59話 叫び
「やべえ、門が壊れるぞ!」
冒険者や騎士団の人間が集う中、誰かが叫ぶ。
アンデッドが王都アリエスを攻め始めてから三日経ち、防衛に参加している人たちには疲弊の色が見え始めた。
敵の数があまりに多くほとんど攻勢に出られず、いつ終わるか分からない戦いに心なしか士気も下がっている。
そんな中響いた叫び声は、その場にいる全員に動揺を与えるものだった。
入り口の大きな門が凄まじい音を立てて崩れ、大量のアンデッドがその姿を正面から表す。
「先頭の大盾持ち、ブラッディスカルじゃねえか、あんなのまで居るのかよ!」
壊れた門の先から先陣を切って現れたのは、ブラッディスカルと呼ばれる赤香色のスケルトンで、姿がほとんど隠れるほどの巨大な盾、所謂タワーシールドを構えて門を抜ける。
ブラッディスカルは骨という見た目の割に物理攻撃がほぼ通らず、大抵の魔法もある程度無効化するAランクモンスターで、名前が知られているモンスターの中ではかなり出会いたくないモンスターだと言われている。
数人の冒険者が魔法を放ち、更に数人が飛びかかり手に持つ獲物で斬りかかるが、その大部分がタワーシールドで防がれ、当たった攻撃もとてもではないが有効打だと言えるものではない。
「そこをどけ、私がやる」
更に先へ進もうとするブラッディスカルの前にヴィルジリオが立ちふさがり、背中から剣を抜くと、剣は淡く緑色に発光した。
「ゆくぞ、魔法剣!」
石畳を踏み抜き剣を振ると、緑色の軌跡を残してタワーシールドと骨を一刀で両断する、更に返す刀でもう一度振り抜くと、十字の形に軌跡を残してブラッディスカルは崩れ落ちる。
ヴィルジリオは光の消えた魔法剣を背中の鞘に収め、冒険者達の視線を気にせず後ろに下がると、離れた場所で座り込んだ。
倒しづらい相手は倒した、これでしばらくは低ランクでも戦っていられるだろう、と。
《魔法剣》、攻撃したものはどんなに硬くとも、それどころか物理無効だろうと強制切断できる剣である。
だが、自身の魔力を凄まじい勢いで吸収するため数秒しか使えず、使った後は疲労感に包まれるのであまり使う事はない。
またすぐ戦いに参加しなくてはならないだろうが、少しくらいは休ませてくれ、などと考えながら、ヴィルジリオは門の方を眺める。
壊れた門からわらわらとアンデッドが姿を現わすが、どうやらあの場の人間だけで対処できているらしく、慌てている様子はない。
「フェリシー、そっち行ったよー」
「うん、任せて、炎よ、来たれ!」
「こうなっちゃ休憩できないわね、どうにかならないかしら」
レティ、カナ、フェリシーの三人は他の冒険者と共に最前線でアンデッドの進行を食い止める、今の所最初のブラッディスカル以降は弱い相手ばかりなので苦戦する事はないが、アンデッドが際限なく現れるため手を緩める事が出来ない。
二時間ほど門での戦いが続き、数の暴力で全員が少しだけ後退した時、突然アンデッドの動きが止まった。
「即席ですが結界を張りました、低級のアンデッドならばしばらく進行を止められるはずです」
そんな事を言いながら白い衣装に身を包んだ女性、ハノーティが後ろから歩いてくる、その近くにはザンバラとAランク冒険者《最速の男》アルスが居た。
「まさかあんたの言う通り本当に街の中にまで繋がってるとは、あんたそんなナリして本当は偉いやつの身内なのか? それとも裏で依頼を受けるようなヤバイやつなのか?」
「まさか、オレはアンデッドを狩るのが得意なだけの、普通の冒険者だよ」
アルスの質問をザンバラが鼻で笑って返す、三人は外から街に繋がる隠し通路を使って街まで入ってきた、はるか昔ザンバラがデルに教えて貰った通路の一つなのだが、なぜこんな通路があるのかまでは教えてもらっていない。
基本的に騎士団の所属する建物に繋がっているので、大方いざとなった時のための脱出経路なのだろうが。
アルスと不死狩りの二人、ザンバラとハノーティはこことは別の町、トルナリアで出会った。ザンバラの師匠である、デルの滞在している町である。
そこに突然現れたアンデッドの軍勢を倒し、即座に王都アリエスに向かおうとする二人の真剣な表情を見て、「これは何かある」と同行を申し出たのがアルスだった。
結界で前に進めなくなったアンデッドを押しのけて結界に入ってきた数体のアンデッドを見て、アルスが目の色を変える。
「ありゃまずいな、おい、入ってきた奴は強い、自信のある奴数人でかかれ!」
「任せて!」
「あんたら三人とも随分強いな、あの黒いの行けるか?」
「おっけぇー」
真っ先に飛び出してきたレティたち《エレスベルの三人娘》を見て、心強さからアルスの頬が緩む。
見るだけで相手の大まかな力量が分かる特技を持つアルスは、この三人は主戦力のうちの一つだと把握した。
「ふう、おちおち休めんな」
そんな動きを見てヴィルジリオが立ち上がり、再び剣を抜くと結界を抜けたアンデッドめがけて走り出す。
「ハノ、動ける?」
「ええ、もちろん。強力な結界を張れば動けなくなるけれど、この状況じゃ悪手でしょうしね」
自らの実力では、『強力な結界を張る』と言ってもこの門の周囲だけで、とてもではないが王都まるまる包み込む事など出来ず、ここから動けなくなってしまうと別の方向からの攻撃もあり得ると考えたハノーティは、現在の結界を強化する事を取り止め、自ら迎撃する事を選択する。
「じゃあオレらも参戦するかね」
「この国ではあまり知られていない《不死狩り》の名を、あのアンデッド共にしっかり刻みつけてやりましょう」
ザンバラが両方の腰から剣を抜き左右に剣を持ち、ハノーティは片目だけ開くと不敵に笑った。
門に結界が張られてから一時間も経つ頃、平民街の方で動きがあった。
「壁が壊された! イノーラ、至急応援を呼んできてくれ、なだれ込んでくるぞ!」
「了解です!」
結界により門からの進行を諦めたアンデッドが、こぞって別の通り道を探していたのだ。今までも壁を通り抜けられるタイプのアンデッドが現れる事もあったが、多くて数体だったため、対処は楽だった。
壁が壊れ、ぞろぞろやってくるアンデッドを騎士団の第三隊メンバーが斬り捨て、魔法で焼き殺す。
アリエス王都騎士団副団長アンセルの妹である、第三隊隊長のエリュゲート・ウォーベックは、姉に似た勇ましい顔で複雑な笑みを浮かべて、近くで戦うルーティに話しかけた。
「ルーティ、すまんな、初めての実戦だろう?」
「いえ、隊長、自分は騎士団員としてこの街を守るつもりであります。ですので、初めてだとか、実戦だとか、関係ないのであります。自分は《守る》事が得意でありますから」
「ふふ、頼もしいね、でも無茶はしてはいけないよ」
「はい、了解であります!」
槍で敵の攻撃を軽くいなしては押し返し、他の団員がとどめを刺した所で大きく頷くルーティ。
本来、彼女が最も得意とする武器は槍であり、これはルーティの才能を見出した人を褒めるべきだが、彼女が孤児院のモップで遊んでいた所をスカウトされて騎士団に入ったのである。
初めてトートと出会った時は、お祭りの最中で人の往来が激しい事や本格的な戦闘が起きる可能性はほとんど無い事、まだ見習いであった事から、騎士団でよく使われる片手剣を持たされていた。
今回は実戦である事と、彼女が既に『見習い』では無く騎士団員である事、訓練で槍の技術だけ特出している事から、ルーティは槍を持って戦っている。
「恐れるな、敵は低級のアンデッドばかりだ!」
エリュゲートは大きな声で騎士団員を鼓舞すると、「おおっ!」と全員の声が一つになり地面を揺らした。
迫り来るアンデッドの奥に、誰も見た事のない、白く四本の腕を持ち大蛇のような尾を持つモンスターが存在している事に、この時はまだ誰も気付いていなかった。




