71話 よくわからんやつ。
……全っ然何を言ってるのか分からんかった。
元の世界でとても有名なファンタジーなゲームでもちょこちょこネタにされていたのを知っているけど、専門用語の羅列というのはそれだけで理解力を大きく削ぐのだなと痛感する内容の会話だった。
私に指示を出していたヘルベティアは、途中から「もう私が言葉にする通りに話せ」とため息混じりに言うし、コスタラータさんも私のことは知らんとばかりにヘルベティアにしか分からないような喋り方ばかりするし。
私も話についていこうとしたのは最初の方だけですぐに匙を投げてしまったのだけれど、理解できたのはヘルベティアが転生してコスタラータさんに見つかるまで、つまり今の時点でヘルベティアの転生前から五十二年経っているらしい、ずいぶん長い時間だ。
(そんなに時間が経ってるって、魔族の人たちは長生きなのかな。確かコスタラータさんもヘルベティアに仕えていたの四つの王のうちの《知略の王》の家臣なんだっけ、見た目は若い女の子にしか見えないけど、結構な年齢なのかな)
と、考え出しちゃったことによって難しい話を理解しようとする基盤がなかったことも原因だけど。
「それでは、わたくしはこの辺りでお暇いたします」
「うん、ばいばい」
椅子から立ち上がったコスタラータさんは、丁寧に椅子を戻して頭巾を被り直し、口元を隠すマスクを上げると、思い出したように私を見て告げた。
「現在、魔王は積極的に人間と戦ってはおりません、弄ぶようにじわじわと侵攻を進めているような状態です。ですが勢力的には決してその程度で止まるようなものではなく、何かしらの原因で突然活動が活発になる可能性もあります、くれぐれもご注意を」
「わかった、ありがと」
『自ら停戦協定を破っておいて積極的に戦わぬだと? 一体何を考えておる……勇者でも炙り出そうとしておるのか?』
唸りながら口元に手をやり考え出してしまったヘルベティアを横目にコスタラータさんに手を振ると、彼女は元からそこに存在しなかったかのように消えてしまった。
「おんみつ、ってかんじだ」
『あの知略の王、ワルプルギスの奴が唯一の部下として手元においておるのだ、さぞかし有能なのだろう』
私の呟きにヘルベティアが答える。独り言のつもりだったのだけれど、答えられるとワルプルギスなる人物が気になる。
私はコスタラータさんの使っていたカップを手に取ると、キッチンで軽く洗いながら尋ねた。
「わるぷるぎすって、どんなひとなの?」
ヘルベティアはその問いに『ふむ』と声を出すと、腕を組んで眉根を寄せた。
『一言で言うなれば、よく分からん奴、だな』
「よくわからんやつ……」
魔王として直属の部下の事が分かっていないのは流石にどうなの、といった具合にジト目でヘルベティアを眺めると、ヘルベティアも口をへの字に曲げて、ふんと鼻を鳴らした。
『彼奴は他の王と違い、ずっと魔王に付いている特別な王じゃ。妾も彼奴がいつの代からおるのか知らんし、当然年齢も知らん。自ら積極的に行動を起こすような奴ではないし、自分が必要ないと感じればわざわざ周りと合わせるような奴でもない』
「それで、よくまおうのしたにいられるね」
『まあ、命令は確実にこなすし文句も言わん。そもそも、目付役のような奴であるから強く出ることもできぬでな。しかし、彼奴がまともに戦闘している所を見たことはなくてな、王の座に就いているのだからそれなりの力はあるのだと思うが』
「へえ」
つまり、よく分からん人だと。なるほど、よく分かった。
でも、魔王にずっと付いてるって事は今の魔王の下にも付いているのだろうか。
今の魔王は好戦的みたいだけど、ヘルベティアみたいな停戦協定を結ぶような魔王だったり今の魔王だったりと様々なタイプの魔王に付いて、特別人間寄りなわけではないのだろうか。
『妾が教えられるのはこれくらいじゃ、妾の前任であるエル・ドニスの時代から当たり前のようにおったようであるから、少なくとも百三十年以上は知略の王として君臨しておるはずだな』
「それは、ながいね」
うむ、と大きく頷いたヘルベティアは、壁にかかった時計を見てから私の方へ向き直る。時計はお昼を少しだけ過ぎた時間を指していた。
『それより、だいぶ時間がかかってしまったようじゃな』
「ん、ひまだから、だいじょぶ」
『なら良いが』
今やらないといけないのはリッカちゃんとルーティがCランクに到達した後すぐに旅立てるようにするための準備なのだけれど、必要なものも少ないのでその準備も言うほど忙しいものではない。もう殆ど終わっているくらいだ。
お腹も空いてきたし、何食べようかなと野菜や肉の鮮度を保つことのできる効果を持つ魔力の篭った箱(要するに冷蔵庫みたいなもの)を開けて料理の材料を確認する。
「うーん、これといって」
しかし、箱の中にはあまり今の気分に合う食材は入っておらず、私はどうしたものかと首をひねった。
「れすとらん、いこうかな」
リッカちゃんもルーティもまだまだ帰っては来ないだろう、依頼内容次第では今日は帰って来ないかもしれないし。なんて思いながらパタンと箱を閉めて、キッチンからお出かけ用のショルダーポーチを取りに自分の部屋へ向かうタイミングで、ドアがコンコンとノックされた。
「あれ、だれだろ。はーい」
玄関のドアを開けると、レティ、カナ、フェリシーの三人パーティである、通称エレスベルの三人娘が立っていた。
「こんにちは、最近トートちゃんをギルドで見かけないから、挨拶する機会が無くなる前に来ないとと思ったの、押しかけちゃってごめんなさいね」
レティが少しだけ寂しそうな笑みを浮かべながら口を開き、小さく手を振った。
私は突然過ぎたその言葉に一瞬だけクエスチョンマークを浮かべてから、『挨拶する機会が無くなる前に』なんてどこかへ行ってしまうような言葉に驚いた。
確かに三人娘とは親交があったけれど、彼女が言うように私は最近ギルドに顔を出していないし、リッカちゃんやルーティと一緒に旅に出ようとしていることはバニルミルトさんや一部の騎士団員しか知らない情報のはずなので、私たちのことではないはずだ。
「え、れてぃたち、どこかいっちゃうの?」
「そーそー、あたしはほら、面倒だからやだーって言ったんだけどさあ」
久しぶりに聞いたカナのやる気のない声に苦笑すると、レティが振り向いてチョップを決める。なんだか懐かしいやりとりだな、なんて思っていると、フェリシーが一歩前に歩み出た。
「ぼくたちも他の冒険者みたいに、しばらくいろんな国を回ってみようかなって、レティとカナと話したんだ」
「今はこの辺り色々と大変でしょう? 騎士団の人たちが動くことが多いみたいで、意外にもAランクに相当する依頼が全く無いのよ。それなら、と思ってね」
「そっか、さみしくなるね」
「トートちゃんはどうしたの? 最近ギルドに顔出さないのは何か理由があるの?」
「えっと、うーん、はなしちゃっていいのかな」
首をかしげるフェリシーに私も悩みながら呟く。言ってまずいことは無いと思うけれど、ちょこちょこ取捨選択しないと何かと面倒臭そうだ。
とりあえず立ち話もなんだし、と家にあげようと考えると同時にお腹が空いていることを思い出した。
「もう、みんなは、おひるたべた?」
尋ねると短く否定の言葉を発しながら首を振る三人。
「トートちゃん居るかどうかも分からなかったし、とりあえず寄ってからお昼は考えようと思っていたのよ」
「そっか、じゃあ、れすとらんいこ」
そこで近況を教えるよと伝えると、レティたちは嬉しそうに顔を綻ばせた。




