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54話 馬より速い。

「これ、だいじょうぶなの?」


 手に持った紫色の魔石をヘルべティアに見せながら尋ねる。


『うむ、スペクターは特に高純度の魔力の塊だからな、弱れば吸収もできる。普通の魔石ならおそらく耐え切れんが、その魔石はサングエスのものだからであろうな、大丈夫だと確信があった』


「なるほど」


 ルインスペクターが消滅して静まり返った廊下で、私は魔石のペンダントをまた首にかけると、先送りにしていた問いをヘルべティアに投げかけた。


「それより、きいておきたいの、このからだ、うばうの?」


『ふむ』


 なぜ今急に、と思われるかもしれないけれど、今回は私が幽霊屋敷に入ってうだうだやっていたから出てきてくれただけで、無事脱出したらまた姿を現さなくなってしまうかもと思うと、逆に今しか聞くタイミングは無いかなってね、丁度ヴィルジリオさん居ないし。


 ヘルべティアは視線をずらして考えるそぶりを見せたけど、すぐに私に視線を戻した、穏やかな、余裕のある表情に、私はつい身構えてしまう。


「べてぃー、しょうじきに、いって」


 真剣な声を出すと、彼女はしっかり考えるように俯いて口元に拳を持っていき止まる。

それを見て、私は今までなんとなく感じていた既視感がしっかりと合致し、あるワンシーンを思い出した。

突然ヘルべティアが笑い出して、私はヘルべティアに飲み込まれて永遠に暗闇の中に閉じ込められる、恐ろしい幻想だ。


『今まで姿を表さなかったのが原因か?』


 口元に拳を当てたまま、独り言のように小さく呟いてから、顔を上げる。

まだ言葉を考えているのか眉根が寄ったままだったが、私は幻想と違うその表情に安堵を覚えた。


『奪うつもりは無い、場合によっては一時的に借りられるように準備をしておるだけじゃ。ただ、できる確証はないし、試す事も出来ぬでな、口を滑らせてしまった以上、妾はお前からの言及を避けるために姿を現さなかっただけだ』


「そうなの?」


『そもそも、おそらくお前は魔族を勘違いしておる、魔族は力があるものには尊敬をする社会通念がある、いわゆる一般常識だな。その点で言うと、お前は妾の魂を抑えて顕現するほどの力を持っている、つまり、妾は身体を奪われたが、お前の身体を奪い返すほど恨んではおらん』


「そっか、でもまえ、『じぶんじゃ、どうやっても、しゅどうけんうばえない』っていってたような」


 私がクエスチョンマークを浮かべながら聞くと、ヘルべティアは思い出したように『ああ』と呟いて頷いた。


『少し進展があってな、まあ、現状あくまで可能性の話だ、出来るようになれば伝えよう、そう心配するな』


「わかった」


 話が終わると、すっかり放置されていたヴィルジリオさんを思い出して、空いた穴から下を覗き込む。


「びるじりおさん、へいきー?」


 尋ねてみるも、返事は無い。余裕そうだったからやられてるなんて事は無いだろうけど、返事が無いと心配になる。

穴はそこそこ深いようで、だいぶ下の方にぼやりと明かりが見え、土っぽい地面が照らされている、地下室なのかな。


私も飛び込むべきかと悩んでいると、突然目眩がして思わずその場にしゃがみこんだ。

数秒毎に決まった間隔で起きる目眩に立ち上がる事が出来ずにいると、引っ張られるような感覚があり、直後景色が変わっていた。


 廊下のボロさはあんまり変わらないが、目の前の穴は無くなって壁には窓が付いていて、外からわずかに明かりが入っている、薄明かりなのはきっとこの屋敷が雑木林の中だからだろう。


さらにキョロキョロ見回すと、燭台に蝋燭は付いておらず、外からは草木が風で揺れる音と鳥の鳴き声が聞こえてくる。


立ち上がって窓から景色を眺めると、今まで黒で塗りつぶしたように真っ暗だった外に、草や木が映し出されている。どうやらルインスペクターを倒した事により、元の世界に戻って来られたらしい。


「流石だな、私が戻る前にあっさり倒したか」


「あ、うん」


 穴が消えたからヴィルジリオさんはどこに行ったのかと思ったけど、普通に後ろから現れた、やっぱり異次元特有の改築がされていたみたいだね。


「さて、最初に迷い込んだ冒険者を探すとするか。生きているなら一緒に戻って来ている筈だ」


「ん、おっけー」


 屋敷は窓が割れているためとても風通しが良い、昼にしては少し肌寒いと思い懐中時計を取り出して時間を見てみると、朝の五時だった。

入ったのが確か午後の一時くらいで、あの空間はこっちと比べて時間の進みが遅いみたいだったけど、あんまり時間がかからずに戻って来れたのかな。


 ぐるっと屋敷を回って見てみたけどそれっぽい人はおらず、正門まで出てヴィルジリオさんと再度合流すると、ヴィルジリオさんが尋ねてくる。


「私は一泊宿で馬を回収してからアリエスに戻るが、貴様はどうする」


「わたし、はしってもどる」


「良いのか?」


「ん、うまより、はやいし」


「……そうか、では私より先にギルドに戻ったら今回の報酬は貴様が受け取っておけ」


 馬より速いのか、と若干引かれた気がするけど、ヴィルジリオさんは私に報酬を寄越してくれるみたいだ。


「いいの?」


「どちらにせよ、私の依頼は失敗しているのだろう? ルインスペクターを倒したのも貴様だ、私が報酬を貰う権利は無い」


「そっか。じゃあ、もらっとくね」


「ああ」


 と、その場で別れて、癖になっている軽い柔軟をしてから、私は走ってアリエスまで戻った。



 アリエスではまず冒険者ギルドに向かい、事の顛末を受付のお姉さんに説明する。

ヴィルジリオさんと出会った事や、ルインスペクターの結界によって、こっちとあっちの時間の流れがおかしくなっていた事や、最終的にルインスペクターを倒して脱出した事、Dランク冒険者は見つからなかった事だね。


お姉さんは「なるほど」と頷くと、手元のカレンダーを見ながら私に教えてくれた。


「えっと、トートさんここを出てから二日経ってますね」


「なぬ」


 昼に入って次の日の朝に出られたかと思ったら、二日も経ってたんだね、あの屋敷に居た時間なんてそんな長時間じゃなかったのに。

うわー、最悪私も失踪する所だったのか、危ない危ない。


「報酬は全部トートさんで良いと?」


「ん、いってた」


「トートさんなら嘘は無いと思いますが、本人も戻ってくるようですし、念のため確認を取ってからでも良いですか?」


「ん、いいよ」


 となると、明日また来れば良いかな。私はお姉さんに「また、あしたね」と伝えてカウンターを離れた。


 ギルドから外へ出ると、まだ八時だというのに往来には人通りが多く、ガヤガヤと声が聞こえる。日が出たら動き出す人が多いから、これが普通なんだけどね。


(うーん、今日は夜まで起きてるようかなあ、変な時間に寝ると夜寝られなくなりそうだ)


 幽霊屋敷で夜を飛ばしてしまったせいでそんな事を考えつつ、露店で肉や野菜を買って歩いていると、ルーティに声を掛けられた。


「トート殿も今帰りでありますか?」


「も?」


 見ると、ルーティはいつもの騎士団の鎧を身につけて立っていて、嬉しい事があったのか口元がニマニマと緩んでいる。


「丁度良かったのであります、自分、前から受けていた騎士団試験にようやく合格しまして、見習い改め騎士団員なのでありますよ」


「おお、おめでとう、るーてぃ」


 いえーい、とハイタッチ。前から話は聞いていたけど、やっと騎士団員なんだね。


「で、なにか、かわるの?」


「……実は、自分の場合は、小さい頃からずっと騎士団に居た関係もあって、あんまり変わらないのであります」


「そっか」


 うーん、と腕を組んで考える、夜勤だったのかルーティもこれから帰るみたいだし、ちょっとパーティしてあげたいね、試験合格パーティだ。


「よし、るーてぃ」


 手を差し出して待つと、ルーティは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら私の手を取ったので、私はルーティの手を引っ張りながら歩いていく。


「ぱーてぃするから、たべもの、ついかするよ」


「え、あ、了解であります、嬉しいのでありますよ!」


 外で食べれば良かったかな、なんて考えが頭をよぎったけれど、ニコニコ笑顔のルーティを見ると、どうにも料理を作ってあげたくなるね、いつも喜んで食べるし。


何を作るかなと頭を捻りながら、私は露天へ向かった。

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