6話 馬車からの馬車
「トート、そろそろ行くわよ」
「ん」
十歳の誕生日を過ぎてすぐ、母親に王都まで連れていってもらえることになった。
開国祭と呼ばれるお祭りがあるらしく、この時期は方々から人が集まるそうだ。
この時期限定の出店もたくさんあるようで、私は結構楽しみだったりする。
ちなみに、農作物の関係であまり家を離れていられないようでお父さんはお留守番。
この村は基本的に自給自足で、肉と野菜を交換するとか、ものが欲しい時は物々交換するような場所だったから気にはなっていたけど、どうやら住民は皆そこそこお金を持っているらしい。
王都でまで物々交換でなくて本当に良かった。
「時々商隊の人達が来るでしょ? そこで余った野菜とか家畜とか買っていってもらうのよ」
と、お母さんに教えてもらった。売って得たお金は町で家具や生活用品や趣向品を買うのに使うらしい、うちは私が生まれてからほとんど村を出ることがなかったので、かなりお金を持っているようだ。
家を出てすぐに、お母さんが腰の剣をポンと叩いた。
「この剣を持つのも久しぶりね」
動きやすそうなシャツとズボンの上から心臓部を覆う程度の皮鎧を身に付け、ふふっと嬉しそうに笑っているのを見ると、やっぱりお母さんも旅が好きなのかなと思う。
村の入り口辺りで、商人にお金を払って馬車に乗り込む。村から隣町に向かうこの馬車に乗るのは私たちしかいなかった。
意外だな、お祭りって言うから村の人たちもいくらか乗るかと思ったのに。日程ずらして乗るのかな?
そんなことを考えながらキョロキョロしていると、お母さんが苦笑いした。
「皆はあんまり王都にもお祭りにも興味ないのよ」
なるほど、じゃないとこんな村に住まないか。いや、《こんな村》ってのは失礼かな、この世界では私はこの村しか知らないわけだし。
馬車に乗って少しした頃、お母さんが嬉しそうに口を開いた。
「王都に行くのは久しぶりだから楽しみだわ」
「おかあさん、おうとにいたの?」
「ええ、お父さんと結婚する前だけどね。昔は冒険者だったのよ」
「おとうさんと、いっしょ?」
「そうね、お父さんも昔は冒険者だったわよ」
「おうとから、おひっこし?」
「ふふっ、色々あったのよ」
はぐらかされてしまった。でも、よくうちに遊びに来てお茶を飲みながら談笑しているバルバラさんを見ると、私とリッカちゃんみたいな関係だってよく判る。時々小さい頃の話とか出るし。
きっと、何かのきっかけで村を飛び出したお母さんがお父さんと出会って、結局落ち着ける今の村に戻ってきたとかそういう感じなのかな。
休憩を挟みつつ、二日間も馬車に揺られていると沢山の建物が見えてきた、やっと隣町に着いたらしい。
商隊、と言うほどだからもっと各地をぐるぐる回っている行商人の集まりなのかなと思っていたけれど、隣町と周辺の村を往復するだけの小規模なものみたいだ。
「今日はこの町の宿に泊まって、また明日も馬車に乗るわよ。王都はだいたい八日後かしら」
「いどう、ながいね」
「そうね、ちょっと距離あるから……馬車は辛い? 大丈夫?」
「だいじょぶ、よゆう」
そう言って、いえーいとばかりにピースサインを作る。
でも言われれば確かに馬車の揺れはずいぶん激しかったし、慣れてない人が乗ると筋肉痛になったりするんだろうな。
町の宿を確保したので、次に私は町が気になる。この後王都が待っているが、なにせ人口の多い場所に初めて来たのだ。
「まち、みてきていい?」
「トートは元気ね、私が初めて馬車に乗った時はすぐさま宿でダウンだったわよ」
まあ、身体能力関係はチートだしね。
それより私は初めての町を見て回りたいのだ。できれば酒場なんかに赴いてこの世界の荒くれ者を見たいけど、年齢的に諦めざるを得ないだろう。
子供が酒場に入ってきても、お店的には多分迷惑だし。
お母さんは私の問いに、少し悩んでから頷いた。
「まあ、いいか、行きましょう。手を繋いで、離れないようにね」
「ん」
私一人で行くつもりだったけど、お母さんも付いて来るようだ。
こういう世界だとやっぱり人さらいとか多いのかな? いやでも、単純に村より大きい場所は初めてだから、私が迷子にならないように付いてきてくれる可能性もあるか。
小一時間町を歩き回ったけど、特にめぼしいものは見つからず。
可愛い小物なんかが売っているお店も見つけたけど、荷物が増えることを考えると特に欲しいと思わなかった。
王都で良いものが見つからなかったら、帰りにここでリッカちゃんにお土産を買ってあげようかな。
大通りに戻った所で、私はお母さんに伝える。
「まんぞく」
「そう? じゃあ戻りましょ」
宿に戻ると、キッチンからいい匂いがしてくる。もう夕飯時だね。
今回泊まった宿は宿泊費に夕飯、朝食代込みだそうで、一階がレストランのようになっているので基本的に宿泊者はそこで食べるらしい。
考えてみれば、転生してから初めての外食だったりする。
自分の舌が合っているのか、はたまた異世界だからなのか、村で食べていた料理はとても美味しいものが多かった。
なので、外食はとても楽しみである。外食ボーナスで美味しさ三倍だ。
「ふう」
「ふふ、いっぱい食べたわね」
出てきた料理はチキンソテーとサラダだった。
トウガラシを少し使って、ピリッと心地よい辛さのそれはぱくぱく私の口の中に入り、私の食べっぷりに気を良くしたおかみさんがリンゴのデザートまで追加してくれた。
美味しかったからつい食べ過ぎてしまった感がある。
膨れたお腹に満足しつつ、ベッドの上でゴロゴロしているとお母さんが呆れたような声を出した。
「もう、ほら、早く歯を磨いてきなさい」
「うん」
「明日はまた馬車に乗るから、今日は早く寝るわよ」
「わかった」
次の日は、七時に起きて朝食を食べるとすぐ乗り合い所に向かう。
王都まではまた結構距離があるらしく、道中の安全性も考慮して午前の一便しか出ていないらしい。
「おや、お嬢ちゃんも乗るのか、大丈夫かい?」
乗り込もうとすると、突然声をかけられた。声の主はいかにも冒険者って感じの端が擦り切れたマントに皮の軽鎧を身につけて、両方の腰に剣を一本ずつ差した、ベリーショートの髪型の女性だった。
この辺では見ない、青色の髪と緑色の目をしている。
「ん、だいじょぶ」
とりあえず私も答えてピースサインをしておく。それを見て、冒険者風の女性は面白そうに笑った。
「いいねえ、強い子だね、オレはザンバラ。ザンバラ・キュリエスクリーブ、んで、こっちが相棒のハノ、この馬車の護衛だ。よろしくな」
「ハノーティ・フラピスと申します、ハノとお呼びくださいな」
ザンバラさんに親指で差された人は、金色のロングヘアーを首のあたりでゆるいお団子にした、糸目の大人しそうな、なんというか文字通り聖職者という雰囲気の女性だった。
服装も特に防具らしいものは身に着けておらず、クリーム色のローブのような服を着ている。肩に水色のストールが巻いてあるのはおしゃれポイントなのだろうか。
「わたし、とーと」
私が名乗ると、お母さんも短く挨拶をする。
馬車には私たちを含めて八人乗ったけど、思ったより内部は広くてゆったり座れる。ぎゅうぎゅうでなくて良かった。
私はザンバラさんに馬車の角に座らされる。
「ここなら疲れにくいぞ、なあに遠慮すんなって、王都まで時間かかるからな」
だ、そうだ。身体能力の関係で私はあんまり困ってないのだけれど、見た目は小さな女の子だし、私の他に子供はいないので好意として受け取っておく。
「娘のために、ありがとうございます」
「良いって良いって、オレたちが護衛をしてる間はできるだけ快適に旅して欲しいからな。旅は楽しいモンだぜ」
「ありがと」
なんだか随分良い人ーって感じの護衛さんだ。ザンバラさんは話すのも好きらしく、ハノさんは気遣ってくれるらしく、退屈そうにしているとちょこちょこ私に話しかけてくれる。
これは王都まで退屈せずに済みそうだ。