68話 冒険者に
「それなら、自分は冒険に出てみたいのであります」
「るーてぃ!?」
自分の部屋からパジャマのまま現れたルーティは赤い瞳が爛々と輝き、血の気が失われて青白くなった肌はまだ色味が薄いものの色を取り戻し始めている。
リッカちゃんが現れた時は死んでしまったという認識があまり無かったから、瞳が赤くてもちょっと雰囲気が違うなと思う程度で気にならなかったけど、ルーティは目の前で明らかな致命傷だったから『ああ、アンデッドって本当に目が赤くなるんだな』なんて考えてしまう。
机のそばまで歩いて来たルーティはバニルミルトに「こんな姿で失礼します」と敬礼をしてから席に着こうとして首を傾げた。
「おや、声は四人だったと思うのでありますが、三人でありましたか?」
首を傾げたまま私たちを見て尋ねる、私のキスを受けたらヘルべティアの声も聞こえるんだもんね、色々聞きたい事は多いだろうけど、話の後でゆっくり説明しよう。
「ん、あとで、せつめいするよ」
「それよりルーティ、こう聞くのもおかしいかも知れませんが、体は大丈夫なのですか?」
「はい、むしろ前より力が溢れてくるのであります、話が聞こえて来ましたが、トート殿が助けてくれたのでありますね、感謝でありますよ」
いつものルーティスマイルを見ると私も安心する、でも一週間も食事も水も無かったのに、ルーティは瘦せこけたりせずに元気な時のままだ。
私は生まれた時から当たり前のように食事は摂っていたし、お腹が空いたり喉が渇いたりもするけれど、もしかすると、実はアンデッドって飲食は必要ないのだろうか。
「それで、ですね、今までは騎士団に、いえ、国に対して不敬となると思って心の奥底に抑え込んでいたのでありますが、自分は街の外を見てみたいと思っているのであります」
「街の外、ですか。冒険者になりたいと?」
「はい、団長殿、騎士団に戻れないのであれば、自分はトート殿と一緒に冒険者をやりたいのであります」
『トート殿と一緒に』の部分で、隣からミシィッと凄まじい力で拳を握る音が聞こえてきた。リッカちゃん、怖すぎるからやめて欲しい。
「と、言っておりますが?」
拳を握る音に気を取られていると、バニルミルトさんが私に話を振ってくる、私の答えなんて分かっているくせに。
「いいよ、ぱーてぃ、くもう」
私が答えると、流石に堪え切れなくなったのかリッカちゃんも勢い良く立ち上がる。
「トートちゃん、私も!」
「う、うん、でもふたりとも、さきにぼうけんしゃとうろく、してからね」
「トート殿、この方は?」
勢いに驚きつつ、ルーティはリッカちゃんを見てから私に尋ねる、私と同じで目が赤いし、気になる存在だよね。
「りっかちゃんだよ、わたしのおさななじみ」
「おお、村でのお友達でありますか。トート殿から聞いた事があります、自分はルーティと申します、よろしく頼むでありますよ」
「……よろしくね」
ルーティはにっこり笑って握手を求める、リッカちゃんもルーティスマイルを受けて毒気を抜かれたらしい、ちょっと複雑そうな顔のまま握手を交わしていた。
ルーティはそれで満足したようだけど、忘れられていたバニルミルトさんが咳払いをする。
「あわわ、失礼したのであります」
「いえ、話を振ったのは僕ですからお気になさらず。しかし、そうですね、トートさんとパーティを組むのであれば最低でもCランクになる必要がありますよ」
「らんくあげるの、てつだうのも、だめ?」
「特に決まりがあるわけではありませんが、推奨は出来ませんね。無理にランクだけ上げても利点は殆どありませんし」
「大丈夫だよトートちゃん、すぐにパーティ組めるようになるから待ってて!」
「ええ、リッカ殿の言う通りであります、自分もあのアンデッドには遅れをとりましたが、次は負けないのであります」
「うん、わかった」
あのレベルのアンデッドは滅多に居ないと思うけどね、でもやる気ならわざわざ言う事もあるまい。
リッカちゃんとルーティは互いに見合って頷いている、思ったより相性が良いかもしれないね。
その様子を見て、バニルミルトさんは真剣な顔で「ところで」と口を開いた。
「急なお話になりますが、今回の事件の事もありトートさんの人となりはよく分かりました。ついては監視員や束縛の必要無しと判断したので、好きなように冒険者として活動できるようになりましたが、トートさんは今後どうします?」
なるほど、アンデッドの襲撃があって住民の私たちに対する目が気になるので、無用な諍いを起こさないためにもしばらく別の国へ行かないかって話か。
私は昔から冒険者ギルドの人たちと話したりして、みんな私がどんな人物かよく分かってるだろうけど、リッカちゃんは全然知らないだろうし、ルーティなんて騎士団の一員としてこの街に住む人なら殆ど知っているだろうしね、いきなり赤い目になっていたらそりゃ怖いか。
それに、元々私はいろんな場所に行きたくて冒険者になったんだし、異論は無いね。
「ん、えれすべる、でる、てきとうに、たびしたい」
「話が早くて助かります、お二人のランクが上がるまでは対策用の魔道具をお貸ししますので、それを使って冒険者ギルドに向かうようにしてください」
「はっ!」
ピッ、と座ったまま姿勢を正したルーティにバニルミルトは微笑む、なんだか少し寂しそうだ。
「もう、上司と部下の関係では無いのでそう畏まらなくて平気ですよ、今までお疲れ様でした」
「団長殿……」
「ああでも、困ったら頼ってくださいね。それと、第三隊の方々が感謝をしていました、ルーティのお陰で生きていられた、と」
「全員無事だったのでありますか?」
「ええ、みんな命に別状はありませんでした」
「それは良かったのであります」
「トートさん、第三隊長がルーティに直接お礼を伝えたいとの事でしたが、彼女が目覚めた事を伝えても宜しいでしょうか、ここに来てもらう事になると思いますが」
「め、あかくて、へいきなの?」
「どちらかと言うと、そうなってしまった事に酷く後悔するタイプの方ですね」
「そう……るーてぃがいいなら、いいよ」
「自分はお礼なんてそんな、ですが、自分も最後の挨拶はしたいのであります」
「分かりました、それでは伝えておきましょう」
バニルミルトさんは話を終えると、他にも用事があるからと慌ただしく帰ってしまった。
まあ、確認したい事が大体確認できたから良かったのだろう。
さて、リッカちゃんがうちに来てルーティが目覚めて、バニルミルトさんが魔道具を持って来たら二人の冒険者登録をしてからランク上げか、やっとマリウスの一件が片付いたのに、これからまた忙しくなりそうだね。
結局レブナント伯爵はマリウスに支援を続けていたみたいだね、あの襲撃の直後私の証言だけでなく各地に駐在している騎士さんから色々情報が入ったみたいだけど、崩壊したレブナント伯爵の屋敷からはそれらしき文書が出るわ出るわで大変な事になっているようだ。
そう言えば、デルさんの方はザンバラさんとハノさんに任せているからどうなっているのか分からないけど、以前から国王と連絡を取っていたらしいし、きっとまた爵位を取り戻すのだろう。
ヘルべティアの方も魔石で分身みたいな事が出来るって知る事が出来たし、これからの冒険のどこかでまた高性能な魔石を見つけたらヘルべティアが身体を持つ事も夢じゃ無いのかな。
この辺はしっかり聞いてみないと分からないけどね、あの時は行きたく無いななんて思ったけれど、冒険でサングエスに寄ってみるのも面白いかも知れない、リッカちゃんとルーティがしっかり戦い方を覚えれば、私と三人で凄い戦力になるはずだし。
「トートちゃん、どうしたの?」
私がぼーっとしている事に気づいたのか、リッカちゃんが尋ねてきた、ルーティも首を傾げている。
「ん、いや、ふたりとも、これからもよろしくね」
にっこり笑って返すと、二人も笑顔で応えてくれた。
なんで転生なんてしたのか分からないけど、それが分かる日は来るのだろうか。
分からなくても、私は今まで通り好き勝手やらせてもらうつもりだけどね。
さあ、これからまた忙しくなるけど頑張るぞ。




