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55話 レブナント

◇レブナント領、執務室――――――



「やあレブナント卿、久しぶりだね」


 日も落ちる頃、マリウスは執務室の扉を開けて大アクビをしながら入ってきた。

久しぶり、の言葉の通り、レブナント卿がその姿を見たのは一ヶ月ぶりで、その前はさらに一ヶ月前、あの厄介な二人組の冒険者がやって来た時である。


「ですな、以前こちらに来たのは一ヶ月ほど前ですか」


「そうかな、しかし困るね、せっかくの不死体なのに眠気だけは人間と同じなんだ。理性を失っているアンデッドはそういうの必要ないだろう? 羨ましいよね」


「私には分かりかねますな」


 マリウスはガリガリと気だるそうに頭のてっぺんを掻くと再び大アクビをして、自分用にと以前勝手に持ってきた丸テーブルの近くの椅子に腰掛けると、テーブルの上にワインをどんと置いた。


「きみもこっちに来なよ、良い話があるんだ」


「……聞きましょう」


 レブナント卿は戸棚からワイングラスを二つ取り出して丸テーブルの上に置いて席に着くと、マリウスが手慣れた手つきで二人のグラスにワインを注ぎ込み、一口飲んでから呟くように声を出す。


「最後の兵器、結界がね、ようやく完成したよ。これで、いつでも攻める事ができる」


「なんと! では早速作戦を開始するのですか!?」


 攻める、と聞いた途端急に立ち上がり身を乗り出してレブナント卿が尋ねるが、マリウスは面倒臭そうに小さく手を振り返す。


「徹夜続きで私は眠いんだ、せめて明日にしてくれ」


「ふむ、ではそれまでに私が行っておくべき事はありますかな?」


 レブナント卿が聞くも、彼女は虚空を見つめてワイングラスを一口分だけ傾け、頭を掻いた。


「悪いね、眠気のせいか少しだけ頭がぼーっとしていてね。そう言えば、あの冒険者はどうなったんだい?」


「それなら二週間ほど前に追い返しましたぞ、まさか一ヶ月以上も滞在するとは思いもしませんでしたが、きっと彼女らも確信は得られていないでしょうな」


「流石だね、このタイミングなら殺しても良かったんだけど、それならそれで良いかな」


 マリウスは目を細めて頷くと、ふう、と長い息を吐いた。何か悩み事でもあるのかと思っていると、彼女は懐から小瓶を取り出す。


机の上に静かに置かれた赤色の液体の入ったそれは異様な威圧感を放ち、レブナント卿の視線を釘付けにした。


「これは、一体……」


「不死化薬。用意はしたけど、きみはこれを飲んでも良いし、飲まなくても良い」


「成功したのですか?」


 その問いに、マリウスは目を閉じ小さく首を振る。


「色々と調整を重ねているけど成功例は未だに私一人だよ、だから飲むのはオススメしない、人ごとの相性もあるみたいだしね。でも、きみは今のままでは戦えない、王都までついてくるにしても、ここで待つにしても、かなり危険が伴うだろうね。だからこそ、きみに選択を委ねる」


 静寂の後、ごくりとレブナント卿の喉が動いた。手は固く握られ、首筋には冷や汗が垂れている。


「失敗していた場合、一体……いや」


 一体どうなるのか、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、レブナント卿は震える腕を押さえた。

目を瞑り深呼吸をすると深呼吸の度に震えが小さくなってゆく、やがて完全に震えが止まると、彼は俯いたまま口を開いた。


「マリウス殿は、《試練》を感じた事はありますかな?」


「試練? 試練か、ある意味、試練の連続だったと言えば良いのかな、薬にしても結界にしても、アンデッドの創造にしても、ね」


 マリウスが首を傾げて思い出しながら言うと、落ち着きを取り戻したレブナント卿は、ははは、と小さく笑った。


「それではなく、例えば人生の岐路に立たされた時、自らの運を、実力を、天秤に掛けられる、それこそ、試練のように。その天秤を限りなく自分の側へ持って来る事が出来た時、さらなる高みへと上がれるのですな」


「ふむ」


 珍しく興味深そうに話を聞くマリウスは、頷いてから首の傷跡を指差した。


「となると、私のこれも試練に打ち勝った結果なのかもしれないね」


「ですな、そして、今回のこれは正に試練だと感じるのです」


「夢を見過ぎじゃないかい?」


 やれやれと両手を挙げて、マリウスは苦笑いをする。学者として、ほぼ確実に死に至る薬を前にして試練など、とてもでは無いが言う事はできない。


「夢だ、などと。私の体験談ですよ」


(マリウス殿の言う通り、王都を攻め始めたら我が領との繋がりは容易くバレる可能性が高い。今後しばらくは、最低でも王都を落とすまでは、私は危険に晒されるだろう。……これは試練だ、王へと至るための)


 再び深呼吸をして、レブナント卿は小瓶に手を伸ばす。


「王に、なるのだ、私は、王に……」


 口の中でうわごとのように呟き、レブナント卿はわずかに震えた手で蓋を開けると中の液体を一気に飲み干した。


一呼吸の間ギュッと強く目を瞑っていたレブナント卿は、何も起きない事を確認したのか、喜びの笑顔でマリウスの顔を見る。


「特に変化はない……が、があ、ああああ!」


 突然レブナント卿が体を丸めて苦しみ出し、小瓶が手から落ちてカーペットの上で跳ねるのを見てから、マリウスはそんな状態を気にした風もなく呟いた。


「試練は失敗、かな。どっちでも良かったんだよ、私は。きみが飲んでも、飲まなくても。さらに言えば、成功しても、しなくても、ね」


 もがくたびに肉が削げ、骨が肥大化しては幾つにも割れ、蛇のようにしなりを持つ多数の部位を持つモンスターと化して行く。


「はあ、結局、最後まで不死化薬が完成する事は無かったな、それだけは残念だよ」


 骨が折れ、形が変わっていく音がする、レブナント卿が薬を飲んでから短時間で既に人としての姿は跡形もなく、モンスターに成り下がっていた。


「ただまあ、『王になる』なんて言う割には、だいぶ見通しが甘かったね。滅びて人がいなくなった国で、一体何の王になるつもりだったんだい?」


「グ……オウニ……オウニ……」


 マリウスの声に反応したのか、モンスターと化したレブナント卿は声を発するも、そこに思考の色はなく、ただ反射的に言葉を返すのみだった。


「やっぱり、あの薬は私と特別相性が良かっただけなのかな、それでも、きみはそこそこ素質はあったようだね、その姿に変異したのは初めて見るし、強そうだ」


 全てが骨で作られているような真っ白のモンスターは、元が人間であったからか、人のような腕を四本持ち、大蛇のような長く太い尻尾と、その付け根に細長く鋭い尻尾を持つ、多少は人間らしいシルエットの残るモンスターになっている。


「まあ、もうきみに言っても意味がないんだけどね」


 マリウスの指示を待つように突っ立っているモンスターを横目に、わずかに残ったワインをグラスに注ぐと、一口飲んでから彼女は三度目の大アクビをした。


「それにしても、話し相手がいなくなるのは、少しだけ寂しいね」


 その言葉は、日が落ちて蝋燭の灯りのみで薄暗くなった執務室に小さく、とても寂しそうに響いた。

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