66話 貫く
床を砕く勢いで駆け出してアンデッドの後ろ側へ回り込もうとしたけれど、流石に回り込ませてはくれないね、すごい反応速度で振り向いてくる。
「オ……オウ……」
「おおう……」
さっきからこのアンデッド、何か喋っているようなうめき声を発してるんだよね、動きも速くてかなり強いし、あのジャイアントのアンデッドみたいに作られたアンデッドなんだろうか。
『反応速度が早いな』
「こまるね、まわりこめない」
左右の腕で構えて殴りかかろうとするアンデッドに対し、私も拳を握って応える、とにかく隙を見つけないと延々と打撃戦をする事になりそうだ。
四本の腕を巧みに操って殴りかかってくる拳を払いのけたり蹴り返したりして避ける、思ったより回避は楽なんだけど、四本の腕ともなると攻撃の感覚がとても短くて隙を見つけるのはとても難しい。
思いっきり振りかぶったパンチを避けるが、逆の手で針を飛ばしてくるので迂闊に近寄れない、針は速度こそ見切れる程度なものの、私の防御力でも貫かれるだろうなって予感がある。
今まで出会ったモンスターの中ではかなり強い方だから、きっと間違ってはいないだろう。
ん、貫かれる?
地面に刺さっている針を抜き取って再び接近戦に持ち込む、拳をかいくぐって右の肩部に向かって叩きつけるように針を刺し、拳を強く弾いてよろめかせると刺した針を思いっきり殴りつけた。
一発で奥まで差し込まれた針は周囲にもダメージを与えて骨にヒビが入る、よし、狙った通りだ。
ヒビはそれなりに大きくて、針が邪魔をしているのかあからさまにアンデッドの腕の動きが悪くなる、これならば反応速度関係無しに後ろに回り込めるかも。
動きの悪くなった右腕の攻撃を転がって避け、背中側に回るとすぐに立ち上がって振り向き、アンデッドの胴体をがっしり掴んだ。
「おりゃー、くらえ!」
そのまま真上に持ち上げてバックドロップを決める。いつだったかザスカーさんに決めたような緩いものじゃなくて、頭を地面に突き刺す勢いの威力でだ。
ゴッ、と痛々しい音がして一瞬沈黙するが、首が変な角度に曲がっているにもかかわらずアンデッドは腕を動かして立ち上がろうとする。
「まだまだ!」
私はごろんと横に回転してから再び後ろに回り込むと、起き上がっている途中のアンデッドの脇の下辺りに手を入れて二度目のバックドロップをして、おそらくこれでも倒せないだろうと考えた私は沈黙している隙にまたしても後ろに回り込んで、錐揉み回転をかけながら真上に放り投げた。
直後私も飛び上がる、そう、よくバトルマンガで投げキャラがやるあれだ、バックドロップをしているうちに楽しくなってきてしまったのはないしょ。
……なんだけど、空中で掴んで相手を逆さにして落とす、ってすごく難しい事に気付いてしまった、両足は掴んだものの、こいつ凄い動くし。
「どりゃー!」
もう諦めて、掴んだ両足を振り下ろしてただただ地面に叩きつける事にした。
爆発音のような凄まじい音がして床に穴が空く、どうやらここは二階だか三階だったか上の方だったみたいだね、赤い豪華なカーペットは破け、その下の石造りの床には大穴が空いて下の階が見えている。
叩きつけたアンデッドがまだ動き出したら、両足を掴んだままだし更に振り回してやろうと思っていたけれど、右腕はもげて身体はヒビだらけで、頭も砕けて完全に沈黙をしている、もう動かないかな。
『言ったのは妾だが、なんというか、信じられんくらいの力技だな。もし妾の側近に居たのであれば《力の王》と呼ばれていたかも知らん』
「おう、ねえ」
なんか随分仰々しいなあ、なんて思いながら足から手を離そうと考えた時、私の手に思いっきり針が刺さっているのに気付いた。
針と言うより棘? 私の掴んでいた場所から伸びた細い数本のそれは私の手を貫いてぽっかり穴が空いている。
うへぇ、なんだこれは、痛みが無いから全く気づかなかったけれど、手が痛々しい、ルーティにキスして血がべったりのまま来たから自分の血にも気付かなかったのかな。
細い針がいくつかなのであまりドバドバ血が出ているわけでも無いし目立たないっちゃ目立たないんだけど、これちゃんと治ってくれるのだろうか。
気付いたらチクチク痛み出したし、許せん。
足の棘から手を引き剥がしてからトドメとばかりに胴体を叩いて砕いていると、少し離れた場所からバニルミルトさんの声がした。
「トートさん、そちらにマリウスが! 出来た穴から逃げるつもりです!」
頭を上げると確かにマリウスが猛スピードで向かって来ている、囲まれている今の状況で私とバニルミルトさんから逃げる術はこれしか無いと踏んだか。
「にがさない」
「赤い瞳の、邪魔だよ!」
銀に煌めく短剣をすぐ振れるように姿勢を低く構えつつ走り寄る、兵士さんたちも穴への道を塞ぐように駆け寄って来ているけど、いかんせん速さが足りないので私を一瞬で突破されたら逃げられてしまうだろう。
私はマリウスの足に集中して、動きの先を注視しようと試みる。
この後私を無視して行くのか、私に攻撃を加えてから行くのか、無視するなら右か左か、きっと一歩でも先に進まれたら、反転して走らないといけない私は追いつけないだろう。
違う、そうか!
私は一瞬で道具袋から鉄の玉を取り出して左の手のひらに乗せ右手で弾く、当たればダメージ、避ければ速度を落とせる攻撃技だ。
「くっ!」
両腕を交差させて顔を守るようにガードしながら突撃しようとしたマリウスは、腕に大きなダメージを受けたのか強く顔を歪める。
自分の走る速度が私の弾丸にそのまま乗ってるんだから、学者なら当たったらまずいってすぐ分かりそうなものだけど、それでも無理にでも走らないと突破できないと感じているのか。
それならば好都合だと矢継ぎ早に玉を取り出しては弾くが、それでもマリウスは止まらずに私に近寄る、追いかけて来ているバニルミルトさんはしっかり射線上に入らないようにしてくれているから、突然マリウスが回避行動を取っても平気なんだけど、とにかく一度はマリウスを止めないとバニルミルトさんが追いつけそうに無い。
私との距離がもう五歩くらいになった時、バニルミルトさんは足を止めて高速の詠唱を始めた、私を信じているようだ、それに応えるべく私も最初にやろうと思っていたようにマリウスの足を注視する。
一歩、二歩、左右どちらに動く気配もない。
『短剣を投げるぞ!』
「わわっ」
投げナイフの要領で投げた短剣をギリギリ回避し――なーんて。
私の弾丸を食らって尚手に持ったままだったあの短剣は絶対投げると思い、そのタイミングを待っていたのだ、振り抜いて体勢が一瞬固まるその瞬間を。
私が焦って避けたように見えたのだろうマリウスは私の避けた方向とは逆に足を向けるが、それを読んでいた私はその出来た隙にパンチを入れた。
「ぐっ!」
思いっきり綺麗にパンチが入ったマリウスは吹き飛んで肩から落ち、ぐるんと飛び上がって着地するが、そこにバニルミルトさんの青い光の鞭が巻きついた。
「しまっ――」
「最初に言ったでしょう、『貴女に勝ちの目は無い』と」
鞭にぐるぐる巻きにされたマリウスは抜け出そうともがいているが、鞭は全く切れたり緩んだりする気配がない。
これはえぐいね、バニルミルトさんと戦ってた時にヘルべティアが教えてくれてなかったら、私もこれ食らってたのか。
「クソッ! 離せ!」
「本来ならば牢に捕らえるものですが、この場でモンスターとして処理させてもらった方が良さそうですね」
「なんだと、情報はいらないのかい? 私を殺せば一緒に闇に葬られるよ」
挑発的に訊ねるマリウスに、バニルミルトは大きくため息を吐いた。
「どうせ貴女は語らない、貴女を牢に送るのは危険が過ぎます」
「きみの独断で決めて良いのかい? おい、やめろ、離せ!」
これ以上話していても仕方ないとばかりにバニルミルトは数歩離れると詠唱を開始した。
ヘルべティアの時に見たような凄まじい魔法陣は現れず、ただ声が反響して響くように聞こえてくるだけだ。
『精霊よ、その強大な力をお貸しください、ごく小さな消滅を齎したいのです、その光による消滅を。《フォトン・イグニッション》』
バニルミルトさんが魔法を唱えると、喚き立てるマリウスが強く輝き、光が収まると既にその場には存在しなかった。
なんとなくこの魔法はバニルミルトさんの魔法って響きだったけど、魔法の詠唱って人によって違ったりするのだろうか。
それにしても、これで取り敢えず一件落着なのだろうか、ヘルべティアの街に入る前に撃った魔法のおかげで外のアンデッドは殆ど消滅したようだし、街に残っているアンデッドを倒してしまえばこの騒ぎも収まるだろう。
マリウスを消滅させてしまったのは良かったのか悪かったのかバニルミルトさんにしか分からないけど、そのバニルミルトさんが判断したんだからきっと良かったんだね。
「トートさん、僕は一度戻り国王陛下に終わった事をお伝えして来ますが、トートさんはどうしますか?」
「ん、わたし、のこりのあんでっど、たおしてくる」
「分かりました、お願いします、それではまた後で会いましょう」
ばいばーいと手を振って、私はあの骨のアンデッドが入って来た窓に飛び移り外へ出た。
残っているのは弱いのばっかりみたいだし、レティたち冒険者も強いから私が出る幕は無いかな。




