62話 レクイエム
時刻はトートたちがアリエスに到着する二時間ほど前にまで遡る。
平民街の壁が壊されてアンデッドが侵入したという知らせは騎士団を通して即座に国王に伝わり、国王カルネリウスは住民の避難先に王城のホールを指定し、騎士団に住民の避難を手伝うよう指示をした。
「我々はここでアンデッドの進行を食い止める、他の隊が住民の避難を完了させるまでの辛抱だ、気合いを入れろ!」
「「おおっ!」」
ルーティ含む第三隊隊員たちは第三隊隊長エリュゲートの呼びかけに応えて、再びしっかりと武器を構える。
自分たちの後ろで住民の護送が開始される中、壊れた壁はだんだん広がり多数のアンデッドが入り込むようになるが、流石は騎士団メンバーと言うべきか、苦戦しつつも見事な連携を駆使して辛うじてアンデッドを食い止める。
「この住人でここは最後です!」
「了解した、それでは我々も下がりながら応戦をする、負傷した者は今のうちに応急手当てを済ませておけ」
「ハッ!」
避難を続けている団員が叫び、エリュゲートが状況を見て周囲に伝えた、この調子ならこちらに大きな被害はなく戦闘を続ける事ができるはずだと考える。
しかしそれから少しした頃に近づいて来た大蛇のような尾と四本の腕を持つ真っ白い鎧のような骨を持つアンデッドを見て、エリュゲートの表情は険しくなった。
あれは明らかに今までのアンデッドとは格が違う、あんなアンデッドは初めて見る、と。
「気をつけろ、あの白いアンデッド、明らかにAランク以上のモンスターだ!」
エリュゲートは叫ぶと、他の隊員では荷が重いと感じてアンデッドの前に躍り出た。それが最大の判断ミスだと気付かずに。
例えば、ここで《戦い》にさえなればまた状況は変わったのかも知れないし、例えば、エリュゲートが前に出ず即座に応援を呼んでいればまた変わったかも知れない。
だが、彼女は真っ白いアンデッド、レブナントの前に出てしまった。
「危ない!」
時間にしたらコンマ数秒の事、エリュゲートが片手剣と盾を構えると同時にレブナントが突然手のひらから射出した小型のナイフ程度の針が眉間に突き刺さるかと言った所で、横から槍が伸びて来て針を弾いた。
「なっ! た、助かっ――」
槍で針を弾いて助けてくれたルーティに対し、感謝の言葉を最後まで言い終える前に恐ろしいほど伸びたレブナントの尻尾がエリュゲートを弾き飛ばす。
ゴッ、と重い鈍器で殴ったような音が鳴り響き、エリュゲートは離れた家の壁に叩きつけられると動かなくなった。
「隊長!? クソッ!」
「隊長! 大丈夫でありますか!」
ルーティはすぐさまエリュゲートの元へ駆け寄り、別の隊員は即座にレブナントに飛びかかるが、空中で大きく振った剣は四本ある腕の一本で簡単に軌道をずらされて空を切った。
「っ!」
剣を振り抜いた体勢のまま、全ての景色がスローモーションで映る中、頭蓋骨の奥にある真っ赤な瞳と目が合って、飛びかかった隊員は死を覚悟した。
「せいっ!」
いざレブナントの腕が宙にある隊員を穿ち貫こうとした時、後ろから別の隊員が袈裟斬りの形で切り込む。
だが、剣はその鎧のような骨に食い込むだけで切り裂くことなど出来ず、攻撃をした隊員は尻尾の先で殴られるように突き飛ばされ、最初に剣を振った隊員は地面に着地すると同時に、四本ある腕のうち一本で殴られて地面に転がった。
そんな中、ルーティは槍の石突を何度も石畳の地面に叩きつけて大きな音を出した。
「こっちに来るであります、バケモノ!」
音に反応して再び射出された針を槍を回転させて弾くと、背を向けて路地に走り出してレブナントの前から姿を消した。
一見不可解なルーティの行動が、レブナントにトドメを刺させないための行動だと気付くと、残りの隊員も慌ててルーティを追いかける。
「応援を呼びましょうか!?」
路地に入った直後に隊員の一人が周りに向かって尋ねるが、その答えを待つ暇もなくレブナントがやって来た。
長く動かし辛そうだった尻尾は可変自在なのかだいぶ短くなり、まさに蛇のような素早さでルーティを追いかけている。
「くっ、予想以上に速いぞ!」
逃げるのは無理だと悟った隊員が剣を抜き、周りに居た三名もそれに続いて剣を抜いて構えレブナントを迎え撃とうと試みるが、レブナントもそれに気付くと手から針を射出した。
「ちっ、だがタネが割れてりゃそんな攻撃当たらねえ……っ!?」
針の標的となった男性はレブナントの手の位置から針の軌道を読んで咄嗟に回避したが、死角から襲い来る尻尾に殴られて道端に倒れ、同様に近くに立っていた隊員たちも一気に尻尾でなぎ倒された。
「っ! こっちに来るであります!」
ルーティは振り向いて再び石突きで石畳を叩きつける。
(エリュゲート隊長同様、尻尾で殴られただけならきっとまだ死んではいないはず、ならば、自分が引きつけて安全を確保するであります!)
まだレブナントの他にアンデッドが無数に居るが、何故かレブナントに付き従うように動いているのをルーティは確認している。
だからこそ、レブナントを延々と自分に引きつけて隊員が倒れている場所から離れなくてはならない、そうルーティは考えた。
襲い来る尻尾を槍で叩き返し、飛んでくる針を小さな動きで回避する。
アリエス王都騎士団の団長バニルミルトは天才であったが、ルーティもまた一つの天才であった。
全ての動きを《観る》天才、ルーティ・エスタ・アリエス。
彼女には相手のあらゆる行動や思考が手に取るように分かる。次にどんな動きをするのか、どの状況においてどんな行動を取りやすいのか、今何を狙っているのか、この動き出しからは何が繰り出されるのか。
そこから導き出した答えを元に槍を振るうと、彼女には決して敵の攻撃が当たる事はない。
ただ一つ欠点があるとするならば――。
ルーティは倒れている隊員たちから離れた場所で槍を構えてレブナントと対峙した。
周囲には他のアンデッドが無数に存在しているが、どれもEランクやDランクモンスターと呼ばれる程度のアンデッドで、動きの鈍さから考えると、ルーティが今気をつけるべきは目の前で圧倒的な存在感を醸し出しているレブナントただ一人である。
死角から飛んできた尻尾を前に走る事で避け、狙いすましていたかのような掌底に槍を突き入れる事で止め、槍を破壊せんとその状態で射出した針を、槍を手のひらに突き刺したまま上に強く跳ね上げて槍を抜く事で無効化した。
「グ……オウニ……」
突然声を出した事にルーティは驚いたが、締め付けようと尻尾をとぐろ状に締めたそれを飛んで避け尻尾の上に降り、尻尾がさらに動き出す前に再び飛んで地面の上に降りると、あの声はただかく乱のために発したものだと勝手に納得する。
レブナントは長くした尻尾を縦横無尽に振り回すものだから、周囲に群がっているアンデッドまで巻き込んで殴り飛ばしている、ルーティはこれをチャンスだと考えた。
槍を回し、振り、叩きつけ、レブナントの猛攻を耐えるルーティ、同時に周囲のアンデッドもレブナントの攻撃を受けて消滅してゆく。
やはりアンデッドだからなのかレブナントの攻撃は単調で、ルーティは既にパターンを完全に把握していた。この体勢からは、この攻撃の後は、こう動いたら。
動きを把握したルーティは、その動体視力で以ってアンデッドの弱点であるはずの頭に眼孔から槍を突き入れた。
ルーティに欠点があるとすれば、実戦経験の少なさと、モンスターに対する知識である。
アンデッドの中には、頭が明確な弱点ではない個体も存在する。例えば首なし騎士と呼ばれるモンスター、頭が既に離れていたり消滅しているため、頭が弱点ではなくなっているものだ。
他にもスケルトンなど、頭の意味をあまり成していないモンスターにその傾向はある。
そして、不運な事に、レブナントはスケルトン側のモンスターだった。
ルーティは胸より少しだけ下に凄まじい痛みを覚えて顔を歪める、まるで何かが突き刺さったかのような、ゾクっとする気持ち悪い痛み。
痛みの原因は何かと下を見て状況を理解した、レブナントの蛇のような尻尾と胴体の丁度付け根になっている部分から長いレイピアの刀身のようなものが飛び出していたのだ。
理解と同時に口から逆流した血が吐き出される、息ができず、体も強張って動かない。
実戦経験が豊富なら必ず気をつける奥の手の可能性を、ルーティは考える事が出来なかった。
大きな音を立てて槍が落ち、ルーティの四肢は力なくダラリと垂れ下がった。




