56話 ご指名。
ルーティとささやかなパーティをした次の日、私はヴィルジリオさんの分の報酬を貰ってBランクになった。
正確には最初の依頼は期限が切れてたし、ヴィルジリオさんが戻ってこなかったので、幽霊屋敷の探索(Aランク)に変更されて増されたポイントのお陰でランクアップしたのだけれど。
本来ならCランクの私が受けられる依頼は一つ上のBランクまでで、Aランクの依頼は受けられなかったんだけど、私が出て行ったのはランク変更前だった事と、受付のお姉さんが事情をギルドマスターに話してくれたおかげで、そのまま報酬を受け取る事ができた。
その後ちょっとしてから、私の『高ランク冒険者とパーティを組めば好きに依頼を受けて良い』なんて条件を思い出して、ヴィルジリオさんとパーティ組んだ事にしていたら何一つ問題はなかった事に二人して気付いたけど、まあなんとかなったから良しだね。
で、それからまたちょっと日が経った頃、私がギルドに入ると受付のお姉さんがいつも通り手招きをした。
「トートさんトートさん」
「ん」
このお姉さんが私を呼ぶのはよくある事なので、私も短く返事をすると一直線に受付に向かう。
「どうしたの?」
カウンターに手を引っ掛けて顔を出すと、眉を下げて少し悩んでいる風のお姉さんと目が合った。
お姉さんはその顔のまま一枚の紙を手渡し、説明する。
「レブナント伯爵がトートさんを指名して呼び出しまして、近々迎えに来るそうなんですよ」
「なにそれ、しめいとかあるの」
「本来なら無いんですけどね……トートさん有名だから目を付けられちゃったのかもしれません。相手はお貴族様だから無下にする事も出来なくて、ギルド運営の資金をいくらか提供して下さってますから」
「うへぇ」
貴族とか勘弁して欲しい、私はしがない一般冒険者なのに、貴族の対応なんてできる気しないよ。
多分求めてるのは私の冒険者の腕だろうから、しっかりした仕事をすれば満足はしてくれるんだろうけど。
「いつくるの?」
首を傾げると、お姉さんは私に渡した紙を手で示した。
「手紙によれば既にこちらへ向かっているようなので、道中何もなければ明後日には着くんじゃないでしょうか。ここからは少し距離のある場所なので、トートさんも準備は忘れないようにしてくださいね」
「ん、ありがと」
ヘルベティアが渡された紙を覗き込むようにしつつ姿を現し、ざっと目を通してから口を開いた。
『ふむ、ギルドへの手紙か。簡単にだが場所も書いてあるな、人間の貴族が好みそうな文体じゃ、お前が読むのはちと難しいかも知れん、後で読んでやろう』
さりげなく頷いて、道具袋に手紙を突っ込む。
「むかえって、どこにくるの?」
まさかウチにまで来るわけじゃないよね、と訊ねると、お姉さんも少しだけ首を傾げて返す。
「そこは書いてなかったんですよね、多分ギルドに迎えに来ると思うんですけど。なのでトートさんには魔道具を貸してあげます、じゃーん」
自分で効果音を言いつつ、カウンターの下から手のひらサイズの黒くて四角い石を二つ取り出して、机の上に置いた。
見える面には模様が描いてあるけど、サイコロじゃ無いよね。
「おおっ……なにこれ」
肘で体を支えて石を取ってみると、すごくすべすべで冷たくて気持ち良くて、もうその部分だけでヒーリングアイテムになりそうだし欲しい。
気に入って手のひらでコロコロ遊んでいると、頭の上に大きな汗マークを出しながらお姉さんがジト目で見つめていた。
「それはそうやって使うものではないです、どちらかと言うと置いて使うものですね」
「なぬ」
こうやって、とお姉さんがカウンターの上に置いてあったもう片方の石をタッチすると、私の持っていた石が、ぽーん、と音叉を叩いたような音を響かせて淡い虹色の光を放ち始めた。
「おおっ!」
私、こういうの、好き!
喜んで虹色に輝いている石をカウンターの上に戻して、私の側の石をお姉さんのやったように軽くタッチしてみるが、もう片方の石が虹色に光る事はなく沈黙を続けている。
「あれ? こつ、あるの?」
「コツと言うか、ただ手を当てるのではなく魔力を当てるんですよ、魔道具ですから」
「うへぇ、むりだ」
がっくりと項垂れると、あはは、とお姉さんに笑われた。
いや切実だよ!? 『そんな事ないでしょー』みたいな笑い方してるけど、私は本当に魔力扱えないんだからね!
「これくらいしか出来ない道具なんですけどね、迎えが来たら光らせますので、この石、テレストーンって言うんですけど、光ったらトートさんはギルドまでお越しください」
「なるほど、おっけー」
便利アイテムだね。これがあれば私は行く準備だけしておけば、どこに居てもすぐ駆けつける事が出来るわけだ。
未だに虹色に光り続けている石を取ったけど、これいつになったら光消えるんだろ。
「これ、きえるの?」
石をお姉さんに見せて聞くと、お姉さんはにっこり笑って頷く。
「光っている時間は大体五分くらいですね」
「そっか、じゃあ、これかりてくね」
「ええ、その石が光ったらちゃんと来てくださいね」
「ん、まかせて」
片方の石を受け取っていつものようにカウンターから飛び降り、ちょっと進んでから振り向いてお姉さんに手を振ると、私は冒険者ギルドを後にした。
石が再び音叉のような音を響かせつつ淡い虹色に輝き出したのは、それから二日後の昼間だった。
私はいつでも出られるように冒険者服を着て道具袋を腰に装備していたので、そのまま冒険者ギルドに向かうと、ギルド前には豪華な馬車が停まっていた。あのボックス席みたいになっているタイプの馬車だ。
馬車を眺めるのもそこそこにギルド内に入ってカウンターへ向かうと、パリッとしたスーツを着た男が近寄ってきた。二十代前半くらいで細身、男の人にしては若干髪が長くて垂れ目で大人しい印象を受ける人だが、その立ち振る舞いに隙が無い。
「トートさんですね、お迎えにあがりました、イードリです、よろしく」
「ん、よろしく、ついていけばいいの?」
「確認は取れています、胸のバッジや書状はレブナント伯爵のものでしたから、間違いないでしょう」
「はは、あそこまで念入りに確認されるとは思いませんでしたよ。では、こちらへ」
受付のお姉さんが答えてくれたので、私はイードリさんについて外へ出て行く。
やっぱりあの豪華な馬車はレブナント伯爵のもののようで、イードリさんは馬車のドアを開けて「どうぞ」と私を中に入れてくれた。
イードリさんはそのまま御者台に乗りに行くんだけど、私が馬車の小窓から覗いているのに気付いていないのか、こっそり懐から一瞬黒い石を取り出してはすぐに隠した。
「あのいし」
身を翻して、すとん、と席に座り小さな声で呟く。ボックス席には私しか居ないからか、反対側の席にはヘルべティアが姿を現したまま座っていた。
『気付いたか、つい最近お前が使っていた物だな、テレストーンと呼んでいたか。大方お前の回収と出発を伝えるために使っているのだろうが、それにしてはやけにコソコソしておったな』
「あやしい……」
『他人の行動を怪しむなど、お前にしては珍しいのう、変なものでも食ったか?』
「べてぃーは、きにしないの?」
『うーむ、人間の貴族は変な所にこだわる事が多いからな、客に報告している所を見られるのは恥ずかしい事、だなんて考えがあるのかも知らん』
そう言われるとそんな気もしてくる、なにせ貴族に呼ばれたのは今回が初めてだし。
でもなーんか嫌な感じがするんだよね、イードリさんが胡散臭いからだろうか、初めての貴族対応だから緊張しているだけなのだろうか。
「では、出発しますよ、多少揺れますので気をつけてください」
「ん、わかった」
私が答えると、ゆっくり振動が伝わって景色が動き出す。
これからしばらくは移動だろうけど、ドアの窓に付いているカーテンを締めれば外から見えなくてだらだら出来そうだし、この馬車なら思ったより快適な旅になりそうだ。




