるとほぼ同時にバルバラさんはぶわっと高く飛び上がり、大きな音を立てて私たちの目の前に着地した。
「あんたね、『トートちゃんのトコに行く』って言っていきなりどっか行って! 心配したんだからね!」
「お、お母さ……ちが、いや違くないけど……うわーん」
「うるさい、来な!」
私たちが呆気に取られていると、バルバラさんは怒りの形相のままリッカちゃんの腕を掴んで去って行った、あっちの方向はバルバラさんの家か。……それにしても。
「ほんとに、とーとちゃんのとこにいく、としか」
「言ってなかったのでありますねえ……」
呆然としたまま私たちは呟き、後を追うか悩む。バルバラさんは怒りのせいか私とルーティに気付かなかったみたいだし、リッカちゃんは、まあこってり搾られるかもしれないけど、逆上してバルバラさんに危害を加えるなんてまずありえないし、ちゃんと冒険者にもなったからきちんと説明して脱出できるでしょう、きっと。
「うちいこ」
「え、リッカ殿はいいのでありますか?」
「まあ、うん、たぶんへいき」
「……で、ありますか」
ルーティはリッカちゃんが連れていかれた方向と私をキョロキョロ見回して目をまわしていたけど、私が諦めて頷くと、力が抜けたかのようにコテンと首を倒して理解の声をあげた。
うちへ向かうために村の中を歩いていると、私を発見した村の人が「久しぶりだなー」と手を上げてくるので私も「うんー」と手を振って答える。大抵その後ルーティに目をつけて「可愛い子連れてきたなー」までがセットだ。
ルーティも『可愛い』と言われ慣れていないのか、言われるたびに嬉しいような照れているような、どちらとも取れそうな微妙な表情をしてはにかんでいた。
そんな村の舗装されていない道を歩き、木でできた納屋や家を眺めつつ、我が家に辿り着くとお母さんもお父さんもくつろいでいる時間だったようで、二人して出迎えてくれた。
剥き身と言っていいのかな、木を並べているだけにも見える木造の壁や床がものすごく懐かしく感じる。
「おかえり、トート」
「ただいま!」
「それで、あら? ルーティちゃん、だったかしら」
お母さんがルーティを見て首を傾げる、見ているのは主に目。やっぱり、赤い目であることに疑問を覚えているようだ。
「その目、以前会った時は赤くなかったと思うんだけど、一体どうしたの?」
とはいえ、私が連れてきたということで警戒心は無いらしい。思い返せばお母さんは《不死狩り》の名前を聞いて私の身を案じてくれたんだもんね、本来のアンデッドはどんなものかしっかり知っていて、なおかつ私は例外だとちゃんと判っているみたいだ。
「えっと、これはその――」
「まって」
ルーティが話そうとしたところで私が割り込む。ルーティが不死化したことに関して話すのであれば、王都が襲われた話からした方が効率が良いし分かってもらいやすいハズだ。
「ながいはなしになるから、すわってはなそう」
「あら、何かあったのね。じゃあ私はお茶を用意するから、先に座っててもらえるかしら」
「ん」
お父さんと並んでリビングまで歩いてからテーブルに着き、その後ろから物珍しいものでも見るように周囲を見回しながら歩くルーティも、私が差し出した来客用の椅子に腰掛けた。お茶を用意するとキッチンに向かったお母さんもすぐに戻ってくるだろう、私はその隙に頭を捻る。
さて、どこから話したら良いのかな。




