72話 来てくれて良かった。
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世界の北に位置する国のうちの一つに、多数の種族が存在している国があった。歴史を紐解けば、はるか昔からその国は存在している事が分かるだろう。
かつてその国の住民の多くは人里から排斥された過去があり、人間という種を恨んでいる者も多かった。
国家として強い纏まりがなかった頃から人間の国に対して武力による不当介入を繰り返したその集団に対して、人間は何度か兵を送り込み無理矢理押さえ込もうとした。
しかし、陸地の大半を占める人間の領地からすればごくごく小さな国だと思われていたそこは、次第に結束し恐ろしいほどの力を持って抵抗する。それこそ、大国が震え上がるほどに。
やがて争いは沈静化して行き、いつしかそこに住む多数の種族は一括りに《魔族》と呼ばれるようになり、その国とその周辺は魔族の住む領域《魔族領》と呼ばれるようになった。
もう少し詳しく語れば、例えばそこには幾度となく語られる勇者の冒険譚があったり、王を目指す魔族の英雄譚があったりするが、そこは割愛しよう。
そんな魔族領の中央に存在する城、魔王城の玉座に座る男がいた。肘掛に肘を付いて気怠げに頬に手を当て、眠っているのか両の目は閉じている。
様々な種族が存在する魔族領にしては珍しく人間のようにも見える男は、どんな輝きすらも吸収してしまいそうなほどの漆黒のコートに宝石の散りばめられた金の腕輪を着けていた。
煌びやかな装飾品は少なく、王として見るならば質素とも言える格好だが、彼を纏う異様な空気がそれを否定する。
「ハロー魔王様、やっと網に引っかかりましたよ」
玉座の間に入ってきた頭部の左右にツノを持つ女性が、ふさわしくない陽気な声を上げながら手をひらひらさせつつ玉座の近くまで歩み寄る、その声色や動作からは王に対する敬意のようなものは一切感じられない。
「……ナービスか」
魔王と呼ばれた男は体制を変えず薄く目を開けると呟くように口を開く、こちらもあまり人と話すような態度ではないのだが、ナービスと呼ばれた女性は少しも気にする風もなく言葉を続ける。
「いやー、大変でしたねー、全世界をサーチするともなると流石に魂を対象にするしかないですからね、遂に見つけたって感じですよー」
あははと笑うも男は全く反応を返さず、良いから早く先を伝えろと言わんばかりの圧を感じて、ナービスは一息吐いて気持ちを落ち着ける。
「見つけた魔王はヘルベティアって名乗ってましたねぇ、転生かな、人間の女の子みたいでしたよ」
「ヘルベティア? ヘルベティア……ヘルベティア、ああ、ヘルベティア・ルイングラッハ、《穏健派》か。実力が分からんな、闘れそうか?」
「それが、うちが見た記憶だと何かする前に消えちゃってまして、突然ふっと。あのタイミングだとテレポートする意味はないし、何をしたのやら。それと、ちょっと気になる子がいまして」
「気になる子?」
「そのヘルベティアってのと双子みたいに瓜二つだったんですけどぉ、黒い髪と紅い瞳の――」
瞬間、男の目が開いて言葉を遮るほどの射殺すような視線がナービスを貫く。その今までのどのような態度でも許される雰囲気ではなくなったことに驚いていると、魔王は強い警戒心を持った声色で尋ねた。
「黒い髪と、紅い瞳? 転生したヘルベティアと瓜二つ、女性か」
男の態度と声色に若干の恐怖を感じつつ、ナービスは急いで姿勢と言葉を正す。
「は、はい。まだ成人していないと思われる程度の女の子です」
「刀は持っていたか? 赤い、血に濡れたような刀身を持つものだ」
「刀? いや、武器は何も持っておらず、格闘戦を得意とするようでした」
「……ふむ、であれば、関係は無いか」
魔王が何か思案するように視線を動かして肘掛にまた体重をかけると、息苦しささえ覚えるほどの張りつめるような威圧感がかき消えたので、ナービスは安堵から思わず「ふう」と息を吐く。
「引き続き《魔王》が存在しないか網を張っておけ。それと、可能な範囲で構わん、後ほど俺にも映像で情報を送れ、同時に情報の詳細も教えろ」
「はい、わかりました」
ナービスが退室し、再び魔王は瞳を閉じる。だが最初のような気怠げな雰囲気ではなく、思案するかのような空気が感じられる。
「漸く見つけた魔王はかつて穏健派で戦闘力は未知数……か。さて、どうしたものか」
玉座の間に魔王の呟きだけが響き渡り、一拍おいて再び静寂を取り戻した。
◇――――――
かくかくしかじか。
エレスベルの三人娘と私の四人で入ったレストランで、雑談程度に留めつつ私は近況を伝えた。席順は、私、私の隣にカナ、正面にレティ、レティの隣にフェリシーだね。
私の幼馴染だった子がここまでやって来た事や、そう遠くないうちに私たちも街を出る予定だと伝えると、三人とも少しだけ残念そうな顔を浮かべた。
「そっか、トートちゃんそっちでパーティ組むんだね」
「ん、けっきょく、ぱーてぃくめなくて、ごめん」
「無理に誘っていたのは私たちだし、気にしなくて良いわよ」
レティたちは今の三人から数を増やしたりする気もないようで、私がパーティを組むと言っても『なら一緒にうちに入れば?』といった勧誘まではしてこなかった。冒険者ランクの方は、私の方も私がパーティを組むと言っている以上最終的には全員Aランクになるんだろうなとは思っていると思うけど、そもそも人が増えるとそれだけ身動きが取りにくくなるし、その判断は間違ってはいないと思う。
別にパーティ人数に制限など無いのだけれど、そもそもヘルベティアの声の問題もあって、私はルーティとリッカちゃん以外の人とパーティを組むのは難しい気がする。仲が良いとはいっても、死の危険に晒されていない人にキスをしてアンデッド化するのは論外だしね。
「でもでも、トートちゃんも街を出るなら、別の場所でばったり会うかもね」
「会うかしらね、世界はそんなに狭いものでもないと思うのだけれど……」
「まー、Aランクなら有名人だからねえ、会いたくなったらーちょっと情報集めればあ、どこに居るかすぐにわかるかもねえ」
「まだ、えーらんく、じゃないけど」
「トートちゃんならすぐでしょ」
「それでなくとも、既に有名よ? ね、《赤目》のトートちゃん」
「う、そのよびかた、やめて」
「嫌だった?」
「いやというか、らんくひくいのに、そういわれるのは、ちょっと……」
私は小さくなりながら考える、こういった二つ名って別の国とかでもみんな知っているものなのだろうか、と。
色んな国を行ったり来たりしてるっぽいヴィルジリオさんとかエトワールさんとかなら分かる気もするけど、例えばレティたち《エレスベルの三人娘》とか、完全に活動は国内限定だし、国外では有名になりそうにないけどなあ。
なんて次第に思考が逸れて行き、最終的にぽけーっと考えていると、斜め前に座るフェリシーが不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたの?」
「そんなに、ゆうめいなのかな、って」
「私たちだって、『エレスベルの』三人娘って言われてるでしょう? どっか遠くに行くでもないのにそうやってわざわざ国の名前を入れるくらいなんだから、外国でもそこそこ有名なのよ、多分ね。だから、それなりに腕の立つ冒険者は知られていると思うわよ」
言葉足らずの私の問いに、レティがちょっとドヤ顔になって教えてくれる。
確かに考えれみればそうかもしれない、と、言うかそうでなければ私が困る事になるのか。
この国ではアンデッドが発生しにくく、上級の冒険者でなければ出会うことすらない事も多々あるみたいだし、私の赤い目を見て即座に逃げたり襲いかかったりしてくるような人は居ないけれど、別の国だと私を見て即座に敵対反応をしてくる人とか居るかも知れないもんね。
ならば、外国にまで赤目で認識してもらっておけば、ある程度のいざこざは避けられるかも知れないな、なんて思う。
「それで、トートちゃんはいつ街を出るつもり?」
再び思考の沼にはまっていた私は、レティの声で浮上する。とは言っても、リッカちゃんとルーティのランクがいつCになるかという所なので、私にも詳しいところは分からない。準備はしてあるから、二人の準備が整い次第すぐに出て行ける状態ではあるんだけどね。
「うーん、わかんない、みてい」
「そう、私たちはあと一週間くらいで出るつもりだから、今日会えて良かったわ」
「そっか、きてくれて、よかった」
にっこりと微笑む。私は今ギルドに顔を出してもする事がないから行く事はないし、本当にうちまで来てくれて良かったね、気づいたらもう街に居なかった、なんて事になったら少し寂しさを感じる所だった。
「トートちゃん、やっぱり一緒に行きましょう」
「え」
グッと両手を握って真剣な表情をしているレティは鼻息が荒くて、思わず身を引いてしまう。横目でフェリシーを眺めるとこちらも同じ顔をしていた。
「っと、ごめんなさいね、笑顔があまりにも可愛かったものだから」
私の反応を見てか分からないけど、自分の失態に気付きつつも胸の辺りを抑えながら荒い息を繰り返しているレティを見ると、何故だかとても彼女たちの旅路が不安になる。大丈夫かなあ。
その後はお別れ会的な意味も兼ねて、しばらく四人でお喋りしてから解散した。
冒険者なんて職業をしている以上次にいつ会えるのか分からないけど、年齢が近いからかレティたちは友達って気持ちが強いし、遠くないうちにまた会いたいね。




