61話 敵が多い
街の中に入るとかなり広範囲で戦闘が繰り広げられているようで、至る所から金属を打ち合う音や怒声が聞こえてくる。
「こんなに、てき、おおいと、どこにいけばいいのか、わからないね」
「基本的には適当に走って見かけたアンデッドを殴り飛ばしていけば良かろう、妾はお前に付いて行く、好きに動くと良い」
「おっけー」
私たちが壁を飛び越えて入ったのは北区の工業地帯で、いつもは煙突から煙をもくもく出しながら至る所で聞こえていた金属音も今は聞こえてこない。
見回す限り建物に被害はないようなので一安心だけど、このままじゃいつこっちにまで被害が及ぶか分からないって所だね。
さて、どっちに行こうかと考えた所で、さっきからずっと戦闘の音が続いている冒険者街の方へと向かうことに決め、石畳を蹴る。
私とリッカちゃんは普通に走っているけど、ヘルべティアは足を上げるごとに一瞬消えては距離を稼いで足を下ろしている。
テレポートを連続で行なっているような感じなのだろうか、スッ、スッと消えては現れるその移動方法はカッコよくてずるい。
冒険者街に向かう途中にも何度かアンデッドと出会ったけれども、襲ってきた瞬間にワンパンでノックアウトだ、全然敵じゃないね。
門にたどり着くと、冒険者は凄まじい雷鳴に混乱しつつアンデッドと戦っていた。
先程外から見た時は王都の上空にまで黒い雲が覆っていたのだが、雷も雨も見事に門の内側へは入らずに、外に群がるアンデッドたちを撃ち貫いている。
「クソッ、いつ終わるんだこの雷は、気が気じゃねえよ」
「ぼくたちには落ちて来ないから、味方の大魔法だと思うんだけどね……この中にこんなに凄い魔法を使えるような人は居ないし、どうなってるんだろ」
「ふぇりしー!」
全身傷跡だらけの男冒険者の呟きにフェリシーが返している、私が手を上げて近付くと、フェリシーも笑顔で駆け寄って来た。
「トートちゃん! え、トートちゃん?」
近寄ってくると、フェリシーはヘルべティアを見て、こてん、と首を倒した。
私が二人いるからね、当然の反応だと思う。
「妾はトートではない、ヘルべティアと呼べ」
偉そうに胸を張って腕組みしながら、ヘルべティアは口を開くが、当然フェリシーの混乱は続いている。
「う、うん、双子?」
「そこは話すと長くなる、今でなくとも良かろう」
理解はできていないけど、確かに今話す話題ではないよね、と頷くフェリシーをリッカちゃんがジト目で見てるけど、フェリシーは気が弱いからちょっと怯えてるし可哀想だ。
「しょうかいするね、わたしのおさななじみの、りっかちゃんだよ」
「どうも」
「えっと、フェリシーだよ、よろしくね。リッカちゃんも目が赤いんだね」
「ええ」
私がリッカちゃんの後ろに回って伝えると、リッカちゃんはペコリと小さくお辞儀をするのみで、ヘルべティアの時と同じくどうにもよそよそしい。
私はいっつもトートちゃんトートちゃん言って懐いてくるリッカちゃんしか知らないから尚更なんだろうね、村では同じくらいの歳の子は居なかったし、警戒心が先に立っちゃうのかな、できれば仲良くして欲しいんだけど。
でも思い出してみれば、初めて出会った時はバルバラさんの後ろに隠れてたもんね、もともと人見知りが激しいのかな。
「それで、ふぇりしー、これどうなってるの?」
「あ、えっとね」
話を聞くと、なんと私が出て行った日の深夜にアンデッドの襲撃が始まったようで、あまりに数が多かったので最初は弓や遠距離魔法で門の上から狙撃して、防衛寄りの戦いをしていたらしい。
私が出て行った日に襲撃が始まったって事は、出発直前にテレストーンを使って誰かに連絡を入れてたり、時間を稼ぐような進路を取っていたり、依頼に無い、なんて言っていた事から考えると、イードリさんはマリウスに雇われた人だったのかも知れない。
特に最後の『依頼に無い』の言葉、明らかに元々私に害意がある事を示唆しているような狼狽え方だったし、可能性は高そう。
『トートという名のアンデッドのような瞳を持つ少女を、貴族の従者として連れてきて欲しい。王都を出る際には連絡を、また、こちらも色々と(殺害の為の)準備があるので遠回りをしてきてくれ』
といった所だろうか。
しかしそう考えると、完璧な印の入った手紙を送ってきたレブナント伯爵はマリウスと共犯だったという事になる。
道中でけしかけられたあのジャイアント、リッカちゃんが来なければ私はかなりヤバかったし、あれで私を殺して証拠隠滅できると踏んだのだろうか。
同時に王都を攻めているし、繋がりを知られる前に王都を落とす事が出来ればそれで良し、みたいな考え方をしていそうだ。
そもそも、もし王都の方が鎮圧されたとしても、私がジャイアントに殺されていれば依頼の最中にミスって死んだ、みたいな事を言えば良いだけの話だしね。
脱線したけど、ヴィルジリオさんやアルスさんなんかのAランク冒険者がここで一緒に戦っているみたいだね、他には二刀流で短髪の剣士とちょっと怖い神官さんみたいな人の二人組がとても強いって教えてくれたけど、ザンバラさんとハノさんの事だろうか、いつの間に戻ってきたんだろ。
今フェリシーはレティとカナの二人と三人でローテーションを組んで、一人ずつ様子見ついでの休憩中らしい。
それと、アンデッドが平民街に攻め入って、即座に王城のホール部分を避難場所として利用し、住民を誘導してくれと騎士団に命令が下ったようだ。
マリウスは行方知れず、あの馬車でここに来たわけでは無いのだろうか。
ヘルべティアの大魔法に巻き込んで倒してるってシナリオが一番楽だけど、それだと無事に終わった事が確認出来ないから逆に困るのかな。
「こちらは平気そうだな、トート、平民街の方も見に行くとしよう」
「ん、そだね」
フェリシーの話が終わると、多数の冒険者でアンデッドを圧倒している様を見ながらヘルべティアが言った。
アルスさんがうまい具合に戦力を割り振ってくれているようで、だいぶ楽に戦えているみたいだね、今までもずっとやってたのかも知れないけど、さっきから何か叫んでは指差したりして指示を与えている、冒険者より指揮官の方が似合いそうだ。
「じゃあ、へいみんがい、みてくるね、がんばって」
「うん、あっちは騎士団の人たちが住民を避難させるために行ったから、騎士団の人たちがいっぱいいると思う、たまに強いアンデッドも現れるからトートちゃんたちも気をつけて」
「ん、ありがと」
手を振ってフェリシーと別れて平民街へ走る、途中相変わらずアンデッドが襲いかかって来るが、容赦なく殴りつけて倒していく。
長い大通りを抜けると平民街だけど、見慣れた大通りや一戸建ての家が立ち並ぶ路地はアンデッドの死体や血で汚れていて、まるで別の場所に来てしまったかのような錯覚を受ける。
フェリシーはこっちに騎士団の人が来たって言ってたけど、騎士団の人が見当たらないし、いやに静かだ。
「っ!」
「わっ」
路地を進んでいると視界の端に倒れている騎士団員が映り、私の心臓が跳ねると同時にリッカちゃんも小さく驚きの声をあげる。
スッと前に出たヘルべティアはその団員の様子を見て回復魔法を掛けた。
「骨が折れておるが、生きておる。しかしこの状態で放置されておるという事は……これはまずいかも知れん、トート、音を拾え、走るぞ」
「わかった」
聞こえる音はそう遠くない、でも……。
いやな予感に冷や汗を垂らしつつ、私は音の元へ向かうべく走り出した。




