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5話 ちゅーと王都。

 リッカちゃんの家に向かうと、バルバラさんが出迎えてくれた。看病で疲れているのか目の下にクマができているし、少し顔色が悪い。


「おや、トート、来てくれて悪いけど、リッカはまだ寝てるよ」


「だいじょうぶ、かお、みにきただけ」


「そう、じゃあどうぞ。静かにね」


「ん」


入り口でバルバラさんとそんなやりとりをして、リッカちゃんの部屋にこっそり入った。部屋は相変わらず簡素で木製の本棚と小さな机の上に読書台が見えるが、すでに本を読書台で読めないのかうっすらと埃をかぶっている。

私が部屋に入ると、なんだか薬品の臭いがした。


 リッカちゃんはベッドの上で寝息を立てている。私が近づいた時に、眉をひそめて苦しそうにしたけれど、またすぐに寝息を立てた。


「りっかちゃん……」


 ベッドの近くに座って寝顔を眺める。頬は痩せこけているし、血の気を失って真っ白になっている顔は見ていて心苦しい。


「……」


でも、いざキスするぞと意気込むと逆に物凄く気まずい。

そもそも軽い挨拶程度で良いのか、恥ずかしすぎてあんまり想像したくないけどディープな方が良いのかすら聞いてないし。


ふう、と小さく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

チュッと唇当てるだけ、気分は王子様、気分は王子様……。


(ええい、ままよ!)


側から見ると全然王子様には見えないかもしれないけど、こそこそ動きながら頭をリッカちゃんの顔に近づけてゆく。音立てていきなり目覚められたら困るからね。



 お互いの唇が触れる。私はそれを確認すると、すぐに顔を上げた。


(変化は、ないか……)


リッカちゃんは先ほどまでと同じように静かに寝息を立てていた。

さすがにキスした直後に肌にハリとツヤが戻るみたいなことはないようで、しばらく様子を見るしかないっぽい。

お願いだから、これで治って欲しいと思いながら立ち上がる。


「はやく、よくなってね」


起こさないように小声で呟いてから、私はリッカちゃんの部屋を後にした。



 それから三日後には、リッカちゃんの体調が快方に向かっていると聞いた。

ベッドで長く寝すぎたらしくて体力の回復が追いついていないみたいだけど、今までのように変な咳が出ることもなければ、急に息切れすることもないらしい。もう安心だろう。

しかし、なぜかあまり部屋に入れてくれないとバルバラさんは教えてくれた。


 まさか本当にキスで治るとは、ドッペルゲンガーに感謝だしお礼しないとね。どういう目的で教えてくれたのか判らないけど、実質リッカちゃんの命の恩人なわけだし。


と、ドッペルゲンガーは今まで通り約七日周期で現れるだろうと思っていたけど、これがまた一向に現れない。

七日経っても、十日経っても、二回現れていてもおかしくない十四日経っても、私の前に姿を現わすことはなかった。

最近は現れてもほとんど気にすることはなかったとはいえ、現れないなら現れないで気になる。


そもそも何故私にだけ見えていたのかすら判らないのだから、今後も出現しないかもしれないけど、逆に言えばまたいきなり現れることもあるのかな。



 そして、私はといえば。


「りっかちゃん、きたよ」


「トートちゃん! 待ってたよー!」


「わぷっ」


まだ様子見しながら療養中のリッカちゃんは、私を見るなり嬉しいのか抱きついてきた。私の背が全然伸びず、リッカちゃんの背がぐんぐん伸びていて頭一つ分も背丈が違うため思いっきり覆われる形になる。

え、元気になったから? 意外と力強くない!?

ぎゅーっと抱きつかれている今の感覚は《抱擁》というより《締め技(ベアハッグ)》に近い。


「もう、だいじょうぶ?」


抱きつかれたまま、くぐもった声で尋ねる。


「うん、すっかり元気。胸もお腹も痛くないし、苦しくもないよ」


「よかった」


そんな挨拶がわりの会話をしたけど、リッカちゃんは離してくれず。いつまでも抱きつかれているのも身動きが取れなくて嫌なので、やんわりと腕を押しのけて抜け出した。

だけど、その、なんというか。

リッカちゃんの顔を見ると、キスの場面をどうしても思い出してしまってとても気まずいので自然と視線が外れてしまう。


リッカちゃんはそんな私の視界に気付いているのか、さりげなく体を動かして視界に入ってこようとする。

そんな攻防が数回続いた後、なんだか面白くなって私は笑った。

逆にリッカちゃんは不満なのだろう、少し頬が膨れている。


「お母さんがね、治ったらいろいろ教えることあるって張り切ってたんだ……」


「そう」


 きっとリッカちゃんが今まで手伝えなかった家のお仕事なんかを教え込もうとしているのだろう。

確かに、自給自足感の強いこの村では仕事の習得は必須事項だ。


「あんまり遊べなくなっちゃうかも」


「そうかな?」


 リッカちゃんなら覚えるのも早そうだし、病気がなくなったのなら遊べる頻度はあんまり昔と変わらなさそうだけど。

そう伝える前に、リッカちゃんは「あ」と声を上げた。


「とりあえず、座って座って」


「うん」


そんなことを言いながら、リッカちゃんは私の後ろに回って両肩を押すように椅子に向かう。


で、その後も話してて気付いたんだけど……いや、抱きつかれた時から思ってたけど、やけに距離近くない? 昔からこんなだったっけ?

や、全然嫌じゃないから良いんだけどさ。




 私が九歳になって少しした頃、団欒の話題にとお父さんが口にした一言に私は食い付いた。


「そういえば、王都で活動してた頃の夢を見てな」


「おうと! おうとっていった!」


「あ、ああ」


「ちかい? どんなところ?」


「そうだな、ここからは遠いが、馬車を乗り継げば行けるぞ」


「定期的に来てくれてる商隊の馬車に乗せてもらって行くのよ」


「ひと、いっぱい?」


「そうだな、この村と比べるとびっくりするくらい居るぞ」


「おみせも?」


「ああ、もちろん。建物がずらーっと並んでてな、見える建物の全部が店って通りもあるぞ」


「おうさま、あえる?」


「え、いや、あんまり王様には会えないなあ」


「会うには長ーい手続きが必要なのよ」


「……ざんねん」


 やっぱりあったか、王都。

当然、私はこの力を利用して気ままな冒険者をやってみたい欲が強い。

こういう世界のお約束的な部分あるしね。

そのためには王都に一度出向いて空気感を把握したい。結局私は今のところ、この村しか知らないからね。


でもリッカちゃんのことを考えると後ろ髪が引かれるのは確かだ、さすがに連れ回すわけにもいかないだろうし。

今のところ子供が私達しか居ないから、私が出てっちゃうと友達が居なくなっちゃうっていうね。


 私がこの村を出て、王都に行けるのはいつになるだろうか。

幸い、お父さんとお母さんはやりたいことをやらせてくれるような人達だから、この村に留まれとか言わないだろうけど、まだまだ今の年齢じゃ許可が降りないだろうな。


そういえばこの世界の成人の年齢って聞いたことないけど、やっぱり十五歳なのかな。だったら王都に行けるのもそのくらいになるだろうか。

リッカちゃんもそのくらいの年齢なら、まあ、進む道も決まっていそうだ。



 なんて考えていた一年後に、王都に行けることになるとは夢にも思わなかった。

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